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偶像崇拝
お手柄と作戦開始
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偶像崇拝7
【東風】に戻ってきた大地の話を聞いた上は目眩がしていた。
立ち入り禁止区域に侵入したうえに、バレて追われて逃げてきた、だって?頼んだのは‘侵入’じゃなくて‘潜入’だ。やっぱり東のことなんて信用するもんじゃない、行って帰ってくるだけとはどの口が言った?
しかし────そのおかげで知り得た情報や手に入った物もあるのだけれど。
「…で、こいつが東の命と引き換えにゲットしたUSBか」
猫が四角い小さい物体を感慨深げに見つめる。大地が慌てて首を横に振った。
「まだ死んでないよ!多分!あと携帯もあるよ、薬とかの写真撮ってきたやつ」
「へぇ?東にしちゃお手柄だな。USBも中身見てみるか」
パイプを銜えた猫は東のノートパソコンをいじる。電源を入れてカタカタと小気味良くパスワードを打ち込むと、ロックが解除され画面には美少女のスクリーンセーバーが飛び出した。
無論、パスワードはここに居る全員が知っている。東のプライバシーなど有って無いようなものだ。
USB内のファイルを開く。何かのリスト、顔写真。会員や信者達ではなさそうに見える。
各人の項目をよくよく読んでいくと、そこに並ぶのは死亡、薬物投与、売却などといった文字列。
悪縁認定された人間達の末路だった。
「やるじゃん東、こりゃ大当たりだわ」
そう言ってから、あいつ競馬は当たんねぇのになぁ…と呟く猫。運が良いのか悪いのかわからない。
「で、どうしろっての東は?」
「え?わかんない、聞いてない」
「聞いてへんのかい!俺らに‘助けてくれ’っちゅう事ちゃうん?」
猫の質問にキョトンとする大地。上の言葉にも首を傾げ、状況説明してっていわれただけだよ?東、ちょっと残りたいっぽかったしと答えた。
「じゃほっとくか。お疲れ」
「いやいやいや助けよぉや?な?」
「んだよかったりぃな、東どうせ薬が欲しかったんだろ?好きにさせとけよ」
「助けてもらうん待っとるって!」
上の言葉に、心底面倒くさそうな顔をする猫。後ろからパソコンの画面を見ていた燈瑩が問い掛ける。
「写真とかデータ、あの辺シマにしてるマフィアに流す?そんなにすぐ動くとは思えないけど」
殺人、薬物、臓器売買。裏社会での暗黙のルールに反して縄張りを荒らしているし証拠もある、だが、【天堂會】は表向きには普通の宗教団体。現場を目撃したのならまだしも、このデータと携帯の写真だけでマフィアが直ちに突入していくということは考えづらかった。リークによって【天堂會】は目をつけられるだろうけれど、さしあたりそれだけだ。
「じゃあ、このまま東に【天堂會】で上手くやっていってもらえば?」
「いやさすがに可哀想やろ」
「なんで?残りたくて残ったんでしょ?」
「半分はそうかもせんけど、絶対に助け待っとるって」
樹の発言を上は秒速で却下する。
樹の言う選択肢もとれなくはないものの…いつまでなのかも不明だし、何かのきっかけで殺されてしまうかもわからない。
なにより、樹の雰囲気には‘別に東が帰って来なくてもいい’といったニュアンスが含まれていた。平たく言えば‘見捨てる’といった感じ。
それはあまりにも不憫である。
「あ、待って猫。この人…」
燈瑩が画面をスクロールする猫の手を止め、リストを少し前に戻す。ガラの悪そうな若い男の写真をクリックして拡大。詳細には死亡と書いてある。
「【和獅子】のメンバーだ…急に死んだと思ったら、【天堂會】に殺られてたんだね」
【和獅子】は若めのチンピラで構成されている集団で、九龍でそれなりに悪事を働いているグループ。若いぶん血の気も多く、半グレや住人たちとしょっちゅう揉め事を起こしている。
燈瑩は口元に手を当て、少し考えて言った。
「これ【和獅子】にチクっちゃう?けっこう好戦的だからすぐ【天堂會】に突っ込むと思うよ」
【和獅子】を【天堂會】にぶつけて、争いの混乱に乗じとりあえず東を救出する作戦。【天堂會】を潰すこと自体は追々マフィア達に任せればいい、情報をリークすれば遅かれ早かれ他の裏社会の人間も動くのは間違いないのだから。
樹が口を開く。
「でもさ、そうしたら悪縁切りたいってお願いした信者の人は【和獅子】に仕返しされないのかな」
「誰がお願いしたのか特定は出来ないんじゃない?【和獅子】に関してはかなり大人数がお願いしてる気がするし。あんまり好かれてないからね」
東のことは見捨てようとしていたのに、‘お願い’をした顔も知らない献金者達を気にかける樹の質問が面白く、燈瑩は声を立てて笑いながら答えた。どうして燈瑩が笑っているのか解せない様子の樹を見て、上はますます東を気の毒に思い胸を痛める。
