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旧雨今雨・上
火片と訪問者
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旧雨今雨1
澳門。昼もさることながら夜に一層輝く街。
カジノに桑拿、夜總會と、大人の遊びてんこ盛り。そんな大歓楽街から、招かれざる客がやってくる。
「澳門の奴ぁ澳門に居ろっつんだよ…」
【宵城】最上階、自室。猫は眉間にシワを寄せる。
部屋の中には虎柄の絨毯でゴロゴロしながら月餅をかじる樹、煙草をふかす燈瑩。
樹が東から預かった漢方を猫へ届けに来た折、ちょうど【宵城】へ顔を出していた燈瑩と鉢合わせ、そのままみんなで菓子を食べてダラダラしていた。
ここのところ、澳門から来た人間達が花街界隈で暴れているらしい。
というのも実際に暴力沙汰を起こすわけではなく、水商売の店を開き客に法外な値段をふっかける荒稼ぎ。悪評が広まってくると店舗を畳み場所と名前を変えて同じことをする、それの繰り返し。
儲けているぶんキャストへの金払いは良いようで女性スタッフからの評判は上々。給料がはずめば集まる女の質も上がる、そして吸い寄せられた客がまた金を落とす。困った連鎖だった。
九龍城砦では法律も何も無いのだが、それなりのルールはある。全ては微妙なバランスの上で成り立っており、花街の店鋪も皆それなりにお互いをたてて経営している。客達からあまりにもバカスカ金を毟る輩は花街全体の癌なのだ。
「九龍城砦引っ掻き回すんじゃねぇっての。こういう違法な店に顔デカくされっと、腹ぁ立つんだよな」
「【宵城】は違うの?」
「あ?【宵城】ゃ合法だよ合法」
樹の疑問に猫はハンッと鼻を鳴らす。
何をもって法というのかこの魔窟ではわからないが、さしあたり【宵城】は優良店。料金設定もそうだし、子供を拐って使ったり女性を無理矢理働かせたりしている訳ではない。
猫は気怠そうに首を回し呟いた。
「九龍城砦なんてほっときゃいいのによ、儲かんだろ澳門に居りゃ」
「まぁ澳門は金持ち多いけど、内容によっては九龍の方が色々やり易いからね」
言いつつ燈瑩は新しい煙草に火を点ける。
澳門では売春幇助は違法だ。よって風俗店の経営は既に違法である。
店舗型桑拿の内部で客が付くまで女性達が常に歩き回っているのは、警察にツッコまれたら‘あくまで自分達は通行人、スタッフや客引きではない’と言い張る為。そんな言い訳が通るのが不思議だが、そこは政府からのいくらかのお目溢しということ。
だがとにかく九龍でなら何も気にする必要がない。堂々と色々なお仕事が出来る、まさに天国。
とはいえ、天国側の住人からしたら国を荒らし回る余所者は迷惑千万。
「とっとと巣に帰ってくんねぇかな…」
ため息とともにパイプの煙を吐き出す猫。
このままではいずれ九龍のマフィアや半グレ共も怒り出すだろう。それより先にはきっと手仕舞いするはずだが、一体いつなのか。
早目にご退散いただきたい…余計な火の粉が降りかかる前に。
「つうかお前らも巣に帰れよ」
シッシッと追い払う仕草を見せる猫に燈瑩が笑う。
「今日もう仕事終わったから暇なんだもん」
「嘘つけよ。燈瑩はいくらでもやることあんだろ、殺しとか」
「俺の印象酷くない?」
「ほへはまは月餅はへほはっへはい」
「樹は食ってから喋れ」
平和に過ぎる、いつもと変らない午後。
しかし。余計な火の粉は、実はとっくに降りかかっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ある日の真夜中、【宵城】店内。入口付近で何者かが騒いでいるとスタッフから報告を受け、猫は階下へと足を運んだ。
こんな時間になんなんだ、迷惑甚だしい───たたっ斬ってやろうか。しかめっ面で玄関へと到着する。
すると、そこに居た人物は猫の姿を見るやいなや顔をクシャクシャにして泣きはじめた。
「猫さぁん……助けて下さい!!」
駆け寄り着物に縋り付いて猫さん猫さんとわんわん喚く。突然の出来事に猫は困惑し、何とか一言絞り出した。
