九龍懐古

偶像崇拝

後半戦と最下階

偶像崇拝５





ホールを出て階段を降り、目指すは地下。

１階から地下へは難なく到着。小部屋がちらほら…けれど特段怪しそうなものはない。
だが少なくともどこかに薬物はあるはずだ。大した情報にはならないかも知れないが────と、ふと奥のボイラー室が東アズマの目に留まる。

南京錠がかかっていたがそんなちゃちな鍵は無いのと同じ。手早く解錠し中へ入り、立ち並ぶ大型機械や壁を這うパイプの間を掻い潜り進むと部屋の隅に目立たない扉があった。

相変わらずの古い錠前で、ワンパターンだ。こいつもすぐに開くだろう。
手をかけ数秒後、ガチャン、と音を立てて開放されたドアの向こうに姿を現したのは。


「見ーっけ」


楽しそうに東アズマが言う。

なかなかの広さの部屋と、そこに積まれている大量の段ボール。箱に入れられているのは多種多様な薬やドラッグ、既製品の処方薬から違法な粗悪品まで大豊作。錠剤になる前の粉もそこかしこに散らばっていた。

大地ダイチがそれを手に取り訊ねた。

「これ水に入ってたやつ？」
「も、あるとおもう」
「【天堂會】って薬も売ってるのかな」
「売ってないんじゃね？まだ」

段ボールをガサゴソしながら東アズマが答える。

見た感じ、薬は恐らく改良途中。様々なサンプルを集め、分解し、独自の物を作り出そうとしているのだろう。紙束の中にはドラッグ類の仔細な成分一覧なんかもあった。さしあたっての証拠として、携帯でカシャカシャと写真を撮る。薬剤、漢方、合成表────。


…少し専門的過ぎるな、と東アズマは思った。


薬物の横流しは至って普通だが、オリジナル商品を制作するとなると話は別だ。それ相応の知識を有する人材が必要になってくる、寄せ集めの半グレ集団で出来る真似ではない。

闇医者が絡んでいるのか？そうなると、中流階級地域のこんなデカいビルを急に本拠地に出来たのも納得がいく。闇医者やつらにはモラルはないが知識と金はある。闇医者は【天堂會】に場所を提供する。【天堂會】は信者を集める。信者は金を生んで、その金によって叶えられた神の奇跡はまた信者を生む。
本部の場所に関しては、富裕層区域側では闇医者やつらと近過ぎるが貧困街やスラムでは治安が悪過ぎる。宗教団体としての体裁もあるしイメージダウンも避けたい、そうなれば、中流階級・花街近辺というチョイスは妥当。

そして薬物ドラッグ。勧誘時の使用もそうだが、ゆくゆくはそちら方面の商売へも手を出していくつもりなのだろう。


「あれ？東アズマ、この下なんかあるよ」

写真を撮る東アズマの横で、床の切れ目をめざとく見つけた大地ダイチが段ボールをずらした。床下収納に似た扉の一部だが、箱をどけていくとそれはかなりの大きさだった。

鍵は無い。扉の構造的にこちら側からしか開かなさそうだ。引っ込んでいる取っ手を引っ張り、その扉もとい鉄板を持ち上げ中を確認する。


階段だった。


表向きには地下は１階までのはずだが、さらにその下があったのだ。
案内板にも記載はなかったし、こんなボイラー室の奥の奥、教団側でも知っている者は少ないだろう。どうして公表していないのか？

そんなの決まってる。

「絶対にヤバいもんあんな」

暗い穴の底を見つめ東アズマが呟く。

お布施が多ければ悪縁が切れる、ということにして殺人をし、時にはドラッグを使い、更なる献金を募って稼ぐ───というサイクルなのかと思ったが、薬物に対する取り組みとこの地下室を見るにどうもそれだけではなさそうだ。

新薬制作にあたって試行錯誤を重ねるために大切なものはなにか？その答えは─────。


いいもの見つかりそうだねと悪戯っ子のように笑う大地ダイチ。好奇心旺盛、興味をそそられればその善悪やリスクの有無はそんなに関係が無いのだろう。子供故の無邪気さ、上カムラの気苦労も推して知るべし。
だが東アズマも、こんなに怪しげな地下室を目の前にして確かめずに終われるような性格ではない。選択肢は‘入る’のみ。

閉じないように扉を固定して、２人で慎重にジメジメした階段を降りていく。暗くてあまり視界がきかないが電灯などは見当たらない。携帯のライトを明かりにし進んだ。
牢屋のように左右に連なる部屋の中にいくつものうごめく影がある。動かないものもあるがとにかく────それらは人だった。

けれど、延々と訳の分からない言葉を発していたりずっと床に突っ伏していたり壁に向かってやたらとニコニコしていたり、全員様子がおかしい。


考えるまでもなく……薬物中毒者。


新薬制作にあたって試行錯誤を重ねるために大切なものはなにか？その答えは─────




‘それを試す人間’だ。