九龍懐古

カロン

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光輝燦然・上

胡乱と鶏鳴

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光輝燦然4





翌日、まだ鶏鳴けいめいが暁を告げて間もない頃。

「おはようみんな!」

ヨウの声が朝の冷たい空気の中に凛と響く。

「おはよう。今日も宜しくね」
「おはようございますヨウさん、寒いから風邪引かんようにせんと」
「……ぉふぁょ………」

にこやかに挨拶を返す燈瑩トウエイ、お母さん気質を発揮するカムラ、半分以上寝ている様子のイツキ

イツキ君、眠そうだね」
「……ぅむ……」
「朝飯食うとらんからちゃう?食べれば元気出るでイツキは」

ヨウが話しかけるもうつらうつら船を漕ぐイツキの反応は鈍く、カムラが代わりに返事をする。
とはいえ朝方の九龍では開店している飲食店は少ない。もう数時間経てば茶餐廳チャーチャンテーンなどもオープンするのだが…せめてコーヒーだけでも…そんなカムラの思考を読むかのように、タイミングよくマネージャーが全員に鴛鴦茶ユンヨンチャーのペットボトルを配り始めた。

「あ、これヨウさんがCMしとるやつやん」
「よく気付いたね!カムラ君観てくれてるの?」
「そりゃあ…いうて知らんやつおらんやろ、いつもやっとるしヨウさん人気やねんから」

言いながら、カムラはキャップを開けてボトルを寝ぼけ眼のイツキに手渡す。保護者感満載だ。

「CMみたいにやってあげよっか?」

そう口にするが早いかヨウ鴛鴦茶ユンヨンチャーをクイッと飲むと、疲れた時にホッと一息!いつもあなたのお側に…鴛鴦茶♡と言ってウインクを決めた。テレビ画面の中の映像そのまんま、いや、なんなら本物の方が数倍可愛い。
アズマが泣いて喜ぶだろうなとカムラは思ったが、カムラとてヨウの可憐さに言葉が出なかった。

ヨウってテレビでも可愛いけど、本物はもっと可愛いね」

コーヒーと紅茶の苦味でうっすら意識を覚醒させたイツキがサラッと賛辞を述べる。ただ思った事を思ったままに言っただけだが、衝撃を受けたカムラは目を見開いた。

こいつ…恥ずかしいとかないんか…!?

カムラだってこういう時、素直にスマートに褒められるような男でありたいのだ。ありがとう!と無邪気に喜ぶヨウを見て次は頑張ろうとひっそり胸に誓う。

「本日は花街でのカットから進めて行きたいと思います。宜しくお願い致します」

言葉とともにマネージャーが頭を下げ、スタッフ達は撮影準備に入った。カメラマンがバタバタと通り過ぎる。
そして撮影スタート、日の出を迎えネオンの消えかかる風俗街の看板を背景に何百枚といった写真が撮られていく。途切れることなくひたすら聞こえ続けるシャッター音。
その音が鳴る度に、ほんのわずかずつ表情を変えるヨウ。これだけたくさんの写真の中で1枚も同じものはない。
プロってすごい…月並みの感想をいだきつつボケッとその様子を眺めるカムラの視界の端に、マネージャーと燈瑩トウエイの姿が入った。

離れた場所で何やら話し込んでいる。燈瑩トウエイ鴛鴦茶ユンヨンチャー片手に煙草をふかし、マネージャー側もリラックスした雰囲気。
ずいぶん仲が良さそうだった。仲が良いというか、昔から親交があるような…ヨウへの燈瑩トウエイの態度もそうだ。ヨウははじめましてと言っていたし燈瑩トウエイも自己紹介をしていたが、本当は違う気がする。

「気になるなら聞いてみれば?」

2人を見詰めるカムラに気付いたイツキが目をこすりながら提案したが、カムラは少し考えてから首を横に振った。

「いや、ええよ。必要やったらそのうち話してくれるやろ」
「そっか」

イツキは頷いて鴛鴦茶ユンヨンチャーをゴクゴクと一気飲みしだした。まだ6割程しか目が覚めていないらしく、カフェインに頼ろうとしている様子。カムラは自分の鴛鴦茶ユンヨンチャーイツキに渡した。これで覚醒ゲージは8割くらいになるだろうか。

朝日が差し始めた九龍の街の中、光を受けて輝くヨウの肢体。華やかなもんだなぁ…カムラはしばし見惚れていたが、その真横で何かが揺れたような気がして目を凝らす。なんだ?見間違いか?そう思った瞬間。

「っ、ヨウさん!!!!」

揺れたのはロープだった。
老朽化した看板を取り外すために組まれた竹の足場を結ぶロープ。それが切れてほどけ落ち、瞬く間に足場は崩れ竹の束がヨウの頭上に降り注ぐ。

間に合わない、わかってはいたが駆け出したカムラの目の前で派手な音を立て地面に突き刺さる竹の雨。焦って隙間からヨウを探すも姿は無く────数メートル向こう、転がる足場の残骸を越えた先に人影があった。

「危なー…」

言いながらその人影、鴛鴦茶ユンヨンチャーのペットボトルを口にくわえたイツキが振り返る。腕の中ではヨウが姫抱きになっていた。
足場が崩れ落ちてきた瞬間に、驚異的なスピードで滑り込んだイツキヨウを抱きかかえそのまま反対側まですり抜けたのだった。
突然の出来事に放心するスタッフ達。だが、事態を飲み込むと戸惑いと怒号で辺りは包まれた。

ポカンとしているヨウに声を掛けつつ、イツキはその身体をそっと地面に降ろす。

「大丈夫?」
「あ…ビックリしちゃった…凄いねイツキ君」
「たまたま傍に居たから。ヨウが軽かったし」

多分カムラじゃ重くて助けらんなかったと肩をすくめるイツキに、ヨウがプッと吹き出す。
そこへちょうどカムラが不格好に竹をまたいで避けつつ走り寄ってきた。

ヨウさんケガは!?」
「平気よ、イツキ君のおかげ」

燈瑩トウエイヨウの無事を確認し安堵する。足早に3人に近付きつつ、その途中、落ちていたロープを手に取った。竹の束を繋いでいたものだ。何かを確かめると足場が組まれていたビルを見上げる。

「どないしたんですか?」
「ん?うん…いや、なんでもないよ」

燈瑩トウエイカムラの言葉に笑顔を返し、安全な場所へとヨウを避難させるマネージャーの横で鴛鴦茶ユンヨンチャーの残りを啜るイツキに小声で囁いた。

「ありがとうイツキ。出来たら、この後もなるべくヨウの近くに居てくれないかな」
「わかった」

短い返事で承諾するイツキ

得体の知れない不穏な空気が、朝靄あさもやかすむ九龍の街に静かに立ち込めていた。
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