九龍懐古

光輝燦然・下

アコギとハーブティー

光輝燦然９





１週間ほどが経過した頃、手元にはカードが揃ってきていた。

上カムラが裏社会ストリートや半グレから、燈瑩トウエイがマフィアから持ってきた話を擦り合わせ、五顏六色カラフルと繋がりのあるグループを特定。陽ヨウに関しての依頼を請け負った人間の正体も見えてきた。

五顏六色カラフルがどうしてそんな依頼ことをしたのか？
そこには表では綺麗な顔をしていた五顏六色カラフルが、裏ではＡＶや風俗店への斡旋・・──といえば聞こえはいいが──に手を出しかなりの儲けを得ているという事実が絡んでいた。
金に困っている女優やアイドルの卵、グラビア雑誌のモデルなど、見目麗みめうるわしい女性達は夜の世界へ引く手数多あまた。キックバックはもちろん桁違いである。

そちらの稼ぎに目が眩み、裏稼業にばかり精を出すあまり表おもての経営が傾いてきてしまった五顏六色カラフルは、裏稼業から足を洗う───ということはせず表おもてのライバルを潰しはじめた。確実に注力の方向性が間違っている。

アイドル事務所がアイドルを裏に売り捌いてばかりいれば、他の会社に圧されることは当たり前…自業自得もいいところ。
だかあの爽やかな五顏六色カラフルの若社長、調べてみたら以前は違う顔と名前で夜職界隈に居たらしい。
なるほど、だとすればマフィアや水商売との繋がりしかり、‘相手を潰してのし上がる’という発想になるのもわからないこともない。





「アコギな商売してんなぁ」

言いながら、猫マオがパイプの煙を輪っかにしてポポッと吐き出す。

その日の撮影終わり、樹イツキと上カムラ、燈瑩トウエイの３人は猫マオの元もと───【宵城】へと集まっていた。

「猫マオ、五顏六色カラフルから九龍城に流れてきてる女の子の情報あったりしない？」
「芸能事務所そういうとこから女引っ張ってきてる店はいくつか知ってっけどな…五顏六色カラフルかどうかまではわかんねぇよ、まぁカマかけりゃボロ出すんじゃね」

燈瑩トウエイの問いに猫マオは軽く肩をすくめる。

「どないします？まだ他も探ってみたほうがええですかね」
「いや、事故についての証拠もあるし、もう詰めちゃおうかなって。俺と猫マオで明日五顏六色カラフル行ってくるよ」
「え？猫マオも？」

その燈瑩トウエイの返答に上カムラは目を丸くした。
面倒事には首を突っ込まない猫マオが…珍しい。花街や自分の仕事に関係しているからだろうか？

明らかに不思議、というか理由を知りたそうな顔をしている上カムラと樹イツキを見て、猫マオはチッと舌打ちをすると言った。

「俺も【酔蝶】のオーナーと知り合いなんだよ。昔色々あってな」

上カムラは黙っていたが、その色々が気になると隠さず顔に出す樹イツキ。猫マオはもう一度舌打ちをして説明をした。

「オーナーあいつが【酔蝶】畳んだ時に、行き場が無かった店の女全員【宵城ウチ】で引き取ったんだよ。感謝はされたがそんときゃまだウチも小せぇ店だったからな…【酔蝶】の女たちに勢いつけてもらった部分がある。お互いに借りがあんだわ」

燈瑩トウエイと猫マオはその頃知り合ったとのことで、猫マオは月ユエや陽ヨウのことも知っているらしかった。

「オーナーあいつは今表で頑張ってるしよ、裏の事は九龍こっちの人間がやっといてやろうっつー話」

そう面倒くさそうに吐き捨てる猫マオだが、態度と行動は裏腹だ。やはり義理人情に厚い。

「だから明日は撮影に行けないんだけど…陽ヨウのこと、任せてもいいかな？」

お願い、と手を合わせる燈瑩トウエイに樹イツキと上カムラは頷く。

これで事態はどう動くのか。五顏六色カラフルとしても、マフィアや裏稼業からは足を洗わないにしろ芸能界自体には残りたいはず。陽ヨウからは大人しく手を引いてくれれば良いのだが。

九龍でのショートフィルムの撮影も終盤に差し掛かっていた。裏も表も、いよいよ大詰めといったところ。

少し身体を強張らせる上カムラの肩を燈瑩トウエイがポンと叩く。樹イツキも軽くトンと小突いた。猫マオも寄ってきて、バシッと力の限り背中を平手で打つ。紅葉もみじが咲いた。

「いや痛いわそれは！！」
「あ？緊張ほぐしてやってんだろが」
「やり方あるやろ！！前の２人見習ってもろて！！」
「んなもん人それぞれだっつーの」

半ベソで文句を言う上カムラに猫マオはカカッと笑う。

やむことのない花街の喧騒の中、期待と不安を募らせながら、九龍の夜はふけていった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





次の日、朝の撮影現場。

燈瑩トウエイが抜けたので午前中も持ち回りを担当している樹イツキが、寝ぼけ眼でなにやら袋をクンクン嗅いでいる。上カムラは横から声を掛けた。

「なんなんそれ」
「東アズマ特製ハーブバッグ…」
「違法？」
「じゃないやつ…」

樹イツキは、普通のお茶だから溶かして飲めるよと言いながら巾着の中身を水のペットボトルに適当に入れた。ガシャガシャ振って上カムラに手渡す。

「はい」
「ホンマ平気なん？」
「へーき」

樹イツキの太鼓判が押された。なら大丈夫か…東アズマでも…？そう思い上カムラはおそるおそる一口飲んでみる。
────意外に美味しい。いや、東アズマの薬師としての経験値と料理の腕を考えれば意外でもないか。

「スースーして目が覚めるって」
「ん…せやな。美味いし」

上カムラが気に入った素振りを見せたので、じゃあ、と樹イツキは小袋ごと上カムラにパスをした。

「え？貰もろてええの？」
「うん、それ上カムラの分で持ってきたから。前に鴛鴦茶ユンヨンチャー奪っちゃったお詫び」
「そんなんかまへんのに…律儀やな」

ちゅうか、東アズマもたまにはええもん作るやん。そう考えつつ上カムラは胸ポケットに可愛らしい巾着をしまった。

それからしばらく撮影を眺める。

昼過ぎには燈瑩トウエイと猫マオが五顏六色カラフルへと話を付けに行く算段だ。
何事もなく、滞とどこおりなく終わればいいが…。ソワソワしている上カムラを見て、樹イツキがフッと右手を振り上げその背中に狙いをつける。
それを視界の隅に認めた上カムラは声を張った。

「やらんでええ！！大丈夫やから！！」

ピタッと樹イツキの動作が止まり、ふりかぶった腕は元の位置へと帰っていく。
樹イツキに悪気はない、肩肘張った様子の上カムラを励まそうとしたのみ。ただ猫マオがやっていたのを見て、そういうもんかなと思い真似をしようとしただけである。

「樹イツキ」
「ん？」
「…ありがとうな」

紅葉をまぬがれた上カムラが樹イツキに礼を言う。
樹イツキの心遣いもそうなのだが、その平手打ちを寸手で回避できた動体視力と判断力に上カムラは嬉しくなったのだ。今までだったら確実に食らっていた。

え、なんや、俺もちょっとはやれるようになったんちゃうん？

そう内心ワクワクしている上カムラの手の中で──ペットボトルに入った東アズマ特製ハーブティーが、怪しげにユラユラと揺れていた。