52 / 404
偶像崇拝
大小博打と宝探し
しおりを挟む
偶像崇拝8
大地と別れた少し後。
幹部に連れられ東が来たのは、【天堂會】本部最上階。最初に侵入した14階のあの部屋だ。昼間には空っぽだったデスクの椅子は【天堂會】の上層部らしき人間で埋まっており、みな一様に東を睨みつけている。
「香港ではどこの組にいたんだ?」
メンバーの1人が威圧的に訊いてきた。その質問に東は少し驚く。
この状況でそれ答えるやつ居るのか?余計な火種になるだけだ、古巣に飛び火させたい訳ないだろ。んなことわかってるはずなのに何で訊いてくるんだよ、センスないな。
男にチラリと視線をやり答える。
「さっきも言ったけど、それはちょっと秘密。でもお兄さん達の顔見たことないし全然関係ない組だと思うよ」
的確に答えずはぐらかす東に、男は苛立った様子を見せた。こいつ、自分がこうなった時に【天堂會】って名前を出すタイプなのだろうか。裏切り者もいいところである。
別の輩が次いで問う。
「なぜ九龍に?」
「香港に嫌気が差して。儲かんねーし」
これは半分事実。香港が嫌になって来たというのはデタラメだが、裏社会で生きるのであれば無法地帯の九龍のほうが住みやすく儲けやすいのは本当なのだから。
嫌気が差した理由はどうしようかな、と東は思ったが、それより先に別の声がした。
「香港の街は警察も五月蝿い。我々のような人間には適さない場所だな」
そう言って下品にガハハハと嗤う、中央に座る若干年齢が高そうな男。金歯。
「九龍のマフィアに話つけてるの?バレたらマズいんじゃない」
東はその中央の金歯に向けて話した。雰囲気から察するに、こいつが組織の頭だろう。
【天堂會】はチンピラや半グレ共の寄せ集めなので誰が龍頭ということは無いが、こういったグループにはリーダーのような存在が必ず居るものだ。
金歯はニヤリと口角を上げ首を横に振った。
「我々は‘ただの宗教’だからな。心配はない、お前のようなネズミさえいなければ」
その言葉を合図にメンバー達の銃口が一斉にこちらを向く。あら、絶体絶命。東は動じず同じ様にニヤリと笑い返した。
「ネズミじゃなくてお仲間になりに来たつもりなんだけど。不合格っつーこと?」
「働き次第だな、それに身辺調査も済んでいない。どこかのスパイの可能性も有り得る」
「滅相もない。俺はフリーだよ、命賭けてもいい」
「強気だな」
「博打好きだからね」
沈黙。お互いを見詰める。
金歯がスッと人差し指を立てた。これは…指先がこちらに向けば負け、東は蜂の巣。下に向けば勝ち、銃口は下げられ命拾い、か。
さぁ、大か小か。指先は──────
下を向いた。
一歩でも間違えれば即死という状況の中、落ち着き払った言動をする東に金歯は一目置いたようだ。皆に銃口を下げさせ、机の引き出しから取りだした鍵の束を東へ投げる。
「部屋の鍵だ。ワンフロア全部やる、調剤の為に使え。闇医者は儲けを持って行き過ぎているからな、【天堂會】の内部でも薬物の調達をしたいと思っていたところだ」
どうやら東は【天堂會】お抱え薬師 (仮) に昇格したらしい。
ワンフロアまるまる自由に使わせてくれるとは太っ腹。そのかわりに、疑いを晴らし能力を証明するまでしばらく家には帰るなということか。東は鍵を受け取り、それからメンバーに付き添われ指定された階へと向かった。
昼間は気が付かなかったがこのビル、各階についている防火扉のようなものでフロアを完全に閉め切る事が出来るらしい。男は東を中へ入れると、外側からガッチリと防火扉の錠前をかけた。与えられたフロアは12階、最上階から2つ下だ。
13階は幹部達が使用しているようで、天井からドスドスと足音が聞こえる。夜はここで寝泊まりをする者も居るのだろうか。
東はひとつひとつ部屋を確かめてみることにした。簡易なベッドがある部屋、トイレやシャワーがある部屋、ボイラー室にあったと思われる薬の段ボールが運び込まれた部屋、その1その2。どの部屋も窓はあんまり開かない。昼間はパイプを伝って逃げたが、ここではその前に窓を割る必要がある。そんな音を立てれば上の階の人間がスッ飛んでくること必至だ。
