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千錯万綜
桑塔納と鍾意
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千錯万綜17
それから。
【神豹】系列の連中へと送ったメッセージは文句無しに機能。藍漣が居たグループの周囲を巻き込んで、争いは上海に舞台を移した。
例の角頭も次代が襲名し、九龍と再度友好な関係を築くと明言。街中での小競り合いはまだ続いているものの襲撃や事件、事故は減り、大陸や台灣から乗り込んでくる人間達も鳴りを潜め。
さしあたり城塞に平和──そう、平和──が訪れることとなる。
「ほんと、来たのも急だけど居なくなんのも急だよね」
啟德機場へ車を転がす東が助手席の藍漣に視線を投げる。九龍から空港まではほんの10分足らずだが、ノロノロ走れとの藍漣のリクエストにお応えし東は出来る限り桑塔納のアクセルを絞った。
色々な事にカタが付き周辺が落ち着いてきた矢先、藍漣は上海に戻ると言い出した。
理由を聞けば、地元にはそれなりに顔見知りのガキ共が居る、今回のゴタゴタに巻き込まれそうなのを放っておけないので今後の生活や仕事について少し手助けしにいくと。
そこまで藍漣が世話を焼く必要ももちろん無いのだが、ストリートで暮らしてきた彼女が似たような境遇の子供を見捨てられないのもまた当然だった。
空港まで送ってくれよと藍漣に言われ皆も誘った東だが、全員に断られた。しかも笑いを噛み殺した表情で。面白がっているのか気を遣っているのかわからない、いや、多分両方だな…特に猫の笑みはあくどかった…。思い返しつつ、信号待ちで煙草に火を点けた東の口から藍漣がそれを奪って吸い始める。茉莉花の香りが車内に広がった。
「茶煙草、箱で残ってねぇの?ちょうだい」
「あるよ。そう言うと思って」
指に挟んだ煙草を振る藍漣に、2箱しかないけどと答えてパーカーのポケットから新品のパッケージを出す東。ついでに数本しか入っていない開封済みの物も渡せば藍漣はそこから1本引き抜き唇にくわえ、火を点けて東へと寄越した。
ウィンドウを開けると湿った風が肌を濡らす。煙草シケりそうだなと零す藍漣は楽しげで、街を包むジメジメした空気とは真反対のカラッとした声に東も頬を弛めた。
空港へ着き、適当に車を停め、出発時刻まで時間を潰す。特にすることも無いので珈琲を飲みながらベンチでダラダラ駄弁った。
途中で蓮からボイスメッセージが届き開いてみたが、ベソベソと泣きじゃくっていて全く聞き取れず。直後に入った寧の微信により、どうやら藍漣の帰国を寂しがってワンワンやっているのだということが発覚した。
「東、ちゃんと食肆に顔出してやれよな」
「ん?うん…出すけど…」
ケラケラ笑う藍漣を見ながら東は溜め息を漏らす。羨ましいくらいにストレートな吉娃娃。
そうこうしているうちに時は経ち、電光掲示板に映る‘上海’の文字。じゃあ行くわ!と、軽い調子で立ちあがる藍漣。東も腰を上げ、ゲートへ向かう後ろ姿を見送る。
「藍漣」
5メートルほど距離があいたところで東が名前を呼ぶと、藍漣は振り返り首を傾げた。逡巡する東。
呼んだはいいが。何を言えばいいんだ。
「……早く帰ってこいよ」
口にしたあとで、帰ってこいは変だったかと内心焦る。これじゃあまるでここが藍漣の家みたいじゃないか、そうじゃないという事ではないのだけれど、上海にだって居場所はあるだろうに何を俺は急に────グルグルと思考をめぐらす東へ藍漣は駆け寄る。
いつも通りにパーカーの紐を掴むと、グッと引き寄せて、キスをした。
「……待ってろよ?」
唇を離して悪戯に笑い、手を振って搭乗口へと歩いていく藍漣。東はその背中がゲートの奥に消えるまで見届け、消えてからも、暫くそこに立っていた。
