九龍懐古

カロン

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枯樹生華

偽名とお泊まり会

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枯樹生華4





「呪われてんじゃねーの、そのガキ」

開口一番で現実味のない台詞を吐くマオ

「そうは見えないけど」

小首をかしげるイツキに、目に見えたら呪いじゃねぇだろとマオが言う。それはその通りだが、そういうことではない。

「今度【東風ここ】連れてきていい?」
「おー、こいこい。アズマ呪い殺してもらえ」
「なんで俺が死ななきゃなんないのよ!呼ぶのは歓迎だけど」

イツキの質問にマオがケラケラ笑いながら返答し、6人分のお茶を用意している途中のアズマが文句をつける。

そう、6人分。

【宵城】で得意客から贈答された高級酒を、金の回収がてら【東風】で呑もう…という事でマオが持ってきたらしく、折角なので燈瑩トウエイカムラにも声をかけた。となるともちろん大地ダイチもやってきて、イツキも帰宅し、結局今夜もいつものメンバーが集まったのだった。

「しかしこの唐揚げうめぇな」
「台湾はら新ひくた店らひいよ。鶏排ジーパイ?っていうんらっけ?」
「ほんま食いもんに詳しいねんなイツキは」

燈瑩トウエイがツマミにと買ってきた唐揚げを称賛するマオ。ムシャムシャかぶりつきつつそれを解説するイツキに、カムラはまたも関心している。

イツキが食べたいって言ってたから。夕飯も兼ねて、ちょうどいいかとおもって」

煙草をふかしながら燈瑩トウエイが微笑んだ。

カラッと揚がった大判の唐揚げは、ひとくちかじるとフワッと五香粉が薫り、ザクザクと食感もいい。
九龍内に新店がオープンするたびにこうしてみんなで試食会をするのはもはや恒例だ。

あまり酒を飲まない大地ダイチイツキの為に、燈瑩トウエイは黒糖ミルクや紅茶、フルーツ系などの珍珠奶茶タピオカティーもテイクアウェイしてくれている。
その中から果肉のたっぷり入った白桃ティーを手に取ったイツキは、揺らめく琥珀色の液体を見てふと紅花ホンファの言葉を思い出しみんなに疑問を投げた。

「あのさ、誰かアンバーって人知ってる?」
「アンバー?」

マオが眉間にしわを寄せ、カムラは首を横に振る。

「知らん。誰なん?」
紅花ホンファ伯父おじさんが探してるって」
「九龍の人間なのかよそいつ」
「だと思うけど、名前しか聞いてないから」
「手掛かり全然あらへんやん」
「誰か知ってるかなぁと思って」
「聞いたことねぇな」

誰にも心当たりはないようだ。そもそもどうして紅花ホンファ伯父おじさんはアンバーを探しているんだろう?昔の友達とかなのかな。
イツキは思案しつつモグモグと鶏排ジーパイを食べる。

そんななか、口々に意見を交わす一同の後ろで黙って聞いていた燈瑩トウエイが口を開いた。

「俺のことだね、アンバーって」

皆一斉に燈瑩トウエイへと振り向く。

「んだよ、お前燈瑩トウエイって偽名だったのかよ」
「え?そっち?」

予想外のマオの言葉に、普通に考えてアンバーのほうが偽名でしょと燈瑩トウエイは笑った。

偽名というより、香港の人間は通常の名前に加えて別の英語名を持っていたり使用していたりする者が多い。
九龍の日常生活ではあまり使う事はないが、裏社会ではアダ名の方が都合がいい時もあるだろう。燈瑩トウエイも、アンバーという名前の方は武器商の仕事で使っているらしい。

紅花ホンファちゃん…の伯父おじさん、が探してるの?俺を?」
「んー紅花ホンファも詳しくはわかんないっぽいんだけど。探してはいるみたい」

イツキの答えに燈瑩トウエイは考え、煙草の灰を落としつつ言った。

「‘探してる’ってのが引っ掛かるね」

燈瑩トウエイの顧客は武器商人、つまり同業者か、もしくはマフィア関係。そしてそのほぼ全てがもともとの顧客からの紹介だ。
アンバーという名前は基本、顧客しか知らない。ということは紅花ホンファ伯父おじは顧客から聞いたのだろうか。ならそこから繋げてもらえばいい話。

だがそうしない。考えられる可能性は2つ。

ひとつは、顧客のツテはあるが、なんらかの理由で紹介してもらえなかったから。
もうひとつは、顧客のツテは無く、伯父おじ自身が個人で調べたから。

前者にしろ後者にしろ、あまり良い印象ではない。紅花ホンファ伯父おじが顧客に紹介してもらえないような人物──同業者やマフィアからハジかれるなどよっぽどだが──か、秘密裏に何かをしようとしているかだからだ。

武器に用があるのか、金に用があるのか、命に用があるのか…いずれにしろロクな理由ではないはず。

「とりあえず、燈瑩トウエイがアンバーだってことは内緒にしといたほうがよさそうだね」
「ん?そうね…今は言わないでおいてくれると有り難いかな」

イツキの言葉に燈瑩トウエイは同意する。

紅花ホンファ自体は問題ではないけれど、伯父おじというのが何者なのかが不明瞭だ。目的がはっきりするまではこちらの手の内は明かさないのが賢明だろう。

酒をあおりながら聞いていたマオイツキを指差す。

「とにかく、明日も会うんだろ?【東風ここ】連れてこいよ。見てみようぜそのガキ」
「え?明日もみんな【東風ここ】居るの?」
おまえ、今日俺が何本酒持ってきたと思ってんだよ。オールだオール。昼まで【東風ここ】で寝てるよ」
「そうなの!?」

マオの宣言にアズマが大きな声を出した。例のごとく何も知らされていない家主。

ったりめーだろ、俺の荷物見えてねぇのか?その目に張り付いてんのは牛乳瓶か?などと悪態をつき、マオは唐揚げの油でビタビタになったキッチンペーパーをアズマに投げつけた。
ビチィッと音を立てて顔面及び眼鏡にくっついた油まみれの紙に、アズマは断末魔のような悲鳴をあげる。
 
「やった、今日泊まりだぁ!」
「俺ベッド1個もーらい」
「おいマオ!ベッドはイツキのだから!」

はしゃぐ大地ダイチの横をすり抜け颯爽とベッドを確保するマオに、ギトギトの顔面をしたアズマが苦言を呈した。

「2個あんだろ、俺とイツキでいいじゃねーか」
大地ダイチはベッド使わせたってや」
「じゃあ大地ダイチ俺と一緒に寝る?」
「え、いいのイツキ?わーい!」
「待って俺のベッドは!?」
オメェは床」
「家主なのに!?」

そんな調子でギャアギャア騒いでしこたま呑んで、九龍の夜は更けていく。

結局床で睡眠をとる羽目になり首を寝違えたうえ、思いっ切り二日酔いのどうしようもない顔で紅花ホンファと初対面をしたアズマが「やっぱり変な人ね」と言われ、心にダメージを負うのはもう十数時間先の話だ。
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