九龍懐古

カロン

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千錯万綜

茶煙草と明け透け・中

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千錯万綜13





「え?俺?」

あまりにも爽やかな殺害予告に目を丸くするイツキ。さっきから会話がギリギリ過ぎる…アズマは内心かなりヒヤヒヤしていたが、表情には出さず成り行きを見守った。
藍漣アイランイツキを差した指の先をクルクル回す。

「ウチのグループも九龍に来たいっぽいんだけど、ここは【黑龍】の息子がシメてるって聞いて」
「シメてないし俺もう【黑龍】でもないよ」
「あははっ!そうだな」

アッサリと答えるイツキに破顔する藍漣アイラン。緊張感という概念は存在しないらしい。

やはり半島外でもイツキが【黑龍】の息子だとの噂が立っている模様。誰から聞いたか藍漣アイランに問えば、香港で調子づいてて上海こっちにも足伸ばそうとしてたダリぃオッサン!もう死んだけど、との回答。酷い言われようだが、そうなると紅花ホンファの伯父だろうか。

「【黑龍】は結構…何でもやってるじゃん?ウチが今居るグループもそうでさ。けどウチは、そういうやり方あんま好きじゃなくて」

気ぃ悪くしたらごめんなと謝る藍漣アイランに、全く問題ないと返しつつイツキ曲奇クッキーをつまむ。

麻薬、密航、売春、賭博、詐欺、偽造、強盗、殺人。【黑龍】は業界最大手・・・・・だ、傘下の小規模組織だけでも二桁ふたけたは存在し、そこからさらに細分化された派閥も含めればもはや網羅していない犯罪はあらず。
しかし黒社会の住人全員がそれを迎合しているわけではなく、一般人を巻き込む悪事をとしない者も多い。裏のことは基本的に裏だけでやるべき…藍漣アイランもそういうタイプの人間だった。特に好ましくないのは子供の人身売買、ストリートで育った過去を持っていれば大抵のともがら藍漣アイランと同じくこれに渋面しぶつらを作るだろう。

だから、見に来た。【黑龍】の息子とはどんな奴なのか。きっとロクでも無い奴だと思っていた、悪名高い【黑龍】の一族で、こんな無法地帯をシメている男がマトモであるはずがない。
自分が身を置いているグループも藍漣アイランとしてはいけすかない、世話になった友人の兄弟分だったので手を貸したが、蓋を開ければ小狡い割に下手ばかり打つ馬鹿な連中。それに───まぁ、なんにせよ、シマが欲しけりゃ好きにしたらいい。りあってどっちも潰れちまえ、そう考え九龍城にやって来た。

「なのに拍子抜けしちゃったよ。イツキ、全然イイ奴なんだもん」

藍漣アイランは肩をすくめる。見付けたイツキは噂に聞いていた話とあまりにも違い、本当にこいつなのかと疑わしいほどだった。なので色々周辺を探ってみたが結論は変わらず、それどころか、接していくにつれプラスの方向へと転換するベクトル。

「噂はやっぱり噂だな。自分で見てみねぇとわかんねぇわ」

満足そうに呟く藍漣アイランイツキが疑問を投げる。

「じゃあ藍漣アイランのグループの奴らは俺を知ってるんだ?」
「半信半疑ってとこ。とりあえずウチが確認しに来たんだよ、広東語しゃべれるのウチだけだったし」

あっけらかんと話して首をかたむける藍漣アイランアズマが唖然とした様子で口を挟んだ。

「てか藍漣おまえそれ、よく俺らに白状バラしたな。命知らずにも程がない?」
「だってもう決めたから、イツキ側に付くって」

藍漣アイランとて、正義でもって行動している訳では当然無い。どんな殊勝しゅしょうな理念を掲げようが建前を述べようが、裏社会の人間は裏社会の人間。正しさなど振りかざせはしない。
しかしそれでも、自分の中の是非ぜひは譲らず、正直に生きることを信条としているのだ。

「それにさ。お前も【東風ここ】でツルんでるとは思わなかったよ、アンバー」
「あれ?俺のことも知ってるの?」

急なアダ名に燈瑩トウエイが驚き、藍漣アイランは悪戯に目を細めて続けた。

「4年くらい前に、中国でお前の顔見知りが中継ぎした取り引き覚えてないか?九龍から来てた奴。その時そいつから頼まれただろ?こっちにも銃、流してくれって」

少し考え、あぁ!と頷く燈瑩トウエイ。もともと九龍出身で、香港から上海へと移って行った知り合い。いくらか連絡も取り合う仲だったが、あるヤマを一緒に踏んだ際‘こちらにも武器を都合してくれ’と頼まれたのだ。

「ウチに広東語教えてくれたのそいつだよ。お前と撮った写真見せてもらったことある、昔は髪長かったよな?」

藍漣アイランは指でチョキチョキとハサミの仕草。初対面の日にやたらと顔を見ていたのはそのせいか。

「けどお前、ウチらには武器、売ってくれなかったな。兄貴は‘俺達に金が無いから’って言ってたけど…違う理由だろ?」

投げかけられた言葉に燈瑩トウエイが答えずにいると、藍漣アイランは微笑んだまま眉を下げた。

そう、藍漣アイランの兄がマフィアと揉めていた時。る前から結果は見えていた。どんな武器を仕入れようが作戦を立てようが、両者の間にあった覆せない力の差…それをわかっていたから、燈瑩トウエイは武器を売らなかった。死地に向かう背を押す事は出来なくて。
ごめんと小さく口にする燈瑩トウエイに、お前のせいじゃねぇだろと藍漣アイラン。結局めきれなかったのだ。藍漣アイランの兄達は他所よそから武器を入手し、計画を決行してしまった。

真偽を問うマオの目配せに燈瑩トウエイうなずく。

「本当だよ、その後どうなったのかも周りから聞いてるし」

藍漣アイランの兄のグループはその抗争で全滅、しかし勝利をおさめた側のマフィアもほどなくして別の抗争で壊滅。裏社会ではよくあるニュースのひとつで話題はすぐに立ち消えたが。

「とにかくさ…ウチは皆のこと、すごい気に入っちまったから。ちゃんと話しとこうかと思って。信じてもらえるかわかんねーけど」

あとはみんなの判断に任せるよと締め括る藍漣アイラン

今聞いた内容を踏まえて、どうするか。藍漣アイランのこと、藍漣アイランのグループのこと────イツキ幸運曲奇フォーチュンクッキーを砕きながら言った。


藍漣アイランは、ここに居たらいいじゃん」
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