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焦熬投石
層層疊とスコール・後
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焦熬投石9
死因は別に聞くまでもない。例のマフィアと揉めたのだ。
仲間を殺られたのがやはり許せず、ドラッグ関係で一儲けしたいという打算も重なって、勢いのままに突っ掛かっていったんだろう。そういう性格の奴だった。そんな熱さのあるところが、好きではあったが。
山茶花の辺りから余計におかしくなった。いや…それも只のきっかけか。多分最初からこうだった。1人また1人と欠けていって、崩れなかったほうが不可思議な、スカスカの層層疊。
こうなることの予想はついていた。止めるべきだったのか?止められたのか?どうすればよかった?
答えは出ないまま、滔々と、日々は廻る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「この部分はこっちの音使っても合うと思います。わ、私は、ですけど…」
「俺もそー思うよ。寧、センスあんね」
夕食前、蓮の食肆。匠が‘新品’の肉切り包丁──今度は本当に‘新品’──を買ってやってきたと聞きつけた寧が、新しい音源を聴かせて欲しいと顔を出した。ラップトップで曲をイジる匠の横で控えめに意見を口にする寧、どうもなかなかセンスが良い。
「えと、あの…じゃあ、ここも、こんな風なアレンジはどうですか」
「おっ、いいじゃん?そっちのバージョンも作ろっか」
匠が褒めると寧は顔を赤くし目を伏せた。いくらか自己肯定感は高まってきたものの、まだまだ褒められることに慣れていない。
そうして黙りこくったのち、恥ずかしそうにモゴモゴ何かを発する。
「た、匠さんにそう言ってもらえると、嬉しいです。匠さんは、その…すごいから…」
今度は匠が黙る番だった。
寧の目に映る自分がどうあれ実情はどうしようもなかった。現在だってこんなにグチャグチャと、崩れかけの層層疊を馬鹿みたいに支えようと必死だ。崩れかけ?本当はわかってるんじゃないのか?もう、とっくに、崩れてしまっていることが。
「俺は」
なんにもすごくなんてねぇよ。
「寧が思ってるような人間じゃねぇから」
自嘲気味に嗤って呟く。ニット帽を下げる匠の横顔を寧は見詰め、暫く考えてから、途切れ途切れに声を押し出した。
「えっと、何があったのか、わかりませんし…私なんかが、口を挟める話じゃない…と思うんですけど…」
ちょっぴり前に屈み、帽子に隠れた目元を覗き込む。匠も寧を見た。
「今までのことは変えられなくても、今からのことは変えられるんだって、私、みんなに教えてもらったんです。もし何か、間違ってしまったり…取り返せないものがあっても…ここからまた、変えていくんだって。変えていけるんだって」
たどたどしい口調とは裏腹に、熱を持った科白。
理想論ではある。けれど、空論ではない。寧はそう成れるように直向きだ。少しずつでも、歩みが遅くても、やりなおせなくとも。諦めず前をむいて進んでいる。
「だから、匠さんも、えっと…あの…」
寧の視線がオロオロと宙を泳いだ。偉そうなことを言ってしまった───そう焦っているのがありありとわかる。匠はしどろもどろな仕草にプッと吹き出して、寧の頭をクシャクシャ撫でた。
「そうだよな。サンキュ寧」
おもむろに煙草に火を点け一口肺にいれ、俺さ、と哂う。
「昔からのダチと、ちょっと上手く行ってなくて。2人居なくなっちまって、最後の1人とも擦れ違ってて」
寧は黙って耳を傾ける。雨粒が窓を叩いた。香港の長い雨季、重たく湿る城塞の空気を匠は煙と共に吸い込み、細く吐く。
「だけど、何とかやってみるわ。もっかい」
その言葉と同時に、キッチンからやってきた東がテーブルに鴛鴦茶を置いた。蓮もすかさず注文外のデザートを運んでくる。気遣い屋だなと匠が肩を竦めると、廚師は‘BGMのプロデューサー様へ当店からのサービスでしゅ’とお辞儀。笑い声を漏らす寧に、匠も柔らかく目尻を下げた。
そんな何気ない時間の中。
現実は雷鳴を携え、スコールのように突然降り注ぐ。
死因は別に聞くまでもない。例のマフィアと揉めたのだ。
仲間を殺られたのがやはり許せず、ドラッグ関係で一儲けしたいという打算も重なって、勢いのままに突っ掛かっていったんだろう。そういう性格の奴だった。そんな熱さのあるところが、好きではあったが。
山茶花の辺りから余計におかしくなった。いや…それも只のきっかけか。多分最初からこうだった。1人また1人と欠けていって、崩れなかったほうが不可思議な、スカスカの層層疊。
こうなることの予想はついていた。止めるべきだったのか?止められたのか?どうすればよかった?
