166 / 404
千錯万綜
茶煙草と明け透け・前
しおりを挟む
千錯万綜12
そこから幾日か続いた落ち着いた生活、目新しいニュースは【東風】に電気ケトルが復活したことか。混乱が落ち着くまで飲み歩くのを自重しろと東に言われた藍漣が意外に素直に家に居るようになったので、お茶やお菓子を楽しむ機会が増えたせいだ。
それに伴い買い集めた工芸茶のストックで華やいでいく戸棚、どんどん場所を占拠していく花茶。だが東もまた、それを見て悪い気はしていなかった。
これといったトラブルも無く、襲撃も無く──街中ではもちろん死体が量産されていたけれど──もはや次代角頭の就任を待つばかりかと思われた。
影を落としたのは、前触れなく上に入った一報。‘情報を売って欲しい’との内容で、よくある頼み事だが、報酬が異様に高額だったのだ。
「誰からの依頼なの?」
「それがな、あんまよぉわからんねん」
今日も今日とて【東風】に集まったメンバー達は、上の話に耳を傾ける。
依頼主は聞き慣れない名前のグループ。ここ最近で結成されたものか?にしては随分金がある…どこか大手からの枝分かれ、もしくは実体を偽っているという見解が有力か。
欲しがっている情報も‘九龍の内情’などと大雑把。けれどそんなもの、そこら辺を歩いていれば誰にだってわかる。治安の問題で歩きたくないのかも知れないが、わざわざ情報屋に大金を払って接触してくるような輩が治安悪化に怯える一般人の可能性は低い。怪しい依頼主とは出来れば会いたくないものだが…うーんと頭を捻る上。
「行かなくていいよ」
ふいに聞こえたその声の方向に全員が顔を向けると、視線の先、カウンターのスツールに腰掛ける藍漣が上を見詰めていた。
「そいつら、【神豹】の系列のクソみてぇな奴らだよ。行ったら情報吐こうが吐くまいが上死ぬぜ」
九龍城砦の現状は把握したうえで連絡してきているはず、すると狙いは別の処、上自身かもしくはその周辺に居る誰か…そして用が済んだら生きて返すつもりはない、あいつらはそういうグループだと藍漣。
「【神豹】ってどこの人達なの?」
無邪気に尋ねる大地に藍漣はフッと笑って、数秒沈黙し、上海だよと答えた。
──────おかしい。
薄々感じていた違和感がハッキリと輪郭を形造る。壁際で煙草を吸っていた燈瑩が窺う様に目線を向けてきたのを東は見逃さなかったが、それより早く、斜め向かいの椅子で酒をあおっていた猫が口を開いた。
「藍漣なんで最初嘘ついた?」
質問は端的だったが、完璧に的を射ていた、つまり───東や樹と出会った際。城内の情勢を知らないのかと訊いた東に、藍漣は知らないと答えた。
しかしそれは嘘なのだ。先日樹が倒した男達は中国──今思えば訛りが上海だった──から来ていたし、今回上に接触してきた人物も上海。ならばその周辺の半グレ連中の耳にも九龍の現在状況は入っているという事。上海の裏社会で生きている藍漣が‘知らない’はずはなかった。
猫が背もたれに重心をかけ、傾いた椅子の前脚が浮く。ギッ、と小さく音が鳴り、空気がピリついた。
これは…ちょっと、風向きが良くない。東はカウンターに頬杖をついたまま考えを巡らせたが、すぐに藍漣のカラッとした声が届く。
「どうしようか迷ってたから」
質問に対して紛れもない肯定の台詞ではあるものの、その雰囲気には重苦しさも後ろめたさもなかった。事実を隠したり取り繕ったりするつもりがなさそうだ。
「ぁんだよ迷ってたって。お前、俺のあともツケてたろ」
藍漣の毒気のない声音に猫は体勢を崩し、呆れたようにため息。場が和らぎホッとした東の様子を感じ取った藍漣はカウンター越しに少しだけ東に身体を寄せ、形のいい唇の端を上げる。
「ツケてた。九龍の事もそうだけど、みんなの事も知りたかったからさぁ」
藍漣が夕飯のあとに消えていた理由。猫の動向を探っていたのだ、そして、チンピラ達を薙ぎ倒す姿を陰から見ていた───あん時の茉莉花そいつの匂いかと猫が藍漣の煙草を顎で指す。
路地裏で蓮を助けに入って猫を呼び出した折、‘この前みたいに’と発言したのはそのせいだった。もちろん蓮の近くに居たのだって偶然ではない。
「藍漣はどうして九龍来たの?合梨会がバタバタ死んでるけど、そのあたりの関係?」
燈瑩が煙を吹きつつ問えば藍漣は違う違うと掌をパタつかせ、そりゃ河南省の連中の仕業だろ?合梨会は鶏に手ぇ出し過ぎなんだと言って渋い顔をした。
市場を押さえて九龍城砦への流通価格を高騰させるだけでは飽き足らず、仕入れ先にまで迷惑をかけているのか…河南省は河南省で幅を利かせている組織がある、シノギの関係などで抗争になるのも尤もだ。
と、笑顔でピッと樹を指差す藍漣。
「ウチが殺りに来たのは───樹だよ」
