九龍懐古

カロン

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千錯万綜

閻魔と1番・中

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千錯万綜10




「へっ?違いましゅよ」

慌てたレンは相変わらず語尾を噛んだ。そのせいでなんだか胡散臭くなってしまったものの、本当に違うと念を押す。
厳密に言えばそうと言えなくもないが…実態としては、12Kの下っ端のグループのさらに下っ端にタカられていただけだ。

どうやらこの連中、先日の皇室ロイヤルと福建省の一件──レン達が警察にパクらせたアレ──に噛んでいて損失を出したらしい。
けれどリークしたのが誰だったかバレてはいないはず、そうすると報復ではなく単純に、オジャンになった取り引きのグループに関連する人間から損害額を補填しようと目論んでいるということか。
男達の要求は12Kの情報、食肆レストランの経営権、そして…レン九龍城砦このまちから姿を消すこと。

「いや全然無理です」

キッパリ断るレンにチンピラは苛立った様子を見せた。随分と強気な態度のレンだが、それは気丈だからとか勝算があるからとか、そういったプラスの要素によるものではない。

むしろマイナス。‘はい’でも‘いいえ’でも、どう対応しようが結果は同じだったから。

まず12Kと繋がっていないレンは有益な情報を出せない、ワンアウト。次に食肆レストランは皆に協力してもらって作り上げた大事な場所で、大切な従業員もいる。ゆえに渡せない、ツーアウト。最後に‘姿を消す’という言い回しをしているが要は‘殺す’ということ、前の2つをクリアしたとてどっちにしろ詰んでいる。スリーアウト、チェンジ。
失踪・・というのは非常に都合がよろしい。殺したあとに死体を隠して行方不明にし、店の売り上げでもゴッソリ抜いておけば‘レンが金を持って逃亡した’という筋書きが成り立つ。そこへ横から善人ヅラして現れればポジションを奪うことは容易い…裏社会の人間が善人ヅラというのもおかしな話だが。

男が低くうなる。

「痛い目みねぇとわかんねぇのか」
「痛い目みたってわかりません」

言い返すレンに男は近寄り、肩を掴むと身体を道の端へブン投げた。壁に背中をぶつけるレン、抱えていた酒瓶の袋が地面に落ちて派手に割れる。間髪入れずに顔を殴られ口の中が切れた。血の味。が、レンひるまず男を睨みつける。

「殺したければどうぞ、僕なんてなんの足しにもなりませんけど」

おどせばノコノコついてくると思ったか?僕だって泣いてるばっかりじゃないんだ…めちゃくちゃ泣きたいけど…レンは下唇を噛んだ。
協力的なフリをして命令に従い隙をついて逃げ出すという手も考えたが、恐らく九龍ここから離れたらすぐに殺す気だろう。脱出のタイミングがあるかは不明、ならば連れて行かれた先でられるよりこの場所の方が得だ。何かしらの証拠を残せば、きっとみんなや師範がかたきを討ってくれる。

男がレンをもう1発殴りつけた。2発、3発。しかし何発殴られてもレンは強情な態度を崩さない。素直に言うことを聞けという男を再び睨んで口を開く。

「嫌でしゅ」

僕だって。

「カッコつけない訳にはいかないですから」



カッコよくありたいのだ、みんなみたいに。



かたくななレンに業を煮やした男が刃物を抜く。レンが覚悟を決めて目を瞑った、その時。



「やめて下さい!!」



路地裏に響いた声。全員が目線を向けた先、立っていたのは────ネイだ。手には大きなガラス片が握られている。

「れっ、レンさんを、離して下さい…!!じゃなかったら、刺します…!!」

ネイはガラス片の尖端を自分の胸元へ構えた。意味がわからず眉根を寄せる男達にむかって震える声を絞る。

「わ、私は…【紫竹】の龍頭ボスの娘です。捕まえたら、何か、役に立つんじゃないですか」

【紫竹】という単語に場の雰囲気がわずかに揺らいだ。娘が九龍に来たという噂はあったが、生きていたのか?本物だとしたら思いがけない…上手く利用すれば大利が出る。
一方、焦って目を見開くレン。荷物運びの手伝いをしてくれるとは言っていたけれど、最悪のタイミングで迎えにこられてしまった。逃げろと首を振るレンだがネイもフルフルと首を振って答える。

「恩を受けた人を見捨てるなんて、絶対に、出来ません」

幼い瞳は強い決意に満ちており、それを見たレンの瞳も少し潤んだ。

男達は逡巡する。レンるのが得か、ネイを捕獲するのが得か。──ネイを捕獲してからレンるのが得か?そんな考えがよぎった瞬間。

「ウチもそれが得だと思う」

思考を読んだかの様な台詞と共に、家電製品と人影が上から落ちてきた。路地の入口付近に居た男がブラウン管のテレビを、その横の男が人影の膝を脳天に喰らって倒れ込む。

「まぁ、やらせないけどね」

軽い口調で言いながら着地した人物は藍漣アイランだった。画面が割れて使い物にならなくなったテレビを見やり申し訳なさそうに肩をすくめる、住民の誰かが屋上に設置していたものを勝手に投げたのだろう。
レンは急いで足元の酒瓶を手に取り、突然の襲撃に気を取られている目の前の敵をブン殴る。地面に突っ伏す男。その間に2人ほど蹴倒けたおして道をひらいた藍漣アイランはズラかるぜと合図、レンネイへと走り寄って手を取ると路地を駆け出した。

「た、助かりました…!でも何で…?」
「ん?うん…たまたま近くに居てな」

半ベソのレンの髪をクシャッと撫でる藍漣アイラン。追ってくる男達を見て不安気な表情のネイへ大丈夫だと告げると逃げ道を指示、そしてクネクネと迷路のような城塞内を通り抜け食肆レストランの傍まで辿り着いたところで────上空、視界の端に何かを捉え、呟く。

「あ、来た」
「え?」

藍漣アイランの視線にレンも上へと首を向けると、目に映ったのはフワリとはためく着物。それをまとった人物はレンと男達とのあいだに舞い降り、ひたすら面倒くさそうな顔と声音で言った。

「なんなんだよこりゃあ、バカ吉娃娃チワワ…」
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