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偶像崇拝
口八丁とギャンブラー
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偶像崇拝6
大地が息を呑む。東は明かりを近付け、写真を撮りつつ1人1人を注視した。
精神はやられてしまっているけれども身体の損傷は少なそうだ。これなら用が済めば目玉や手足、臓器は売ることが出来る。
人間の部位で売れないのは脳みそくらい。逆に言えばそこはいくら壊れてしまってもかまわない。精神薬の実験に使い、脳が駄目になったらまるごと売り払うのが一番エコ。
まぁ、脳みそを食べようという物好きもいるので需要が全く無いこともないが。
なんにせよその場合でも壊れているかどうかは味に作用しないので、結局正常か異常かはどちらでもいいのだ。
「これ…縁切りのお願いされた人達なの?」
「断言は出来ねぇけど、そう考えれば辻褄は合うな」
若干怯えた声を出す大地の背中を落ち着かせるようにさすり、東は答える。
悪縁認定された人間達のうち、死体があがらず失踪扱いになっている者なのだろう。ここでこうして新薬の実験台にされていたというわけか。
金での殺人、薬物の横流し、人体実験。
中流階級・花街を仕切る裏社会の人間に話を通しているとは思えない。これでは殺人を生業にしているマフィアにくわえ、ドラッグをさばいているグループや臓器売買を収入源としている奴らも黙ってはいなさそうだ。
ふいに上階からガタガタと音がした。もう【天堂會】のメンバーが来たのか?集会はまだ終わる時間ではないはずなのだが。
このままだと鉢合わせてしまう。しかし、先刻は窓から逃げられたもののここは地下室…脱出ルートになりそうなのは天井近くの通風口くらい。子供がやっと通れそうな程のそのダクトに、東は大地を押し上げた。
「大地、お前こっから外に出ろ」
「え、東は?」
「俺は通れないから。ここに残るよ。みんなにUSB届けて状況説明してきてくれる?」
「…最初っからそのつもりだったでしょ」
東は訝しげな表情の大地にぬいぐるみと自分の携帯を預け、背中を叩いた。
大地は渋々頷き通風口の中へと消えていく。
ダクトはビルの外まで続いているはず、とりあえず大地の安全は確保できた。持たせたUSBと携帯電話の写真である程度のことも伝わる。
ふぅ、と軽く息を吐いて、東は近付いてくる人物を待ち受けた。
大地の言った通りだ、最初からそのつもりだった。大地さえ逃がせれば別に良かった。むしろこれだけ面白い物を見つけた今、逆に気分が盛り上がってしまっている。ここで尻尾を巻こうなんて発想はもはや無い。他には何を持ってるのか見せてもらおうじゃねぇか───【天堂會】。
問答無用で撃たれたりしたらどうしようもないが、会話をする余地があるのなら上手くやる自信が東にはあった。賭博での不正や詐欺まがい。舌先三寸で散々っぱら相手を煙に巻いてきた。腕は立たないが、口はそれなりに立つのだ。
「おい、誰だお前!?」
現れるなり東へ怒号を飛ばすのは、やはり【天堂會】の上級会員。数名降りてきたが、全員の胸元にバッジが光っている。拳銃を構えられてはいるもののいきなり撃たれたりはしなかった。東はヘラッと笑い、両手を上げて軽い調子で返答する。
「トイレ行こうとしたら迷っちゃって」
そんな言い訳が通じないのは百も承知、これはただの前口上。言葉を続けた。
「そしたら素敵なもの見付けて、つい覗いちゃったってわけですよ。薬師としてドラッグで生計立ててる身としては新薬がどうも気になって。俺も薬作るの好きなんで」
その台詞に【天堂會】メンバーが眉を上げる。薬師だという事と、ドラッグの自作発言が興味を引いたのだろう。
現在【天堂會】にある薬を管理しているのは闇医者側ではないかと東は踏んでいた。持ち込んでいる薬や情報が、そこらのチンピラが手配するにしてはマニアックだったからだ。
とすると、当然闇医者側が多くアガリを持っていくだろう。ならば、【天堂會】はもっと利益を出すため闇医者とは別の独自ルートでドラッグの開発と売却をしたいのでは。
