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和気藹々
家庭事情とお会計・後
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和気藹々7
怒ってるとかじゃないよと言いつつ燈瑩が猫に視線を寄越すと、猫は優しい訊き方が出来なくて悪かったなと肩をすくめた。
「裏社会の奴らが狙ってるみたいで。今日樹が倒したのもそうだろうし」
ごめんね詮索しちゃってと詫びる燈瑩に再び首を横に振る寧は、いくらかの沈黙のあと、一文字に結んでいた唇をほどいてたどたどしく呟く。
「はい…私、【紫竹】の龍頭の娘です…」
【飛鷹】がサッサと尻尾を巻いた理由だ。
【紫竹】は香港で割と幅をきかせているマフィアグループ、そこの娘とあらば寧には通常それなりの価値があるはず。しかし寧の売り手は当の母親…つまり、【紫竹】側からしたら寧はもう用済みということ。が、内情がわからず身代金などは望めないことを知らない半グレやチンピラはこぞって寧をターゲットにして一儲けを企んでいる。
【飛鷹】はそれを把握しないまま寧を買い取った。事情に気付けば一刻も早く手放したいのが道理、だが下手な所へ売り飛ばしては火種───上からの連絡は【飛鷹】にとって渡りに船だった。
「お母さんは、愛人から正妻になりたくて私を産んだんですけど…お父さんは全然振り向いてくれなくて」
ポツポツと家族について語り始める寧。横に座る大地が嫌なら話さなくてもいいと止めたが、いいの、言わなくちゃいけない事だからと寧は頷く。
「子供が出来れば気にかけてもらえるってお母さんは考えてて、だけど駄目だったんですよね。お父さんにとっては迷惑だったみたい。だから私、要らない子になっちゃって」
寧の声が弱々しく揺れる。大地の服の裾をテーブルの下で引く寧の指に、大地は自分の指を絡めた。
「それでもお母さん、頑張ってたけど…これ以上やっても無駄だって諦めて。私を棄てることにしたんです。アンタは何の役にも立たない、クズだ、産まなきゃよかったって」
自分の都合で産んでおいて?クズは一体誰なのかよく考えたほうがいい───誰も発言はせず表情も変えなかったが、全員の苛立ちを全員が感じ取った。
ともあれ寧の謝罪癖と自己肯定感の低さはそのせいか。取り入る為の道具として扱われ、失敗すれば罵倒される生活。自尊心が育たないのも当然だ。
「どこにも居る場所が無くて。だったら棄てられても一緒かなって…そうしたらお母さんにもちょっとはお金が入るし…。だから九龍にきたんですけど、こんな風に他のマフィアの人達が探しにくるなんて…私、要らない子なのに」
要らない子、と繰り返した寧の指に力がこもり、繋いでいる大地の手に爪が食い込み痛みが走った。もしかしたら血が滲んでるかもなと大地は思ったが、寧の悲愴な表情に比べればそんなものはどうでもいい。黙って手を握り返す。
「せっかく皆さんに親切にしてもらったのに…初めて出来た居場所なのに、私…」
言葉が続かず寧《ネイ》は顔を伏せた。
めずらしく神妙に聞いていた樹が、馬拉糕をちぎって口に運びながら言う。
「俺は、手貸すよ。何かやれること探そう」
ハムハムと蒸しパンを食べてはいるが、声音は裏腹に力強い。生い立ちに自分と似た様なところがあったからだろう。
燈瑩は笑顔を崩さず上も同意する。猫は無言でパイプをふかしていたが、反対していないのであれば賛成なのだ。大地が笑いかけると寧は少しだけ緊張を弛めた。
猫が酒を啜り眉を動かす。
「つってもよ、どうすんだ?寧が【紫竹】の娘ってバレてる限り貓捉老鼠だぜ」
それはそうだ。いくらもう【紫竹】とは関係ないと主張しても、半グレやチンピラは信じはしない。寧が居る限り次から次へと……ん?寧が居る限り?ここに?いや、こことは限らず────
寧が居なくなればいいのでは?
