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有害無益
枯草とダウナー
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有害無益7
「ふーん。じゃその陳呉っつー奴を捕まえりゃいいわけだ」
一仕事終え、【宵城】。成り行きを聞いた猫は首を左右に倒してコキコキ鳴らす。
「聞いたことねぇな、そいつ」
「名前違うんじゃない?もともとは」
言いながら燈瑩が煙草を灰皿でこすった。
売人はコロコロ名前を変える。案件に応じてだったりうっかり下手を打ったからだったり理由は様々だが、例の男は山茶花を取り扱うようになってから通り名を変更───または増やしたのだろう。
「まー、ちっとその線でいくつかルート当たってみマス」
「俺もそこいらの半グレ連中探ってみるで」
東と上の言葉を受けて、パイプを振りつつ頼むわと答える猫。頑張ってるからツケあと一声マケてと両手を合わせる東にもいいよと即答。訊いてはみたものの通ると思っていなかった東は‘えっ’と叫んだ拍子に銜えていた煙草を口から落とし、手の甲を燃やして熱ち熱ち言った。
ここを処理すれば、【宵城】への薬や引き抜きのルートはさしあたり断つことが出来るだろう。スピーディーに糸口は見付かり、問題は解決へ向かっているようだった。
そして実際に向かってはいた。ただその方向性が、予想を裏切る形だったというだけで。
翌日、夜も更けた頃、猫は情報を提供してくれたキャストを呼び出してあらかたの事情を説明。友人の件をどうにかしたいか尋ねたが彼女は口を噤んだ。助けたいというわけでもないのか?話を続ける猫。
「とにかく、絡んでんのは陳呉って名前の男らしい。けどどっかに隠れちまってて尻尾出さねんだわ」
「陳呉…」
繰り返して呟く彼女に、心当たりがあるのか猫が問う。女性は首を横に振り、私も知り合いに聞いてみますと弱々しく答えた。
───ほんのわずかに生じた違和感。迷ったが、憔悴した様子の彼女を問い詰めるのもどうかと思い、猫は何も言わず紫煙を流す。
その正体が明らかになるのは数日後。全てが終息する時だった。
きっかけは東からの着信。いつものキャストを交え【宵城】にて上の報告を受けていた猫と燈瑩のもとへ、陳呉の正体に近そうな人物の噂を得たとの連絡が入った。
「喂?わかったよん。そいつ、他んトコで劉って名乗ってた奴かも」
ハンズフリーのスピーカーで聞いていた上が、前屈みの身体を起こし背筋を伸ばす。
「劉?やったら合安らへんのバーで名前出てはりましたね」
すぐさま携帯を操作して合安楼付近の人間へ詳細を求める上。数分も待たず返事が届き、目を通してポンと膝を叩く。
「今居るみたいですよ。合安二期の店で1人で飲んどるって」
思いがけないチャンス。猫と燈瑩は目配せをして立ちあがり、上着を羽織るとキャストへ声を掛けた。
「ありがとね。色々協力してもらって」
「お前、今日はもうアガリでいいよ。時給はラストまで出しとくから」
感謝を述べる燈瑩と仕事終了を告げる猫に、彼女はペコリと頭を下げた。荒事にはてんで向いていない上もステイ。劉の容貌を2人に伝え、‘気ぃ付けて下さいね’と手を振った。
合安楼までは裏道を使えばさして時間もかからない。女性を帰し、上も家路へつかせて、適当に煙草をふかしつつ夜の城塞を歩く。
「猫、どうするの?劉って奴」
「どうもしねぇ。忠告するだけ」
「こっわ」
「燈瑩に言われたくねぇつってんだろ」
軽口を叩きあいながら目的地へ。ひっそりとした路地の奥、ボロい扉を押して店内に入るとすぐに漂う‘枯れ草’の香り。ダウナー系の音楽に呂律の回っていなさそうな客、随分と品の良いバーだ。
革張りのソファに座る一際態度のデカい男が目に付く。上に聞いた特徴と合致、あれが劉。事前情報の通りに連れは無し。奴のグラスが空くのを入り口の側で待つ。程なくして、酒を取りに行こうとカウンターへ向かう劉の首根っこを引っ掴んだ猫はそのまま外へと引きずり出した。
人気のない袋小路に連れ込んでご挨拶。男は抵抗したが、猫が懐から抜いた小刀を男の頬を掠めてガスッと壁に突き立てると大人しくなった。隣の燈瑩が銃を手にしていたからというのもある、裏社会の住人だとて不要な怪我は極力避けたいものだ。
「お前が陳呉だろ?」
ニタリと笑う猫。閻魔。男は黙すも、燈瑩がカララッとリボルバーのシリンダーを回すと小さく顎を引く。ちょこっとお願いがあるんだけど、と猫は顔を斜めに傾けた。愛らしい動きと醸しだす殺気がとてもミスマッチ。
「テメェのルートからこっちに山茶花がきててな、女がジャンキーんなったり消えたりで迷惑してんの。他ぁどこ流しててもいいけどよ、【宵城】に流さねぇでほしんだわ」
その猫の言葉に、男が答えかけた時。
パンッ。と、明後日の方角から軽い銃声。同時に陳呉、もとい劉の腹辺りからドバッと血が噴き出した。
「ふーん。じゃその陳呉っつー奴を捕まえりゃいいわけだ」
一仕事終え、【宵城】。成り行きを聞いた猫は首を左右に倒してコキコキ鳴らす。
「聞いたことねぇな、そいつ」
「名前違うんじゃない?もともとは」
言いながら燈瑩が煙草を灰皿でこすった。
売人はコロコロ名前を変える。案件に応じてだったりうっかり下手を打ったからだったり理由は様々だが、例の男は山茶花を取り扱うようになってから通り名を変更───または増やしたのだろう。
「まー、ちっとその線でいくつかルート当たってみマス」
「俺もそこいらの半グレ連中探ってみるで」
東と上の言葉を受けて、パイプを振りつつ頼むわと答える猫。頑張ってるからツケあと一声マケてと両手を合わせる東にもいいよと即答。訊いてはみたものの通ると思っていなかった東は‘えっ’と叫んだ拍子に銜えていた煙草を口から落とし、手の甲を燃やして熱ち熱ち言った。
ここを処理すれば、【宵城】への薬や引き抜きのルートはさしあたり断つことが出来るだろう。スピーディーに糸口は見付かり、問題は解決へ向かっているようだった。
そして実際に向かってはいた。ただその方向性が、予想を裏切る形だったというだけで。
翌日、夜も更けた頃、猫は情報を提供してくれたキャストを呼び出してあらかたの事情を説明。友人の件をどうにかしたいか尋ねたが彼女は口を噤んだ。助けたいというわけでもないのか?話を続ける猫。
「とにかく、絡んでんのは陳呉って名前の男らしい。けどどっかに隠れちまってて尻尾出さねんだわ」
「陳呉…」
繰り返して呟く彼女に、心当たりがあるのか猫が問う。女性は首を横に振り、私も知り合いに聞いてみますと弱々しく答えた。
───ほんのわずかに生じた違和感。迷ったが、憔悴した様子の彼女を問い詰めるのもどうかと思い、猫は何も言わず紫煙を流す。
その正体が明らかになるのは数日後。全てが終息する時だった。
きっかけは東からの着信。いつものキャストを交え【宵城】にて上の報告を受けていた猫と燈瑩のもとへ、陳呉の正体に近そうな人物の噂を得たとの連絡が入った。
「喂?わかったよん。そいつ、他んトコで劉って名乗ってた奴かも」
ハンズフリーのスピーカーで聞いていた上が、前屈みの身体を起こし背筋を伸ばす。
「劉?やったら合安らへんのバーで名前出てはりましたね」
すぐさま携帯を操作して合安楼付近の人間へ詳細を求める上。数分も待たず返事が届き、目を通してポンと膝を叩く。
「今居るみたいですよ。合安二期の店で1人で飲んどるって」
思いがけないチャンス。猫と燈瑩は目配せをして立ちあがり、上着を羽織るとキャストへ声を掛けた。
「ありがとね。色々協力してもらって」
「お前、今日はもうアガリでいいよ。時給はラストまで出しとくから」
感謝を述べる燈瑩と仕事終了を告げる猫に、彼女はペコリと頭を下げた。荒事にはてんで向いていない上もステイ。劉の容貌を2人に伝え、‘気ぃ付けて下さいね’と手を振った。
合安楼までは裏道を使えばさして時間もかからない。女性を帰し、上も家路へつかせて、適当に煙草をふかしつつ夜の城塞を歩く。
「猫、どうするの?劉って奴」
「どうもしねぇ。忠告するだけ」
「こっわ」
「燈瑩に言われたくねぇつってんだろ」
軽口を叩きあいながら目的地へ。ひっそりとした路地の奥、ボロい扉を押して店内に入るとすぐに漂う‘枯れ草’の香り。ダウナー系の音楽に呂律の回っていなさそうな客、随分と品の良いバーだ。
革張りのソファに座る一際態度のデカい男が目に付く。上に聞いた特徴と合致、あれが劉。事前情報の通りに連れは無し。奴のグラスが空くのを入り口の側で待つ。程なくして、酒を取りに行こうとカウンターへ向かう劉の首根っこを引っ掴んだ猫はそのまま外へと引きずり出した。
人気のない袋小路に連れ込んでご挨拶。男は抵抗したが、猫が懐から抜いた小刀を男の頬を掠めてガスッと壁に突き立てると大人しくなった。隣の燈瑩が銃を手にしていたからというのもある、裏社会の住人だとて不要な怪我は極力避けたいものだ。
「お前が陳呉だろ?」
ニタリと笑う猫。閻魔。男は黙すも、燈瑩がカララッとリボルバーのシリンダーを回すと小さく顎を引く。ちょこっとお願いがあるんだけど、と猫は顔を斜めに傾けた。愛らしい動きと醸しだす殺気がとてもミスマッチ。
「テメェのルートからこっちに山茶花がきててな、女がジャンキーんなったり消えたりで迷惑してんの。他ぁどこ流しててもいいけどよ、【宵城】に流さねぇでほしんだわ」
その猫の言葉に、男が答えかけた時。
パンッ。と、明後日の方角から軽い銃声。同時に陳呉、もとい劉の腹辺りからドバッと血が噴き出した。
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