答えは出ないまま、滔々と、日々は廻る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「この部分はこっちの音使っても合うと思います。わ、私は、ですけど…」
「俺もそー思うよ。寧、センスあんね」
夕食前、蓮の食肆。匠が‘新品’の肉切り包丁──今度は本当に‘新品’──を買ってやってきたと聞きつけた寧が、新しい音源を聴かせて欲しいと顔を出した。ラップトップで曲をイジる匠の横で控えめに意見を口にする寧、どうもなかなかセンスが良い。
「えと、あの…じゃあ、ここも、こんな風なアレンジはどうですか」
「おっ、いいじゃん?そっちのバージョンも作ろっか」
匠が褒めると寧は顔を赤くし目を伏せた。いくらか自己肯定感は高まってきたものの、まだまだ褒められることに慣れていない。
そうして黙りこくったのち、恥ずかしそうにモゴモゴ何かを発する。
「た、匠さんにそう言ってもらえると、嬉しいです。匠さんは、その…すごいから…」
今度は匠が黙る番だった。
寧の目に映る自分がどうあれ実情はどうしようもなかった。現在だってこんなにグチャグチャと、崩れかけの層層疊を馬鹿みたいに支えようと必死だ。崩れかけ?本当はわかってるんじゃないのか?もう、とっくに、崩れてしまっていることが。
「俺は」
なんにもすごくなんてねぇよ。
「寧が思ってるような人間じゃねぇから」
自嘲気味に嗤って呟く。ニット帽を下げる匠の横顔を寧は見詰め、暫く考えてから、途切れ途切れに声を押し出した。
「えっと、何があったのか、わかりませんし…私なんかが、口を挟める話じゃない…と思うんですけど…」
ちょっぴり前に屈み、帽子に隠れた目元を覗き込む。匠も寧を見た。
「今までのことは変えられなくても、今からのことは変えられるんだって、私、みんなに教えてもらったんです。もし何か、間違ってしまったり…取り返せないものがあっても…ここからまた、変えていくんだって。変えていけるんだって」
たどたどしい口調とは裏腹に、熱を持った科白。
理想論ではある。けれど、空論ではない。寧はそう成れるように直向きだ。少しずつでも、歩みが遅くても、やりなおせなくとも。諦めず前をむいて進んでいる。
「だから、匠さんも、えっと…あの…」
寧の視線がオロオロと宙を泳いだ。偉そうなことを言ってしまった───そう焦っているのがありありとわかる。匠はしどろもどろな仕草にプッと吹き出して、寧の頭をクシャクシャ撫でた。
「そうだよな。サンキュ寧」
おもむろに煙草に火を点け一口肺にいれ、俺さ、と哂う。
「昔からのダチと、ちょっと上手く行ってなくて。2人居なくなっちまって、最後の1人とも擦れ違ってて」
寧は黙って耳を傾ける。雨粒が窓を叩いた。香港の長い雨季、重たく湿る城塞の空気を匠は煙と共に吸い込み、細く吐く。
「だけど、何とかやってみるわ。もっかい」
その言葉と同時に、キッチンからやってきた東がテーブルに鴛鴦茶を置いた。蓮もすかさず注文外のデザートを運んでくる。気遣い屋だなと匠が肩を竦めると、廚師は‘BGMのプロデューサー様へ当店からのサービスでしゅ’とお辞儀。笑い声を漏らす寧に、匠も柔らかく目尻を下げた。
そんな何気ない時間の中。
現実は雷鳴を携え、スコールのように突然降り注ぐ。
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