多少の意志があって【天堂會】に残ったにせよ、猫は限りなく興味を持っておらず大地も‘多分死んでない’程度の関心。燈瑩は一応案を出してくれたが、樹も安否はどちらでもよさげ。今ここにいる面子で東を心配しているのは、自分が持ちかけた話だからといえど、とにかく上だけであった。
東はいつもこんな扱いを受けてしまう。日頃の行いだろうか。
それはさておき。
「とにかく、その作戦で行こや。【和獅子】ぶつけて東助けたろ作戦」
「そのまんまじゃねぇか」
上のネーミングに猫がケタケタ笑う。上はストールを巻き直し立ち上がった。
「【和獅子】に情報流してくるわ。えっと、大地は…」
「俺行かねーからな。今日は【宵城】で預かっといてやるよ」
猫の言葉に大地も頷いた。【和獅子】を最速最短でけしかけるために一番適切に動けるのは、情報屋として信用のある上だ。
「じゃ俺は他のルートにリークしてくるね」
言いながら燈瑩も上着を羽織る。他のルートというのはマフィア関連、これは裏社会と繋がりが深い燈瑩が適任だろう。
樹は屈伸をして帽子をかぶった。役割分担をすれば必然的に、【天堂會】へ東を助けに行くのは樹だ。
せかせかと街へ走り去る上、燈瑩もまたねと言って【東風】をあとにする。【宵城】に向かう猫と大地を見送り、樹も外に出て店のシャッターを閉めた。
さて、と樹は手をはたく。
どのくらい早急にコトが運ぶのかは上の腕にかかっているが、思惑通り乱闘が始まった時は迅速に東を見つけ出し保護しなければならない。すぐに行動ができるよう【天堂會】近くのビルで本部を観察しつつ待機するのが得策だろう。
激安スーパーとピンクカジノを買収されたくないという話からはじまり、随分大事になったものだ。いや、上は最初から‘潰せないかな?’と言っていたか。ならば、トントン拍子に進んだ、ということにしておこう。
手持ち無沙汰で待つのもなんなので何か食べ物でも持って行こうと思い、樹は茶餐廳に足を向ける。【和獅子】と接触があれば上から連絡がくるだろうが、まだまだ時間はかかるはず。次第によっては今日には動かない可能性だってもちろんある。
まぁそうなれば、夜ご飯を食べて帰るだけ。天気もいいしピクニックみたいなものだな…もしも助けを待っているのだとしたら、東は泣いてしまうかも知れないが。
涼しい風が吹き、所狭しと並ぶ家々から夕飯の匂いがしてくる。テイクアウェイの内容を考えつつ、樹は夜の空気に包まれていく九龍を歩いた。
【東風】に戻ってきた大地の話を聞いた上は目眩がしていた。
立ち入り禁止区域に侵入したうえに、バレて追われて逃げてきた、だって?頼んだのは‘侵入’じゃなくて‘潜入’だ。やっぱり東のことなんて信用するもんじゃない、行って帰ってくるだけとはどの口が言った?
しかし────そのおかげで知り得た情報や手に入った物もあるのだけれど。
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猫が四角い小さい物体を感慨深げに見つめる。大地が慌てて首を横に振った。
「まだ死んでないよ!多分!あと携帯もあるよ、薬とかの写真撮ってきたやつ」
「へぇ?東にしちゃお手柄だな。USBも中身見てみるか」
パイプを銜えた猫は東のノートパソコンをいじる。電源を入れてカタカタと小気味良くパスワードを打ち込むと、ロックが解除され画面には美少女のスクリーンセーバーが飛び出した。
無論、パスワードはここに居る全員が知っている。東のプライバシーなど有って無いようなものだ。
USB内のファイルを開く。何かのリスト、顔写真。会員や信者達ではなさそうに見える。
各人の項目をよくよく読んでいくと、そこに並ぶのは死亡、薬物投与、売却などといった文字列。
悪縁認定された人間達の末路だった。
「やるじゃん東、こりゃ大当たりだわ」
そう言ってから、あいつ競馬は当たんねぇのになぁ…と呟く猫。運が良いのか悪いのかわからない。
「で、どうしろっての東は?」
「え?わかんない、聞いてない」
「聞いてへんのかい!俺らに‘助けてくれ’っちゅう事ちゃうん?」
猫の質問にキョトンとする大地。上の言葉にも首を傾げ、状況説明してっていわれただけだよ?東、ちょっと残りたいっぽかったしと答えた。
「じゃほっとくか。お疲れ」
「いやいやいや助けよぉや?な?」
「んだよかったりぃな、東どうせ薬が欲しかったんだろ?好きにさせとけよ」
「助けてもらうん待っとるって!」
上の言葉に、心底面倒くさそうな顔をする猫。後ろからパソコンの画面を見ていた燈瑩が問い掛ける。
「写真とかデータ、あの辺シマにしてるマフィアに流す?そんなにすぐ動くとは思えないけど」