そこで東の肩書きの出番。九龍の薬師を抱き込めば、自分たちで製造が可能な上に流通のルートも確保でき一石二鳥。
「俺、昔香港のマフィアグループで薬師やってたんだよね。水に混ぜてた薬、【十宝】でしょ?最近出回りはじめた新作だけどベースは【一夜神】と【虎虎】のやつ使ってる。あれ仕入れが安い割にイイ仕事するよね」
持ち得る知識を披露する。普通はあの水から使用されている薬を当てるのは至難の業。東の薬師としての飽くなき探求心───ということにしておいてほしい───があるからこそ成し得る驚異。それだけでも相当すごいが、ダメ押しで調合前の薬品説明も加えてさらに説得力をもたせ、東は自分の価値をアピールした。
「正規のルートよりは低価格で買ってるのかも知れないけど…俺なら、もっと安く精製出来る。地下で試してるドラッグも開発にかなり協力出来ると思うよ。どう?ちょっと魅力的じゃない?」
流暢な東のプレゼンに、なにやらヒソヒソと話をしはじめる【天堂會】メンバー。
いい流れ。
ぽっと出の怪しい奴が怪しい事を言っているんだから、初手で撃ち殺すのが定石のはず。ところが東は【天堂會】に損得勘定の相談を始めさせている。
ペースに巻き込むのが上手い。相手の願望を察して絶妙なところを狙ってくるのが詐欺師たる所以だ。
幹部らしき男が口を開く。
「お前、弟と来てたな。弟はどうした?」
「先に帰したよ。こんな話聞かせられないでしょ」
これでも秘密主義で、口は堅いんだよー?とおどけてみせる東に男は不信感を募らせる。そりゃ、こんなどこの馬の骨かもわからない輩を素直に受け入れるのは難しいだろうが。
メンバーはまたヒソヒソ何かを話している。飄々とした姿勢を崩さない東。少しすると、男達は銃を振って、ついて来いと合図をした。
東はこっそりと胸を撫で下ろす。
首の皮一枚繋がった。博打好きが災いしてこういう場面を楽しんでしまう悪癖はあるが、掛け金代わりに命をもっていかれるのは出来るかぎりご遠慮願いたいものだ。
鬼が出るか蛇が出るか。せっかく身体張ったんだ、面白いもの見せてくれよ。
あと【東風】の皆。早めに助けにきてね。
そう願いながら、東は男達の後ろを付いていった。
大地が息を呑む。東は明かりを近付け、写真を撮りつつ1人1人を注視した。
精神はやられてしまっているけれども身体の損傷は少なそうだ。これなら用が済めば目玉や手足、臓器は売ることが出来る。
人間の部位で売れないのは脳みそくらい。逆に言えばそこはいくら壊れてしまってもかまわない。精神薬の実験に使い、脳が駄目になったらまるごと売り払うのが一番エコ。
まぁ、脳みそを食べようという物好きもいるので需要が全く無いこともないが。
なんにせよその場合でも壊れているかどうかは味に作用しないので、結局正常か異常かはどちらでもいいのだ。
「これ…縁切りのお願いされた人達なの?」
「断言は出来ねぇけど、そう考えれば辻褄は合うな」
若干怯えた声を出す大地の背中を落ち着かせるようにさすり、東は答える。
悪縁認定された人間達のうち、死体があがらず失踪扱いになっている者なのだろう。ここでこうして新薬の実験台にされていたというわけか。
金での殺人、薬物の横流し、人体実験。
中流階級・花街を仕切る裏社会の人間に話を通しているとは思えない。これでは殺人を生業にしているマフィアにくわえ、ドラッグをさばいているグループや臓器売買を収入源としている奴らも黙ってはいなさそうだ。
ふいに上階からガタガタと音がした。もう【天堂會】のメンバーが来たのか?集会はまだ終わる時間ではないはずなのだが。
このままだと鉢合わせてしまう。しかし、先刻は窓から逃げられたもののここは地下室…脱出ルートになりそうなのは天井近くの通風口くらい。子供がやっと通れそうな程のそのダクトに、東は大地を押し上げた。
「大地、お前こっから外に出ろ」
「え、東は?」
「俺は通れないから。ここに残るよ。みんなにUSB届けて状況説明してきてくれる?」
「…最初っからそのつもりだったでしょ」
東は訝しげな表情の大地にぬいぐるみと自分の携帯を預け、背中を叩いた。
大地は渋々頷き通風口の中へと消えていく。
