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千錯万綜
多数決と西多士・後
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千錯万綜8
お昼前、路地裏を歩く樹と東。
お気に入りの茶餐廳が臨時休業中──こんなところにも治安悪化の余波が──なので、自宅でスイーツを作るべく材料を揃えに外出したのだ。リクエストは西多士、ちょうど卵や牛乳が安売りしていたのはツいていた。東がシシッと笑う。
「鴻運鴻運!今卵高いからな」
「鳥インフル落ち着いたんじゃなかった?」
「それがね。流行った時に合梨会が金積んで市場の利権独占しはじめて、そっからずっと高値なのよ」
でも最近、合梨会は組員がゴッソリ死んだ──こんなところにも治安悪化の余波が──から価格戻るかもだけど、と東は親指を首元で横に滑らせる。
「よく知ってるね」
「ん?うん。俺たまに合梨会の、えーと、野菜アレしてて」
野菜?マフィアが八百屋なんてやるのかなと樹は思うも、飲食店や日用品店を経営する黒社会の組織は山ほどあるし変でもないか…九龍は大部分が裏の人間で形成されてるもんな、東だって薬局やってるし…と納得。
まぁそういう野菜ではなかったのだが。
2人が雑談を交わしながら細い路地を進んでいると、道の向こうに突然わらわらと人影が現れた。通行人ではなさそう、いや、一般人ですらなさそう。樹と東は顔を見合わせる。
「【東風】のお客さん?」
「ウチのお客様はもっと品がよろしくてよ」
樹の質問にふざけた口調で返し、唇へ手をあてる東。嘘つき甚だしい。
ならば襲撃か?真っ昼間から大胆なことだ。誰だかは全くわからないが、客じゃないなら誰だっていい。
殺られる前に殺るだけ。
お互いの距離が縮まっていく。5メートル…4メートル…3メートルまで歩を進めた所で、樹は東の頭を下に押しやり買い物袋を左から右へ勢いよく振った。綺麗に散らばって飛び出す中身が男達に降り注ぎ視界を塞ぐ。
割れる卵、破裂する果物、拉げる飲み物の紙パック。全てが地面へと落ちた時、半グレ達の視界に入ったのは───しゃがみこんだ東。樹が消えている。
と、後方からゴキンッと鈍い音。それを聞いて振り返った男は首を変な方向に曲げて倒れ込む仲間の姿と樹を視認するも、次の瞬間には耳の傍で再度鈍い音が聞こえ景色の上下が反転していた。
どうしてそこに樹が居るのかわからないまま──食材で目眩ましすると同時に跳んで頭上をすり抜けただけだが──さらに1人が顎に一撃を喰らい崩れ落ちる。その頭が地に着く前に横っツラを蹴り飛ばす樹、メキョッと顔面が壁に埋まった。
樹はそいつが手から取り落とした銃を東へとキック。そして体勢を低くし回転、両脇の2人の脚を払って転がすと片方の喉元を首の骨ごと踏み潰す。
最後の1人が倒れたまま樹に銃を向けるのと東が受け取った銃を撃つ……と見せかけて投げ付けるのはほぼ同じタイミングだった。男が握っていた銃は弾き飛ばされ鳩尾に樹のローが入る。えづく男に近寄った東が、もう一度銃を拾って構え直した。
「なんで投げたの」
「あの距離で撃って当てる自信が無かった」
樹の問いに、無駄にキリッとした眼差しで答える東。そんな表情で言われても。
でもそういえば東は投げるのが得意だった…相槌を打って樹も男を見下ろす。
話を聞けば、こいつらは台灣ではなく中国の半グレのようだ。‘九龍で広がる戦火の混乱に乗じて一旗あげようとした。薬の売人を狙ってる’とのテンプレートな回答。
「け、けどな…俺は本当は、お前らと組みたいと思ってたんだ。薬師もそうだが、ほら、そっちの小さい方」
焦りながら懇願するように喋る男。小さい方が自分だと気付いた樹が眉を上げると、思いもよらない単語が飛び出した。
