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旧雨今雨・下
出発進行と時間稼ぎ
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旧雨今雨12
夜も更け、九龍灣に怪しげな靄がかかる。
香港はとにかく湿度が高い。魔窟に纏わりつくジメッとした空気、辺りはぼやけ、ベタベタとした海風が身体を這い回る。
そんな中、暗がりで微かに揺れる2隻の船の灯り。
「時間通りだな」
「商売の基本だろ」
埠頭で待っていた皇家の男と軽い挨拶を交わして、猫はクイッと顎で船を指し示す。
「もう荷物も積んでる。すぐ出航られるぜ」
「流石、手際が良くて助かるよ」
男は笑い、先導すると言い残すと船内へと姿を消した。そこそこ立派な船体だ。ちょっとしたラグジュアリーライナー、新天地への夢の架け橋としてはいい演出。猫も蓮を連れて自分達の船へと乗り込む。
霧が煙る。視界が悪いのは都合が良い…罠を張る側にとっても、ズラかる側にとっても。猫は愉しそうな表情で運転士へ告げた。
「出発だ。事故んなよ船長?」
「そのつもりですけどね」
「気張れよ、今回他にやることねぇんだから。東の殉職が無駄になんだろ」
「えっ!!東さん死んじゃうんですか!?」
「うわ声デケェな蓮はもう!!」
「はいはい、行きますよー」
ワチャワチャした気の抜けた会話の後、船はゆっくりと黒い海へ発進した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
他方、九龍城砦内。
東はとある倉庫へ来ていた。
上の情報によると、チンピラのアジトはここか貧困街付近の雑居ビル。雑居ビルは樹に任せてある、非戦闘員の東では狭い場所だと逃げ道が無いからだ。
樹の事は心配だけど、あっちが当たりだったらいいな…小さく手を合わせる東。樹にとっては無駄に広い倉庫より適当な室内が戦いやすいはずだし、遭遇してもチャチャっと倒してくれるだろう。
にしても、奴らそろそろ現れるはずなんだけど。樹の方にも来ていないらしい…まさか、もう中に集まってるとか?不安に思った東は恐る恐る倉庫を覗き込む。いや、やっぱり居ない。
その時、後ろからガヤガヤと人々の話し声が聞こえた。
空っぽのコンテナの中に慌てて身を潜める東。重たい扉を引いて閉め、息を殺した。幾人もが横を通り過ぎ倉庫の中央へと集まっていく。コンテナの反対側へ静かに移動し隙間から様子を覗うと、チンピラ達がなにやら話しているのが見えた。
こっちか。当たりは。
バカラの1/2は当たらないくせに…こんなのばっかり引きがいい。東はコソコソと樹にメッセージを打つ。
〈中〉
数秒後、すぐに返信。
〈五分〉
到着まで5分か。このままここに隠れていればなんとかなりそう。
東は聞き耳をたてる。人数は…やはり両手ほど。武器は何だ?銃…いやナイフか。これも事前情報通り。会話の内容にしばし集中。【宵城】、皇家、ん?ドラッグって言った?どっかにいいルートでもあるのかな、それとも新作かな。澳門の薬物事情は気になる。話す音量あげてくれません?
東がもう少しよく聞こうと寄りかかると────…
ガコッ、と嫌な音がした。
「へ?」
急に頭上から光が差す。見上げると、上部の留め具が外れ鉄板がゆっくりと開いていっていた。待って待って待ってこっち側はこんな風に開くの───?東は焦るも止める術はなく。背を預けていた鉄板は重量に従いバタァン!!と派手に倒れ、男達が一斉に振り返った。
「……你好」
鉄板とともに倒れ込んだ東が片手をあげて挨拶。無言の時が流れる。
なんとか誤魔化せないものかと東は逡巡したが、男のうちの1人が静寂を破った。
「お前…あのガキと居たな?」
あのガキ?眉をひそめる東の耳に、どいつだ?殺り損ねたガキだ、などと男達の言葉が入る。
あっ、蓮のことか…襲撃事件以降あんまり外に出さないようにしていたけど、バレてるのね。買い物に付いていったのでも見られたかな。東が考えていると、チンピラは颯爽と敵意──というかナイフ──を向けてきた。
「一般市民にその対応は宜しくないですよ」
ヘラッと笑う東に近付いてくるチンピラ。血の気が多そう。そいつがナイフを振り上げる、と、東は懐から取り出した小袋を投げ付けた。バスンッ!と音がして空中で散らばったそれは、最早お馴染み特製ハーブバッグ。
ほんとだ、けっこうブワッといくな…レビューに偽り無し。そう感心しながら東は男の足を両手でおもいきり引っ張った。ずっこける男の脇をすり抜け倉庫の出口へ走る。横から飛び出した別の男に勢いで突っ込み低めのタックルをかますと、身体を掴んでグルンとターンし反対側にぶん投げた。投げられた男は何人かを巻き込み床に転がる。
その東の背後にもう1人。後ろからフードをガッと掴まれた東は咄嗟にパーカーのジッパーを下げ上着をその場に脱ぎ捨てた。おかげでナイフは持ち主を失った洋服に突き刺さるにとどまったが、持ち主の方はバランスを崩し前方につんのめる。
急いで起き上がろうとするも正面の男達は全員戦闘態勢。いささか惜しいが、東は新しいハーブバッグを爆散させる。粉塵が拡がり咳き込むチンピラ連中。隙をついて脱出を図るけれど、この眼鏡いかんせん足が遅い。
怒鳴り声、向かってくる刃、これは死んだ…胸の中で十字を切る東。1ミリもクリスチャンではないが。