ダクトはビルの外まで続いているはず、とりあえず大地の安全は確保できた。持たせたUSBと携帯電話の写真である程度のことも伝わる。
ふぅ、と軽く息を吐いて、東は近付いてくる人物を待ち受けた。
大地の言った通りだ、最初からそのつもりだった。大地さえ逃がせれば別に良かった。むしろこれだけ面白い物を見つけた今、逆に気分が盛り上がってしまっている。ここで尻尾を巻こうなんて発想はもはや無い。他には何を持ってるのか見せてもらおうじゃねぇか───【天堂會】。
問答無用で撃たれたりしたらどうしようもないが、会話をする余地があるのなら上手くやる自信が東にはあった。賭博での不正や詐欺まがい。舌先三寸で散々っぱら相手を煙に巻いてきた。腕は立たないが、口はそれなりに立つのだ。
「おい、誰だお前!?」
現れるなり東へ怒号を飛ばすのは、やはり【天堂會】の上級会員。数名降りてきたが、全員の胸元にバッジが光っている。拳銃を構えられてはいるもののいきなり撃たれたりはしなかった。東はヘラッと笑い、両手を上げて軽い調子で返答する。
「トイレ行こうとしたら迷っちゃって」
そんな言い訳が通じないのは百も承知、これはただの前口上。言葉を続けた。
「そしたら素敵なもの見付けて、つい覗いちゃったってわけですよ。薬師としてドラッグで生計立ててる身としては新薬がどうも気になって。俺も薬作るの好きなんで」
その台詞に【天堂會】メンバーが眉を上げる。薬師だという事と、ドラッグの自作発言が興味を引いたのだろう。
現在【天堂會】にある薬を管理しているのは闇医者側ではないかと東は踏んでいた。持ち込んでいる薬や情報が、そこらのチンピラが手配するにしてはマニアックだったからだ。
とすると、当然闇医者側が多くアガリを持っていくだろう。ならば、【天堂會】はもっと利益を出すため闇医者とは別の独自ルートでドラッグの開発と売却をしたいのでは。
そこで東の肩書きの出番。九龍の薬師を抱き込めば、自分たちで製造が可能な上に流通のルートも確保でき一石二鳥。
「俺、昔香港のマフィアグループで薬師やってたんだよね。水に混ぜてた薬、【十宝】でしょ?最近出回りはじめた新作だけどベースは【一夜神】と【虎虎】のやつ使ってる。あれ仕入れが安い割にイイ仕事するよね」
持ち得る知識を披露する。普通はあの水から使用されている薬を当てるのは至難の業。東の薬師としての飽くなき探求心───ということにしておいてほしい───があるからこそ成し得る驚異。それだけでも相当すごいが、ダメ押しで調合前の薬品説明も加えてさらに説得力をもたせ、東は自分の価値をアピールした。
「正規のルートよりは低価格で買ってるのかも知れないけど…俺なら、もっと安く精製出来る。地下で試してるドラッグも開発にかなり協力出来ると思うよ。どう?ちょっと魅力的じゃない?」
流暢な東のプレゼンに、なにやらヒソヒソと話をしはじめる【天堂會】メンバー。
いい流れ。
ぽっと出の怪しい奴が怪しい事を言っているんだから、初手で撃ち殺すのが定石のはず。ところが東は【天堂會】に損得勘定の相談を始めさせている。
ペースに巻き込むのが上手い。相手の願望を察して絶妙なところを狙ってくるのが詐欺師たる所以だ。
幹部らしき男が口を開く。
「お前、弟と来てたな。弟はどうした?」
「先に帰したよ。こんな話聞かせられないでしょ」
これでも秘密主義で、口は堅いんだよー?とおどけてみせる東に男は不信感を募らせる。そりゃ、こんなどこの馬の骨かもわからない輩を素直に受け入れるのは難しいだろうが。
メンバーはまたヒソヒソ何かを話している。飄々とした姿勢を崩さない東。少しすると、男達は銃を振って、ついて来いと合図をした。
東はこっそりと胸を撫で下ろす。
首の皮一枚繋がった。博打好きが災いしてこういう場面を楽しんでしまう悪癖はあるが、掛け金代わりに命をもっていかれるのは出来るかぎりご遠慮願いたいものだ。
鬼が出るか蛇が出るか。せっかく身体張ったんだ、面白いもの見せてくれよ。
あと【東風】の皆。早めに助けにきてね。
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