そこから幾日か続いた落ち着いた生活、目新しいニュースは【東風】に電気ケトルが復活したことか。混乱が落ち着くまで飲み歩くのを自重しろと東に言われた藍漣が意外に素直に家に居るようになったので、お茶やお菓子を楽しむ機会が増えたせいだ。
それに伴い買い集めた工芸茶のストックで華やいでいく戸棚、どんどん場所を占拠していく花茶。だが東もまた、それを見て悪い気はしていなかった。
これといったトラブルも無く、襲撃も無く──街中ではもちろん死体が量産されていたけれど──もはや次代角頭の就任を待つばかりかと思われた。
影を落としたのは、前触れなく上に入った一報。‘情報を売って欲しい’との内容で、よくある頼み事だが、報酬が異様に高額だったのだ。
「誰からの依頼なの?」
「それがな、あんまよぉわからんねん」
今日も今日とて【東風】に集まったメンバー達は、上の話に耳を傾ける。
依頼主は聞き慣れない名前のグループ。ここ最近で結成されたものか?にしては随分金がある…どこか大手からの枝分かれ、もしくは実体を偽っているという見解が有力か。
欲しがっている情報も‘九龍の内情’などと大雑把。けれどそんなもの、そこら辺を歩いていれば誰にだってわかる。治安の問題で歩きたくないのかも知れないが、わざわざ情報屋に大金を払って接触してくるような輩が治安悪化に怯える一般人の可能性は低い。怪しい依頼主とは出来れば会いたくないものだが…うーんと頭を捻る上。
「行かなくていいよ」
ふいに聞こえたその声の方向に全員が顔を向けると、視線の先、カウンターのスツールに腰掛ける藍漣が上を見詰めていた。
「そいつら、【神豹】の系列のクソみてぇな奴らだよ。行ったら情報吐こうが吐くまいが上死ぬぜ」
九龍城砦の現状は把握したうえで連絡してきているはず、すると狙いは別の処、上自身かもしくはその周辺に居る誰か…そして用が済んだら生きて返すつもりはない、あいつらはそういうグループだと藍漣。
「【神豹】ってどこの人達なの?」
無邪気に尋ねる大地に藍漣はフッと笑って、数秒沈黙し、上海だよと答えた。
──────おかしい。
薄々感じていた違和感がハッキリと輪郭を形造る。壁際で煙草を吸っていた燈瑩が窺う様に目線を向けてきたのを東は見逃さなかったが、それより早く、斜め向かいの椅子で酒をあおっていた猫が口を開いた。
「藍漣なんで最初嘘ついた?」
質問は端的だったが、完璧に的を射ていた、つまり───東や樹と出会った際。城内の情勢を知らないのかと訊いた東に、藍漣は知らないと答えた。
しかしそれは嘘なのだ。先日樹が倒した男達は中国──今思えば訛りが上海だった──から来ていたし、今回上に接触してきた人物も上海。ならばその周辺の半グレ連中の耳にも九龍の現在状況は入っているという事。上海の裏社会で生きている藍漣が‘知らない’はずはなかった。
猫が背もたれに重心をかけ、傾いた椅子の前脚が浮く。ギッ、と小さく音が鳴り、空気がピリついた。
これは…ちょっと、風向きが良くない。東はカウンターに頬杖をついたまま考えを巡らせたが、すぐに藍漣のカラッとした声が届く。
「どうしようか迷ってたから」
質問に対して紛れもない肯定の台詞ではあるものの、その雰囲気には重苦しさも後ろめたさもなかった。事実を隠したり取り繕ったりするつもりがなさそうだ。
「ぁんだよ迷ってたって。お前、俺のあともツケてたろ」
藍漣の毒気のない声音に猫は体勢を崩し、呆れたようにため息。場が和らぎホッとした東の様子を感じ取った藍漣はカウンター越しに少しだけ東に身体を寄せ、形のいい唇の端を上げる。
「ツケてた。九龍の事もそうだけど、みんなの事も知りたかったからさぁ」
藍漣が夕飯のあとに消えていた理由。猫の動向を探っていたのだ、そして、チンピラ達を薙ぎ倒す姿を陰から見ていた───あん時の茉莉花そいつの匂いかと猫が藍漣の煙草を顎で指す。
路地裏で蓮を助けに入って猫を呼び出した折、‘この前みたいに’と発言したのはそのせいだった。もちろん蓮の近くに居たのだって偶然ではない。
「藍漣はどうして九龍来たの?合梨会がバタバタ死んでるけど、そのあたりの関係?」
燈瑩が煙を吹きつつ問えば藍漣は違う違うと掌をパタつかせ、そりゃ河南省の連中の仕業だろ?合梨会は鶏に手ぇ出し過ぎなんだと言って渋い顔をした。
市場を押さえて九龍城砦への流通価格を高騰させるだけでは飽き足らず、仕入れ先にまで迷惑をかけているのか…河南省は河南省で幅を利かせている組織がある、シノギの関係などで抗争になるのも尤もだ。
と、笑顔でピッと樹を指差す藍漣。
「ウチが殺りに来たのは───樹だよ」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる