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千錯万綜
花火と夜もすがら・後
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千錯万綜16
1人また1人。着実に減っていくゴロツキ。と、港とは反対の方面へ逃げゆく男の背中を視界に捉えた藍漣は、起き上がりその跡を追った。走りつつ数発撃ちこむと相手も撃ち返してくる。左肩あたりをかすったような気もしたが藍漣は止まることなく突っ込み、拳銃を拳銃で弾き相手の懐へ。耳の真横を弾丸が抜ける。低い体勢から顎めがけて肘を打ち上げ、男がよろけたところに回し蹴りを1発。尻餅をつく男の顔面に照準を定め抑揚なく問い掛けた。
「お前が殺したんだよな?ウチの友達」
こいつだという証拠はないが、確信めいた物はあった。友人が‘兄弟分だ’と目にかけていた男、1番スムーズに殺れるのはこいつしかいない。本物の弟の様に接していたのだ、牙を剥かれるとは思ってもみなかったはず。
その友人だって藍漣と特別付き合いが長かった訳ではない。ある日、飲み屋かなんだかに誰かが連れてきて、そこから何となくツルみはじめただけ。
やけに愛らしい女だった。御多分に洩れず路地裏で育ってきており後ろ暗い過去はあったが、どこか憎めずあどけなさの残る、庇ってやりたくなるような、そんな女。様々な男や派閥の間をウロチョロし裏社会で生きていた。よくやるもんだと半ば称賛する気持ちで眺めていたが。
───藍漣は美人だよね。
いつか褒められた時に適当にあしらったら、頬をプゥと幼げに膨らませ矢鱈とむくれられたことがあった。粗雑な扱いに腹を立てたのか。容姿のみならず性格だって、稚なく、可愛かった。本当に。
「アイツだって…裏では、テメェの情報も売ってたんだぜ…」
銃を突き付けられた男が途切れ途切れに吐き捨て、藍漣は‘知ってる’と短く答えた。
だからどうだっていうんだ?保身の為に他人を売るのは普通だろう、どんな綺麗な世界に住んでいるつもりだ?
ただ自分の中で、アイツは友達だった。なら別にそれでいい。どっちだっていい、何でもかんでも。結局そんなもんだ。
正しいことなんてひとつも無い。
トリガーに指をかける藍漣の手の上から、いつの間にか隣に立っていた東が掌を添えた。ついてきてたのかと笑う藍漣へ、お前は足が速すぎると文句をつける東。
銃声に重なって、サンキュ、と小さく藍漣の声が聞こえた。
埠頭へ戻ると、夥しい数の死体の中で生き残りを撫でて回る樹、のんびり煙草を燻らす燈瑩、それと見知らぬ男が待っていた。
「計画通りだな」
男が口を開く。どうやら【神豹】側のリーダーのようだ。
いくら血生臭い抗争になったとて、両者独り残らず相打ちするなんて稀なこと。どうしてこんな結末を迎えたのか?…答えがこの男。
藍漣のグループは数で勝るも戦力では劣っていた、すると最終的には【神豹】のメンバーがそれなりに残る結果になるはず。なので、乱戦の中、この男もこっそりと仲間を片付けていたのだ。不要な輩を片っ端から排除するかわりに自分だけは【黑龍】の贔屓にしてくれと樹へと頼み込んでいた。地位、金、手柄を総取りする為、部下は全て捨て駒ということ。前評判よろしく‘クソみたいな奴’である。
所詮寄せ集めのチンピラ集団、絆なんてものは皆無の、豹の威を借る狐。皇家を思い出しクスリとする燈瑩に男が眉根を寄せる。
「なんだ?」
「なにも?それより、俺達の龍頭から労いがあるから受け取って貰えるかな」
燈瑩から台詞が発せられるやいなや何かが乗ったような感覚が男の肩に生じ、鈍い音がしてクルンと視界の上下が入れ替わる。理解する暇もなくベシャッと足元の赤い水溜まりへと沈む男、その横に‘労い’を伝えた龍頭が軽やかに降り立った。
首をおかしな方向へ傾けたまま地べたで動かない男を見詰め、考え込む樹。どうしたのかと燈瑩が訊ねると、樹は心底不思議そうに呟く。
「なんていうか…こういう人って…なんで、自分は裏切るのに、自分が裏切られることはないと思ってるんだろう」
「あははっ!んー、素直だからじゃない?」
愉快そうに笑う燈瑩に、ふぅん、と頷く樹。藍漣は死体のポケットから携帯を取り出し、男の指を翳して指紋認証させると微信の画面を開いた。【神豹】の残党へむけて偽装工作のメッセージを作成、みんなでワチャワチャしながら文面を練って──盛り上がったせいで微妙に芝居がかってしまったきらいがあるが──送信。終わったら携帯は海へと投げ捨てる。綺麗な放物線を描いて黒い水面に吸い込まれていく最新式高級スマホを見て、もったいな…何個分だろ…と樹がボヤいた。言うまでもなく月餅換算だ。
そろそろ野次馬が集まりそうだと上からの連絡を受け、一同は港をあとにする。死体は完全にほったらかし。ビバ抗争。
城塞へと走る最中、後ろへ腕を伸ばしてくる藍漣の指を掴む東。手を引かれるのも悪くない…走るのが遅くてよかったなと、この時ばかりはちょっとだけ、東は思った。
1人また1人。着実に減っていくゴロツキ。と、港とは反対の方面へ逃げゆく男の背中を視界に捉えた藍漣は、起き上がりその跡を追った。走りつつ数発撃ちこむと相手も撃ち返してくる。左肩あたりをかすったような気もしたが藍漣は止まることなく突っ込み、拳銃を拳銃で弾き相手の懐へ。耳の真横を弾丸が抜ける。低い体勢から顎めがけて肘を打ち上げ、男がよろけたところに回し蹴りを1発。尻餅をつく男の顔面に照準を定め抑揚なく問い掛けた。
「お前が殺したんだよな?ウチの友達」
こいつだという証拠はないが、確信めいた物はあった。友人が‘兄弟分だ’と目にかけていた男、1番スムーズに殺れるのはこいつしかいない。本物の弟の様に接していたのだ、牙を剥かれるとは思ってもみなかったはず。
その友人だって藍漣と特別付き合いが長かった訳ではない。ある日、飲み屋かなんだかに誰かが連れてきて、そこから何となくツルみはじめただけ。
やけに愛らしい女だった。御多分に洩れず路地裏で育ってきており後ろ暗い過去はあったが、どこか憎めずあどけなさの残る、庇ってやりたくなるような、そんな女。様々な男や派閥の間をウロチョロし裏社会で生きていた。よくやるもんだと半ば称賛する気持ちで眺めていたが。
───藍漣は美人だよね。
いつか褒められた時に適当にあしらったら、頬をプゥと幼げに膨らませ矢鱈とむくれられたことがあった。粗雑な扱いに腹を立てたのか。容姿のみならず性格だって、稚なく、可愛かった。本当に。
「アイツだって…裏では、テメェの情報も売ってたんだぜ…」
銃を突き付けられた男が途切れ途切れに吐き捨て、藍漣は‘知ってる’と短く答えた。
だからどうだっていうんだ?保身の為に他人を売るのは普通だろう、どんな綺麗な世界に住んでいるつもりだ?
ただ自分の中で、アイツは友達だった。なら別にそれでいい。どっちだっていい、何でもかんでも。結局そんなもんだ。
正しいことなんてひとつも無い。
トリガーに指をかける藍漣の手の上から、いつの間にか隣に立っていた東が掌を添えた。ついてきてたのかと笑う藍漣へ、お前は足が速すぎると文句をつける東。
銃声に重なって、サンキュ、と小さく藍漣の声が聞こえた。
埠頭へ戻ると、夥しい数の死体の中で生き残りを撫でて回る樹、のんびり煙草を燻らす燈瑩、それと見知らぬ男が待っていた。
「計画通りだな」
男が口を開く。どうやら【神豹】側のリーダーのようだ。
いくら血生臭い抗争になったとて、両者独り残らず相打ちするなんて稀なこと。どうしてこんな結末を迎えたのか?…答えがこの男。
藍漣のグループは数で勝るも戦力では劣っていた、すると最終的には【神豹】のメンバーがそれなりに残る結果になるはず。なので、乱戦の中、この男もこっそりと仲間を片付けていたのだ。不要な輩を片っ端から排除するかわりに自分だけは【黑龍】の贔屓にしてくれと樹へと頼み込んでいた。地位、金、手柄を総取りする為、部下は全て捨て駒ということ。前評判よろしく‘クソみたいな奴’である。
所詮寄せ集めのチンピラ集団、絆なんてものは皆無の、豹の威を借る狐。皇家を思い出しクスリとする燈瑩に男が眉根を寄せる。
「なんだ?」
「なにも?それより、俺達の龍頭から労いがあるから受け取って貰えるかな」
燈瑩から台詞が発せられるやいなや何かが乗ったような感覚が男の肩に生じ、鈍い音がしてクルンと視界の上下が入れ替わる。理解する暇もなくベシャッと足元の赤い水溜まりへと沈む男、その横に‘労い’を伝えた龍頭が軽やかに降り立った。
首をおかしな方向へ傾けたまま地べたで動かない男を見詰め、考え込む樹。どうしたのかと燈瑩が訊ねると、樹は心底不思議そうに呟く。
「なんていうか…こういう人って…なんで、自分は裏切るのに、自分が裏切られることはないと思ってるんだろう」
「あははっ!んー、素直だからじゃない?」
愉快そうに笑う燈瑩に、ふぅん、と頷く樹。藍漣は死体のポケットから携帯を取り出し、男の指を翳して指紋認証させると微信の画面を開いた。【神豹】の残党へむけて偽装工作のメッセージを作成、みんなでワチャワチャしながら文面を練って──盛り上がったせいで微妙に芝居がかってしまったきらいがあるが──送信。終わったら携帯は海へと投げ捨てる。綺麗な放物線を描いて黒い水面に吸い込まれていく最新式高級スマホを見て、もったいな…何個分だろ…と樹がボヤいた。言うまでもなく月餅換算だ。
そろそろ野次馬が集まりそうだと上からの連絡を受け、一同は港をあとにする。死体は完全にほったらかし。ビバ抗争。
城塞へと走る最中、後ろへ腕を伸ばしてくる藍漣の指を掴む東。手を引かれるのも悪くない…走るのが遅くてよかったなと、この時ばかりはちょっとだけ、東は思った。
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