ふと思い付いた樹は、馬拉糕を手早く片付けペロッと指を舐めた。
「例えばだけど、こういうのとか」
漠然とした考えをまとめつつシナリオを話し始める。耳を傾ける燈瑩が楽しそうに口角を上げ、猫も、ふーんいいんじゃねと投げやりに賛同。真剣に聞いている大地。
皆が口々に意見を交わす中、心配性の上だけは、終始不安気にソワソワしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
──1時間後──
「みんな食べ終わったの?」
「あ、東。遅かったね」
「店出ようと思ったら客来ちゃってさぁ」
「そっか。はい伝票、払って。帰るよ」
「今着いたのに!?しかも俺払うの!?」
「ごちぃ!」
「おおきに」
「ご馳走様」
「ごっそーさん」
「ありがとうございましゅっ!!」
「嘘でしょ────…」
怒ってるとかじゃないよと言いつつ燈瑩が猫に視線を寄越すと、猫は優しい訊き方が出来なくて悪かったなと肩をすくめた。
「裏社会の奴らが狙ってるみたいで。今日樹が倒したのもそうだろうし」
ごめんね詮索しちゃってと詫びる燈瑩に再び首を横に振る寧は、いくらかの沈黙のあと、一文字に結んでいた唇をほどいてたどたどしく呟く。
「はい…私、【紫竹】の龍頭の娘です…」
【飛鷹】がサッサと尻尾を巻いた理由だ。
【紫竹】は香港で割と幅をきかせているマフィアグループ、そこの娘とあらば寧には通常それなりの価値があるはず。しかし寧の売り手は当の母親…つまり、【紫竹】側からしたら寧はもう用済みということ。が、内情がわからず身代金などは望めないことを知らない半グレやチンピラはこぞって寧をターゲットにして一儲けを企んでいる。
【飛鷹】はそれを把握しないまま寧を買い取った。事情に気付けば一刻も早く手放したいのが道理、だが下手な所へ売り飛ばしては火種───上からの連絡は【飛鷹】にとって渡りに船だった。
「お母さんは、愛人から正妻になりたくて私を産んだんですけど…お父さんは全然振り向いてくれなくて」
ポツポツと家族について語り始める寧。横に座る大地が嫌なら話さなくてもいいと止めたが、いいの、言わなくちゃいけない事だからと寧は頷く。
「子供が出来れば気にかけてもらえるってお母さんは考えてて、だけど駄目だったんですよね。お父さんにとっては迷惑だったみたい。だから私、要らない子になっちゃって」
寧の声が弱々しく揺れる。大地の服の裾をテーブルの下で引く寧の指に、大地は自分の指を絡めた。
「それでもお母さん、頑張ってたけど…これ以上やっても無駄だって諦めて。私を棄てることにしたんです。アンタは何の役にも立たない、クズだ、産まなきゃよかったって」
自分の都合で産んでおいて?クズは一体誰なのかよく考えたほうがいい───誰も発言はせず表情も変えなかったが、全員の苛立ちを全員が感じ取った。
ともあれ寧の謝罪癖と自己肯定感の低さはそのせいか。取り入る為の道具として扱われ、失敗すれば罵倒される生活。自尊心が育たないのも当然だ。
「どこにも居る場所が無くて。だったら棄てられても一緒かなって…そうしたらお母さんにもちょっとはお金が入るし…。だから九龍にきたんですけど、こんな風に他のマフィアの人達が探しにくるなんて…私、要らない子なのに」
要らない子、と繰り返した寧の指に力がこもり、繋いでいる大地の手に爪が食い込み痛みが走った。もしかしたら血が滲んでるかもなと大地は思ったが、寧の悲愴な表情に比べればそんなものはどうでもいい。黙って手を握り返す。
「せっかく皆さんに親切にしてもらったのに…初めて出来た居場所なのに、私…」
言葉が続かず寧《ネイ》は顔を伏せた。
めずらしく神妙に聞いていた樹が、馬拉糕をちぎって口に運びながら言う。
「俺は、手貸すよ。何かやれること探そう」
ハムハムと蒸しパンを食べてはいるが、声音は裏腹に力強い。生い立ちに自分と似た様なところがあったからだろう。
燈瑩は笑顔を崩さず上も同意する。猫は無言でパイプをふかしていたが、反対していないのであれば賛成なのだ。大地が笑いかけると寧は少しだけ緊張を弛めた。
猫が酒を啜り眉を動かす。
「つってもよ、どうすんだ?寧が【紫竹】の娘ってバレてる限り貓捉老鼠だぜ」
それはそうだ。いくらもう【紫竹】とは関係ないと主張しても、半グレやチンピラは信じはしない。寧が居る限り次から次へと……ん?寧が居る限り?ここに?いや、こことは限らず────
寧が居なくなればいいのでは?
ふと思い付いた樹は、馬拉糕を手早く片付けペロッと指を舐めた。
「例えばだけど、こういうのとか」
漠然とした考えをまとめつつシナリオを話し始める。耳を傾ける燈瑩が楽しそうに口角を上げ、猫も、ふーんいいんじゃねと投げやりに賛同。真剣に聞いている大地。
皆が口々に意見を交わす中、心配性の上だけは、終始不安気にソワソワしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
──1時間後──
「みんな食べ終わったの?」
「あ、東。遅かったね」
「店出ようと思ったら客来ちゃってさぁ」
「そっか。はい伝票、払って。帰るよ」
「今着いたのに!?しかも俺払うの!?」
「ごちぃ!」
「おおきに」
「ご馳走様」
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「ありがとうございましゅっ!!」
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