九龍懐古

カロン

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枯樹生華

はかりごとと【黑龍】

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枯樹生華5





翌朝、もとい昼過ぎ。

鴛鴦茶ユンヨンチャーの薫りが漂う【東風】店内で、頭をおかしな角度で傾けるアズマいぶかしげな表情で見詰める紅花ホンファ

昨晩はというと、結局ベッドはマオが1台、イツキ大地ダイチで1台。ソファは燈瑩トウエイ、ミニソファ2つにカムラ、床にアズマの配置で就寝した。
就寝というより呑んだくれた末の寝落ちのほうが正しいが。

結果、アズマは硬いタイルで全身を痛めたうえに首を寝違え、明後日の方向から視線が外せなくなったというわけだった。

「ハジメマシテ、アズマデス」
紅花ホンファよ。あなたやっぱり変な人ね」

容赦無い一撃。マオが笑い声を上げる。

ごめんね、こんな俺だけどお姉さんとか居たら紹介して貰えない?と軽口を叩くアズマの頬をイツキがパァンとはたいた。ただでさえ寝違えている首がはたかれた衝撃でさらに曲げてはいけない方向に曲がり、アズマが声にならない声で叫ぶ。

紅花ホンファちゃん初めまして!大地ダイチです!」
「あ、あなたがお姫様ね!」
「えっ!?姫!?」
「違うの?イツキからそう聞いてるんだけど」

でも、ほんとにお姫様みたいに可愛いわね!紅花ホンファとあっちで遊ぼうよ!と腕を取られ、訳の分からないまま椅子に座らされる大地ダイチカムライツキに耳打ちする。

「なんや、イツキどういう紹介したん?」
「んー…可愛くて、男の子だけど周りには姫扱いされてるって言った」
「なるほどな」

女の子と見間違う容姿なことと、全員大地ダイチには甘い──1番歳下だからというのもあるが──のは事実なので、姫扱いという言い方もあながち間違ってはいない。

2人はなにやらお絵描きを始めたようだ。その様子を眺めていたマオが、パイプの煙を流しつつ呟く。

「普通のガキだな」
「別に呪われてないでしょ」

頷くイツキ。すると、その下から這い上がってきたアズマが少し目を細め言った。

「あの───ヒョウのとこの子供じゃね?」
ヒョウ?」

耳慣れない名前。イツキが訊き返すと、アズマは首を縦に振り般若の様な顔をした。
動かしたら痛かったのだろう…無理にリアクションしなくていいのに、怖いし。

いわく、ヒョウは何年か前まで九龍で仕事をしていた薬屋で、アズマもしばしば付き合いがあったらしい。
男手ひとつで子供を育てていたが生活苦から薬物ドラッグの販売に手を出し、いくらか販路を拡大していた矢先、マフィアとの揉め事で殺されたとか。

一人娘は香港の伯父おじに引き取られてそれっきりだ。

「娘の写真見たことあっけど、多分そうだと思うんだよな…そんときゃもっと小さかったけど」

記憶を辿ろうと、脳みそを回転させながら渋い顔をするアズマ
‘家庭の事情’で香港に引っ越したのはそういう訳か。イツキが口の端に指を当てて、考えつつ問う。

紅花ホンファ伯父おじさん、燈瑩アンバー探してるって事は裏社会の仕事なんだよね?」
「十中八九そうだろ。ヒョウが持ってたルート使ってんじゃねぇの…つうかむしろ、それ目的でヒョウを殺したのかもな」
「誰が」
伯父おじが」

横から飛んできたカムラの疑問にアズマが即答した。

ヒョウの事業が思いのほか上手く回り始めたので、裏社会でのシノギに魅力を感じた伯父おじが殺して横から奪い取った。無くはない話だ。

「あの子と仲良くなった人が死んで、伯父おじの羽振りがよくなるんだよね?」

燈瑩トウエイが煙草の煙と共に言葉を吐き出す。

紅花ホンファは羽振りがいいという言い方はしなかったが、物を買ってくれたり美味しいものを食べさせてくれたり旅行に連れていってくれたりとは、つまりそういうことのはず。
なぜ身近な人間が死ぬと羽振りが良くなるのか?ヒョウを殺したのが伯父おじだと仮定すれば、おのずと答えは出る。

殺した人間の販路を乗っ取っているのだ。

「仲良くなった人が死ぬんじゃなくて、死んでほしい人間と紅花ホンファちゃんを仲良くさせてるんじゃない?」

紅花ホンファを通して信頼を得て、情報を収集しつつ裏では殺人計画を練る。
情報の中には暗殺に役立つもの、事業拡大に役立つもの、金儲けに役立つものなど有益な話がたっぷりとあるだろう。

「クソだな伯父そいつ

燈瑩トウエイの推測にマオが率直な意見を口にする。

利権絡みの切った張ったは九龍でもよくあるが、そんなもの当人同士でやることであり、裏社会のことは裏社会だけで済ませるべきだ。ましてや身内の子供を巻き込んだり利用つかったりなんてするもんじゃない。
マオはこういった面ではかなり侠気おとこぎがあり、紅花ホンファ伯父おじのやり方に苛立っているのが見て取れた。

聞いた限りでは、死んでしまった紅花ホンファの友人タイプは統一されていないようだ。どうやら伯父おじは様々な方向に手を広げたいらしい。
今回アンバーを探しているという事は、次は武器商関係か。

「やけど、何でイツキに声掛けさせてんやろ?」

紅花ホンファを見やりカムラが呟く。


どうしてイツキを選んだのか。


燈瑩アンバーに辿り着きたいならもっと他の人選があったはずだ。結果的には近道だったのだが、それはただの偶然に過ぎない。

まず九龍の現状を知る為に、とりあえず目に付いた人物にした?紅花ホンファと親密になれそうなら誰でもよかった?別に必然性があったわけではないのか?


イツキがふいに口を開く。


「───俺が、【黑龍】の龍頭ボスの息子だからじゃない?」
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