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偶像崇拝
嘘八百と探検ツアー
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偶像崇拝3
翌日。
キーホルダーを握り締めた大地とおデコに絆創膏を貼った東は、【天堂會】本部の前に立っていた。
心労で今にも死にそうな上の為にも良いニュースを持って帰ってあげよう。
というのは建前で、ただワクワクしているのが大地の本音だ。
潜入捜査、なんて素敵な響きだろう。
東が上手いこと言ってくれたからではあるが、あの口うるさい上が許可を出すなんて。
いや、そもそも上は過保護が過ぎるんだ、俺も子供じゃないってとこ見せてやる。
そう意気込み、大地は【天堂會】の集会参加受付に走り声を張り上げた。
「あのっ、天仔が当たったんでお兄ちゃんと来ました!天仔貰えますか!?」
めちゃくちゃ子供っぽかった。
天仔とは【天堂會】マスコットキャラクターの名前である。
大地が当選通知を見せると、窓口の男性は当たったのかい?良かったねぇ!などと言いながらぬいぐるみをくれた。
そのまま集会参加希望の紙に名前を綴ろうとした大地の手からペンを奪る東。サラサラと必要事項を書き込む。
[名前:西 年齢:20歳 住所:大井街]
[名前:空 年齢:10歳 住所:同上]
大嘘なうえに、偽名の決め方が適当だった。
「10歳はちょっと無理じゃない?」
「大丈夫だ、大地は見える。見えなくてもこういうのは言ったもん勝ちだ、夜のお姉さんの店と一緒でな」
「なにそれ」
コソコソ話しながら案内板を頼りにビル内を進み、会場のホールへ。中にはおおよそ50人程度の参加者が集まっていた。
【天堂會】の会員が紙コップに入った水とお菓子を配っており、東と大地もそれを受け取る。お菓子はよく見る熊猫曲奇、どこかのお店で買ったもののようだ。水はキンキンに冷えていて何となくいい香りがする。
一口飲もうとした大地を、東がコップの上に手の平をかぶせて止めた。
「菓子だけにしとけ」
言って、東は自分の水を一息で飲み干す。そして大地の物と自分の空の紙コップとを入れ替えた。
どうして止めたんだ?なにか混ざっていたんだろうか?でもその割にゴクゴク飲んだな、と不思議そうに東を見詰める大地。
そんな大地に、俺は薬屋だぜと東は笑った。
九龍の宗教団体で出されるいい香りの水など、絶対にロクなもんじゃない。
東の味見での予想は、水にドラッグを薄く混ぜた後、砂糖とミントで風味を誤魔化しているのだろうといったところ。
甘さの奥に、相当注意深く含味しなければ感じ取れないほどの微かな苦味があった。
この程度じゃ大した作用は無い。集会前にいくらかテンションを上げさせておいて、入信の勧誘成功率を高める狙いなのか。
東はコップの水を3回ほどおかわりし、すみません緊張して喉乾いちゃって…いちいちお手を煩わせるのも悪いのでペットボトルの水ありますかね…?と、にこやかに会員に聞いた。完全に詐欺師の笑顔だったが、会員からまんまと未開封の500mlボトルを手に入れ大地に渡す。
「ほれ、お前はこれ飲め」
「東大丈夫なの?あんなに飲んで」
「平気平気。大抵の薬は効かない」
東とて、伊達に長年薬師をやっていない。自ら試してきた漢方やハーブやドラッグは数え切れず、今やちょっとやそっとの薬では効き目が無いのだ。おかげさまで樹になにか勘違いをされ、何でも屋の仕事で見つけた非合法薬物をよかれと思って大量にプレゼントされたりもしているが。
東と大地が部屋の端の方で熊猫曲奇をかじっていると、会員の1人が話しかけてきた。胸に【天堂會】のバッジ。経営者側か。
「ご参加は初めてですか?」
「えぇ、弟に誘われて」
東が対応し、大地もペコリと頭を下げた。
その髪を撫でつつ探りを入れる東。
「弟はキャラクターが好きみたいで…俺はお祈りの効果に期待してるんすけどね」
「何かお切りになりたいご縁が?」
「そうなんすよ、悪縁ばっかで。神様にでも縋りたくなっちゃって…頑張って沢山お祈りすれば、ここの神様は助けてくれる、ってきいたんで」
発言を受けて、会員が2人の全身に視線を這わせたのを東は見逃さなかった。
服装、持ち物、健康状態。
値踏みしている。金があるのか、否か。
