九龍懐古

カロン

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旧雨今雨・上

師範と吉娃娃

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旧雨今雨2





「メソメソやってねぇで説明しろよ」

不機嫌そうなマオの声が部屋に響く。

【宵城】店内、VIP用貸し切りの個室。マオは足にしがみついて離れない少年を、正面玄関から引きずりなんとかここまで連れてきた。少年は中に入ってしばらくしてもまだズビズビと鼻をすすっている。

マオさんに…ヒック…相談したくてぇ…」

どうやらこいつ───レンと名乗る少年は、澳門マカオで水商売の店をやっていたらしい。

身寄りのない少女達を迎え入れこぢんまりとした規模で仲良く経営していたが、その辺りを仕切っていた大手グループの下っ端に従業員もろとも店を奪われた。取り返そうにも力及ばず、グループや店舗自体も九龍城に移ってしまい途方に暮れていたところ、以前ホテルのスロット大会で見かけたマオを思い出し探してやってきたとのこと。

泣きながらボソボソと呟くレン

「僕、あの時にマオさん見つけて…それから九龍の【宵城】の店主さんってわかって…」

マオは眉根を寄せる。こいつ、何か手を貸してもらえるかもとでも考えたのか───…ん?順番がおかしい。俺を見つけて、それから【宵城】の店主だとわかった?
言い方が引っ掛かり、マオは疑問を呈す。

「【宵城】の店主だから俺のこと知ってたんじゃねぇのか」
「いえ、違います…」
「じゃあなんでだよ」

レンはチロッと視線を上げてマオを見ると、うっすらと期待をはらませた瞳で言った。

マオさんって…【黃刀】のマオさんですよね」

そのセリフに、ソファでダラけて話を聞いていたマオの雰囲気がガラリと変わる。空気が張り詰めた。

「誰から聞いたんだよテメェ」

低く唸るマオレンは身体を縮ませたが、たどたどしく言葉を続ける。

「えと、昔、習ってて。貴方のお父上に」
「ウチは弟子とってねぇぞ」
「あの、本当に少しだけで、隠れてですし…僕全然才能なくって、でもお父上と…マオさんに憧れてて」

【黃刀】───もう聞くことは無いと思っていた名。それは、かつてマオの父親を当主としていた剣術の流派だった。
いや、正確にはマオの父親は分家の人間だったので当主にはなれなかったし門下生も取れなかったのだが、そこのイザコザはさておき。

「お前、あの辺の村の出身かよ。なんで今澳門マカオに居んだ?」
「僕ももともと身寄りが無くって。生きてく為に色々やってるうちに、って感じですね」

マオの質問にレンは肩をすくめる。

マオの生まれは九龍ではなく、香港に近い中国の片田舎。ある出来事・・・・・がきっかけで故郷を捨てて九龍城砦にやってきた。
レンが同郷からの流れ者だとわかると、マオはチッと舌打ちをする。十把一絡じっぱひとからげにして捨て置く訳にはいかないと考えてしまったからだ。

トラブルの原因を詳しく教えろと言うマオに、レンはパァッと表情を明るくし饒舌じょうぜつまくし立てる。

「あいつら大元おおもとはけっこう大きなグループで、僕の居た地区シメてたんですけど…最近そこから派生した半グレの奴らが好き勝手やってるんです。それで澳門マカオでちょっとけ者になってて、今度は九龍に目ぇつけたみたいで。ここならどんな犯罪もやりたい放題だし。何でもいいから金欲しがってんですよ」

けっこう大きなグループ、というのは12Kと呼ばれる組織のようだ。あそこはかなりデカい、名前を出せばひるむ人間は多いだろう。
12Kとことを構えるとなると非常に面倒…だが話を聞く限りではこの下っ端達と本体はそこまで関係なさそうな気もする。組が大きくなり過ぎて管理が行き届かなくなったのか。

「僕は仲良く仕事したかっただけなのに…」

シュンと肩を落とすレン。奪われてしまった従業員を取り返し、またみんなで楽しく働きたいとのこと。
取り返すといっても、12Kの存在もチラつく中で真っ向から乗り込んで行くのは好手じゃないし、女達が自ら店を出てくるのもなかなか難しいだろう。引き抜きという手もなくはないが、それもそれで揉める。
どうしたってあんまり首を突っ込みたくない問題ではあった。

が、澳門マカオからきて暴れている半グレ連中の傍若無人な振る舞いには花街の住人も辟易へきえきしている。色々な噂話も聞こえてくるし…いや、でも後付あとづけだな、この理由は。

捨てられた吉娃娃チワワのような目をするレンに、身内に甘い・・・・・マオはハァと息を吐いた。

「わーったよ。ちっと調べてやる」
「なんとかしてくれるんですか師範!?」
「お前の為じゃねーよ、俺もそれなりに迷惑してんだ。あとその呼び方やめろ」

マオが苦虫を噛み潰したような顔で言う。昔のことを掘り返されるのは御免蒙ごめんこうむる、隠したい訳でもないが語りたい訳でもなかった。

もうひとつ聞いてほしいことがあるんですとレンは目を伏せた。マオは首を鳴らして問う。

「ぁんだよ」
「僕、勢いで飛び出して来ちゃったんで九龍に家が無くて。【宵城ここ】泊めて下さい」

そこそこ図々しい頼み事だった。こいつ、ピーピー泣いてるくせして割と普通に神経太いな…そう思いマオレンの顔面にクッションを投げ付けると、明日からは違うとこに行けと言い残して部屋を後にした。
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