「お前、【黑龍】の息子なんだろ」
その言葉に面喰らう東と樹。
詳しく問い詰めると、かつて香港の取引先から聞いたとのこと。なら【黑龍】にいた薬師の情報…から派生した、紅花の伯父関係の可能性もあるか。
しかしあくまで噂の域は出ていないようで、この男も半信半疑でやってきた様子。信憑性がないのであれば放っといてもいいが、真偽を確かめる為に他の連中もちょっかいをかけてくる可能性は十二分。
若干面倒くさそうなオーラの樹を、帰ったらおやついっぱい作るからと東が宥める。
「对勿起よ、謝るよ。な?俺と組ま…」
「あっお疲れ様デシタ」
組まないかと勧誘しようとした男を棒読みで労い、頭にパンッと1発撃ち込む東。
一応死体はそれとなく路地の端に寄せ、2人は来た道を戻る。
「食材買い直しだね」
「よし、さっきより高い食材買っちゃおう。グレードアップってやつ」
「ほんと?」
浮かない顔の樹へ東が提案すると、樹の瞳がパッと輝いた。昨日の自分の台詞‘どこからでもかかってこい’に罪悪感を感じていた東はホッと胸を撫で下ろす。それがこの襲撃の原因ではないのは承知だが、とにかく。
「ほんとほんと。俺今日結構持ってるから」
笑ってポケットの財布を叩く東。同時にマナーモードにしている携帯が震えたが、猫からだとわかっていたのでポケットに手を突っ込むと一瞥もせずガチャ切り。
先日競馬を的中させた東は、勝ち分を全てツケの支払いに充てると猫に約束してしまっていた。だが今から予定外の出費だ…返済は次回にしてもらおう…そのままそっと携帯の電源を落とす。
雞蛋仔とか班戟も作ろっか?じゃ芒果入れたい。水果しこたま買っちゃお!和気藹々と会話をしつつ雑踏に紛れていく2人。
【東風】に帰り着いた時、電話を切られたのでムカついて殴りに来た猫と漢方でも欲しいのかと思ってそれを普通に招き入れた藍漣がカウンターで並んで酒を飲んでいる事など、この時はまだ露ほども知らなかった。
お昼前、路地裏を歩く樹と東。
お気に入りの茶餐廳が臨時休業中──こんなところにも治安悪化の余波が──なので、自宅でスイーツを作るべく材料を揃えに外出したのだ。リクエストは西多士、ちょうど卵や牛乳が安売りしていたのはツいていた。東がシシッと笑う。
「鴻運鴻運!今卵高いからな」
「鳥インフル落ち着いたんじゃなかった?」
「それがね。流行った時に合梨会が金積んで市場の利権独占しはじめて、そっからずっと高値なのよ」
でも最近、合梨会は組員がゴッソリ死んだ──こんなところにも治安悪化の余波が──から価格戻るかもだけど、と東は親指を首元で横に滑らせる。
「よく知ってるね」
「ん?うん。俺たまに合梨会の、えーと、野菜アレしてて」
野菜?マフィアが八百屋なんてやるのかなと樹は思うも、飲食店や日用品店を経営する黒社会の組織は山ほどあるし変でもないか…九龍は大部分が裏の人間で形成されてるもんな、東だって薬局やってるし…と納得。
まぁそういう野菜ではなかったのだが。
2人が雑談を交わしながら細い路地を進んでいると、道の向こうに突然わらわらと人影が現れた。通行人ではなさそう、いや、一般人ですらなさそう。樹と東は顔を見合わせる。
「【東風】のお客さん?」
「ウチのお客様はもっと品がよろしくてよ」
樹の質問にふざけた口調で返し、唇へ手をあてる東。嘘つき甚だしい。
ならば襲撃か?真っ昼間から大胆なことだ。誰だかは全くわからないが、客じゃないなら誰だっていい。
殺られる前に殺るだけ。
お互いの距離が縮まっていく。5メートル…4メートル…3メートルまで歩を進めた所で、樹は東の頭を下に押しやり買い物袋を左から右へ勢いよく振った。綺麗に散らばって飛び出す中身が男達に降り注ぎ視界を塞ぐ。
