九龍懐古

枯樹生華

手紙と金塊

枯樹生華12





「…あれ、手紙だ」

【東風】のポストを開いた樹イツキの目に、可愛い花柄の封筒が飛び込んできた。
差出人には‘紅花ホンファ’と書いてある。



あの夜、紅花ホンファを祖母のもとへと送り届け、別れ際に樹イツキはいつかのように指切りをして同じセリフを口にした。

‘俺は、ずっと紅花ホンファの味方だから’。

紅花ホンファも頷いていたものの、それからしばらく音沙汰が無かった。
やっぱり嫌われたかな…と樹イツキが思い始めたところに届いた手紙。

困ったことがあれば連絡してくれと伝えておいた【東風】の住所が役に立った。
手紙が来たということは元気にしているということ───だが、なにか困った事があったって可能性もあるな。困ったら連絡してくれって言ったんだし。

安心したりソワソワしたりしながら樹イツキはテーブルで封筒を開く。東アズマが横からヒョイッと覗き込んできた。

「え、紅花ホンファちゃんから？何だろう？」
「さぁ…全然わかんない…」

２人で便箋に視線を落とすと、そこには愛らしくて丸っこい文字で紅花ホンファの近況が綴られていた。

祖母と仲良く暮らしていることや、新しい土地での生活にも慣れてきたこと。【東風】のみんなと遊びたいことと、貰ったぬいぐるみから金塊が出てきたこと。

「え！？金塊出てきたの！？」
「さぁ…全然わかんない…」

驚愕の表情を見せる東アズマを樹イツキは適当に受け流す。

とはいえ樹イツキも知らなかった。燈瑩トウエイが、自分と猫マオからだと言って最後に渡していたあのぬいぐるみ。中にコッソリ入れていたのか…道理でやけに重たかったわけだ。

当面の生活費に困らないようにと餞別代わりに２人で出したのだろう。はじめに言っておいてくれたら良かったのにと樹イツキは思ったが、猫マオはそういうことを話すタイプではないなと考え直す。
きっと金塊このことについて樹イツキが礼を述べても、何の話だようるせぇななどとしらばっくれるだろう。



‘樹イツキ、また紅花ホンファに会いに来てね。待ってるからね。’



手紙はそう締め括られていた。

なにか伯父おじの家から必要なものはあるかと樹イツキが聞いたときに、紅花ホンファが答えたチョコレートの箱。
あの後あとキチンと回収したが、それからずっと【東風】に置いたままになっている。
今度届けに行こう、お菓子も沢山持って。

「おはよぉっ！…ん？何読んでるの？」

明るい挨拶と共に【東風】の扉を開けた大地ダイチが、樹イツキの手元を指差す。

「紅花ホンファからの手紙」
「え、ホンマ？なんて書いてあったん？」

樹イツキの返答に、続いて入ってきた上カムラも興味津々だ。

「おばあちゃんと仲良くやってるって」
「へぇ、良かったやん」
「あと金塊出てきたって」
「金塊？なにそれ？」
「俺だって金塊欲しいよ！！」
「東アズマの要望は誰も聞いてないよ」

ワチャワチャとやっていると燈瑩トウエイが入り口のドアを引いて顔を出し、気付いた東アズマがすぐさま叫んだ。

「燈瑩トウエイ！！金塊ちょうだい！！」
「は？何いきなり」

事態が飲み込めない燈瑩トウエイに、樹イツキは紅花ホンファからの手紙が届いたと説明する。

燈瑩トウエイは笑って、あの倉庫街での話し合いの時───伯父おじが素直に手を引けばその後の余計な問題は生まれずに済んだし、伯父おじを片付ける・・・・事になれば伯父おじが持っていたルートが浮く。なのでそれを貰う算段だったからどの道いずれ余る予定のお金だった、猫マオにとっても同じようなもんだよと答えた。

「じゃあ俺にも金塊わけてよ」
「何で東おまえにわけなきゃいけないのよ…馮ヒョウさんの薬のルートならわけられるけど」

欲しい欲しいと駄々をこねる東アズマに呆れ顔で応対する燈瑩トウエイ。
金塊ではないが予期せぬ提案に東アズマは反応し、しばし考え込む。棚からぼた餅…まさにゴネ得だ。

「東アズマなんにもしてないじゃん」
「そんなことないもん、俺だって紅花ホンファちゃんにいっぱい贈り物するもんね。未来のイイ女も大切にするって言ったでしょ」

樹イツキの言葉に得意気に答える東アズマに、ますます冷ややかになった樹イツキの視線が刺さる。

「とにかくさぁ、会いに行こうよ」
「うん。大地ダイチが来たら喜ぶよ」
「樹イツキが１番やろ。俺また運転するで」
「俺がしてもいいよ」
「いや、燈瑩トウエイさんの手ぇは煩わずらわせられへん」
「俺紅花ホンファちゃんに何持ってこっかなぁ」
「え、東アズマは留守番だよ。定員オーバーで猫マオ乗れなくなるじゃん」
「なんでよ！！ミニバン借りてよ！！」

ああでもない、こうでもない、と騒がしい【東風】店内。


結局６人で紅花ホンファのところへ遊びに行くことになり、ミニバンを借りるのも運転するのも東アズマという事態になるのだが…それはまた後々の話だ。