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香港競馬
四連単とオールイン
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香港競馬
「え、これだけぇ…?」
九龍城ネオン街きっての風俗店【宵城】の最上部、朱塗りの柵に囲まれた部屋の中。
猫から取り分を受け取った東が、しょぼくれた顔をする。
「オメェの借金引いたらそんなもんだろーよ。利子つけてねぇだけ感謝しろや」
先週末の競馬、東が有り金全て突っ込んだ大一番のレース。まさかの三連単大穴的中で山程の配当金をいただいたのだが、馬券の購入を猫に任せていたため、手渡された払い戻し金額からは今までの【宵城】でのツケを差し引かれてしまっていた。
「いいもん、これを元手にまた増やすから。勝ち分オールインしてやる」
「自重しろよクソ眼鏡。無くなっても知らねぇぞ」
「博打うちはチマチマやんねぇの!猫も賭ける?」
「たりめーだろアホ」
東が今戻ってきたばかりの札束をバァンとテーブルに叩きつけ、猫もニヤリと片頬を上げる。
「また三連か?」
「いや、四連」
「複?」
「単」
「馬鹿だな東ほんとに…嫌いじゃねーぜ」
東の賭け方に珍しく称賛の言葉を口にし、ククッと声を漏らす猫。
選んだのは四連単───4着までの馬を着順を含め予想するやり方で、当然3着までを的中させる三連単より難易度は上がる。
ちなみに‘単’ではなく‘複’であれば選んだ馬の着順はバラバラでもかまわないのでハードルは下がるが、もちろん配当金も下がってしまう。
基本、猫は博打が好きで博徒も好きだ。
東は【宵城】への支払いを滞らせたりするので苦い顔をされているだけで、実際この2人はかなり気の合う賭博仲間なのである。
【東風】に集まるメンツの中でも猫と東は飛び抜けて賭け事をし、毎回湯水の如く金を使う。
両者勝率は悪くないが、最終的に財布を膨らます猫と違い東の手元にはいつも金が残らない。引き際を知らないからだ。
だが、東のそんな所をなんだかんだ猫は気に入っていた。借金を踏み倒そうとするたびにボコボコにはするとしても。
「番号決めてんのかよ?もう買うぜ」
「ん、これで宜しく」
東が紙に記した番号を見せ、それを一瞥して携帯をいじり馬券を購入する猫。
「猫とかぶってる?」
「上から3頭はな」
「え、嘘!?4着何にした!?」
「1番」
「あー!!迷った!!」
頭を抱える東が4着に選んだのは5番。この2頭は正直、猫もどちらにしようか悩んでいた。
東と同じ馬券ではつまらないと思っていたところだ。上手い具合に意見がわかれて良かったと、猫は満足そうに紫煙をくゆらす。
「一騎打ちだな…」
テレビをつけながら呟く東。まだ3着までが確定した訳でもないのに気が早い。
間もなく出走時刻、出走馬がパドックからゲートへ続々と移動していく。
テレビから流れる映像とアナウンスに静かに耳を傾ける2人。そして────
《さぁ全頭出走!!3番は少し出遅れたか!?》
「よし!!いいぞ!!」
東がガッツポーズをする。
3番は人気の馬だったが、今回はあまり落ち着いた様子を見せていなかったため好スタートを切れないのではと推測をしていた。くわえて相性が良くない騎手とのコンビだ…追い上げるのも難しいだろう。そんな理由により、猫と東は敢えて着順から外していた。
結果その姿は馬群に沈んでいき、展開は今のところ狙い通り。
1頭抜け出して逃げている馬は2人共2着に数字を入れている。現在中団で足をためている栗毛の馬が最後の直線で先頭に躍り出るだろうという予想。
3着は同じく横並びで走る黒鹿毛の若武者、逃げ馬を追い上げるものの今一歩届かずとなるはず。
第1コーナー、第2コーナー、順調だ。
問題は4着に食い込んでくる馬である。正直、3着までならこのレースはまぁまぁ堅くオッズも大した事はない。
4着まで買うからこそ配当金が跳ね上がり、まさに一攫千金と言えるわけだ。
…そもそも‘それだけの額を賭けている’からではあるが。
第3コーナー。中団に動きがあり1番5番が僅かに前に出て、思わず東と猫も身を乗りだす。やはりこの2頭どちらかが4着につける───予感は確信へと変わっていく。
《第4コーナー、直線!!》