殺人、薬物、臓器売買。裏社会での暗黙のルールに反して縄張りを荒らしているし証拠もある、だが、【天堂會】は表向きには普通の宗教団体。現場を目撃したのならまだしも、このデータと携帯の写真だけでマフィアが直ちに突入していくということは考えづらかった。リークによって【天堂會】は目をつけられるだろうけれど、さしあたりそれだけだ。
「じゃあ、このまま東に【天堂會】で上手くやっていってもらえば?」
「いやさすがに可哀想やろ」
「なんで?残りたくて残ったんでしょ?」
「半分はそうかもせんけど、絶対に助け待っとるって」
樹の発言を上は秒速で却下する。
樹の言う選択肢もとれなくはないものの…いつまでなのかも不明だし、何かのきっかけで殺されてしまうかもわからない。
なにより、樹の雰囲気には‘別に東が帰って来なくてもいい’といったニュアンスが含まれていた。平たく言えば‘見捨てる’といった感じ。
それはあまりにも不憫である。
「あ、待って猫。この人…」
燈瑩が画面をスクロールする猫の手を止め、リストを少し前に戻す。ガラの悪そうな若い男の写真をクリックして拡大。詳細には死亡と書いてある。
「【和獅子】のメンバーだ…急に死んだと思ったら、【天堂會】に殺られてたんだね」
【和獅子】は若めのチンピラで構成されている集団で、九龍でそれなりに悪事を働いているグループ。若いぶん血の気も多く、半グレや住人たちとしょっちゅう揉め事を起こしている。
燈瑩は口元に手を当て、少し考えて言った。
「これ【和獅子】にチクっちゃう?けっこう好戦的だからすぐ【天堂會】に突っ込むと思うよ」
【和獅子】を【天堂會】にぶつけて、争いの混乱に乗じとりあえず東を救出する作戦。【天堂會】を潰すこと自体は追々マフィア達に任せればいい、情報をリークすれば遅かれ早かれ他の裏社会の人間も動くのは間違いないのだから。
樹が口を開く。
「でもさ、そうしたら悪縁切りたいってお願いした信者の人は【和獅子】に仕返しされないのかな」
「誰がお願いしたのか特定は出来ないんじゃない?【和獅子】に関してはかなり大人数がお願いしてる気がするし。あんまり好かれてないからね」
東のことは見捨てようとしていたのに、‘お願い’をした顔も知らない献金者達を気にかける樹の質問が面白く、燈瑩は声を立てて笑いながら答えた。どうして燈瑩が笑っているのか解せない様子の樹を見て、上はますます東を気の毒に思い胸を痛める。
多少の意志があって【天堂會】に残ったにせよ、猫は限りなく興味を持っておらず大地も‘多分死んでない’程度の関心。燈瑩は一応案を出してくれたが、樹も安否はどちらでもよさげ。今ここにいる面子で東を心配しているのは、自分が持ちかけた話だからといえど、とにかく上だけであった。
東はいつもこんな扱いを受けてしまう。日頃の行いだろうか。
それはさておき。
「とにかく、その作戦で行こや。【和獅子】ぶつけて東助けたろ作戦」
「そのまんまじゃねぇか」
上のネーミングに猫がケタケタ笑う。上はストールを巻き直し立ち上がった。
「【和獅子】に情報流してくるわ。えっと、大地は…」
「俺行かねーからな。今日は【宵城】で預かっといてやるよ」
猫の言葉に大地も頷いた。【和獅子】を最速最短でけしかけるために一番適切に動けるのは、情報屋として信用のある上だ。
「じゃ俺は他のルートにリークしてくるね」
言いながら燈瑩も上着を羽織る。他のルートというのはマフィア関連、これは裏社会と繋がりが深い燈瑩が適任だろう。
樹は屈伸をして帽子をかぶった。役割分担をすれば必然的に、【天堂會】へ東を助けに行くのは樹だ。
せかせかと街へ走り去る上、燈瑩もまたねと言って【東風】をあとにする。【宵城】に向かう猫と大地を見送り、樹も外に出て店のシャッターを閉めた。
さて、と樹は手をはたく。
どのくらい早急にコトが運ぶのかは上の腕にかかっているが、思惑通り乱闘が始まった時は迅速に東を見つけ出し保護しなければならない。すぐに行動ができるよう【天堂會】近くのビルで本部を観察しつつ待機するのが得策だろう。
激安スーパーとピンクカジノを買収されたくないという話からはじまり、随分大事になったものだ。いや、上は最初から‘潰せないかな?’と言っていたか。ならば、トントン拍子に進んだ、ということにしておこう。
手持ち無沙汰で待つのもなんなので何か食べ物でも持って行こうと思い、樹は茶餐廳に足を向ける。【和獅子】と接触があれば上から連絡がくるだろうが、まだまだ時間はかかるはず。次第によっては今日には動かない可能性だってもちろんある。
まぁそうなれば、夜ご飯を食べて帰るだけ。天気もいいしピクニックみたいなものだな…もしも助けを待っているのだとしたら、東は泣いてしまうかも知れないが。
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