九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
209 / 396
焦熬投石

雨脚と‘とりあえず’

しおりを挟む
焦熬投石6






スラム街、人気ひとけのない廃倉庫群。タクミがそのうちのひとつのボロい扉を開けると、中に居た男達の視線が一斉に集まる。

「お疲れ」

無意味な挨拶をして室内に入り、タクミ草臥くたびれたソファへ座った。スプリングが軋みギッと悲鳴を上げ、それに被せて男の1人が唸る。

「お疲れ、じゃねぇだろタクミ。最近顔出さねーで何してんだ?」
「なにも…家で曲イジったり…」

興味がなさそうに煙草を燻らせるタクミへ男は舌打ち。面白くねぇとボヤく。

「金作ってきたのかよ」
「きたよ。ほら」

言って、タクミはポケットから取り出した札束を雑に投げて寄越す。受け取りながらも不満を隠さない男。充分じゅうぶんな額にもかかわらず物足りなさをあらわにするのは、山茶花カメリアさばいていた時の売り上げに比べてしまえば格段に量が減っているせいだろう。

チェンウーが死んじまったからな。いいシノギだったのに」

そう不平をこぼす男へ曖昧に相槌を打ち、タクミは吸い殻を揉み消した。男達は各々稼ぎをテーブルに置くと総額を数え始める。

昔からこう。皆で稼いだ金を持ち寄って暮らしてきた───今までは。誰かが稼げなければ他の誰かが稼いで、全員で全員の食い扶持ぶちを繋いで、助け合って。10年近くそうしてきて、それなりに上手く行っていた。
しかしいつの間にか目的は生活から征服へと変わり、気が付けば皆の心の内には野心めいたものが芽生えはじめ。幅を利かせる、名を轟かせる、このスラムを仕切る…メンバー達はそんな思いを抱くようになっていた。

ただ1人、タクミを除いて。

分け前がいくらだろうがどうでも良かったので、タクミは窓ガラスにノロノロと流れていく水滴を目で追った。雨がパラつきだしている。天気、たなかったな。傘持ってねぇや。外を眺めるタクミの耳に、そういや、とつまらなそうな男の声。

「さっき合益楼ら辺でプッシャー共がられたってよ。よく雅華のクラブに居た奴ら」

‘他の売人を襲撃しに行ったらしい’と渋面しぶつら。メンバーが口々に詳細を尋ねる中、黙って新しい煙草をくわえるタクミ


さっき、プッシャー、合益楼ら辺。
包丁の刺さった頭。

──────見知った顔。


「いいルート持ってるディーラーが居るっつうからちょっかいかけたら、返り討ちにされたんだと。運が悪かったな」
「けどアイツら嫌われてたし、死んでも誰も気にしないだろ」
「死体ゴロゴロ転がってたってよ。全部、頭カチ割れてさぁ」
「いい気味じゃん」
った相手はわかんねぇの?」
「全員死んでて目撃証言がねーから。売人の情報も個人で手に入れたっぽくて、周りの奴らも知らねぇって。儲かるなら俺もタタきてぇけど」

その発言に男達は便乗、金の匂いに目をギラつかせる。お前も‘ネタ’探してこいよと顎をしゃくられたタクミは、ライターを着火させつつ静かなトーンで言った。

「…よくない?そんなに金、無くても」

その台詞に場の空気が怒気をはらむ。

「今でも充分じゃん。タタいたり人身売買トバしたり、なんでもかんでもやり過ぎじゃね」

ピリついたムードの中、淡々と続けた。しかしそんな意見に納得する者なんてここには居ない。わかっていて口に出したので、今にも血管がブチ切れそうな男に拳銃を向けられてもタクミは別段焦りもしなかった。

「なに日和ひよってんだ?」
「オメェらこそなにガッついてんだ」

馬鹿にした口調の男へ呆れ気味に返答するタクミ、その態度がますます神経を逆撫で。睨み合い。3対1で分が悪いが、タクミとて退くような性格ではない。

わかってはいる。幼少の頃から必死に足搔いて、時にしいたげられ、辛酸を舐めてきた。世の中に向けた鬱憤を、見返してやるのだという気持ちを、理解しわかってはいる。…けれど。

しばらくして、男は銃を降ろすと‘帰れよ’と一言ひとこと。言われなくてもそうするつもりだったので、タクミきびすを返し部屋を出て行く。背中を向けたら撃たれるかなと思ったが、とりあえず大丈夫だった。

─────とりあえず、まだ。

外に出ると雨が頬を濡らす。雲翳うんえい。ポケットに手を突っ込んで薄暗い城塞を歩く。
煙草が湿気しけしおれはじめた。タクミは帽子を目深にかぶり直し、元気のない紙巻きを深く吸い込む。かすかに熱を取り戻す枯れ草。白煙を空に溶かす。





雨脚は少しずつ、激しさを増していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...