刹那、屋根についている窓が盛大に割れて、上から誰かが降ってきた。
夜も更け、九龍灣に怪しげな靄がかかる。
香港はとにかく湿度が高い。魔窟に纏わりつくジメッとした空気、辺りはぼやけ、ベタベタとした海風が身体を這い回る。
そんな中、暗がりで微かに揺れる2隻の船の灯り。
「時間通りだな」
「商売の基本だろ」
埠頭で待っていた皇家の男と軽い挨拶を交わして、猫はクイッと顎で船を指し示す。
「もう荷物も積んでる。すぐ出航られるぜ」
「流石、手際が良くて助かるよ」
男は笑い、先導すると言い残すと船内へと姿を消した。そこそこ立派な船体だ。ちょっとしたラグジュアリーライナー、新天地への夢の架け橋としてはいい演出。猫も蓮を連れて自分達の船へと乗り込む。
霧が煙る。視界が悪いのは都合が良い…罠を張る側にとっても、ズラかる側にとっても。猫は愉しそうな表情で運転士へ告げた。
「出発だ。事故んなよ船長?」
「そのつもりですけどね」
「気張れよ、今回他にやることねぇんだから。東の殉職が無駄になんだろ」
「えっ!!東さん死んじゃうんですか!?」
「うわ声デケェな蓮はもう!!」
「はいはい、行きますよー」
ワチャワチャした気の抜けた会話の後、船はゆっくりと黒い海へ発進した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
他方、九龍城砦内。
東はとある倉庫へ来ていた。
上の情報によると、チンピラのアジトはここか貧困街付近の雑居ビル。雑居ビルは樹に任せてある、非戦闘員の東では狭い場所だと逃げ道が無いからだ。
樹の事は心配だけど、あっちが当たりだったらいいな…小さく手を合わせる東。樹にとっては無駄に広い倉庫より適当な室内が戦いやすいはずだし、遭遇してもチャチャっと倒してくれるだろう。
にしても、奴らそろそろ現れるはずなんだけど。樹の方にも来ていないらしい…まさか、もう中に集まってるとか?不安に思った東は恐る恐る倉庫を覗き込む。いや、やっぱり居ない。
その時、後ろからガヤガヤと人々の話し声が聞こえた。
空っぽのコンテナの中に慌てて身を潜める東。重たい扉を引いて閉め、息を殺した。幾人もが横を通り過ぎ倉庫の中央へと集まっていく。コンテナの反対側へ静かに移動し隙間から様子を覗うと、チンピラ達がなにやら話しているのが見えた。
こっちか。当たりは。
バカラの1/2は当たらないくせに…こんなのばっかり引きがいい。東はコソコソと樹にメッセージを打つ。
〈中〉
数秒後、すぐに返信。
〈五分〉
到着まで5分か。このままここに隠れていればなんとかなりそう。
東は聞き耳をたてる。人数は…やはり両手ほど。武器は何だ?銃…いやナイフか。これも事前情報通り。会話の内容にしばし集中。【宵城】、皇家、ん?ドラッグって言った?どっかにいいルートでもあるのかな、それとも新作かな。澳門の薬物事情は気になる。話す音量あげてくれません?
東がもう少しよく聞こうと寄りかかると────…
ガコッ、と嫌な音がした。
「へ?」
急に頭上から光が差す。見上げると、上部の留め具が外れ鉄板がゆっくりと開いていっていた。待って待って待ってこっち側はこんな風に開くの───?東は焦るも止める術はなく。背を預けていた鉄板は重量に従いバタァン!!と派手に倒れ、男達が一斉に振り返った。
「……你好」
鉄板とともに倒れ込んだ東が片手をあげて挨拶。無言の時が流れる。
なんとか誤魔化せないものかと東は逡巡したが、男のうちの1人が静寂を破った。
「お前…あのガキと居たな?」
あのガキ?眉をひそめる東の耳に、どいつだ?殺り損ねたガキだ、などと男達の言葉が入る。
あっ、蓮のことか…襲撃事件以降あんまり外に出さないようにしていたけど、バレてるのね。買い物に付いていったのでも見られたかな。東が考えていると、チンピラは颯爽と敵意──というかナイフ──を向けてきた。
「一般市民にその対応は宜しくないですよ」
ヘラッと笑う東に近付いてくるチンピラ。血の気が多そう。そいつがナイフを振り上げる、と、東は懐から取り出した小袋を投げ付けた。バスンッ!と音がして空中で散らばったそれは、最早お馴染み特製ハーブバッグ。
ほんとだ、けっこうブワッといくな…レビューに偽り無し。そう感心しながら東は男の足を両手でおもいきり引っ張った。ずっこける男の脇をすり抜け倉庫の出口へ走る。横から飛び出した別の男に勢いで突っ込み低めのタックルをかますと、身体を掴んでグルンとターンし反対側にぶん投げた。投げられた男は何人かを巻き込み床に転がる。
その東の背後にもう1人。後ろからフードをガッと掴まれた東は咄嗟にパーカーのジッパーを下げ上着をその場に脱ぎ捨てた。おかげでナイフは持ち主を失った洋服に突き刺さるにとどまったが、持ち主の方はバランスを崩し前方につんのめる。
急いで起き上がろうとするも正面の男達は全員戦闘態勢。いささか惜しいが、東は新しいハーブバッグを爆散させる。粉塵が拡がり咳き込むチンピラ連中。隙をついて脱出を図るけれど、この眼鏡いかんせん足が遅い。
怒鳴り声、向かってくる刃、これは死んだ…胸の中で十字を切る東。1ミリもクリスチャンではないが。
刹那、屋根についている窓が盛大に割れて、上から誰かが降ってきた。
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