「貴方の信仰が本物であれば、必ずや応えて下さいますでしょう。まずはお話をお聴きになって頂ければ…もうすぐ始まりますよ」
そう言い残し会員は離れていった。どうやら中の中程度と判断されたようだ。
東としても、可もなく不可もない格好及び雰囲気でやって来たつもりだ。貧乏くさく見えても金持ちに見えても駄目なのだ、潜入であるからには群衆の中で浮いてしまうのはよろしくない。
会場が暗くなり、スポットライトが当てられた雛壇に【天堂會】創立メンバーと思しき人物が現れた。拍手と共にBGMが流れる。
ここから2時間ほど集会は続く予定だ。
入れ代わり立ち代わり会員達が登壇し、お喋りをして【天堂會】の素晴らしさを説く。
どんなドラマが展開されるのかが気になるといえば気になるが、今日の目的はトークショーではない。
東は大地に耳打ちした。
「もう少ししたらホール出ようぜ。館内探検ツアーしてやろうじゃないの」
「え、いいの!?」
「ったりめーだろ。上にはああ言ったけどな…薬物の匂いもしてきたし、俺も気になっちゃった」
「よぉし!やっちゃお!」
大地が小さくガッツポーズをする。
【東風】ではそういう計画ではなかったが、予定は未定であるものだ。東は、胸の中で上にごめんねと手を合わせた。
さて…ツアーといってもあまり時間はない。
【天堂會】は信者こそ日に日に増えているが、創立メンバーや幹部の数はそこまでではないだろう。
全員が一日中このビルで過ごしている事もないはずだから、集会が終わるまで多分ホール以外はかなり手薄。今なら‘メンバー以外立ち入り禁止’の場所にも、誰も居ないと予想出来る。
そういった一般人侵入禁止エリアで、何かを隠していそうな所───。
「大地なら、物隠すときどこに隠す?」
東の質問に大地は少し考えて答えた。
「んー…大事なもの隠すなら上で、悪いもの隠すなら下かな」
「採用」
パチンと指を鳴らすマネをする東。大事な物は上で悪い物は下、なかなか良い回答だ。
このビルの最上階は14階で、最下階は地下1階。そこに手掛かりがあるのでは。
「どっちから行く?」
「上っ!」
ニヤリと笑う東に大地が元気よく返事。
登壇者が入れ代わり聴衆が壇上に気を取られている隙を見て、2人はこっそり、ホールを抜け出した。
翌日。
キーホルダーを握り締めた大地とおデコに絆創膏を貼った東は、【天堂會】本部の前に立っていた。
心労で今にも死にそうな上の為にも良いニュースを持って帰ってあげよう。
というのは建前で、ただワクワクしているのが大地の本音だ。
潜入捜査、なんて素敵な響きだろう。
東が上手いこと言ってくれたからではあるが、あの口うるさい上が許可を出すなんて。
いや、そもそも上は過保護が過ぎるんだ、俺も子供じゃないってとこ見せてやる。
そう意気込み、大地は【天堂會】の集会参加受付に走り声を張り上げた。
「あのっ、天仔が当たったんでお兄ちゃんと来ました!天仔貰えますか!?」
めちゃくちゃ子供っぽかった。
天仔とは【天堂會】マスコットキャラクターの名前である。
大地が当選通知を見せると、窓口の男性は当たったのかい?良かったねぇ!などと言いながらぬいぐるみをくれた。
そのまま集会参加希望の紙に名前を綴ろうとした大地の手からペンを奪る東。サラサラと必要事項を書き込む。
[名前:西 年齢:20歳 住所:大井街]
[名前:空 年齢:10歳 住所:同上]
大嘘なうえに、偽名の決め方が適当だった。
「10歳はちょっと無理じゃない?」
「大丈夫だ、大地は見える。見えなくてもこういうのは言ったもん勝ちだ、夜のお姉さんの店と一緒でな」
「なにそれ」
コソコソ話しながら案内板を頼りにビル内を進み、会場のホールへ。中にはおおよそ50人程度の参加者が集まっていた。
【天堂會】の会員が紙コップに入った水とお菓子を配っており、東と大地もそれを受け取る。お菓子はよく見る熊猫曲奇、どこかのお店で買ったもののようだ。水はキンキンに冷えていて何となくいい香りがする。
一口飲もうとした大地を、東がコップの上に手の平をかぶせて止めた。
「菓子だけにしとけ」
言って、東は自分の水を一息で飲み干す。そして大地の物と自分の空の紙コップとを入れ替えた。
どうして止めたんだ?なにか混ざっていたんだろうか?でもその割にゴクゴク飲んだな、と不思議そうに東を見詰める大地。
