九龍懐古

光輝燦然・上

忘れ形見とスーブニール

光輝燦然５





「カット！もう一度いきます！」

スタッフの声が路地に反響する。

時刻は正午に差し掛かる頃。長めの休憩を挟んだ後、場所を中流階級区域に移してロケは続行されていた。
トラブルには見舞われたものの幸いなことに負傷者はおらず、メインキャストの陽ヨウの体調にもほぼ影響が見られなかったため、スケジュール通りに撮影を進行させることにしたのである。

しかし、場の空気は明らかに変わっていた。
場というより燈瑩トウエイのだ。

上カムラは横目でチラチラ燈瑩トウエイを見た。はたからみれば普段と同じ雰囲気、だが上カムラからみれば全く違う。その変化に気付くくらいには上カムラと燈瑩トウエイの付き合いは長かった。
苛立ち、とまではいかないが、ピリピリしている。警戒といったほうが正しいだろうか？
もちろん陽ヨウを見詰める視線にもそれは如実に表れていた。まぁ、あんなハプニングがあったから当然といえば当然ではあるけれど。

……気になる。

気になる、どうしよう、樹イツキに‘必要やったらそのうち話してくれるやろ’なんてカッコつけて言ったばっかりなのに。さっそく意思の弱さが露呈する。

いや、でももしかしたら今回のバイトに関連しているかも知れない。だとすれば今ここで聞いておくべきなのでは。
そんなん言うて、単純に気になってもうてるから聞きたいだけやないん？もう１人の自分が頭の中でツッコんでくる。
ちゃうて、俺は先のこと考えて──それも言い訳ちゃうん？──そないなことないて──嘘うせやんお前──うるさいな、あぁ、もう。

思い切って口を開いた。

「燈瑩トウエイさん、陽ヨウさんと何かあったんです？」

唐突に発せられたその言葉に、紫煙をくゆらす燈瑩トウエイがめずらしく動揺を見せる。

「えっ？顔に出てた？」
「出とります、めっちゃ」

他人からすれば‘めっちゃ’というほどでもなかったが、上カムラとしては普段の燈瑩トウエイからは考えられない程度には顔に出ていた。
陽ヨウに向けられた優しい視線。今まで見たことがないような、けれど何となく、陽ヨウを見ている訳ではないような不思議な感じ。
上カムラは思った事をそのまま話した。

「駄目だね…や、陽ヨウとじゃないんだけど…」

上カムラの疑問に燈瑩トウエイは困ったように目尻を下げ、深く煙を吸い込んでゆっくりと吐きつつ答える。

「昔の話だよ。上カムラと大地ダイチに出会う少し前」

出会う前といったら10年以上昔のことだ。その頃の話は聞いたことがない、上カムラは軽く息を呑んだ。
フッといつもの穏やかな表情で燈瑩トウエイが笑う。

「……聞く？期待にそえるような話じゃないかも知れないけど」

その言葉に、上カムラはただ黙って頷いた。