九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
56 / 433
偶像崇拝

天仔とRTB・後

しおりを挟む
偶像崇拝11 





上階から怒鳴り声や発砲音。恐らく【和獅子】はもうかなり上へと攻め込んでいる。だが最上階までは行ききれていないのだろう、【天堂會】の人員配置からすると10階以上の守りが固い様子だった。内階段を突破出来ないのであれば外から、という事で、非常階段の利用を試みようとした連中が先程イツキに倒された面々なのか。

そうこうしているうちに、上からの足音。イツキアズマは階段を滑るように下りる。

【天堂會】か【和獅子】かわからないが、交戦せず済むならそれがいい。非常階段は暗かったけれどビル内は明るく顔がよく見えてしまう。アズマはまだ【和獅子】に顔を知られていないし、イツキに至ってはどちらにもバレていない。【天堂會】はいずれマフィアに排除されるはずだからいいとしても、【和獅子】は九龍のグループだ。禍根かこんは残したくないのである。

順調に降りていたが、今度は下からの足音。
挟み打ちになるのを避けとりあえずその階に留まることにし手近な部屋に隠れた。

「うわ、すご」

イツキが目を見開く。

適当に入ったその部屋には、ありとあらゆる【天堂會】グッズが置かれていた。

新聞に挟まっていたチラシの束、それに印刷されていた割とリアルな銅像たち、有り難い教えが書いてあるのであろう本の山、例のキーホルダー、ぬいぐるみ。どれもこれも基調としているのは赤と金。そのせいで、部屋全体が驚くほどギラギラしている。

すぐさま銅像が本物の金か調べ始めるアズマを横目に、イツキはぬいぐるみのひとつを手に取った。というか、抱えあげた。だいぶ大きい。60cmほどはあるだろうか?他は大地ダイチが貰ったものと同じ大きさで、ここまでのサイズはこれひとつだけだった。

天仔てんちゃんだっけ。このキャラクターだけは可愛いよな、【天堂會】。そう思い、赤ん坊をあやすようにぬいぐるみを高い高いしているイツキの携帯が鳴る。

イツキぃ!今どこるん!?」

通話ボタンを押すやいなやカムラが大声を出した。なにやら後ろもガタゴトとうるさい。

「【天堂會】のビルの中。4階?かな?」
アズマったんか!?脱出できそうか!?」
「居た。脱出は微妙…挟み撃ちになってる。グッズ部屋に隠れて、やり過ごそうとしてるところ」
「グッズ部屋?まぁええわ、今車調達してん。迎えるならビルの裏つけるわ」

車?車が入れるほど道幅広くないけど、とイツキは首をかしげた。しかし、このやたらとガタガタいっているのは走行音か。この狭い区画で走れる車といったら…。

カムラ、三輪自動車?」
「よぉわかったな」
「道狭いし。普通の入れないじゃん。それトラック型になってる?」
「そうやけど、どした?」
「後ろに燃えるゴミ乗せてきてほしい。裏には止まらなくていいよ、通り過ぎるだけで」

イツキの意図を察したカムラは、了解3分で着く、と言って電話を切った。

アズマ、それ本物だった?」
「表面だけだな…でも少し剝がせるかも…」

血眼で銅像をいじくっているアズマに、イツキはポコポコと小さなぬいぐるみを投げてぶつけた。待って、やめて!手元が狂う!剥がせそうなの!とピィピィ喚くアズマ
しばらくそうして遊んだのち、そろそろかなとイツキは窓を開ける。路地の奥から近付いてくる三輪トラックが見えた。

アズマ、行くよ。カムラ来た」
「え?カムラ?なんで?」

銅像に夢中で全く電話を聞いていなかったアズマを窓際に連れて行く。イツキは三輪トラックを手でし示して言った。

「あれ今から下通るから、荷台に飛んで」
「え!?死なない!?」
「死なないように飛んで」

さっきの非常階段の半分の高さ、クッションとしてゴミも積んであるしなんとかなるだろうというのがイツキの見解。

アズマは下を覗き込んだ。なんとかなりそう…なのか?ほんとか?骨とか折れない?
少しでも高さを減らすため、まずは窓の外へとぶら下がる。これで2mは稼げたか。

もうすぐカムラが真下を通過する。窓枠に座り、アズマの方へ足を投げ出しているイツキが掛け声をかけた。

「いくよ、3……2……1……はい!」

覚悟を決めたアズマが合図にあわせて手を離す────より前に、イツキアズマの両肩をドカッと蹴った。

えっマジか!!そういう感じなの!!
俺の為のカウントダウンかと思ったのに!!

心の中で叫びながら為す術なく落ちていくアズマ。ボスンッ!!と音がし、背中から荷台のゴミの中に埋まった。それを見届け、イツキもトラックの進行方向へ飛ぶ。
宙返りして斜め下の電線に両足を引っ掛けて落下の勢いと高さを殺し、そのまま空中ブランコよろしく身体をフワッと振って運転席の屋根に舞い降りた。

ルーフの上のイツキに気付いたカムラが叫ぶ。

イツキアズマ大丈夫か!?」

イツキが荷台を見ると、ゴミの中からサムズアップした腕が突き出ていた。大丈夫、とイツキカムラに返す。
ビルを振り返ったが、幸い【天堂會】も【和獅子】も追ってきてはいないようだ。

「このまま行けるとこまで走るで!」
「おっけ」

カムラの言葉に短く返事をして、イツキ胡座あぐらの上に抱えた天仔てんちゃんに顎を乗せた。そう、あのひとつだけあった60cmサイズの人形。お土産がわりに持ってきていたのだった。


人気の無い深夜の九龍、ひんやりした空気が頬を撫でていく。
宵闇の中、三輪トラックはガタゴトと音を立て、一路‘4人’を運んでいった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

職業、種付けおじさん

gulu
キャラ文芸
遺伝子治療や改造が当たり前になった世界。 誰もが整った外見となり、病気に少しだけ強く体も丈夫になった。 だがそんな世界の裏側には、遺伝子改造によって誕生した怪物が存在していた。 人権もなく、悪人を法の外から裁く種付けおじさんである。 明日の命すら保障されない彼らは、それでもこの世界で懸命に生きている。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載中

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

おじょうさまとごえい

ハフリド
キャラ文芸
「月の姫」であるために妖魔たちに狙われるお嬢様の由貴子。 傘を武器として扱う能力を持つために、ひそかに彼女を護衛する庶民の那由。 同級生であるという以外に接点がなかった二人だが、由貴子がふとした気まぐれで那由に話しかけたこと。 そして気に入ったことにより関係は変化し、二人の距離は急速に接近していく。 月の姫とは? 由紀子はなぜ妖魔たちに狙われるのか? どうして那由はなぜ傘を武器とすることができるのか? ……などという部分は脇においた、二人の少女の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...