九龍懐古

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千錯万綜

閻魔と1番・後

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千錯万綜11





「師範!!!!」
「うわ、うるっせぇな」

マオは叫び声と共に抱きついてくるレンの顔面を押さえ、早いじゃんと感心する藍漣アイランに当たり前だろ誰だと思ってんだと舌打ち。

「来てくれたんでしゅか!!」
藍漣こいつ微信メッセで‘お前んとこの吉娃娃イヌが死にそうだ’っつうからよ」

ゲンナリしながら答えつつの詳細を問うマオへ、先日の12K関連のようだと説明するレンネイの正体もバレたとあって、じゃあ倒しといたほうがいいなとマオは気怠そうに首を回す。

「この前みたいにチャチャッとやってよ」
「そうです師範は強いんでしゅから!やっちゃって下しゃい!」
「黙れ吉娃娃チワワ

ニヤニヤする藍漣アイランマオは怪訝な表情をし、尻尾を振るレンの頭をはたいた。そして。

「まーつえぇけど」

そう吐き捨てたマオの袖が、かすかに揺れた。

目前まで迫っていた男の首元を、脇差わきざしの刃先が音も無く滑る。またたに血が噴き出しマオはサッとレンの後ろに身を隠した。血液のシャワーをモロに浴びたレンの全身が真っ赤に染まる。

「ギャー!!!!」
「ナイス盾」

短く賛辞を送ると、マオは悲鳴をあげるレンの背を踏み付け跳躍。男達の背後をとり、連中が振り向くより先に手近な1人の首を飛ばした。残った胴体に前蹴りをいれれば倒れてきた首無それを支えた男がアタフタと慌てる。
腕をひねって隣の輩の下顎からスコンッと刀を刺すと、頭頂部からツノのように切っ先が生えた。刃を戻しこの男の身体も蹴り飛ばす。後ろで銃を抜く男に1歩で詰め寄り、引き金がひかれる直前に銃身をみねで叩いて銃口を他所よそへ向けさせる。弾道がれて仲間に命中し青ざめるチンピラ。そいつをそのまま袈裟懸けに斬りつけ、不幸にも流れ弾を喰らった人物を見やると当たりどころが悪かったようで既に血溜まりの中に沈んでいた。

すると、残された男が踵を返してレンへと向かっていく。突破して逃げる気か──身構えるレン藍漣アイランレンの首根っこを掴み後方へ引き倒すと、振り上げられた男のこぶしてのひらで受けとめた。パァンと乾いた音が鳴り互いの動きが止まる。
次の瞬間にはやいばの尖端が男の胸から顔を覗かせていた。ズルッと背中側へと引き抜かれる刀身、男が力無く倒れ込むのとマオの納刀はほぼ同じタイミングだった。

流石さすがだね、師範」
「やめろっつの」

藍漣アイランの師範呼びにはちを寄せつつ、マオは他の仲間の有無をレンに確認。居なかったはずだとの返答に一息つき周囲を見渡す。

───だいぶ死体が転がってしまった。

俺を目当てに来た客なら良いが、蓮や寧こいつらの客を転がしとくのはなぁ…食肆レストランにも近過ぎるし…マオはハァと息を吐き、携帯を取り出すと‘何でも屋’にコール。

イツキぃ、暇?お片付け・・・・してくんね?適当でいいから。金払う払う…盛興四期の近くでさぁ… …」

その様子を眺めていた藍漣アイランの服の裾をネイが握った。ちょっと現場が凄惨過ぎたかなと考えた藍漣アイランが平気かと尋ねると、もう慣れたとなんとも頼もしい返事。
藍漣アイランは先程のネイの言葉を思い出し、小さな声で問い掛ける。

ネイは【紫竹】の娘なの?」

コクリと頷くネイ

「でも…出来れば…」

内緒に、とネイが口に出す前に藍漣アイランは微笑む。

「言わないよ」

その笑顔に安堵し、ネイはここに至るまでの経緯をおおまかに説明した。みんなに助けられて以降ずっと良くしてもらっている、少しずつでも恩を返していきたいと呟く横顔を見つめる藍漣アイラン

「ウチもアズマイツキには世話んなってるよ」
「私もです。イツキさんには特に…似てるところ・・・・・・があるから、って」

それを聞いた藍漣アイランがわずかに目を細める。が、すぐにいつもの表情に戻り、あいつら優しいもんなと笑った。

「おい、イツキがお片付けしにくるから。レンの店でちっと待とうぜ」

通話を終えたマオ食肆レストランの方向を示しながら告げる。全員で店内へと移動して暫《しばら》く待つと、紙袋を持ったイツキがお片付けを済ませてやってきた。

「なんだその袋」
「傷薬。アズマが‘怪我人に使いなさい’って」
「マジでノッポお人好しだな」

マオの疑問にイツキが答えると、藍漣アイランが愉快そうに手を叩く。レンの治療をしつついくらか雑談をして本日は解散。食肆レストランは──レンがボコボコなので──臨時休業だ。

【東風】に帰り着き、第一声でお腹が空いたと訴えるイツキ藍漣アイランアズマが出迎える。2人の姿を見たアズマ藍漣アイランの手元に目をめた。

「お前も怪我したの?」

言われて初めて気が付く藍漣アイランしてみ、と指を取るアズマにこれくらいどうでもいいと言う藍漣アイランだが、雑菌入ったらどうするの!化膿したら良くないでしょ!とたしなめられ、大人しく手当を受けることに。

「慣れてんな」
「これでも薬師ですよ」

サカサカと手際良く薬を塗るアズマ藍漣アイランは首を傾げる。

身長タッパもあるし料理も出来るし世話焼きなのに、何でお前モテねぇの」
「俺が聞きたいよ」
「なにが駄目なんだ?顔か?」
「どストレート過ぎる」

剛速球に空笑いを浮かべるアズマ、その黒縁眼鏡を藍漣アイランが奪い去った。

「ウチは悪くないと思うんだけどな、顔も。つうかたまにはちゃんと見せろよ。この眼鏡素通しだろ」
「あ、そぉ…?ありがと…」

礼を述べつつアズマは内心で不思議に思う。よくわかったな眼鏡の事…イツキですら気付いていなかったのに…。

「ウチと付き合うか?」

唐突に聞こえた言葉に、アズマは消毒液のビンを手から滑らせ床に落とした。ガシャンと音をたててガラスが割れ、中の赤茶けた液体が辺りに広がり藍漣アイランの白いズボンを染める。

「うわっ、ごめん!!藍漣おまえズボン──…」
「え?別にいいよ、この服おまえのじゃん」
「でしたね!!」

物音を聞きつけくわえ煙草ならぬくわえ‘月餅’でやってきたイツキへ、藍漣アイランの傷に絆創膏を貼ってもらうよう頼むと雑巾で床をフキフキするアズマ

「なんで落っことしたの」
藍漣アイランにからかわれた」
「からかったつもりじゃねーけど」

イツキの疑問にアズマが口を尖らせ、その仕草に藍漣アイランがケラケラ笑う。
掃除終わったらご飯作るから2人とも時間潰してなさいとアズマに言われ、イツキはおやつをかじりに戻り、藍漣アイランは屋上へ煙草を吸いに出た。



日の暮れた九龍、所狭しと設置されたおびただしい数のアンテナのあいだから空を見上げる藍漣アイラン。スレスレを通り過ぎる飛行機が啟德機場カイタックくうこうへ向かっていく。魔窟はあちこちに光をともし、花街のネオンは明るく夜を照らしていた。
煙草に火をつけるとポケットから取り出した携帯を開く。メールを送信しかけて────消去。また携帯をポケットに突っ込んだ。
建ち並ぶ不恰好ぶかっこうな違法建築を彩る窓のあかりを眺めつつ、藍漣アイランは闇へと紫煙を流す。

茉莉花ジャスミンの香りの煙が、砦を巡る生ぬるい風にさらわれ、虚空に溶けた。
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