無理に逃走するより、助けを待つ方が無難。それに闇医者が仕入れたという薬剤にも興味があった。というか、むしろそれがメインである。香港島や富裕層地域から入ってきた新薬、高級なブツや珍しいブツにもお目にかかれるかも。
ワクワクしているのは薬師としての性、断じて薬中だからではない。断じて。
東は段ボールが運び込まれた部屋その1に戻った。宝探しの時間。開いている段ボールは地下で見た物…様々な薬が収まっているが際立って心くすぐられるドラッグはない。未開封のやつ開けちゃおうか。調合を一任されたんだしいいだろ。ガムテープをバリバリ剥がし中身を手に取る。
「うぉ…こいつは高価な…」
袋に入った粉や錠剤。粉の方は結晶の形も綺麗で、色も悪くない。キチンと精製されている。錠剤もデコボコしておらず、ツルッとしていて滑らかな形。適当に固めた歪な粗悪品とは訳が違う、見ただけでわかる質の良さ。
その他、アルミホイルに包まれた黄緑や深緑の葉っぱの塊のようなもの。匂いを嗅いでみる。苦味は少なく自然な草の香り。ほぐしてみると種や茎は入っていない。上等だ。
箱には普通の市販薬も同梱されていた。主に精力剤として活用される薬だが、ここにあるのは文字通り桁違いのお値段の品。何千香港ドルといった漢方達も箱の底に敷き詰められている。素晴らしい。
……葉っぱ、ちょっと試すか?
いや、駄目だ駄目だ。試さなくてもこの状態で質はわかるだろ。でも試したほうが効果がわかる、質がいいものほど試して確認すべきでは…?いや、駄目だって!駄目!しっかりしろ東、目的を忘れたのか!
自分で自分を叱咤する。ここに残ったのは、まず大地を逃がす為。次に情報を得る為。そして個人的には貴重な薬に触れて知識を増やす、すなわち後学の為だ。
…高級品をくすねる為でもあったが。
東はそれらをテーブルの上に並べて、皆が助けに来てくれる───と思う───まで、しばし薬の研究に没頭することにした。
大地と別れた少し後。
幹部に連れられ東が来たのは、【天堂會】本部最上階。最初に侵入した14階のあの部屋だ。昼間には空っぽだったデスクの椅子は【天堂會】の上層部らしき人間で埋まっており、みな一様に東を睨みつけている。
「香港ではどこの組にいたんだ?」
メンバーの1人が威圧的に訊いてきた。その質問に東は少し驚く。
この状況でそれ答えるやつ居るのか?余計な火種になるだけだ、古巣に飛び火させたい訳ないだろ。んなことわかってるはずなのに何で訊いてくるんだよ、センスないな。
男にチラリと視線をやり答える。
「さっきも言ったけど、それはちょっと秘密。でもお兄さん達の顔見たことないし全然関係ない組だと思うよ」
的確に答えずはぐらかす東に、男は苛立った様子を見せた。こいつ、自分がこうなった時に【天堂會】って名前を出すタイプなのだろうか。裏切り者もいいところである。
別の輩が次いで問う。
「なぜ九龍に?」
「香港に嫌気が差して。儲かんねーし」
これは半分事実。香港が嫌になって来たというのはデタラメだが、裏社会で生きるのであれば無法地帯の九龍のほうが住みやすく儲けやすいのは本当なのだから。
嫌気が差した理由はどうしようかな、と東は思ったが、それより先に別の声がした。
「香港の街は警察も五月蝿い。我々のような人間には適さない場所だな」
そう言って下品にガハハハと嗤う、中央に座る若干年齢が高そうな男。金歯。
「九龍のマフィアに話つけてるの?バレたらマズいんじゃない」
東はその中央の金歯に向けて話した。雰囲気から察するに、こいつが組織の頭だろう。
【天堂會】はチンピラや半グレ共の寄せ集めなので誰が龍頭ということは無いが、こういったグループにはリーダーのような存在が必ず居るものだ。
金歯はニヤリと口角を上げ首を横に振った。
「我々は‘ただの宗教’だからな。心配はない、お前のようなネズミさえいなければ」
その言葉を合図にメンバー達の銃口が一斉にこちらを向く。あら、絶体絶命。東は動じず同じ様にニヤリと笑い返した。