そんな大地に、俺は薬屋だぜと東は笑った。
九龍の宗教団体で出されるいい香りの水など、絶対にロクなもんじゃない。
東の味見での予想は、水にドラッグを薄く混ぜた後、砂糖とミントで風味を誤魔化しているのだろうといったところ。
甘さの奥に、相当注意深く含味しなければ感じ取れないほどの微かな苦味があった。
この程度じゃ大した作用は無い。集会前にいくらかテンションを上げさせておいて、入信の勧誘成功率を高める狙いなのか。
東はコップの水を3回ほどおかわりし、すみません緊張して喉乾いちゃって…いちいちお手を煩わせるのも悪いのでペットボトルの水ありますかね…?と、にこやかに会員に聞いた。完全に詐欺師の笑顔だったが、会員からまんまと未開封の500mlボトルを手に入れ大地に渡す。
「ほれ、お前はこれ飲め」
「東大丈夫なの?あんなに飲んで」
「平気平気。大抵の薬は効かない」
東とて、伊達に長年薬師をやっていない。自ら試してきた漢方やハーブやドラッグは数え切れず、今やちょっとやそっとの薬では効き目が無いのだ。おかげさまで樹になにか勘違いをされ、何でも屋の仕事で見つけた非合法薬物をよかれと思って大量にプレゼントされたりもしているが。
東と大地が部屋の端の方で熊猫曲奇をかじっていると、会員の1人が話しかけてきた。胸に【天堂會】のバッジ。経営者側か。
「ご参加は初めてですか?」
「えぇ、弟に誘われて」
東が対応し、大地もペコリと頭を下げた。
その髪を撫でつつ探りを入れる東。
「弟はキャラクターが好きみたいで…俺はお祈りの効果に期待してるんすけどね」
「何かお切りになりたいご縁が?」
「そうなんすよ、悪縁ばっかで。神様にでも縋りたくなっちゃって…頑張って沢山お祈りすれば、ここの神様は助けてくれる、ってきいたんで」
発言を受けて、会員が2人の全身に視線を這わせたのを東は見逃さなかった。
服装、持ち物、健康状態。
値踏みしている。金があるのか、否か。
「貴方の信仰が本物であれば、必ずや応えて下さいますでしょう。まずはお話をお聴きになって頂ければ…もうすぐ始まりますよ」
そう言い残し会員は離れていった。どうやら中の中程度と判断されたようだ。
東としても、可もなく不可もない格好及び雰囲気でやって来たつもりだ。貧乏くさく見えても金持ちに見えても駄目なのだ、潜入であるからには群衆の中で浮いてしまうのはよろしくない。
会場が暗くなり、スポットライトが当てられた雛壇に【天堂會】創立メンバーと思しき人物が現れた。拍手と共にBGMが流れる。
ここから2時間ほど集会は続く予定だ。
入れ代わり立ち代わり会員達が登壇し、お喋りをして【天堂會】の素晴らしさを説く。
どんなドラマが展開されるのかが気になるといえば気になるが、今日の目的はトークショーではない。
東は大地に耳打ちした。
「もう少ししたらホール出ようぜ。館内探検ツアーしてやろうじゃないの」
「え、いいの!?」
「ったりめーだろ。上にはああ言ったけどな…薬物の匂いもしてきたし、俺も気になっちゃった」
「よぉし!やっちゃお!」
大地が小さくガッツポーズをする。
【東風】ではそういう計画ではなかったが、予定は未定であるものだ。東は、胸の中で上にごめんねと手を合わせた。
さて…ツアーといってもあまり時間はない。
【天堂會】は信者こそ日に日に増えているが、創立メンバーや幹部の数はそこまでではないだろう。
全員が一日中このビルで過ごしている事もないはずだから、集会が終わるまで多分ホール以外はかなり手薄。今なら‘メンバー以外立ち入り禁止’の場所にも、誰も居ないと予想出来る。
そういった一般人侵入禁止エリアで、何かを隠していそうな所───。
「大地なら、物隠すときどこに隠す?」
東の質問に大地は少し考えて答えた。
「んー…大事なもの隠すなら上で、悪いもの隠すなら下かな」
「採用」
パチンと指を鳴らすマネをする東。大事な物は上で悪い物は下、なかなか良い回答だ。
このビルの最上階は14階で、最下階は地下1階。そこに手掛かりがあるのでは。
「どっちから行く?」
「上っ!」
ニヤリと笑う東に大地が元気よく返事。
登壇者が入れ代わり聴衆が壇上に気を取られている隙を見て、2人はこっそり、ホールを抜け出した。
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