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和気藹々
流行りとひとつ‘貸し’・前
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和気藹々2
「ガッツリ流行りに乗っかっとるやん…」
上は天井を仰いだ。仰いだ先に黒ずみを見付ける。あ、タイルのシミ増えよった…また水漏れしとるわ、この前直してんけど…ボロいねんなここん家───そんなことより。
話によるとこの少女、外から九龍城砦に棄てられた子供のようだ。単に棄てられたのならまだ良かった。棄てた側はマフィアに金を借りている模様…即ち、売られたという事。
彼女は数日前ほとんど飲まず食わずの状態でスラムに置いていかれたが、回収される前にどうにかこうにか花街付近まで辿り着いた。残飯を漁りながら当てもなく彷徨ったのち力尽きて路地裏でへたり込んでいた所、寺子屋帰りの大地と遭遇したらしい。
「クラスメイトの飼い犬が居なくなっちゃってさ。探して欲しいって頼まれたんだけど…それくらいなら1人でも出来るかと思って、近所見て回ってたんだよね」
この前も幽霊事件解決したし!と得意げな大地へ猫に付いてきてもらっとったやないかと上は答えたが、それは上がウルサイからですぅと反論された。
「したら、寧が捕まえてくれてたの」
大地は少女に笑いかける。少女は申し訳無さそうな顔をして、たまたま出会って一緒にいただけです、人懐っこい犬だったから…と消え入りそうに言った。
だがこの少女、寧が犬の傍に居てくれたことは有り難かった。九龍では犬は食用でもある、野良だと間違われてはうっかり捕獲されて食べられてしまう可能性だって十二分だ。
犬と寄り添うように路地裏で縮こまっていた寧に大地は礼を言い、買い食いしていた鶏蛋仔を分け与え一通り成りゆきを聞いた。それから犬を飼い主のもとへ届け、行き場のない寧は家に連れて帰ってくることに。
そしてこの状況である。
「だからさ、何とか助けられないかなぁ?」
「…いうてもな…」
寧の身の上話には上も思うところがあった。10年前、自分も似たような状況に陥っていたからだ。スラム街でゴミ箱を覗き込む日々。親に棄てられた訳では無くとも…別に大差はない。
助けたいような気もした。しかし、これでは横取りだ。売った相手がマフィアに金を戻すかこちらがマフィアに金を払うかしなければ収まらない。
「先立つもん無いとどないしようもあらへんて。やけどウチにそんな余裕ないで」
「俺の貯金全部出すから!」
「全然足りひんやろ」
そもそもどこのマフィアが買い手なのかもわからない。上と大地が問答していると、寧がおずおずと口を開いた。
「【飛鷹】、だと思います。お母さんが電話してるの聞いたから…」
耳にしたことのある名前に上が眉を上げる。そこなら大したグループではない、マフィアというよりチンピラだ。
「せやったら…そないデカい額ちゃうか…」
口走ってから、失礼だったと思い上はすまんと謝った。彼女に対して暗に‘安値’と発言してしまったようなものだ。
「いいんです、わかってます。はした金で売られたんです」
小さな身体をますます小さくする寧。
はした金なんて言葉がこんなに幼い子供から出る。そんなことは九龍城砦では茶飯事だけれど、目の前にしてしまえば冷たくあしらうことも出来ず。
電話を聞いていたのなら売り飛ばされるのはわかっていたはず。けれど母に付いてきた。親を信じて一縷の望みに縋ったのか、それとも棄てられたほうがマシなほどの生活だったのか。
上は眉間にシワを寄せ頭をひねった。
そういや猫が手伝い探しとったな。蓮の店のなんかやったっけ。そんでこの子に仕事させてもろて…いや、どっちみち最初にチンピラに渡す金は必要んなるな…俺の手持ちと大地の小遣いで足りるんやろか?チンピラと話つけて金ぇ渡しに行くんやって大地じゃあ出来ん。俺がやるしか…。
難しい顔で黙り込む上を見て、寧は立ち上がりバッとお辞儀をした。
「あの、ごめんなさい…私、出て行きますから…!迷惑かけちゃって、ほんとに…っ…」
お菓子美味しかったです、ごちそうさまでした。と震える声で呟く。
「ちょお待ってや。今考えとるから。座っとってええよ」
上が言い、所在無さげな寧の腕を大地が引いた。──どうしても重なってしまう、昔の自分達に。上はこめかみを押さえる。
「とりあえず、今日はウチ居り。なんぼで話ついとんのか調べるわ」
この少女自体の金額はわからずとも、【飛鷹】がどのくらいの額で取り引きをしているのかは割り出せるだろう。上は携帯を開いてどこかへ電話をかけはじめた。
いくらも経たないうちに目星をつける。最近スラム街での子供の増減について調べていたことが役に立ち、市場の売値の相場がすぐに見えてきた。
大体、2万香港ドル。こういってはなんだがやはり安い。これなら何とかなりそうだ。
上は続けて猫の番号を押そうとして───思いとどまった。今からじゃどの道行けない、猫は夜は忙しいし…正直これはあまり良くない話、下手な事を言ったらガチャ切りされる。事前に打診するより明日【宵城】に寧を直接連れて行ってしまえ。
上だってそれなりにズルいのだ、猫への接し方は心得ている。携帯をしまい夕飯作るでと声を上げると、大地がラジャっと敬礼し寧がすみませんと呟いた。
謝らないでよ、だって申し訳ないもん、いいって言ってるんだからいいの!でも…でも、も何も無いの!
ワチャワチャやっている大地と寧。
寧のほうが大地よりは幼いが、ほぼ同じ年頃だ。寺子屋の面々も【東風】に集まっている面々も正味年齢はバラバラ。大地と1番近いのは樹だけれど、並べてしまえばどうしてもお兄ちゃんといった感じが強い。
‘友達’、か。
楽しそうに笑う大地を見て、上はフッと頬を緩ませた。
「ガッツリ流行りに乗っかっとるやん…」
上は天井を仰いだ。仰いだ先に黒ずみを見付ける。あ、タイルのシミ増えよった…また水漏れしとるわ、この前直してんけど…ボロいねんなここん家───そんなことより。
話によるとこの少女、外から九龍城砦に棄てられた子供のようだ。単に棄てられたのならまだ良かった。棄てた側はマフィアに金を借りている模様…即ち、売られたという事。
彼女は数日前ほとんど飲まず食わずの状態でスラムに置いていかれたが、回収される前にどうにかこうにか花街付近まで辿り着いた。残飯を漁りながら当てもなく彷徨ったのち力尽きて路地裏でへたり込んでいた所、寺子屋帰りの大地と遭遇したらしい。
「クラスメイトの飼い犬が居なくなっちゃってさ。探して欲しいって頼まれたんだけど…それくらいなら1人でも出来るかと思って、近所見て回ってたんだよね」
この前も幽霊事件解決したし!と得意げな大地へ猫に付いてきてもらっとったやないかと上は答えたが、それは上がウルサイからですぅと反論された。
「したら、寧が捕まえてくれてたの」
大地は少女に笑いかける。少女は申し訳無さそうな顔をして、たまたま出会って一緒にいただけです、人懐っこい犬だったから…と消え入りそうに言った。
だがこの少女、寧が犬の傍に居てくれたことは有り難かった。九龍では犬は食用でもある、野良だと間違われてはうっかり捕獲されて食べられてしまう可能性だって十二分だ。
犬と寄り添うように路地裏で縮こまっていた寧に大地は礼を言い、買い食いしていた鶏蛋仔を分け与え一通り成りゆきを聞いた。それから犬を飼い主のもとへ届け、行き場のない寧は家に連れて帰ってくることに。
そしてこの状況である。
「だからさ、何とか助けられないかなぁ?」
「…いうてもな…」
寧の身の上話には上も思うところがあった。10年前、自分も似たような状況に陥っていたからだ。スラム街でゴミ箱を覗き込む日々。親に棄てられた訳では無くとも…別に大差はない。
助けたいような気もした。しかし、これでは横取りだ。売った相手がマフィアに金を戻すかこちらがマフィアに金を払うかしなければ収まらない。
「先立つもん無いとどないしようもあらへんて。やけどウチにそんな余裕ないで」
「俺の貯金全部出すから!」
「全然足りひんやろ」
そもそもどこのマフィアが買い手なのかもわからない。上と大地が問答していると、寧がおずおずと口を開いた。
「【飛鷹】、だと思います。お母さんが電話してるの聞いたから…」
耳にしたことのある名前に上が眉を上げる。そこなら大したグループではない、マフィアというよりチンピラだ。
「せやったら…そないデカい額ちゃうか…」
口走ってから、失礼だったと思い上はすまんと謝った。彼女に対して暗に‘安値’と発言してしまったようなものだ。
「いいんです、わかってます。はした金で売られたんです」
小さな身体をますます小さくする寧。
はした金なんて言葉がこんなに幼い子供から出る。そんなことは九龍城砦では茶飯事だけれど、目の前にしてしまえば冷たくあしらうことも出来ず。
電話を聞いていたのなら売り飛ばされるのはわかっていたはず。けれど母に付いてきた。親を信じて一縷の望みに縋ったのか、それとも棄てられたほうがマシなほどの生活だったのか。
上は眉間にシワを寄せ頭をひねった。
そういや猫が手伝い探しとったな。蓮の店のなんかやったっけ。そんでこの子に仕事させてもろて…いや、どっちみち最初にチンピラに渡す金は必要んなるな…俺の手持ちと大地の小遣いで足りるんやろか?チンピラと話つけて金ぇ渡しに行くんやって大地じゃあ出来ん。俺がやるしか…。
難しい顔で黙り込む上を見て、寧は立ち上がりバッとお辞儀をした。
「あの、ごめんなさい…私、出て行きますから…!迷惑かけちゃって、ほんとに…っ…」
お菓子美味しかったです、ごちそうさまでした。と震える声で呟く。
「ちょお待ってや。今考えとるから。座っとってええよ」
上が言い、所在無さげな寧の腕を大地が引いた。──どうしても重なってしまう、昔の自分達に。上はこめかみを押さえる。
「とりあえず、今日はウチ居り。なんぼで話ついとんのか調べるわ」
この少女自体の金額はわからずとも、【飛鷹】がどのくらいの額で取り引きをしているのかは割り出せるだろう。上は携帯を開いてどこかへ電話をかけはじめた。
いくらも経たないうちに目星をつける。最近スラム街での子供の増減について調べていたことが役に立ち、市場の売値の相場がすぐに見えてきた。
大体、2万香港ドル。こういってはなんだがやはり安い。これなら何とかなりそうだ。
上は続けて猫の番号を押そうとして───思いとどまった。今からじゃどの道行けない、猫は夜は忙しいし…正直これはあまり良くない話、下手な事を言ったらガチャ切りされる。事前に打診するより明日【宵城】に寧を直接連れて行ってしまえ。
上だってそれなりにズルいのだ、猫への接し方は心得ている。携帯をしまい夕飯作るでと声を上げると、大地がラジャっと敬礼し寧がすみませんと呟いた。
謝らないでよ、だって申し訳ないもん、いいって言ってるんだからいいの!でも…でも、も何も無いの!
ワチャワチャやっている大地と寧。
寧のほうが大地よりは幼いが、ほぼ同じ年頃だ。寺子屋の面々も【東風】に集まっている面々も正味年齢はバラバラ。大地と1番近いのは樹だけれど、並べてしまえばどうしてもお兄ちゃんといった感じが強い。
‘友達’、か。
楽しそうに笑う大地を見て、上はフッと頬を緩ませた。
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