「いや─────誰、お前?」
澳門。昼もさることながら夜に一層輝く街。
カジノに桑拿、夜總會と、大人の遊びてんこ盛り。そんな大歓楽街から、招かれざる客がやってくる。
「澳門の奴ぁ澳門に居ろっつんだよ…」
【宵城】最上階、自室。猫は眉間にシワを寄せる。
部屋の中には虎柄の絨毯でゴロゴロしながら月餅をかじる樹、煙草をふかす燈瑩。
樹が東から預かった漢方を猫へ届けに来た折、ちょうど【宵城】へ顔を出していた燈瑩と鉢合わせ、そのままみんなで菓子を食べてダラダラしていた。
ここのところ、澳門から来た人間達が花街界隈で暴れているらしい。
というのも実際に暴力沙汰を起こすわけではなく、水商売の店を開き客に法外な値段をふっかける荒稼ぎ。悪評が広まってくると店舗を畳み場所と名前を変えて同じことをする、それの繰り返し。
儲けているぶんキャストへの金払いは良いようで女性スタッフからの評判は上々。給料がはずめば集まる女の質も上がる、そして吸い寄せられた客がまた金を落とす。困った連鎖だった。
九龍城砦では法律も何も無いのだが、それなりのルールはある。全ては微妙なバランスの上で成り立っており、花街の店鋪も皆それなりにお互いをたてて経営している。客達からあまりにもバカスカ金を毟る輩は花街全体の癌なのだ。
「九龍城砦引っ掻き回すんじゃねぇっての。こういう違法な店に顔デカくされっと、腹ぁ立つんだよな」
「【宵城】は違うの?」
「あ?【宵城】ゃ合法だよ合法」
樹の疑問に猫はハンッと鼻を鳴らす。
何をもって法というのかこの魔窟ではわからないが、さしあたり【宵城】は優良店。料金設定もそうだし、子供を拐って使ったり女性を無理矢理働かせたりしている訳ではない。
猫は気怠そうに首を回し呟いた。
「九龍城砦なんてほっときゃいいのによ、儲かんだろ澳門に居りゃ」
「まぁ澳門は金持ち多いけど、内容によっては九龍の方が色々やり易いからね」
言いつつ燈瑩は新しい煙草に火を点ける。
澳門では売春幇助は違法だ。よって風俗店の経営は既に違法である。
店舗型桑拿の内部で客が付くまで女性達が常に歩き回っているのは、警察にツッコまれたら‘あくまで自分達は通行人、スタッフや客引きではない’と言い張る為。そんな言い訳が通るのが不思議だが、そこは政府からのいくらかのお目溢しということ。
だがとにかく九龍でなら何も気にする必要がない。堂々と色々なお仕事が出来る、まさに天国。
とはいえ、天国側の住人からしたら国を荒らし回る余所者は迷惑千万。
「とっとと巣に帰ってくんねぇかな…」
ため息とともにパイプの煙を吐き出す猫。
このままではいずれ九龍のマフィアや半グレ共も怒り出すだろう。それより先にはきっと手仕舞いするはずだが、一体いつなのか。
早目にご退散いただきたい…余計な火の粉が降りかかる前に。
「つうかお前らも巣に帰れよ」
シッシッと追い払う仕草を見せる猫に燈瑩が笑う。
「今日もう仕事終わったから暇なんだもん」
「嘘つけよ。燈瑩はいくらでもやることあんだろ、殺しとか」
「俺の印象酷くない?」
「ほへはまは月餅はへほはっへはい」
「樹は食ってから喋れ」
平和に過ぎる、いつもと変らない午後。
しかし。余計な火の粉は、実はとっくに降りかかっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ある日の真夜中、【宵城】店内。入口付近で何者かが騒いでいるとスタッフから報告を受け、猫は階下へと足を運んだ。
こんな時間になんなんだ、迷惑甚だしい───たたっ斬ってやろうか。しかめっ面で玄関へと到着する。
すると、そこに居た人物は猫の姿を見るやいなや顔をクシャクシャにして泣きはじめた。
「猫さぁん……助けて下さい!!」
駆け寄り着物に縋り付いて猫さん猫さんとわんわん喚く。突然の出来事に猫は困惑し、何とか一言絞り出した。
「いや─────誰、お前?」
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