最後の最後、勝負どころで全頭一斉に残された力を振り絞る。
栗毛の馬の末脚は恐ろしく、あっという間に先頭を抜き去りトップをかっさらった。それでも2番手は譲るまいと逃げ馬は懸命に芝生を駆けて、黒鹿毛はギリギリそれに追いつかずか。
1番と5番も馬群から飛び出してフルスロットル、4着に食い込むのは果たして。
「行け行け行け行け!!まくれ!!」
「差せ!!!!」
1番と5番が並び東と猫が同時に叫ぶ。
火花散る接戦、ほぼ同着のような滑り込み、しかしハナの差でゴール板に先に到達したのは─────…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ただいまぁ」
カラカラと【東風】の扉を引く樹の視界に、身体を小さくしてテーブルについている東が入った。
並べられた2つの皿の上には豆腐のみ。かろうじて乗っかっているネギが若干の彩りを添えているも、どうやら味付けは生抽だけのようだ。
「あれ、何この夕飯」
「豆腐デス」
「競馬負けたの?」
「ソウデス」
鋭い樹の言葉にますます身を縮める東。
今日競馬するって言ってなかったはずなんだけど…普通にバレてるな…そんな事を考えながら東はゴメンネとカタコトで謝罪をする。
「いいよ別に。これ買ってきてる」
手に持っていたビニール袋をテーブルに乗せる樹。取り出されたその中身は楊州炒飯や乾炒牛河…茶餐廳からのテイクアウェイだった。
「えっなんで!?」
「東が競馬負けてる気がして」
セールの時間帯だったし安かったからちょうど良かった、ちゃんと2人前あるよと言いつつ席に座って樹は割り箸を割る。
「うぇぇ…ありがとう樹ぃ…」
「全額賭けちゃうのやめなよいい加減」
「うん…次回は…」
涙声の東が決意を新たに樹を見据えて頷く。
「ちゃんと沙田馬場に行く」
樹はその東の顔面に、ソースでベチョベチョの牛肉片を投げ付けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「喂?燈瑩暇だろ、マカオのカジノ行こうぜ。…え?臨時収入だよ臨時収入!パッと使わなきゃ意味ねーだろこんなもんは……あ?ちげーよ、競馬競馬。たまたまな…いや死んだよ東は。でさぁ…… … 」
「え、これだけぇ…?」
九龍城ネオン街きっての風俗店【宵城】の最上部、朱塗りの柵に囲まれた部屋の中。
猫から取り分を受け取った東が、しょぼくれた顔をする。
「オメェの借金引いたらそんなもんだろーよ。利子つけてねぇだけ感謝しろや」
先週末の競馬、東が有り金全て突っ込んだ大一番のレース。まさかの三連単大穴的中で山程の配当金をいただいたのだが、馬券の購入を猫に任せていたため、手渡された払い戻し金額からは今までの【宵城】でのツケを差し引かれてしまっていた。
「いいもん、これを元手にまた増やすから。勝ち分オールインしてやる」
「自重しろよクソ眼鏡。無くなっても知らねぇぞ」
「博打うちはチマチマやんねぇの!猫も賭ける?」
「たりめーだろアホ」
東が今戻ってきたばかりの札束をバァンとテーブルに叩きつけ、猫もニヤリと片頬を上げる。
「また三連か?」
「いや、四連」
「複?」
「単」
「馬鹿だな東ほんとに…嫌いじゃねーぜ」
東の賭け方に珍しく称賛の言葉を口にし、ククッと声を漏らす猫。
選んだのは四連単───4着までの馬を着順を含め予想するやり方で、当然3着までを的中させる三連単より難易度は上がる。
ちなみに‘単’ではなく‘複’であれば選んだ馬の着順はバラバラでもかまわないのでハードルは下がるが、もちろん配当金も下がってしまう。
基本、猫は博打が好きで博徒も好きだ。
東は【宵城】への支払いを滞らせたりするので苦い顔をされているだけで、実際この2人はかなり気の合う賭博仲間なのである。
【東風】に集まるメンツの中でも猫と東は飛び抜けて賭け事をし、毎回湯水の如く金を使う。
両者勝率は悪くないが、最終的に財布を膨らます猫と違い東の手元にはいつも金が残らない。引き際を知らないからだ。
だが、東のそんな所をなんだかんだ猫は気に入っていた。借金を踏み倒そうとするたびにボコボコにはするとしても。
「番号決めてんのかよ?もう買うぜ」
「ん、これで宜しく」
東が紙に記した番号を見せ、それを一瞥して携帯をいじり馬券を購入する猫。
「猫とかぶってる?」
「上から3頭はな」
「え、嘘!?4着何にした!?」
「1番」
「あー!!迷った!!」
頭を抱える東が4着に選んだのは5番。この2頭は正直、猫もどちらにしようか悩んでいた。
東と同じ馬券ではつまらないと思っていたところだ。上手い具合に意見がわかれて良かったと、猫は満足そうに紫煙をくゆらす。
「一騎打ちだな…」
テレビをつけながら呟く東。まだ3着までが確定した訳でもないのに気が早い。
間もなく出走時刻、出走馬がパドックからゲートへ続々と移動していく。
テレビから流れる映像とアナウンスに静かに耳を傾ける2人。そして────
《さぁ全頭出走!!3番は少し出遅れたか!?》
「よし!!いいぞ!!」
東がガッツポーズをする。
3番は人気の馬だったが、今回はあまり落ち着いた様子を見せていなかったため好スタートを切れないのではと推測をしていた。くわえて相性が良くない騎手とのコンビだ…追い上げるのも難しいだろう。そんな理由により、猫と東は敢えて着順から外していた。
結果その姿は馬群に沈んでいき、展開は今のところ狙い通り。
1頭抜け出して逃げている馬は2人共2着に数字を入れている。現在中団で足をためている栗毛の馬が最後の直線で先頭に躍り出るだろうという予想。
3着は同じく横並びで走る黒鹿毛の若武者、逃げ馬を追い上げるものの今一歩届かずとなるはず。
第1コーナー、第2コーナー、順調だ。
問題は4着に食い込んでくる馬である。正直、3着までならこのレースはまぁまぁ堅くオッズも大した事はない。
4着まで買うからこそ配当金が跳ね上がり、まさに一攫千金と言えるわけだ。
…そもそも‘それだけの額を賭けている’からではあるが。
第3コーナー。中団に動きがあり1番5番が僅かに前に出て、思わず東と猫も身を乗りだす。やはりこの2頭どちらかが4着につける───予感は確信へと変わっていく。
《第4コーナー、直線!!》
最後の最後、勝負どころで全頭一斉に残された力を振り絞る。
栗毛の馬の末脚は恐ろしく、あっという間に先頭を抜き去りトップをかっさらった。それでも2番手は譲るまいと逃げ馬は懸命に芝生を駆けて、黒鹿毛はギリギリそれに追いつかずか。
1番と5番も馬群から飛び出してフルスロットル、4着に食い込むのは果たして。
「行け行け行け行け!!まくれ!!」
「差せ!!!!」
1番と5番が並び東と猫が同時に叫ぶ。
火花散る接戦、ほぼ同着のような滑り込み、しかしハナの差でゴール板に先に到達したのは─────…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ただいまぁ」
カラカラと【東風】の扉を引く樹の視界に、身体を小さくしてテーブルについている東が入った。
並べられた2つの皿の上には豆腐のみ。かろうじて乗っかっているネギが若干の彩りを添えているも、どうやら味付けは生抽だけのようだ。
「あれ、何この夕飯」
「豆腐デス」
「競馬負けたの?」
「ソウデス」
鋭い樹の言葉にますます身を縮める東。
今日競馬するって言ってなかったはずなんだけど…普通にバレてるな…そんな事を考えながら東はゴメンネとカタコトで謝罪をする。
「いいよ別に。これ買ってきてる」
手に持っていたビニール袋をテーブルに乗せる樹。取り出されたその中身は楊州炒飯や乾炒牛河…茶餐廳からのテイクアウェイだった。
「えっなんで!?」
「東が競馬負けてる気がして」
セールの時間帯だったし安かったからちょうど良かった、ちゃんと2人前あるよと言いつつ席に座って樹は割り箸を割る。
「うぇぇ…ありがとう樹ぃ…」
「全額賭けちゃうのやめなよいい加減」
「うん…次回は…」
涙声の東が決意を新たに樹を見据えて頷く。
「ちゃんと沙田馬場に行く」
樹はその東の顔面に、ソースでベチョベチョの牛肉片を投げ付けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「喂?燈瑩暇だろ、マカオのカジノ行こうぜ。…え?臨時収入だよ臨時収入!パッと使わなきゃ意味ねーだろこんなもんは……あ?ちげーよ、競馬競馬。たまたまな…いや死んだよ東は。でさぁ…… … 」
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