九龍懐古

カロン

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和気藹々

士多啤梨とこれから

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和気藹々9





「─────っぷは!!ネイ大丈夫?」

断崖よりかなり離れた場所で、イツキが水面から顔を出す。その腕の中にいるネイも何度か荒い呼吸を繰り返してから頷いた。

イツキは遠くに見える岬を見やる。霧が立ち込め霞んでいる…天気が悪く湿度も高い、もやがかかっていたのは有り難かった。もう崖の上からでは2人の姿を視認出来ないはず。
チンピラはネイの死体をあまり捜しもせず早々に撤退するだろうとイツキ達は踏んでいたが、とにかく上手くいった。

ネイの顔に視線を向けて、口からまだこぼれている血のようなものに目を丸くするイツキ

「うわ。口真っ赤」
「ん…でも、美味しいです、これ」

美味しいのか。そういやアズマレンと2人であーだこーだ言って一生懸命下拵したごしらえしてたな。

───食紅混ぜます?シロップのほうがいいんじゃね。ゼラチンで周り固めましょうか。ジャム加えたらドロッとしてリアルだろ、士多啤梨イチゴ士多啤梨イチゴ。あっ僕ちょうど山から取ってきたんですよ!…山から?

【東風】に帰ってまだ余ってたらちょっとわけてもらおうかな、と思いながら、イツキネイを抱え沖合へ泳ぐ。

ネイが放ったあの銃声は空砲。撃った衝撃で胸元の血糊の袋を爆発させ、口に含んでいた小袋も噛み砕く。倒れ込んで崖下へ…そして中腹で待機していたイツキがタイミングを合わせて飛び出しネイを空中でキャッチ。その勢いのまま2人で岩場の向こうの海にダイブ、しばらく潜って潮の流れに乗り時間と距離を稼いだところで水面に浮上したのだった。

とはいえ博打めいた側面もあった。城塞内から外まで引き付けられるか、岬に連れてこられるか、芝居は出来るか、飛び降りる覚悟はあるか。全てが揃ったからこその成功、それに不可欠だったのはネイの勇気だ。

ネイ、すごいよ。頑張ったね」

イツキが素直に褒め称えるとネイは恥ずかしそうに睫毛を伏せ、照れた表情で微笑みありがとうございますと呟く。

ごめんなさいじゃない。こういう時は、ありがとうなのだ。

のんびり進んでいくらか行くと、1隻の船がチカチカと灯りを点滅させているのが見えた。手を振って近付くイツキ、船上から浮き輪が海に投げ込まれたのでつかまりたぐり寄せてもらう。

「お疲れ様、ケガとかしてない?」
「うん。ありがと燈瑩トウエイ

迎えに来ていたのは燈瑩トウエイ。2人をデッキへ引き上げると再び船内に。イツキネイも中に入り、タオルで身体を拭いていると、着替えもあるからと操縦席から声がした。

イツキが頭にタオルをかぶったまま運転室に行けばくわえ煙草の燈瑩トウエイが振り向き、ちゃんと服かえなよと笑った。
船は崖とは真反対の船着き場へ戻ろうとしている。横から進行方向の窓ガラスを覗き込みつつ口を開くイツキ

「追ってきた人達どうしてた?」
「すぐ帰ってたってカムラから報告きたよ。このまま噂も回るんじゃない」
「じゃ成功したかな、死んだフリ作戦」

イツキのネーミングに燈瑩トウエイはまた笑い、成功したはずだけどと答えた。

ネイが生きている間中あいだじゅう、金やら裏社会のツテやら何やらを狙ってくるグループは次から次へと現れるだろう。
だったら死んでしまえ・・・・・・ばいいのだ。向こうをどうにか出来ないのならこっちをどうにかすればいい。

かといって、死んだという話を流すだけでは信憑性に乏しい。目撃者を作る必要がある。弱小グループでは拡散力が低いので、多少は名のあるグループに一役買ってもらいたい。死体はその場に残せない、けれど誰もが一目瞭然で死んだと思う状況にしなければ。
そこで断崖絶壁。落ちれば死体は出てこなくてもそんなにおかしくはない。だが落ちただけではいまいち説得力に欠けるかも、その前になにか助からないような怪我も負ったほうがいい。念には念を。

イツキに返事をしつつ、カムラからのメッセージを見ていた燈瑩トウエイは目を細め思案した。
本当は…カムラではなく他の人間に、崖へとやってきた追手の監視を頼もうとしていた。海に消える姿にカズラと重なるところがあるのではと考えたからだ。

だがカムラとて最早もはやそんなにヤワな男ではない。

俺も大概過保護だよな…カムラ大地ダイチもいつまでも子供って訳じゃないのに…そう考えて1人で頬を緩める燈瑩トウエイに、イツキは、どしたの?と首を傾げた。


と、燈瑩トウエイの携帯が鳴る。着信大地ダイチ、ビデオ通話。イツキは応答ボタンを押した。

イツキゴーと一緒なんだ、良かった!」
「うん、ちゃんと拾ってもらえた。多分上手く行った」

画面の向こうで、金髪ロングの少女──大地ダイチが明るい表情を見せる。身に纏うドレス風の衣装が可愛い。
念には念を。今日出くわしたチンピラ達と今後九龍内で鉢合わせることがあったとしても問題が無いように、変装をして別人に扮していた。男だってバレてないかなと言うイツキに、チンピラが‘どっちの女だ?’って話してたの聞こえたよと大地ダイチはニンマリする。ふぅんと答えてイツキはブロンドの髪を見詰めた。

「金髪もいいね、大地ダイチ
「ほんと?金髪ショートやってみよっかな…あ、マオとカブっちゃうか」

カブるどうこう以前に派手さにカムラが卒倒しそうである。
ほどなく、身支度を整えたネイも現れ会話に参加する。

ネイ、すごいね!あんな所からジャンプしてさ!怖くなかった?」
「うん…みんなが居てくれたし…」

興奮した様子で賛辞を送る大地ダイチネイははにかみ、変わりたかったからと小さくこぼす。

弱い自分、なにも出来ない自分、後ろ向きな自分。そんな自分とはあの崖で決別した。
【紫竹】だって関係ない。これからは────…

「戻ってきたらさ、最後の作戦しよ?」

大地ダイチの言葉に頷くネイ

穏やかな細波さざなみの音が、あたたかい風が流れる九龍灣に響いた。
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