割れる卵、破裂する果物、拉げる飲み物の紙パック。全てが地面へと落ちた時、半グレ達の視界に入ったのは───しゃがみこんだ東。樹が消えている。
と、後方からゴキンッと鈍い音。それを聞いて振り返った男は首を変な方向に曲げて倒れ込む仲間の姿と樹を視認するも、次の瞬間には耳の傍で再度鈍い音が聞こえ景色の上下が反転していた。
どうしてそこに樹が居るのかわからないまま──食材で目眩ましすると同時に跳んで頭上をすり抜けただけだが──さらに1人が顎に一撃を喰らい崩れ落ちる。その頭が地に着く前に横っツラを蹴り飛ばす樹、メキョッと顔面が壁に埋まった。
樹はそいつが手から取り落とした銃を東へとキック。そして体勢を低くし回転、両脇の2人の脚を払って転がすと片方の喉元を首の骨ごと踏み潰す。
最後の1人が倒れたまま樹に銃を向けるのと東が受け取った銃を撃つ……と見せかけて投げ付けるのはほぼ同じタイミングだった。男が握っていた銃は弾き飛ばされ鳩尾に樹のローが入る。えづく男に近寄った東が、もう一度銃を拾って構え直した。
「なんで投げたの」
「あの距離で撃って当てる自信が無かった」
樹の問いに、無駄にキリッとした眼差しで答える東。そんな表情で言われても。
でもそういえば東は投げるのが得意だった…相槌を打って樹も男を見下ろす。
話を聞けば、こいつらは台灣ではなく中国の半グレのようだ。‘九龍で広がる戦火の混乱に乗じて一旗あげようとした。薬の売人を狙ってる’とのテンプレートな回答。
「け、けどな…俺は本当は、お前らと組みたいと思ってたんだ。薬師もそうだが、ほら、そっちの小さい方」
焦りながら懇願するように喋る男。小さい方が自分だと気付いた樹が眉を上げると、思いもよらない単語が飛び出した。
「お前、【黑龍】の息子なんだろ」
その言葉に面喰らう東と樹。
詳しく問い詰めると、かつて香港の取引先から聞いたとのこと。なら【黑龍】にいた薬師の情報…から派生した、紅花の伯父関係の可能性もあるか。
しかしあくまで噂の域は出ていないようで、この男も半信半疑でやってきた様子。信憑性がないのであれば放っといてもいいが、真偽を確かめる為に他の連中もちょっかいをかけてくる可能性は十二分。
若干面倒くさそうなオーラの樹を、帰ったらおやついっぱい作るからと東が宥める。
「对勿起よ、謝るよ。な?俺と組ま…」
「あっお疲れ様デシタ」
組まないかと勧誘しようとした男を棒読みで労い、頭にパンッと1発撃ち込む東。
一応死体はそれとなく路地の端に寄せ、2人は来た道を戻る。
「食材買い直しだね」
「よし、さっきより高い食材買っちゃおう。グレードアップってやつ」
「ほんと?」
浮かない顔の樹へ東が提案すると、樹の瞳がパッと輝いた。昨日の自分の台詞‘どこからでもかかってこい’に罪悪感を感じていた東はホッと胸を撫で下ろす。それがこの襲撃の原因ではないのは承知だが、とにかく。
「ほんとほんと。俺今日結構持ってるから」
笑ってポケットの財布を叩く東。同時にマナーモードにしている携帯が震えたが、猫からだとわかっていたのでポケットに手を突っ込むと一瞥もせずガチャ切り。
先日競馬を的中させた東は、勝ち分を全てツケの支払いに充てると猫に約束してしまっていた。だが今から予定外の出費だ…返済は次回にしてもらおう…そのままそっと携帯の電源を落とす。
雞蛋仔とか班戟も作ろっか?じゃ芒果入れたい。水果しこたま買っちゃお!和気藹々と会話をしつつ雑踏に紛れていく2人。
【東風】に帰り着いた時、電話を切られたのでムカついて殴りに来た猫と漢方でも欲しいのかと思ってそれを普通に招き入れた藍漣がカウンターで並んで酒を飲んでいる事など、この時はまだ露ほども知らなかった。
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