165 / 429
千錯万綜
閻魔と1番・後
しおりを挟む
千錯万綜11
「師範!!!!」
「うわ、うるっせぇな」
猫は叫び声と共に抱きついてくる蓮の顔面を押さえ、早いじゃんと感心する藍漣に当たり前だろ誰だと思ってんだと舌打ち。
「来てくれたんでしゅか!!」
「藍漣が微信で‘お前んとこの吉娃娃が死にそうだ’っつうからよ」
ゲンナリしながら答えつつ客の詳細を問う猫へ、先日の12K関連のようだと説明する蓮。寧の正体もバレたとあって、じゃあ倒しといたほうがいいなと猫は気怠そうに首を回す。
「この前みたいにチャチャッとやってよ」
「そうです師範は強いんでしゅから!やっちゃって下しゃい!」
「黙れ吉娃娃」
ニヤニヤする藍漣に猫は怪訝な表情をし、尻尾を振る蓮の頭をはたいた。そして。
「まー強ぇけど」
そう吐き捨てた猫の袖が、微かに揺れた。
目前まで迫っていた男の首元を、脇差の刃先が音も無く滑る。瞬く間に血が噴き出し猫はサッと蓮の後ろに身を隠した。血液のシャワーをモロに浴びた蓮の全身が真っ赤に染まる。
「ギャー!!!!」
「ナイス盾」
短く賛辞を送ると、猫は悲鳴をあげる蓮の背を踏み付け跳躍。男達の背後をとり、連中が振り向くより先に手近な1人の首を飛ばした。残った胴体に前蹴りをいれれば倒れてきた首無を支えた男がアタフタと慌てる。
腕を捻って隣の輩の下顎からスコンッと刀を刺すと、頭頂部から角のように切っ先が生えた。刃を戻しこの男の身体も蹴り飛ばす。後ろで銃を抜く男に1歩で詰め寄り、引き金がひかれる直前に銃身を峰で叩いて銃口を他所へ向けさせる。弾道が逸れて仲間に命中し青ざめるチンピラ。そいつをそのまま袈裟懸けに斬りつけ、不幸にも流れ弾を喰らった人物を見やると当たりどころが悪かったようで既に血溜まりの中に沈んでいた。
すると、残された男が踵を返して蓮へと向かっていく。突破して逃げる気か──身構える蓮。藍漣は蓮の首根っこを掴み後方へ引き倒すと、振り上げられた男の拳を掌で受けとめた。パァンと乾いた音が鳴り互いの動きが止まる。
次の瞬間には刃の尖端が男の胸から顔を覗かせていた。ズルッと背中側へと引き抜かれる刀身、男が力無く倒れ込むのと猫の納刀はほぼ同じタイミングだった。
「流石だね、師範」
「やめろっつの」
藍漣の師範呼びに八の字を寄せつつ、猫は他の仲間の有無を蓮に確認。居なかったはずだとの返答に一息つき周囲を見渡す。
───だいぶ死体が転がってしまった。
俺を目当てに来た客なら良いが、蓮や寧の客を転がしとくのはなぁ…食肆にも近過ぎるし…猫はハァと息を吐き、携帯を取り出すと‘何でも屋’にコール。
「樹ぃ、暇?お片付けしてくんね?適当でいいから。金払う払う…盛興四期の近くでさぁ… …」
その様子を眺めていた藍漣の服の裾を寧が握った。ちょっと現場が凄惨過ぎたかなと考えた藍漣が平気かと尋ねると、もう慣れたとなんとも頼もしい返事。
藍漣は先程の寧の言葉を思い出し、小さな声で問い掛ける。
「寧は【紫竹】の娘なの?」
コクリと頷く寧。
「でも…出来れば…」
内緒に、と寧が口に出す前に藍漣は微笑む。
「言わないよ」
その笑顔に安堵し、寧はここに至るまでの経緯をおおまかに説明した。みんなに助けられて以降ずっと良くしてもらっている、少しずつでも恩を返していきたいと呟く横顔を見つめる藍漣。
「ウチも東と樹には世話んなってるよ」
「私もです。樹さんには特に…似てるところがあるから、って」
それを聞いた藍漣がわずかに目を細める。が、すぐにいつもの表情に戻り、あいつら優しいもんなと笑った。
「おい、樹がお片付けしにくるから。蓮の店でちっと待とうぜ」
通話を終えた猫が食肆の方向を示しながら告げる。全員で店内へと移動して暫《しばら》く待つと、紙袋を持った樹がお片付けを済ませてやってきた。
「なんだその袋」
「傷薬。東が‘怪我人に使いなさい’って」
「マジでノッポお人好しだな」
猫の疑問に樹が答えると、藍漣が愉快そうに手を叩く。蓮の治療をしつついくらか雑談をして本日は解散。食肆は──蓮がボコボコなので──臨時休業だ。
【東風】に帰り着き、第一声でお腹が空いたと訴える樹と藍漣を東が出迎える。2人の姿を見た東は藍漣の手元に目を留めた。
「お前も怪我したの?」
