九龍懐古

カロン

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香港屋企

引っ越しと祝賀会

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香港屋企





「…こんなもんかな」

荷物をまとめ終わったイツキはパンパンと手をはたく。その量、たったのバッグ2つぶん。ほとんど何も無いといっても過言ではない。

そして世話になった我が家──あまり帰っていなかったが──をグルっと見回して、小さな声でありがとうと言った。

「ん?荷物それだけ?」

軽いノックのあと、玄関から顔を覗かせたアズマが声を上げる。イツキは両肩にバッグをかけつつ返答。

「うん、1人でも持てるっていったじゃん」
「そうだけど…ほんとにこんな少ないと思わないじゃない。まぁ1個は貸しなよ」

言いながらアズマは手を伸ばし片方受け取る。


今日は引っ越しだ。


イツキはスラム街の家を引き払い、【東風】に住むことにしたのだ。
とはいっても前々から【東風】へ入り浸ったり泊まったりすることが多かったので、正直今更ではあるのだが。それにくわえて引っ越しと呼ぶほどの荷物も持っておらず、ただのお泊りの延長線上といった感じだけれど。

「実はベッドのマットを新調したんですよ」
「そうなの?」
「そりゃあイツキが住むんだからね!アズマ張り切っちゃうよ!」

ビシッと人差し指を立てたアズマが得意気な顔をした。随分と気合いを入れている。

「あと、掛け布団もかえたし枕もかえた」
「全部じゃん。別にいいのに」
「駄目!イツキに‘引っ越してきて良かった’って思われたいの!」

立てた人差し指をチッチッと振るアズマ
じゃあお礼に、と茶餐廳チャーチャンテーンで夕食でもテイクアウェイしようとしたイツキアズマは止める。

「ご飯も用意してあんのよ。だからチャッチャと帰ろ♪」

めちゃくちゃ準備がいいな。あれ、でもアズマ今日は昼間バタバタしてたって聞いたけど…?イツキは首をかしげたが、雑談をしているうちに【東風】へと到着。

引き慣れた扉を開ける。と。



パンパンパァン!!バゴォッ!!!!



「引っ越しおめでとぉ!!」

音と共に大地ダイチの元気な声が響き、店内にカラフルなテープや紙吹雪が派手に舞った。
最後のひときわ大きな音はカムラのバズーカクラッカーだ。想像より大音量だったらしく、カムラの真横に居たマオが険しい顔で耳へ手をやっている。

「え、荷物すごい少ないね」

手ブラと言って差し支えない2人に燈瑩トウエイが驚く。イツキは立ち尽くしたまま答えた。

「もともとあんまり物持ってなかったから…ていうかみんなどうしたの…?」

鳴り渡るパーティークラッカー、テーブルにたくさん用意された料理。面食らったイツキが固まっていると、大地ダイチがその腕を引いて椅子に座らせた。

「引っ越しだよ?お祝いしなくちゃ!」
「そーそー。イツキが【東風】に来た記念」

バズーカを顔面に食らっていたらしきアズマが、頭にまとわりついているキラキラしたテープや紙片を取り除きながら笑う。
だから茶餐廳チャーチャンテーンで何も買わなかったのか。バタバタしていたというのもこれのせい…食卓にのぼる山程の食べ物を見て納得するイツキ

「とっとと始めようぜ。腹ぁ減ってんだよ」
マオ、いうて呑みたいだけやろ」
イツキはジュースでいい?」
「あ、うん。ありがとう燈瑩トウエイ

干杯かんぱいの合図で全員でグラスをあわせる。
思いがけないサプライズに、イツキは嬉しそうな表情を──パッと見では普段と変わらないのだが──みせた。

「しかし俺もけっこう作ったけど、みんなもずいぶん買ってきたなご飯」

アズマが言うと、早々にグラスを空け瓶ごと酒を呑みはじめているマオが眉を上げる。

「そりゃ全員分の明日の朝飯も兼ねてんだからよ。いや朝は起きねぇか、昼飯か」
「全員って何!?」
「やった!泊まりだぁ!」

大声を出すアズマをよそに、泊まりだと予想はしていたもののマオの確定発言を聞いた大地ダイチが飛び跳ねる。その横をスルッとすり抜けベッドに腰をおろすマオ

「俺ベッド1個もーらい」
「だからマオ!ベッドはイツキの!」
「学習しねぇな眼鏡おまえ。俺が1個、イツキ大地ダイチで1個だよ。つうか増やしたんだろベッド」
「増やしたけど…簡易のやつ…」
「あ、ほんと?やったぁ」
「良かったすね燈瑩トウエイさん。なら自分ソファもろてええですか?」
「いや燈瑩トウエイカムラも!!俺の簡易ベッドだよ!!」
アズマミニソファ余ったじゃん」
大地ダイチ…俺の身長見て…」
眼鏡おめぇ、無駄にタッパあるからな」
「じゃあドンマイだね。干杯かんぱぁい
「え、話終わり!?」



穏やかに夜へと包まれていく九龍の中、賑やかな出迎えとアズマの首の寝違えと共に新生活はスタートした。
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