「ネズミじゃなくてお仲間になりに来たつもりなんだけど。不合格っつーこと?」
「働き次第だな、それに身辺調査も済んでいない。どこかのスパイの可能性も有り得る」
「滅相もない。俺はフリーだよ、命賭けてもいい」
「強気だな」
「博打好きだからね」
沈黙。お互いを見詰める。
金歯がスッと人差し指を立てた。これは…指先がこちらに向けば負け、東は蜂の巣。下に向けば勝ち、銃口は下げられ命拾い、か。
さぁ、大か小か。指先は──────
下を向いた。
一歩でも間違えれば即死という状況の中、落ち着き払った言動をする東に金歯は一目置いたようだ。皆に銃口を下げさせ、机の引き出しから取りだした鍵の束を東へ投げる。
「部屋の鍵だ。ワンフロア全部やる、調剤の為に使え。闇医者は儲けを持って行き過ぎているからな、【天堂會】の内部でも薬物の調達をしたいと思っていたところだ」
どうやら東は【天堂會】お抱え薬師 (仮) に昇格したらしい。
ワンフロアまるまる自由に使わせてくれるとは太っ腹。そのかわりに、疑いを晴らし能力を証明するまでしばらく家には帰るなということか。東は鍵を受け取り、それからメンバーに付き添われ指定された階へと向かった。
昼間は気が付かなかったがこのビル、各階についている防火扉のようなものでフロアを完全に閉め切る事が出来るらしい。男は東を中へ入れると、外側からガッチリと防火扉の錠前をかけた。与えられたフロアは12階、最上階から2つ下だ。
13階は幹部達が使用しているようで、天井からドスドスと足音が聞こえる。夜はここで寝泊まりをする者も居るのだろうか。
東はひとつひとつ部屋を確かめてみることにした。簡易なベッドがある部屋、トイレやシャワーがある部屋、ボイラー室にあったと思われる薬の段ボールが運び込まれた部屋、その1その2。どの部屋も窓はあんまり開かない。昼間はパイプを伝って逃げたが、ここではその前に窓を割る必要がある。そんな音を立てれば上の階の人間がスッ飛んでくること必至だ。
無理に逃走するより、助けを待つ方が無難。それに闇医者が仕入れたという薬剤にも興味があった。というか、むしろそれがメインである。香港島や富裕層地域から入ってきた新薬、高級なブツや珍しいブツにもお目にかかれるかも。
ワクワクしているのは薬師としての性、断じて薬中だからではない。断じて。
東は段ボールが運び込まれた部屋その1に戻った。宝探しの時間。開いている段ボールは地下で見た物…様々な薬が収まっているが際立って心くすぐられるドラッグはない。未開封のやつ開けちゃおうか。調合を一任されたんだしいいだろ。ガムテープをバリバリ剥がし中身を手に取る。
「うぉ…こいつは高価な…」
袋に入った粉や錠剤。粉の方は結晶の形も綺麗で、色も悪くない。キチンと精製されている。錠剤もデコボコしておらず、ツルッとしていて滑らかな形。適当に固めた歪な粗悪品とは訳が違う、見ただけでわかる質の良さ。
その他、アルミホイルに包まれた黄緑や深緑の葉っぱの塊のようなもの。匂いを嗅いでみる。苦味は少なく自然な草の香り。ほぐしてみると種や茎は入っていない。上等だ。
箱には普通の市販薬も同梱されていた。主に精力剤として活用される薬だが、ここにあるのは文字通り桁違いのお値段の品。何千香港ドルといった漢方達も箱の底に敷き詰められている。素晴らしい。
……葉っぱ、ちょっと試すか?
いや、駄目だ駄目だ。試さなくてもこの状態で質はわかるだろ。でも試したほうが効果がわかる、質がいいものほど試して確認すべきでは…?いや、駄目だって!駄目!しっかりしろ東、目的を忘れたのか!
自分で自分を叱咤する。ここに残ったのは、まず大地を逃がす為。次に情報を得る為。そして個人的には貴重な薬に触れて知識を増やす、すなわち後学の為だ。
…高級品をくすねる為でもあったが。
東はそれらをテーブルの上に並べて、皆が助けに来てくれる───と思う───まで、しばし薬の研究に没頭することにした。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる