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一雁高空
遺言と放蕩息子・後
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一雁高空3
翌週。猫はいつも通り森を駆ける。
今回はちょっぴり、深追い。いくつか山向こうの比較的栄えている町と商人達の物々交換があることを知っていたからだ。
栄えていればもちろん品物の質も良い。新しい門出──いささか気が早いが──の祝いに、普段より高級な酒と煙草が欲しい。
猫とてただ遊び歩いている訳ではなく、呑みに出るたび夜の仕事の知識、商売の心得、従業員や客の扱い方など、取り込めるものは全て自分の中に取り込んでいる。毎度くすねてくる酒だってキチンと名前や味を記憶するのを忘れない。
九龍に行ったところで食い扶持が無ければどうしようもねぇ、飲み屋でもやったらきっと面白い。父親が風俗店なんぞに向いてるとは思えないが…その時は俺に任せて、近所のガキに剣でも教えてりゃあいい。猫は店内でアタフタする父親を思い浮かべクスッと笑った。
今回も狙いすましてお目当ての品を奪取、すぐさま踵を返し家路を辿る。それなりには急いだが距離が遠かったのもあり、夕飯時を大幅に過ぎてからの帰宅。
親父、飯が冷めるとかって文句を言うかな…でも高級酒に免じて許してもらおう…玄関の扉を開けた。
暗い。明かりが消えている。
「あれ?親父、居ねぇの?」
声を張るも返事はなく。かわりに───鉄の臭いが鼻に届いた。
奥へと歩を進める。室内が荒れている。足早に床の間へ。そこに広がっていた光景は。
「親父─────…」
真っ赤な、血の海。横たわる父親の姿。
駆け寄り抱き起こす。その猫の袖にベットリとへばりつく朱い液体、かなりの量。父親の全身には無数の切り傷があった。
「親父、おい、何してんだよ」
心臓が早鐘を撞く。語気が荒くなる。
「起きろよ!!!!」
怒鳴り声に父親は目を開いて、あぁ、猫か。と殊更軽い調子で言った。
「誰にやられた!?今すぐブッ殺して…」
「いいんだよ、猫」
猫の言葉を遮ると父親は力無く笑う。
「猫、お前は村を出て…好きに生きなさい。父さんはあんまり上手く生きられなかったけど…もう、充分だから」
「な訳ねぇだろ!!!!」
こんな最期で充分もクソもあるか。…最期?最期って何だ?死ぬのか、親父は?誰がやったんだよ。誰が、誰が誰が。
─────そんなの決まってる。
「本家の奴らだろ?邪魔だったんだろ…親父のことが…」
「違うよ」
「嘘つけよジジィ」
追い出すだけで良かったじゃねぇか、なんならもうすぐ出て行こうとしていた。存在自体が邪魔だっつうのか?どこに居ようと?
くだらねぇ。バカみたいだ。本家も分家も【黃刀】も何もかも────。
割れそうな程に奥歯を噛みしめる猫の金髪に、父親は手を伸ばす。ポニーテールの先をちょいちょいと揺らした。
「いいから、猫。これで…丸くおさまるよ。復讐なんてするな、お前は…」
そこで急に言葉が途切れる。毛先をつついていた手はパタリと下に落ち、辺りは静まり返った。
お前は?続きは何だよ?
冷えた夜の風が涼やかに猫の頬を撫でる。
しばらくして、父親の身体を床におろすと猫は羽織りをその上にかけ、それから酒を呑んだ。父親のパイプをくゆらせながら、月が高くのぼるのを待つ。
‘待つ’ことが大事なんだ。沸騰しかけていた血液はその温度を保ったまま、しかし静かに身体を駆け巡っていた。
本家の人間は気にかけていないだろう、居るか居ないかわからないような放蕩息子…だがその印象が今は役にたつ。腰を上げ刀を手に取った。
‘復讐なんてするな’
父親の声が耳に残る。
あぁ、そうだな。だけどよく考えろよ親父。
俺がテメェの言いつけ─────守ったことあったか?
