167 / 409
千錯万綜
茶煙草と明け透け・中
しおりを挟む
千錯万綜13
「え?俺?」
あまりにも爽やかな殺害予告に目を丸くする樹。さっきから会話がギリギリ過ぎる…東は内心かなりヒヤヒヤしていたが、表情には出さず成り行きを見守った。
藍漣は樹を差した指の先をクルクル回す。
「ウチのグループも九龍に来たいっぽいんだけど、ここは【黑龍】の息子がシメてるって聞いて」
「シメてないし俺もう【黑龍】でもないよ」
「あははっ!そうだな」
アッサリと答える樹に破顔する藍漣。緊張感という概念は存在しないらしい。
やはり半島外でも樹が【黑龍】の息子だとの噂が立っている模様。誰から聞いたか藍漣に問えば、香港で調子づいてて上海にも足伸ばそうとしてたダリぃオッサン!もう死んだけど、との回答。酷い言われようだが、そうなると紅花の伯父だろうか。
「【黑龍】は結構…何でもやってるじゃん?ウチが今居るグループもそうでさ。けどウチは、そういうやり方あんま好きじゃなくて」
気ぃ悪くしたらごめんなと謝る藍漣に、全く問題ないと返しつつ樹は曲奇をつまむ。
麻薬、密航、売春、賭博、詐欺、偽造、強盗、殺人。【黑龍】は業界最大手だ、傘下の小規模組織だけでも二桁は存在し、そこからさらに細分化された派閥も含めればもはや網羅していない犯罪はあらず。
しかし黒社会の住人全員がそれを迎合しているわけではなく、一般人を巻き込む悪事を是としない者も多い。裏のことは基本的に裏だけでやるべき…藍漣もそういうタイプの人間だった。特に好ましくないのは子供の人身売買、ストリートで育った過去を持っていれば大抵の儕は藍漣と同じくこれに渋面を作るだろう。
だから、見に来た。【黑龍】の息子とはどんな奴なのか。きっとロクでも無い奴だと思っていた、悪名高い【黑龍】の一族で、こんな無法地帯をシメている男がマトモであるはずがない。
自分が身を置いているグループも藍漣としてはいけすかない、世話になった友人の兄弟分だったので手を貸したが、蓋を開ければ小狡い割に下手ばかり打つ馬鹿な連中。それに───まぁ、なんにせよ、シマが欲しけりゃ好きにしたらいい。殺りあってどっちも潰れちまえ、そう考え九龍城にやって来た。
「なのに拍子抜けしちゃったよ。樹、全然イイ奴なんだもん」
藍漣は肩を竦める。見付けた樹は噂に聞いていた話とあまりにも違い、本当にこいつなのかと疑わしいほどだった。なので色々周辺を探ってみたが結論は変わらず、それどころか、接していくにつれプラスの方向へと転換するベクトル。
「噂はやっぱり噂だな。自分で見てみねぇとわかんねぇわ」
満足そうに呟く藍漣へ樹が疑問を投げる。
「じゃあ藍漣のグループの奴らは俺を知ってるんだ?」
「半信半疑ってとこ。とりあえずウチが確認しに来たんだよ、広東語喋れるのウチだけだったし」
あっけらかんと話して首を傾ける藍漣。東が唖然とした様子で口を挟んだ。
「てか藍漣それ、よく俺らに白状したな。命知らずにも程がない?」
「だってもう決めたから、樹側に付くって」
藍漣とて、正義でもって行動している訳では当然無い。どんな殊勝な理念を掲げようが建前を述べようが、裏社会の人間は裏社会の人間。正しさなど振り翳せはしない。
しかしそれでも、自分の中の是非は譲らず、正直に生きることを信条としているのだ。
「それにさ。お前も【東風】でツルんでるとは思わなかったよ、アンバー」
「あれ?俺のことも知ってるの?」
急なアダ名に燈瑩が驚き、藍漣は悪戯に目を細めて続けた。
「4年くらい前に、中国でお前の顔見知りが中継ぎした取り引き覚えてないか?九龍から来てた奴。その時そいつから頼まれただろ?こっちにも銃、流してくれって」