乗り場を行き交う人の波。いつまでもここにいても仕方ない…大きく息を吐いて、帰路につこうと後ろを見やる。と。
壁際から、よく知った頭が3つ覗いていた。
「嘘でしょ…」
掠れた声で東が呟けば、ウヒャヒャと悪魔のような表情の猫となんだか照れくさそうにストールで口元を隠す上。樹は月餅を頬張り頷いた。
「見ーちゃった」
「良かったやん」
「ほはっはへ」
「やめてよ恥ずかしい!!」
謎の賛辞に東が両手で顔を覆う。そもそも、こいつらどうして居るんだ?来ないって言っていたのに。
「来るんならみんなで一緒に車乗ってきたら良かったじゃん!!」
「そんなん面白くねぇだろが。コッソリ来たからイイもん見れたんだろ、なぁ?」
「ほうはへ」
「せやな」
「もう!!」
東の叫びに猫がククッと喉を鳴らし、樹と上も同意。かぶりを振ってしゃがみ込む東へ、樹は食べかけの月餅を半分に割って差し出した。優しさである。
ほどなくして、通路の向こうから腕に様々な店の紙袋を提げた燈瑩と両手に食べ物を持った大地がやってくる。
「燈瑩はなんでそんなことになってんだ」
明らかにキャパオーバーな大量のショッパーを目にして、猫が眉間にシワを寄せた。ものすごくデジャブ。
「大地が空港限定のお菓子全部欲しい、って言うから」
「うわ、すんません!大地お礼言うたか?」
「言った!ちゃんとみんなの分もあるし!」
こともなげに答える燈瑩から荷物をいくつか預かりつつ、上が中を覗き込む。樹は大地がくれた菠蘿飽をかじりはじめた。
「でさぁ、結局面白いもの見れたの?」
「見れたよ。大地の兄貴の時もなかなかだったけどな」
「ええやろ俺の話は!!」
「何で内緒にしてるのよぉ…樹までぇ…」
「はまひひゃはふひはほほほっへ」
「なんて?」
「もーいいから飯行こうぜ。猫様腹ペコ」
やいやい言いながら一同は出発ロビーを後にし、フードコートへ向かう。東のポケットの携帯が微信を受信し小さく震えた。新着、1件、藍漣。
〈────我好鍾意你♡〉
それから。
【神豹】系列の連中へと送ったメッセージは文句無しに機能。藍漣が居たグループの周囲を巻き込んで、争いは上海に舞台を移した。
例の角頭も次代が襲名し、九龍と再度友好な関係を築くと明言。街中での小競り合いはまだ続いているものの襲撃や事件、事故は減り、大陸や台灣から乗り込んでくる人間達も鳴りを潜め。
さしあたり城塞に平和──そう、平和──が訪れることとなる。
「ほんと、来たのも急だけど居なくなんのも急だよね」
啟德機場へ車を転がす東が助手席の藍漣に視線を投げる。九龍から空港まではほんの10分足らずだが、ノロノロ走れとの藍漣のリクエストにお応えし東は出来る限り桑塔納のアクセルを絞った。
色々な事にカタが付き周辺が落ち着いてきた矢先、藍漣は上海に戻ると言い出した。
理由を聞けば、地元にはそれなりに顔見知りのガキ共が居る、今回のゴタゴタに巻き込まれそうなのを放っておけないので今後の生活や仕事について少し手助けしにいくと。
そこまで藍漣が世話を焼く必要ももちろん無いのだが、ストリートで暮らしてきた彼女が似たような境遇の子供を見捨てられないのもまた当然だった。
空港まで送ってくれよと藍漣に言われ皆も誘った東だが、全員に断られた。しかも笑いを噛み殺した表情で。面白がっているのか気を遣っているのかわからない、いや、多分両方だな…特に猫の笑みはあくどかった…。思い返しつつ、信号待ちで煙草に火を点けた東の口から藍漣がそれを奪って吸い始める。茉莉花の香りが車内に広がった。
「茶煙草、箱で残ってねぇの?ちょうだい」
「あるよ。そう言うと思って」
指に挟んだ煙草を振る藍漣に、2箱しかないけどと答えてパーカーのポケットから新品のパッケージを出す東。ついでに数本しか入っていない開封済みの物も渡せば藍漣はそこから1本引き抜き唇にくわえ、火を点けて東へと寄越した。