翌週。猫はいつも通り森を駆ける。
今回はちょっぴり、深追い。いくつか山向こうの比較的栄えている町と商人達の物々交換があることを知っていたからだ。
栄えていればもちろん品物の質も良い。新しい門出──いささか気が早いが──の祝いに、普段より高級な酒と煙草が欲しい。
猫とてただ遊び歩いている訳ではなく、呑みに出るたび夜の仕事の知識、商売の心得、従業員や客の扱い方など、取り込めるものは全て自分の中に取り込んでいる。毎度くすねてくる酒だってキチンと名前や味を記憶するのを忘れない。
九龍に行ったところで食い扶持が無ければどうしようもねぇ、飲み屋でもやったらきっと面白い。父親が風俗店なんぞに向いてるとは思えないが…その時は俺に任せて、近所のガキに剣でも教えてりゃあいい。猫は店内でアタフタする父親を思い浮かべクスッと笑った。
今回も狙いすましてお目当ての品を奪取、すぐさま踵を返し家路を辿る。それなりには急いだが距離が遠かったのもあり、夕飯時を大幅に過ぎてからの帰宅。
親父、飯が冷めるとかって文句を言うかな…でも高級酒に免じて許してもらおう…玄関の扉を開けた。
暗い。明かりが消えている。
「あれ?親父、居ねぇの?」
声を張るも返事はなく。かわりに───鉄の臭いが鼻に届いた。
奥へと歩を進める。室内が荒れている。足早に床の間へ。そこに広がっていた光景は。
「親父─────…」
真っ赤な、血の海。横たわる父親の姿。
駆け寄り抱き起こす。その猫の袖にベットリとへばりつく朱い液体、かなりの量。父親の全身には無数の切り傷があった。
「親父、おい、何してんだよ」
心臓が早鐘を撞く。語気が荒くなる。
「起きろよ!!!!」
怒鳴り声に父親は目を開いて、あぁ、猫か。と殊更軽い調子で言った。
「誰にやられた!?今すぐブッ殺して…」
「いいんだよ、猫」
猫の言葉を遮ると父親は力無く笑う。
「猫、お前は村を出て…好きに生きなさい。父さんはあんまり上手く生きられなかったけど…もう、充分だから」
「な訳ねぇだろ!!!!」
こんな最期で充分もクソもあるか。…最期?最期って何だ?死ぬのか、親父は?誰がやったんだよ。誰が、誰が誰が。
─────そんなの決まってる。
「本家の奴らだろ?邪魔だったんだろ…親父のことが…」
「違うよ」
「嘘つけよジジィ」
追い出すだけで良かったじゃねぇか、なんならもうすぐ出て行こうとしていた。存在自体が邪魔だっつうのか?どこに居ようと?
くだらねぇ。バカみたいだ。本家も分家も【黃刀】も何もかも────。
割れそうな程に奥歯を噛みしめる猫の金髪に、父親は手を伸ばす。ポニーテールの先をちょいちょいと揺らした。
「いいから、猫。これで…丸くおさまるよ。復讐なんてするな、お前は…」
そこで急に言葉が途切れる。毛先をつついていた手はパタリと下に落ち、辺りは静まり返った。
お前は?続きは何だよ?
冷えた夜の風が涼やかに猫の頬を撫でる。
しばらくして、父親の身体を床におろすと猫は羽織りをその上にかけ、それから酒を呑んだ。父親のパイプをくゆらせながら、月が高くのぼるのを待つ。
‘待つ’ことが大事なんだ。沸騰しかけていた血液はその温度を保ったまま、しかし静かに身体を駆け巡っていた。
本家の人間は気にかけていないだろう、居るか居ないかわからないような放蕩息子…だがその印象が今は役にたつ。腰を上げ刀を手に取った。
‘復讐なんてするな’
父親の声が耳に残る。
あぁ、そうだな。だけどよく考えろよ親父。
俺がテメェの言いつけ─────守ったことあったか?
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