言われて初めて気が付く藍漣。診してみ、と指を取る東にこれくらいどうでもいいと言う藍漣だが、雑菌入ったらどうするの!化膿したら良くないでしょ!と窘められ、大人しく手当を受けることに。
「慣れてんな」
「これでも薬師ですよ」
サカサカと手際良く薬を塗る東へ藍漣は首を傾げる。
「身長もあるし料理も出来るし世話焼きなのに、何でお前モテねぇの」
「俺が聞きたいよ」
「なにが駄目なんだ?顔か?」
「どストレート過ぎる」
剛速球に空笑いを浮かべる東、その黒縁眼鏡を藍漣が奪い去った。
「ウチは悪くないと思うんだけどな、顔も。つうかたまにはちゃんと見せろよ。この眼鏡素通しだろ」
「あ、そぉ…?ありがと…」
礼を述べつつ東は内心で不思議に思う。よくわかったな眼鏡の事…樹ですら気付いていなかったのに…。
「ウチと付き合うか?」
唐突に聞こえた言葉に、東は消毒液のビンを手から滑らせ床に落とした。ガシャンと音をたててガラスが割れ、中の赤茶けた液体が辺りに広がり藍漣の白いズボンを染める。
「うわっ、ごめん!!藍漣ズボン──…」
「え?別にいいよ、この服東のじゃん」
「でしたね!!」
物音を聞きつけ銜え煙草ならぬ銜え‘月餅’でやってきた樹へ、藍漣の傷に絆創膏を貼ってもらうよう頼むと雑巾で床をフキフキする東。
「なんで落っことしたの」
「藍漣にからかわれた」
「からかったつもりじゃねーけど」
樹の疑問に東が口を尖らせ、その仕草に藍漣がケラケラ笑う。
掃除終わったらご飯作るから2人とも時間潰してなさいと東に言われ、樹はおやつをかじりに戻り、藍漣は屋上へ煙草を吸いに出た。
日の暮れた九龍、所狭しと設置された夥しい数のアンテナの間から空を見上げる藍漣。スレスレを通り過ぎる飛行機が啟德機場へ向かっていく。魔窟はあちこちに光を灯し、花街のネオンは明るく夜を照らしていた。
煙草に火をつけるとポケットから取り出した携帯を開く。メールを送信しかけて────消去。また携帯をポケットに突っ込んだ。
建ち並ぶ不恰好な違法建築を彩る窓の明りを眺めつつ、藍漣は闇へと紫煙を流す。
茉莉花の香りの煙が、砦を巡る生ぬるい風にさらわれ、虚空に溶けた。
「師範!!!!」
「うわ、うるっせぇな」
猫は叫び声と共に抱きついてくる蓮の顔面を押さえ、早いじゃんと感心する藍漣に当たり前だろ誰だと思ってんだと舌打ち。
「来てくれたんでしゅか!!」
「藍漣が微信で‘お前んとこの吉娃娃が死にそうだ’っつうからよ」
ゲンナリしながら答えつつ客の詳細を問う猫へ、先日の12K関連のようだと説明する蓮。寧の正体もバレたとあって、じゃあ倒しといたほうがいいなと猫は気怠そうに首を回す。
「この前みたいにチャチャッとやってよ」
「そうです師範は強いんでしゅから!やっちゃって下しゃい!」
「黙れ吉娃娃」
ニヤニヤする藍漣に猫は怪訝な表情をし、尻尾を振る蓮の頭をはたいた。そして。
「まー強ぇけど」
そう吐き捨てた猫の袖が、微かに揺れた。
目前まで迫っていた男の首元を、脇差の刃先が音も無く滑る。瞬く間に血が噴き出し猫はサッと蓮の後ろに身を隠した。血液のシャワーをモロに浴びた蓮の全身が真っ赤に染まる。
「ギャー!!!!」
「ナイス盾」
短く賛辞を送ると、猫は悲鳴をあげる蓮の背を踏み付け跳躍。男達の背後をとり、連中が振り向くより先に手近な1人の首を飛ばした。残った胴体に前蹴りをいれれば倒れてきた首無を支えた男がアタフタと慌てる。
腕を捻って隣の輩の下顎からスコンッと刀を刺すと、頭頂部から角のように切っ先が生えた。刃を戻しこの男の身体も蹴り飛ばす。後ろで銃を抜く男に1歩で詰め寄り、引き金がひかれる直前に銃身を峰で叩いて銃口を他所へ向けさせる。弾道が逸れて仲間に命中し青ざめるチンピラ。そいつをそのまま袈裟懸けに斬りつけ、不幸にも流れ弾を喰らった人物を見やると当たりどころが悪かったようで既に血溜まりの中に沈んでいた。
すると、残された男が踵を返して蓮へと向かっていく。突破して逃げる気か──身構える蓮。藍漣は蓮の首根っこを掴み後方へ引き倒すと、振り上げられた男の拳を掌で受けとめた。パァンと乾いた音が鳴り互いの動きが止まる。
次の瞬間には刃の尖端が男の胸から顔を覗かせていた。ズルッと背中側へと引き抜かれる刀身、男が力無く倒れ込むのと猫の納刀はほぼ同じタイミングだった。
「流石だね、師範」
「やめろっつの」
藍漣の師範呼びに八の字を寄せつつ、猫は他の仲間の有無を蓮に確認。居なかったはずだとの返答に一息つき周囲を見渡す。
───だいぶ死体が転がってしまった。
俺を目当てに来た客なら良いが、蓮や寧の客を転がしとくのはなぁ…食肆にも近過ぎるし…猫はハァと息を吐き、携帯を取り出すと‘何でも屋’にコール。
「樹ぃ、暇?お片付けしてくんね?適当でいいから。金払う払う…盛興四期の近くでさぁ… …」
その様子を眺めていた藍漣の服の裾を寧が握った。ちょっと現場が凄惨過ぎたかなと考えた藍漣が平気かと尋ねると、もう慣れたとなんとも頼もしい返事。
藍漣は先程の寧の言葉を思い出し、小さな声で問い掛ける。
「寧は【紫竹】の娘なの?」
コクリと頷く寧。
「でも…出来れば…」
内緒に、と寧が口に出す前に藍漣は微笑む。
「言わないよ」
その笑顔に安堵し、寧はここに至るまでの経緯をおおまかに説明した。みんなに助けられて以降ずっと良くしてもらっている、少しずつでも恩を返していきたいと呟く横顔を見つめる藍漣。
「ウチも東と樹には世話んなってるよ」
「私もです。樹さんには特に…似てるところがあるから、って」
それを聞いた藍漣がわずかに目を細める。が、すぐにいつもの表情に戻り、あいつら優しいもんなと笑った。
「おい、樹がお片付けしにくるから。蓮の店でちっと待とうぜ」
通話を終えた猫が食肆の方向を示しながら告げる。全員で店内へと移動して暫《しばら》く待つと、紙袋を持った樹がお片付けを済ませてやってきた。
「なんだその袋」
「傷薬。東が‘怪我人に使いなさい’って」
「マジでノッポお人好しだな」
猫の疑問に樹が答えると、藍漣が愉快そうに手を叩く。蓮の治療をしつついくらか雑談をして本日は解散。食肆は──蓮がボコボコなので──臨時休業だ。
【東風】に帰り着き、第一声でお腹が空いたと訴える樹と藍漣を東が出迎える。2人の姿を見た東は藍漣の手元に目を留めた。
「お前も怪我したの?」
言われて初めて気が付く藍漣。診してみ、と指を取る東にこれくらいどうでもいいと言う藍漣だが、雑菌入ったらどうするの!化膿したら良くないでしょ!と窘められ、大人しく手当を受けることに。
「慣れてんな」
「これでも薬師ですよ」
サカサカと手際良く薬を塗る東へ藍漣は首を傾げる。
「身長もあるし料理も出来るし世話焼きなのに、何でお前モテねぇの」
「俺が聞きたいよ」
「なにが駄目なんだ?顔か?」
「どストレート過ぎる」
剛速球に空笑いを浮かべる東、その黒縁眼鏡を藍漣が奪い去った。
「ウチは悪くないと思うんだけどな、顔も。つうかたまにはちゃんと見せろよ。この眼鏡素通しだろ」
「あ、そぉ…?ありがと…」
礼を述べつつ東は内心で不思議に思う。よくわかったな眼鏡の事…樹ですら気付いていなかったのに…。
「ウチと付き合うか?」
唐突に聞こえた言葉に、東は消毒液のビンを手から滑らせ床に落とした。ガシャンと音をたててガラスが割れ、中の赤茶けた液体が辺りに広がり藍漣の白いズボンを染める。
「うわっ、ごめん!!藍漣ズボン──…」
「え?別にいいよ、この服東のじゃん」
「でしたね!!」
物音を聞きつけ銜え煙草ならぬ銜え‘月餅’でやってきた樹へ、藍漣の傷に絆創膏を貼ってもらうよう頼むと雑巾で床をフキフキする東。
「なんで落っことしたの」
「藍漣にからかわれた」
「からかったつもりじゃねーけど」
樹の疑問に東が口を尖らせ、その仕草に藍漣がケラケラ笑う。
掃除終わったらご飯作るから2人とも時間潰してなさいと東に言われ、樹はおやつをかじりに戻り、藍漣は屋上へ煙草を吸いに出た。
日の暮れた九龍、所狭しと設置された夥しい数のアンテナの間から空を見上げる藍漣。スレスレを通り過ぎる飛行機が啟德機場へ向かっていく。魔窟はあちこちに光を灯し、花街のネオンは明るく夜を照らしていた。
煙草に火をつけるとポケットから取り出した携帯を開く。メールを送信しかけて────消去。また携帯をポケットに突っ込んだ。
建ち並ぶ不恰好な違法建築を彩る窓の明りを眺めつつ、藍漣は闇へと紫煙を流す。
茉莉花の香りの煙が、砦を巡る生ぬるい風にさらわれ、虚空に溶けた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる