九龍懐古

往事渺茫

羊とはぐれ者

往事渺茫２





「東アズマ…またそんなの見つけてきたの…？」

頭上から降ってきた声に、木陰で地べたに座っていた東アズマは上へと首を反らせた。

「おう、辰トキも読むか？」

その視線の先、辰トキと呼ばれた黒縁メガネの少年は眉根を寄せて東アズマの横に腰を下ろす。
赤茶けた髪に少し明るい瞳の色。どこか外国の血が混じっている。

東アズマの手には全裸でセクシーなポーズをした女性達がイロドリミドリの雑誌。ゴミ山からでも漁ってきたのだろう。しかも、１冊ではなく何冊も。

辰トキは小さくため息をつく。

「村長に、今日は畑仕事の手伝いしなさいって言われたじゃん」
「やってられませぇん。面倒だもん」

べぇっと舌を出して東アズマが笑い、辰トキもつられてクスリとした。

はぐれ者の村───ここはそんな呼ばれ方をしているらしい。
それもそのはず、集まっているのはもと居た場所に居られなくなったり家族をなくしたりで、寄る辺のない人間ばかりだったからだ。

東アズマも辰トキも親の顔は知らない、多分もう死んでいる。気づいた頃には東アズマは独りで各地を転々としていたし、辰トキはこの村に捨てられていた。
東アズマとて苦労がなかったわけでは勿論ない。けれど特に辰トキは、アジア人離れしているその見た目から余計に嫌な思いもしたようだ。

だが辰トキはひねくれたりすることもせず、真面目で謙虚で、優しい少年だった。

「辰おまえは偉いよな、毎日ちゃんと勉強してさ」
「偉くないよ…他に出来ることないから…」

辰トキは言いながらガリガリとスケッチブックに何かを描きつけている。東アズマが覗き込むと、そこには皮をツルンと剥かれた羊の絵があった。上手いがグロい。

「なにこれ怖っ…」
「え、羊だよ」
「いやそれはわかる」
「このツルンって剝ける時の感触がね」
「お、おう…」

ニコニコしながら羊の解体手順を説明する辰トキに苦笑いを浮かべる東アズマ。


この小さな集落では仕事のほとんどが農業。みんな畑をイジったり家畜を育てたりして暮らしている。
辰トキが住んでいる家は羊を飼っていて、仕事は毛を刈ったり皮を剥いだり肉を売ったり。

東アズマは村長ともいえる人間のもとで寝食していた。作物づくりを手伝わないことを怒られてばかりだが、東アズマは常にどこかから稼いできた小金を生活費としてキチンと家に持ってきていたので、そこまで文句を言われることもなかった。

「東アズマ、いつもどうやってお金稼いでるの？」
「えー？こういうの売ったり」

その質問に、東アズマが手に持ったエロ本を振る。辰トキは顔を赤くした。

「あとは博打。イカサマだけど」

東アズマは手先と口先がやたら器用だった。生まれ持ったものにくわえて、生きていく為に日々磨かれる処世術。子供ながらにしてその才を遺憾無く発揮し、暇さえあれば賭場へと出掛けて荒稼ぎをする日々。
ついでにゴミ山から集めたものも売り捌さばく。ピンクな物はよく売れる、このエロ本が良い例。

「すごいね…度胸あるっていうか…。僕には絶対出来ないもん」
「そう？俺は辰トキの方がすげーと思うけど」

東アズマが首を傾かしげつつ煙草に火を点けると、あっ駄目！身体に悪いよ！と辰トキはしかめっ面をした。辰トキが目指しているのは医者だからだ。

へいへいごめんなさいと気のない返事をして、一応すぐに消す素振りを見せる。健康について口うるさく言われはするが、東アズマは辰トキを素直に尊敬していた。
医者になろうだなんて、そんな夢を持つ人間はこの村には居なかったから。

「ても辰おまえ、絵ぇ好きなんだから画家になったらいいのに…すげぇ上手いし…」
「絵なんて売れるかわからないもん。医者になればたくさんお金も稼げるから、村のみんなに楽させてあげられるし」

現実的な回答をする辰トキに才能がもったいねーと東アズマが言うと、才能をイカサマばっかりに使ってる奴に言われたくないと反撃され２人で腹を抱えて笑った。


村には何もなかった。けれど十分な生活だと東アズマは思っていた。
人々は助け合って生きていて、諍いさかいなども偶たまにはあるがそれなりに温かな暮らしだった。

賭博や市場で稼いだ金で、コソコソと薬草や薬学の本を買って読むのが東アズマの密かな趣味。
辰トキが医者になった際に自分が薬師だったら楽しいかも知れない。そんな空想をして。

血の繋がりは無い、故郷だって違う。だが、村人達は‘同胞’。そう呼べる仲間だった。




──────仲間、だった・・・。