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一六勝負
マカオと100万香港ドル・後
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一六勝負2
遡ること、30分。
カジノフロア中心部、テーブルでバカラに興じる東を樹が冷めた目で見ていた。
「東、もうマーチンやめなよ」
「だって次は…次こそはくる気がして…」
マーチンとは‘負けたら2倍をベットする’、つまり勝つまでどんどん倍額を賭けていく手法。バカラでは必勝法とも言われている。
だが、100香港ドルから始めたとしても10回も連続で負ければ掛け金は5万香港ドルを越えてくる。東は現在8連敗していた。
「ちょっと樹賭けてみてよ」
「東の予想手伝うと当たんないじゃん」
「俺抜けるからさ。樹の卓ってことにしたら当たるんじゃない?」
藁にもすがる思いで東が樹に席を譲る。樹はその椅子に腰掛け、これまでの出目の罫線とテーブルのチップを見た。
罫線、読んでもそこまで変わんないんだよな。しかも今めちゃくちゃバラバラだし…。そう考え、樹は特に迷いもせず残りのチップを全て赤側に押し出した。
「えっ全部いくの!?」
その額3万香港ドル。手持ちがもうそれしかなかった東は上擦った声を出したが、負けが込んでいるのだから少しばかりを賭けて取り戻したところであまり意味は無い。
「ちょっとずつやっても回収出来ないし」
「まぁ…まぁそうね。うん、樹に任せる。ちなみに何で赤?」
「ブラッドオレンジのジュース飲んだから」
「理由ヤバイな」
椅子の背もたれに身体を預ける樹。その後ろから、肩越しにテーブルへと手を付く東が場を注視する。
トランプが配られ、1枚、2枚と表になり、そして────
‘青・4 赤・9’
「うぁ!!!!勝った!!!!」
東が叫ぶ。
戻ってきたチップを5千香港ドルほど、今度は青側に押し出す樹。当たり。再度青にベット。これも当たり。
そこへ気怠げに猫が歩いてきた。
「当ててんのか樹」
「あ、猫。ポーカーやめたの?」
「腹減ってきたからな…ぁんだよ、東がピーピー言ってんの見れると思ったのに」
「ウチの樹は最強なんですぅ!」
つまらなさそうな顔をする猫に東がドヤる。全くもって本人の手柄ではないのだが。
それからもまた、的中、的中、的中。あまりにも連続で当てるのでいつのまにか周りにはギャラリーが出来ていた。
勝ち金は膨れ上がり、樹の前には山程のチップ。10万香港ドルに届きそうだ。
罫線はほぼ1番端まで辿り着き、最終ゲーム手前。樹は青側に全額を賭けた。
「えっまた全部いくの!?てか何で青?」
「そろそろ終わりだし、東の服青いから」
「待ってそれハズレるフラグじゃない!?」
トランプが配られる。全員が固唾を呑み注目する中、少しずつ捲られていくカード。その数字は─────
‘青・7 赤・8’
「あれ、ハズレた」
「ほらぁ!!!!」
キョトンとする樹と悲鳴を上げる東。
バカラはワンゲームが数十秒と早い。即座にチップとカードが撤去され、瞬きのうちに開始する最終ゲーム。
掛け金がゼロなのだから特に卓にいる必要もないが、樹と東も何となく行末を見守る。
‘青・6 赤・6’
結果は引き分け。と、観衆がどよめいた。
2人は猫の手元に視線を向ける。いつのまにか賭けられていたチップ、その額と場所は────引き分けに2万香港ドル。
「マジ!?」
目を見開く東。引き分けに賭けて当たれば配当金は8倍、大勝ちである。
「なんでタイが来るってわかったの!?」
「うっせぇな眼鏡…別に、たまたまだよ」
と猫は答えたものの、本当は微妙に根拠があった。
カジノではイカサマは無しということになっているが実際いくらかの調整はされる。
前ゲーム、樹のフルベットがカジノ側に回収されるのは恐らく決定事項だった。
かといってこのまま客を負けさせて終わるのでは‘夢’がない。最終ゲームで人々を惹きつける偶然…それは滅多に出ない引き分け。
タイは配当金がデカい、くれば盛り上がるし誰かが当てればギャラリーにも希望を与えられる。ディーラー側は今一瞬損をしたとて、‘夢’を見たカモ達がその後に使う金額と比較すれば釣りは充分。
だからきっと、引き分けにする。これはこの先の為のパフォーマンス。
だがやはり額によっては当ててこない可能性がある、そう考え猫はギリギリのラインを張った。まさにエンターテイナーの思考。
「ほら樹、半分チップやるよ」
「え?いいの?」
「お前が賭けてたから勝てたようなもんだ」
「ねぇ猫俺には…?」
「眼鏡は見てただけだろ」
「お金出したもん…」
「じゃあ東これ一緒に使う?」
「うわー!!樹優しい!!」
「おい、甘やかすなよ樹」