ウィンドウを開けると湿った風が肌を濡らす。煙草シケりそうだなと零す藍漣は楽しげで、街を包むジメジメした空気とは真反対のカラッとした声に東も頬を弛めた。
空港へ着き、適当に車を停め、出発時刻まで時間を潰す。特にすることも無いので珈琲を飲みながらベンチでダラダラ駄弁った。
途中で蓮からボイスメッセージが届き開いてみたが、ベソベソと泣きじゃくっていて全く聞き取れず。直後に入った寧の微信により、どうやら藍漣の帰国を寂しがってワンワンやっているのだということが発覚した。
「東、ちゃんと食肆に顔出してやれよな」
「ん?うん…出すけど…」
ケラケラ笑う藍漣を見ながら東は溜め息を漏らす。羨ましいくらいにストレートな吉娃娃。
そうこうしているうちに時は経ち、電光掲示板に映る‘上海’の文字。じゃあ行くわ!と、軽い調子で立ちあがる藍漣。東も腰を上げ、ゲートへ向かう後ろ姿を見送る。
「藍漣」
5メートルほど距離があいたところで東が名前を呼ぶと、藍漣は振り返り首を傾げた。逡巡する東。
呼んだはいいが。何を言えばいいんだ。
「……早く帰ってこいよ」
口にしたあとで、帰ってこいは変だったかと内心焦る。これじゃあまるでここが藍漣の家みたいじゃないか、そうじゃないという事ではないのだけれど、上海にだって居場所はあるだろうに何を俺は急に────グルグルと思考をめぐらす東へ藍漣は駆け寄る。
いつも通りにパーカーの紐を掴むと、グッと引き寄せて、キスをした。
「……待ってろよ?」
唇を離して悪戯に笑い、手を振って搭乗口へと歩いていく藍漣。東はその背中がゲートの奥に消えるまで見届け、消えてからも、暫くそこに立っていた。
乗り場を行き交う人の波。いつまでもここにいても仕方ない…大きく息を吐いて、帰路につこうと後ろを見やる。と。
壁際から、よく知った頭が3つ覗いていた。
「嘘でしょ…」
掠れた声で東が呟けば、ウヒャヒャと悪魔のような表情の猫となんだか照れくさそうにストールで口元を隠す上。樹は月餅を頬張り頷いた。
「見ーちゃった」
「良かったやん」
「ほはっはへ」
「やめてよ恥ずかしい!!」
謎の賛辞に東が両手で顔を覆う。そもそも、こいつらどうして居るんだ?来ないって言っていたのに。
「来るんならみんなで一緒に車乗ってきたら良かったじゃん!!」
「そんなん面白くねぇだろが。コッソリ来たからイイもん見れたんだろ、なぁ?」
「ほうはへ」
「せやな」
「もう!!」
東の叫びに猫がククッと喉を鳴らし、樹と上も同意。かぶりを振ってしゃがみ込む東へ、樹は食べかけの月餅を半分に割って差し出した。優しさである。
ほどなくして、通路の向こうから腕に様々な店の紙袋を提げた燈瑩と両手に食べ物を持った大地がやってくる。
「燈瑩はなんでそんなことになってんだ」
明らかにキャパオーバーな大量のショッパーを目にして、猫が眉間にシワを寄せた。ものすごくデジャブ。
「大地が空港限定のお菓子全部欲しい、って言うから」
「うわ、すんません!大地お礼言うたか?」
「言った!ちゃんとみんなの分もあるし!」
こともなげに答える燈瑩から荷物をいくつか預かりつつ、上が中を覗き込む。樹は大地がくれた菠蘿飽をかじりはじめた。
「でさぁ、結局面白いもの見れたの?」
「見れたよ。大地の兄貴の時もなかなかだったけどな」
「ええやろ俺の話は!!」
「何で内緒にしてるのよぉ…樹までぇ…」
「はまひひゃはふひはほほほっへ」
「なんて?」
「もーいいから飯行こうぜ。猫様腹ペコ」
やいやい言いながら一同は出発ロビーを後にし、フードコートへ向かう。東のポケットの携帯が微信を受信し小さく震えた。新着、1件、藍漣。
〈────我好鍾意你♡〉
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