少し考え、あぁ!と頷く燈瑩。もともと九龍出身で、香港から上海へと移って行った知り合い。いくらか連絡も取り合う仲だったが、あるヤマを一緒に踏んだ際‘こちらにも武器を都合してくれ’と頼まれたのだ。
「ウチに広東語教えてくれたのそいつだよ。お前と撮った写真見せてもらったことある、昔は髪長かったよな?」
藍漣は指でチョキチョキとハサミの仕草。初対面の日にやたらと顔を見ていたのはそのせいか。
「けどお前、ウチらには武器、売ってくれなかったな。兄貴は‘俺達に金が無いから’って言ってたけど…違う理由だろ?」
投げかけられた言葉に燈瑩が答えずにいると、藍漣は微笑んだまま眉を下げた。
そう、藍漣の兄がマフィアと揉めていた時。戦る前から結果は見えていた。どんな武器を仕入れようが作戦を立てようが、両者の間にあった覆せない力の差…それをわかっていたから、燈瑩は武器を売らなかった。死地に向かう背を押す事は出来なくて。
ごめんと小さく口にする燈瑩に、お前のせいじゃねぇだろと藍漣。結局止めきれなかったのだ。藍漣の兄達は他所から武器を入手し、計画を決行してしまった。
真偽を問う猫の目配せに燈瑩は肯く。
「本当だよ、その後どうなったのかも周りから聞いてるし」
藍漣の兄のグループはその抗争で全滅、しかし勝利をおさめた側のマフィアもほどなくして別の抗争で壊滅。裏社会ではよくあるニュースのひとつで話題はすぐに立ち消えたが。
「とにかくさ…ウチは皆のこと、すごい気に入っちまったから。ちゃんと話しとこうかと思って。信じてもらえるかわかんねーけど」
あとはみんなの判断に任せるよと締め括る藍漣。
今聞いた内容を踏まえて、どうするか。藍漣のこと、藍漣のグループのこと────樹が幸運曲奇を砕きながら言った。
「藍漣は、ここに居たらいいじゃん」
「え?俺?」
あまりにも爽やかな殺害予告に目を丸くする樹。さっきから会話がギリギリ過ぎる…東は内心かなりヒヤヒヤしていたが、表情には出さず成り行きを見守った。
藍漣は樹を差した指の先をクルクル回す。
「ウチのグループも九龍に来たいっぽいんだけど、ここは【黑龍】の息子がシメてるって聞いて」
「シメてないし俺もう【黑龍】でもないよ」
「あははっ!そうだな」
アッサリと答える樹に破顔する藍漣。緊張感という概念は存在しないらしい。
やはり半島外でも樹が【黑龍】の息子だとの噂が立っている模様。誰から聞いたか藍漣に問えば、香港で調子づいてて上海にも足伸ばそうとしてたダリぃオッサン!もう死んだけど、との回答。酷い言われようだが、そうなると紅花の伯父だろうか。
「【黑龍】は結構…何でもやってるじゃん?ウチが今居るグループもそうでさ。けどウチは、そういうやり方あんま好きじゃなくて」
気ぃ悪くしたらごめんなと謝る藍漣に、全く問題ないと返しつつ樹は曲奇をつまむ。
麻薬、密航、売春、賭博、詐欺、偽造、強盗、殺人。【黑龍】は業界最大手だ、傘下の小規模組織だけでも二桁は存在し、そこからさらに細分化された派閥も含めればもはや網羅していない犯罪はあらず。
しかし黒社会の住人全員がそれを迎合しているわけではなく、一般人を巻き込む悪事を是としない者も多い。裏のことは基本的に裏だけでやるべき…藍漣もそういうタイプの人間だった。特に好ましくないのは子供の人身売買、ストリートで育った過去を持っていれば大抵の儕は藍漣と同じくこれに渋面を作るだろう。
だから、見に来た。【黑龍】の息子とはどんな奴なのか。きっとロクでも無い奴だと思っていた、悪名高い【黑龍】の一族で、こんな無法地帯をシメている男がマトモであるはずがない。