話しながらバカラのテーブルを離れ、スロット大会の会場へ向かう。2つほどホールを抜けてたどり着いた先にはひしめき合うスロットマシン、輝く巨大スクリーンには上の顔がデカデカと映し出されていた。
「何してんだ上…あ、フリー入ったのか」
猫が眉を上げて言う。どうやらフリーゲームを引いたプレイヤーを代わる代わる画面に表示しているようだった。モニター越しでも上の緊張と冷や汗が伝わってくる。
会場を見渡す東が疑問を投げた。
「燈瑩居なくない?」
「メッセージ来てる。アフタヌーンティー食べてるから棄権、上のこと宜しくって」
携帯をイジりつつ答える樹。えーじゃあ俺が代わりに出たかったよと東は口を尖らせた。
「上勝ってるのこれ?」
「そうでもねぇな。高確率中で全然コイン増えねぇとかあんのかよ、あの饅頭…」
携帯から会場へと視線を戻した樹の質問に猫は肩をすくめる。慌てふためく上を大写しにするスクリーンが面白く、樹は記念に写真を撮った。
残り時間はあと30秒、実質ここが最後の勝負。目を白黒させながらボタンを連打する上を、3人は遠くから生温かく見守った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…で、なんだこの不甲斐無い結果は」
「しゃーないやん!俺かて頑張っててん!」
電光掲示板を見詰めてため息をつく猫に上が抗議する。
上の名前は遥か下方、順位表のビリから2番目にあった。ちなみに1番下は参戦しなかった燈瑩なので実質上がドベである。
「フリー2回きてこんなんなるかよ」
「出ぇへんかったんやもん!!」
上は短時間でフリーゲームを2回引き当てるという奇跡を起こしたものの、その千載一遇のチャンス中に図柄が全く揃わないという奇跡も起こした為コインは1枚たりとも増加しなかった。
そのまま特に巻き返すこともなくランキングはご覧の通り。
ほどなくして、通路の向こうから腕に様々な店の紙袋を提げた燈瑩と両手に鶏蛋仔を持った大地がやってくる。
「燈瑩はなんでそんなことになってんだ」
明らかにキャパオーバーな大量のショッパーを目にして、猫が眉間にシワを寄せた。爆買いが過ぎる…洋服だろうか?お菓子や小物もありそうだ。
「大地がみんなにも買おう、って言うから」
「えーなになに?見してよ中身」
こともなげに答える燈瑩から荷物をいくつか預かりつつ、東が中を覗き込む。樹は大地がくれた鶏蛋仔をかじりはじめた。
「じゃあ結局誰も勝たなかったの?」
「俺ぁ勝ったよ。大地の兄貴が情けねぇ戦績を残しただけだ」
「東だって素寒貧やんか!!」
「俺はわけてもらったもん。ね、樹」
「はれはまほがはったはつははら」
「なんて?」
「もーいいから飯行こうぜ。猫様腹ペコ」
やいやい言いながら、一同はカジノを後にしレストランへ向かう。
実はこのとき新たなトラブルの火種が生まれていたのだが…まだ誰1人としてそれに気が付くことはなかった。
遡ること、30分。
カジノフロア中心部、テーブルでバカラに興じる東を樹が冷めた目で見ていた。
「東、もうマーチンやめなよ」
「だって次は…次こそはくる気がして…」
マーチンとは‘負けたら2倍をベットする’、つまり勝つまでどんどん倍額を賭けていく手法。バカラでは必勝法とも言われている。
だが、100香港ドルから始めたとしても10回も連続で負ければ掛け金は5万香港ドルを越えてくる。東は現在8連敗していた。
「ちょっと樹賭けてみてよ」
「東の予想手伝うと当たんないじゃん」
「俺抜けるからさ。樹の卓ってことにしたら当たるんじゃない?」
藁にもすがる思いで東が樹に席を譲る。樹はその椅子に腰掛け、これまでの出目の罫線とテーブルのチップを見た。
罫線、読んでもそこまで変わんないんだよな。しかも今めちゃくちゃバラバラだし…。そう考え、樹は特に迷いもせず残りのチップを全て赤側に押し出した。
「えっ全部いくの!?」
その額3万香港ドル。手持ちがもうそれしかなかった東は上擦った声を出したが、負けが込んでいるのだから少しばかりを賭けて取り戻したところであまり意味は無い。
「ちょっとずつやっても回収出来ないし」
「まぁ…まぁそうね。うん、樹に任せる。ちなみに何で赤?」
「ブラッドオレンジのジュース飲んだから」
「理由ヤバイな」
椅子の背もたれに身体を預ける樹。その後ろから、肩越しにテーブルへと手を付く東が場を注視する。
トランプが配られ、1枚、2枚と表になり、そして────
‘青・4 赤・9’
「うぁ!!!!勝った!!!!」
東が叫ぶ。
戻ってきたチップを5千香港ドルほど、今度は青側に押し出す樹。当たり。再度青にベット。これも当たり。
そこへ気怠げに猫が歩いてきた。
「当ててんのか樹」
「あ、猫。ポーカーやめたの?」
「腹減ってきたからな…ぁんだよ、東がピーピー言ってんの見れると思ったのに」
「ウチの樹は最強なんですぅ!」
つまらなさそうな顔をする猫に東がドヤる。全くもって本人の手柄ではないのだが。
それからもまた、的中、的中、的中。あまりにも連続で当てるのでいつのまにか周りにはギャラリーが出来ていた。
勝ち金は膨れ上がり、樹の前には山程のチップ。10万香港ドルに届きそうだ。
罫線はほぼ1番端まで辿り着き、最終ゲーム手前。樹は青側に全額を賭けた。
「えっまた全部いくの!?てか何で青?」
「そろそろ終わりだし、東の服青いから」
「待ってそれハズレるフラグじゃない!?」
トランプが配られる。全員が固唾を呑み注目する中、少しずつ捲られていくカード。その数字は─────
‘青・7 赤・8’
「あれ、ハズレた」
「ほらぁ!!!!」
キョトンとする樹と悲鳴を上げる東。
バカラはワンゲームが数十秒と早い。即座にチップとカードが撤去され、瞬きのうちに開始する最終ゲーム。
掛け金がゼロなのだから特に卓にいる必要もないが、樹と東も何となく行末を見守る。
‘青・6 赤・6’
結果は引き分け。と、観衆がどよめいた。
2人は猫の手元に視線を向ける。いつのまにか賭けられていたチップ、その額と場所は────引き分けに2万香港ドル。
「マジ!?」
目を見開く東。引き分けに賭けて当たれば配当金は8倍、大勝ちである。
「なんでタイが来るってわかったの!?」
「うっせぇな眼鏡…別に、たまたまだよ」
と猫は答えたものの、本当は微妙に根拠があった。
カジノではイカサマは無しということになっているが実際いくらかの調整はされる。
前ゲーム、樹のフルベットがカジノ側に回収されるのは恐らく決定事項だった。
かといってこのまま客を負けさせて終わるのでは‘夢’がない。最終ゲームで人々を惹きつける偶然…それは滅多に出ない引き分け。
タイは配当金がデカい、くれば盛り上がるし誰かが当てればギャラリーにも希望を与えられる。ディーラー側は今一瞬損をしたとて、‘夢’を見たカモ達がその後に使う金額と比較すれば釣りは充分。
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「え?いいの?」
「お前が賭けてたから勝てたようなもんだ」
「ねぇ猫俺には…?」
「眼鏡は見てただけだろ」
「お金出したもん…」
「じゃあ東これ一緒に使う?」
「うわー!!樹優しい!!」
「おい、甘やかすなよ樹」
話しながらバカラのテーブルを離れ、スロット大会の会場へ向かう。2つほどホールを抜けてたどり着いた先にはひしめき合うスロットマシン、輝く巨大スクリーンには上の顔がデカデカと映し出されていた。
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「そうでもねぇな。高確率中で全然コイン増えねぇとかあんのかよ、あの饅頭…」
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残り時間はあと30秒、実質ここが最後の勝負。目を白黒させながらボタンを連打する上を、3人は遠くから生温かく見守った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
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上の名前は遥か下方、順位表のビリから2番目にあった。ちなみに1番下は参戦しなかった燈瑩なので実質上がドベである。
「フリー2回きてこんなんなるかよ」
「出ぇへんかったんやもん!!」
上は短時間でフリーゲームを2回引き当てるという奇跡を起こしたものの、その千載一遇のチャンス中に図柄が全く揃わないという奇跡も起こした為コインは1枚たりとも増加しなかった。
そのまま特に巻き返すこともなくランキングはご覧の通り。
ほどなくして、通路の向こうから腕に様々な店の紙袋を提げた燈瑩と両手に鶏蛋仔を持った大地がやってくる。
「燈瑩はなんでそんなことになってんだ」
明らかにキャパオーバーな大量のショッパーを目にして、猫が眉間にシワを寄せた。爆買いが過ぎる…洋服だろうか?お菓子や小物もありそうだ。
「大地がみんなにも買おう、って言うから」
「えーなになに?見してよ中身」
こともなげに答える燈瑩から荷物をいくつか預かりつつ、東が中を覗き込む。樹は大地がくれた鶏蛋仔をかじりはじめた。
「じゃあ結局誰も勝たなかったの?」
「俺ぁ勝ったよ。大地の兄貴が情けねぇ戦績を残しただけだ」
「東だって素寒貧やんか!!」
「俺はわけてもらったもん。ね、樹」
「はれはまほがはったはつははら」
「なんて?」
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