九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
160 / 404
千錯万綜

チョコレートと火達磨

しおりを挟む
千錯万綜6





夕暮れの九龍城、燈瑩トウエイは寺子屋付近で煙草をふかしていた。

しばらく続いた【宵城】通い──というと如何いかがわしく聞こえるが──も終了し、目下の予定といえば大地ダイチを迎えに行ったりレンの店で夕飯を食べたりとのんびりしたものばかり。街の雰囲気は相変わらず最悪だけれど、いくらか平和な日々を過ごしていた。 


────つい数刻前までは。


最近は台灣との取り引きけてたんだけど…いや別に最近の件とも限らないか、全然見当けんとうつかないな…。考えながらフィルター近くまで燃えた吸い殻を揉み消す燈瑩トウエイに、建物から出て来た大地ダイチが手を振って駆け寄る。

ゴー!来てくれたの?」
「時間あいたからね」

大地ダイチへ笑いかけつつ燈瑩トウエイはそれとなく周囲を見渡した。どうやらまだ仕掛けてはこなさそうだ、動向を窺っているのか人数を集めているのか…何にせよ、このまま大地ダイチを家に送る訳にはいかなくなった。住居がバレるのは得策ではない。
宵城みせ】で時間を潰して、暗くなったら自分1人で相手をしに行くか。そう結論づけると微笑んで口を開く。

「あのさ、マオの所に寄らない?お得意様に配る用でホテルの新作チョコ買ったらしいからつまみに行こうよ」
「え、行く!マオって新作はいっつも1番高いやつ買うもんね!この前もさー…」

大地ダイチは即座に承諾し、楽しそうにおやつの話を開始。街を包む喧騒の中、2人は会話を弾ませながら【宵城】へ向かった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「超美味しい!」
「なんで仕入れたの知ってんだ」
「キャストの達から聞いた」

お馴染み朱塗りの天守の中。
チョコレートを頬張る大地ダイチ、悪態をつくマオ、笑って答える燈瑩トウエイ。テメェに呑ますと売り上げ立つけど情報筒抜けんのが難点だなと、マオはパイプの煙を燈瑩トウエイに向けてポポッと吐いた。
たわいもない雑談をしているうちに窓の外のは違法建築の向こうへと消えていき、月明かりとネオンが城塞を彩る。時刻はそろそろ夕飯どき。
おやつをペロッと平らげた大地ダイチが、ご飯食べに行く?と燈瑩トウエイに疑問を投げるも、燈瑩トウエイは眉を下げごめんねのポーズ。

「実は仕事がまだ終わってないからさ、あとで合流するよ。先にマオと一緒にレン君のとこ行ってて。ね?」

その言葉にマオは一拍置いてから‘あっそぉ’と呟く。【宵城】を出ると大地ダイチマオレン食肆レストランへ、燈瑩トウエイはとりあえず逆方向へ。

貧困区からスラムへと抜け、あえて人気ひとけのない路地を選んで歩き、売人や薬物中毒者を横目に暗がりを進むとこぢんまりとした広場に辿り着いた。突き当りで後ろを振り返る燈瑩トウエイ

通ってきた道から、後を追うようにワラワラと男達が向かってくる。5人…10人…?まぁ何人でもいいが。
居ることはわかっていた、なので大地ダイチを家に送るのはやめにして【宵城】に連れて行ったのだ。心当たりが多過ぎてどのグループかは不明だったが…ザッと見回してみると、どうも知らない顔ばかり。台灣からシマを取りに来たご新規さんだろうか。

燈瑩トウエイが懐から素早く銃を抜き路地の入り口を撃つと、警戒した男達が足を止める。弾は転がっていたドラム缶に当たり、中から漏れ出した液体が地面や周辺に散らかるゴミを濡らしていく。
男達は距離を保ったまま各々思い思いの武器を構え始めた。反対に、燈瑩トウエイ一旦いったん銃を降ろし正面を見据え落ち着いた口調で話しだす。

「退いてくれるってことはなさそうだね」
「お前こそ、大人しくした方が身の為なんじゃねぇのか」

返答してきているのはチンピラ共の中心に陣取る男、このグループのヘッドか。

「大人しくしようがしまいが同じ事でしょ?どうせ俺を殺すつもりなんだから」
「シマの拡大に協力的だっていうなら、生かしておいても構わないんだぜ」

男の現実味のない言葉に燈瑩トウエイは笑った。

だったらもっと根回しをして懐柔すべきで、こんな明白あからさまなやり方じゃ手を貸すも何も無い。あまり計画性のある連中ではないのだ…正直、ターゲットを殺してルートを奪うのが関の山のはず。
でも、無駄話に付き合っているところをかんがみると半分は本音なのか?それともる前に情報を引き出したいってだけかな?そんなような事を考えつつ、燈瑩トウエイはおもむろに煙草を取り出し1本口元に運び、柔らかい口調でいた。

「協力するとして何すればいいの?」

急に投げられた燈瑩トウエイの疑問に、チンピラ連中は答えに窮する。キッチリとした回答はない様子だが、実は燈瑩トウエイにとって取引内容はどうでもよかった。今重要なのは別の事…黙って時間が流れるのを待つ。
少しすると、どこそこのルートを寄越せだのあの界隈の客を譲れだの陳腐な文言がツラツラ並べ立てられたが、特に文句をいうこともせず燈瑩トウエイは頷いて全てを聞いた。

素直に耳を傾ける燈瑩トウエイにチンピラ達は若干緊張をゆるめ、一触即発の空気が和らぐ。
リーダーらしき男は随分とよく喋ったあと、銃を構え直して再度質問。

「協力するのかしないのか、答えろよ」
「ん?んー…そうだね。俺の答えは…」

気の無い返事をし、燈瑩トウエイはくわえていた煙草にジッポで火を点けた。
そして───笑顔を貼り付けたまま、男達に向かってそのジッポをほうり、呟く。

「これかな」




気付いた時には遅かった。




話し込んでいるに、ドラム缶からこぼれ出した燃料は捨てられていたチラシや衣類、男達の服に染み込んでおり、そこに放り込まれたジッポから瞬く間に引火。辺りは一瞬で火の海に包まれた。
夜の暗闇に対してやたらと明るい炎が男達の全身を舐めあげ、無数の火達磨が其処彼処そこかしこでのた打ち回る。後ろの方にいたチンピラ達はギリギリで難を逃れたが、間髪入れず響いた発砲音と共に頭から血を吹き出して倒れていった。
飛び散る火の粉、呻き声、広がる阿鼻叫喚の地獄絵図───不幸にも最後に残された1人の目に、にこやかに歩み寄ってくる燈瑩トウエイの姿が映る。煙草をふかしながら燃え盛る広場を縦断する燈瑩トウエイは足元でうごめく男達には見向きもしない、しいていえば肉が焦げ付く匂いにほんのわずか好ましくなさそうな表情をしていたか。

「ねぇ。ちょっとだけ質問してもいい?」

くずおれる男の鼓膜を、場に似つかわしくない柔和な声が揺らす。それからもう一度銃声が鳴り渡る迄の時間は、然程さほど長くなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

処理中です...