自分が身を置いているグループも藍漣としてはいけすかない、世話になった友人の兄弟分だったので手を貸したが、蓋を開ければ小狡い割に下手ばかり打つ馬鹿な連中。それに───まぁ、なんにせよ、シマが欲しけりゃ好きにしたらいい。殺りあってどっちも潰れちまえ、そう考え九龍城にやって来た。
「なのに拍子抜けしちゃったよ。樹、全然イイ奴なんだもん」
藍漣は肩を竦める。見付けた樹は噂に聞いていた話とあまりにも違い、本当にこいつなのかと疑わしいほどだった。なので色々周辺を探ってみたが結論は変わらず、それどころか、接していくにつれプラスの方向へと転換するベクトル。
「噂はやっぱり噂だな。自分で見てみねぇとわかんねぇわ」
満足そうに呟く藍漣へ樹が疑問を投げる。
「じゃあ藍漣のグループの奴らは俺を知ってるんだ?」
「半信半疑ってとこ。とりあえずウチが確認しに来たんだよ、広東語喋れるのウチだけだったし」
あっけらかんと話して首を傾ける藍漣。東が唖然とした様子で口を挟んだ。
「てか藍漣それ、よく俺らに白状したな。命知らずにも程がない?」
「だってもう決めたから、樹側に付くって」
藍漣とて、正義でもって行動している訳では当然無い。どんな殊勝な理念を掲げようが建前を述べようが、裏社会の人間は裏社会の人間。正しさなど振り翳せはしない。
しかしそれでも、自分の中の是非は譲らず、正直に生きることを信条としているのだ。
「それにさ。お前も【東風】でツルんでるとは思わなかったよ、アンバー」
「あれ?俺のことも知ってるの?」
急なアダ名に燈瑩が驚き、藍漣は悪戯に目を細めて続けた。
「4年くらい前に、中国でお前の顔見知りが中継ぎした取り引き覚えてないか?九龍から来てた奴。その時そいつから頼まれただろ?こっちにも銃、流してくれって」
少し考え、あぁ!と頷く燈瑩。もともと九龍出身で、香港から上海へと移って行った知り合い。いくらか連絡も取り合う仲だったが、あるヤマを一緒に踏んだ際‘こちらにも武器を都合してくれ’と頼まれたのだ。
「ウチに広東語教えてくれたのそいつだよ。お前と撮った写真見せてもらったことある、昔は髪長かったよな?」
藍漣は指でチョキチョキとハサミの仕草。初対面の日にやたらと顔を見ていたのはそのせいか。
「けどお前、ウチらには武器、売ってくれなかったな。兄貴は‘俺達に金が無いから’って言ってたけど…違う理由だろ?」
投げかけられた言葉に燈瑩が答えずにいると、藍漣は微笑んだまま眉を下げた。
そう、藍漣の兄がマフィアと揉めていた時。戦る前から結果は見えていた。どんな武器を仕入れようが作戦を立てようが、両者の間にあった覆せない力の差…それをわかっていたから、燈瑩は武器を売らなかった。死地に向かう背を押す事は出来なくて。
ごめんと小さく口にする燈瑩に、お前のせいじゃねぇだろと藍漣。結局止めきれなかったのだ。藍漣の兄達は他所から武器を入手し、計画を決行してしまった。
真偽を問う猫の目配せに燈瑩は肯く。
「本当だよ、その後どうなったのかも周りから聞いてるし」
藍漣の兄のグループはその抗争で全滅、しかし勝利をおさめた側のマフィアもほどなくして別の抗争で壊滅。裏社会ではよくあるニュースのひとつで話題はすぐに立ち消えたが。
「とにかくさ…ウチは皆のこと、すごい気に入っちまったから。ちゃんと話しとこうかと思って。信じてもらえるかわかんねーけど」
あとはみんなの判断に任せるよと締め括る藍漣。
今聞いた内容を踏まえて、どうするか。藍漣のこと、藍漣のグループのこと────樹が幸運曲奇を砕きながら言った。
「藍漣は、ここに居たらいいじゃん」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる