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偶像崇拝
縁切り効果と潜入捜査
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偶像崇拝2
「え…どうしたのお前、地下格闘技始めて気が荒くなったの…?」
東がわざとらしい震え声を出す。さすがにオーバーリアクションなのだが、‘どこかの団体を潰そう’などとは普段の上からしたら好戦的過ぎる発言だ。
ちなみに上は別に地下格闘技を始めたのではない。【獣幇】との決闘後、なぜか上に目をつけた鶏蛋仔屋に巻き込まれ一度だけ泣く泣くリングに上がったのみ。
結果はボロ負け、それでも最終ラウンドまで必死に食らいつき戦った姿は場内に感動を呼んだ。
上は顔の前でブンブン手の平を振る。
「な訳あるかい!いや、ホンマに出来ればでええんよ、のけるだけでも構へん。あいつらめっちゃ土地取ってくねん」
【天堂會】が本部を構えているのは中流階級と花街の中間くらいの場所だが、信者が増え献金で懐が潤ってくるにつれその周りの建物等をバカスカと買い漁り出しているらしい。
既に小さな商店が無くなりタバコ屋が無くなり、今は大衆食堂が無くなろうとしている。
住居を買われて住民が立ち退かざるを得なくなるのも時間の問題ではという事のようだ。
【天堂會】はそこに自分達の店舗を置いたり会員を住まわせ、ジワジワ【天堂會区域】を作っていく計画だとか。
「もうすぐ行きつけの激安スーパーも買収されてまうんよ…」
「え、それは大変だね」
嘆く上に同意する燈瑩を見て、一番金銭問題と関係なさそうな奴が共感してる…と東は思ったが、それは言わずに持論を述べた。
「だからってどうやって潰すのよ。新興宗教なんてタケノコみてぇに出てくるし、いちいち相手してらんないし。儲かってるやつらが幅利かせんのは仕方ねぇよ」
「そこやねん。【天堂會】儲かり過ぎやないか?っちゅう話やねん」
上が人差し指を立てる。
まぁ、確かに儲かり過ぎではあった。
【天堂會】の成長は九龍城にある他の宗教に比べ群を抜いている。
「こない短期間でデカなるやつ無いで。お祈りの効果がめっちゃ出るゆう話でな、やからお布施がバンバン集まるんて」
「なんでそんなに効果があんだよ?効果って縁切りだっけ?」
眉根を寄せる東。
【天堂會】は、有名な神を崇めている訳ではない。誰も知らない神…なんなら【天堂會】オリジナルである可能性が極めて高い。
その作られた神に宿る力とは一体全体何なのか。信仰者にとっての悪縁をスッパリと断ち切ってくれる強大な力。
上が続ける。
「そう。やけどな、その‘縁切りの力’っちゅうもんがどうも変でな」
「変ってどんな風に?」
燈瑩の問いに上は一呼吸置いて答えた。
「相手が死んでもうて、縁が切れるんよ」
沈黙。
「…なんでみんな黙るん」
「いや、だってお前それ殺られてるしかないでしょ」
わかりきったこと訊くなといった表情の東。
悪縁相手を神に教えると、数日後には死んでいる。消息不明ということもあるらしい。
そして願いが叶うのはお布施を多く納めた者のみ。つまり────
「殺しの代行みたいなものだね」
燈瑩がタバコの煙と共に言葉をはいた。
【天堂會】の縁切りは神の力などではない。
普通に人力である。
だが会員達は人殺しの依頼をしているなどとは露程も思わず、ただ一生懸命に貢いで神へと祈っているだけだ。
少し考えればわかる話なのに誰も彼も疑問を持たないのは、信者の盲信もさることながら【天堂會】の広報マーケティング戦略が功を奏しているからだろう。
宗教関連の人間だけではなく一般層までより多くの人々に親しみやすいイメージを作り、周りの雰囲気を操作して自分たちは善い団体だと印象付ける。
その一環の可愛いオリジナルグッズを配ったりする作戦等も、大地を見るにどうやら成功しているようだった。
それにくわえて此処は九龍。ありとあらゆる犯罪が日々巻き起こる街だ、人が消えることはめずらしくもなんともない。
【天堂會】側は死亡事件について言及していないし、この街の住人もさほど関心を持ってはいない。表沙汰にならないのである。
「でもその線なら、マフィアを動かせるかもね。【天堂會】はもともと中流階級とか花街の人間じゃないんでしょ?仕切ってるグループからすれば殺人請負の仕事されてたら面白くないんじゃない」
煙草で灰皿のフチを叩く燈瑩に上は頷く。
【天堂會】はスラムにいたチンピラ達と香港のほうから来たマフィア崩れが結託して立ち上げた宗教だ、そこまでは上も情報屋として調べがついている。
一介の宗教というだけならまだしも、やり口として他所のシマで金を貰って殺人を行っているとなるとそこのマフィアの縄張りを荒らしているも同然。
明るみに出ればそれなりに問題だろう。
困ったのはそこから先だった。
「やけど、証拠がないねん。東ちょお潜入してきてくれん?」
「なんで俺なの」
「俺は情報屋やってバレとんねん。東が適任やんか見た目的に」
「見た目って何よ見た目って」
東が文句をつける。とはいえあながち間違ったチョイスではない。
入信希望者の役として考えた時に、樹は幼く見え、大地はそのまんま子供。大人の人と来てね、なんて言われかねない。
しかし猫は柄が悪過ぎるし、燈瑩は余裕を感じさせ過ぎる。何かを信仰などしそうにないのだ。
消去法で東が一番無難な人選だった。
「それに…このままやと花街の方も飲み込まれて、東の好きなピンクカジノ無くなるで」
上の言葉に東はピクッと反応する。
ここで言うピンクカジノとは、カジノとキャバクラ──セクキャバ寄りでもある──とガールズバーがごちゃまぜになったような店。
セクシーな衣装を身に纏った女性のスタッフやディーラーと遊べて、時にイチャイチャもでき、ゲーム自体もそこそこ本格的。
中流階級寄りの区域には特に質のいいピンクカジノが多い。
好んでその辺りの店に通っている東としては、無くなるのは聞き捨てならない話。
富裕層地域ほど高くはなく、スラム街ほどは荒れておらず、そこそこに遊べてキャストも可愛い。閉店してしまうのは惜しい。
「ったく…わかりましたぁ。どこに行きゃあいいの?」
煩悩に負けてやむをえず承諾した東に、上は説明を続けた。
潜入先は【天堂會】の本部。支部は開発中、なので勧誘のための催しや新規会員歓迎式、定期会合は全て本部で執り行われる。
この本部がまたかなり大きく、中流階級と花街の間でどちらにも手をつけられていなかった建物を丸々使用している。なかなか小綺麗なビルだ。
そこで明日行われる集会に参加して、情報を持ってきてほしいということだった。
「ねぇ、俺も行っていい?」
栗を頬張りながら唐突に立候補した大地に、上の喉がヒュッと鳴るのが聞こえた。
「俺キーホルダー持ってるし、ファンだからお兄ちゃん誘ってきました!みたいな感じにしたら入りやすいし。あとぬいぐるみ当たったんだよねぇ」
「ぬ、ぬいぐるみ?ってなんなん?」
「このキーホルダーと同じキャラのぬいぐるみだよ。キーホルダーに応募番号がついてて、子供限定で当たると貰えるの」
大人は駄目だからねと言って、大地はキャッキャと笑った。この場合の‘子供’とは一桁の年齢が対象だと思うのだが、大地なら恐らく貰えるであろう。
「いや…いや、いや。あかん。危ないで。一応潜入やから、お前は行かせられん」
「危なかないだろ、家族で集会にお試し参加するやつなんて山程いるじゃん。俺も行って帰ってくるだけのつもりだし」
横から口を挟む東。
言う通り、【天堂會】の支持者にはライトな層もそこそこいる。会員でもなく信仰している訳でもなく、キャラが可愛いのでグッズを持っている大地のような者や、赤や金を基調とした派手なデザインに加えイベント活動が盛んなのでファッション感覚でなんとなく気になっている者などだ。
「ぬいぐるみ貰えやいいじゃないの、せっかく当たったんだから。一緒に行こうぜ大地」
「やったぁ!」
「おま、お前…連れてくっちゅうなら守るんやで!?しっかりせぇよ!?どつくぞ!?」
青白い顔であたふたする上をよそに、2人で出掛ける事ってないよねぇー、そうだな楽しもうぜ、などと会話を弾ませる東と大地。
「俺だって、やるときゃぁやんのよ?なんかあったらバッチリ守っ────」
東がカッコつけようとしたその瞬間、【東風】の扉がバァンと盛大な音を立てて開き、鋭く飛んできた何かがその額にヒットした。
下駄だ。
「おい東ァ、金の用意出来てんだろうな!?それとも内臓用意するか!?」
「すいませんでしたああ!!!!」
ドスのきいた声で言いながらズカズカ入ってくる猫に、東は素早く土下座した。
猫が足から飛ばしたのであろう下駄が当たった東のオデコはぷっくりと腫れている。
全くカッコつかないその姿。俺だってやるときは何をやるというのか。
床にひれ伏す東を見下ろし、心配ばかりがつのる上は、首を横に振り大きくため息をはいた。
「え…どうしたのお前、地下格闘技始めて気が荒くなったの…?」
東がわざとらしい震え声を出す。さすがにオーバーリアクションなのだが、‘どこかの団体を潰そう’などとは普段の上からしたら好戦的過ぎる発言だ。
ちなみに上は別に地下格闘技を始めたのではない。【獣幇】との決闘後、なぜか上に目をつけた鶏蛋仔屋に巻き込まれ一度だけ泣く泣くリングに上がったのみ。
結果はボロ負け、それでも最終ラウンドまで必死に食らいつき戦った姿は場内に感動を呼んだ。
上は顔の前でブンブン手の平を振る。
「な訳あるかい!いや、ホンマに出来ればでええんよ、のけるだけでも構へん。あいつらめっちゃ土地取ってくねん」
【天堂會】が本部を構えているのは中流階級と花街の中間くらいの場所だが、信者が増え献金で懐が潤ってくるにつれその周りの建物等をバカスカと買い漁り出しているらしい。
既に小さな商店が無くなりタバコ屋が無くなり、今は大衆食堂が無くなろうとしている。
住居を買われて住民が立ち退かざるを得なくなるのも時間の問題ではという事のようだ。
【天堂會】はそこに自分達の店舗を置いたり会員を住まわせ、ジワジワ【天堂會区域】を作っていく計画だとか。
「もうすぐ行きつけの激安スーパーも買収されてまうんよ…」
「え、それは大変だね」
嘆く上に同意する燈瑩を見て、一番金銭問題と関係なさそうな奴が共感してる…と東は思ったが、それは言わずに持論を述べた。
「だからってどうやって潰すのよ。新興宗教なんてタケノコみてぇに出てくるし、いちいち相手してらんないし。儲かってるやつらが幅利かせんのは仕方ねぇよ」
「そこやねん。【天堂會】儲かり過ぎやないか?っちゅう話やねん」
上が人差し指を立てる。
まぁ、確かに儲かり過ぎではあった。
【天堂會】の成長は九龍城にある他の宗教に比べ群を抜いている。
「こない短期間でデカなるやつ無いで。お祈りの効果がめっちゃ出るゆう話でな、やからお布施がバンバン集まるんて」
「なんでそんなに効果があんだよ?効果って縁切りだっけ?」
眉根を寄せる東。
【天堂會】は、有名な神を崇めている訳ではない。誰も知らない神…なんなら【天堂會】オリジナルである可能性が極めて高い。
その作られた神に宿る力とは一体全体何なのか。信仰者にとっての悪縁をスッパリと断ち切ってくれる強大な力。
上が続ける。
「そう。やけどな、その‘縁切りの力’っちゅうもんがどうも変でな」
「変ってどんな風に?」
燈瑩の問いに上は一呼吸置いて答えた。
「相手が死んでもうて、縁が切れるんよ」
沈黙。
「…なんでみんな黙るん」
「いや、だってお前それ殺られてるしかないでしょ」
わかりきったこと訊くなといった表情の東。
悪縁相手を神に教えると、数日後には死んでいる。消息不明ということもあるらしい。
そして願いが叶うのはお布施を多く納めた者のみ。つまり────
「殺しの代行みたいなものだね」
燈瑩がタバコの煙と共に言葉をはいた。
【天堂會】の縁切りは神の力などではない。
普通に人力である。
だが会員達は人殺しの依頼をしているなどとは露程も思わず、ただ一生懸命に貢いで神へと祈っているだけだ。
少し考えればわかる話なのに誰も彼も疑問を持たないのは、信者の盲信もさることながら【天堂會】の広報マーケティング戦略が功を奏しているからだろう。
宗教関連の人間だけではなく一般層までより多くの人々に親しみやすいイメージを作り、周りの雰囲気を操作して自分たちは善い団体だと印象付ける。
その一環の可愛いオリジナルグッズを配ったりする作戦等も、大地を見るにどうやら成功しているようだった。
それにくわえて此処は九龍。ありとあらゆる犯罪が日々巻き起こる街だ、人が消えることはめずらしくもなんともない。
【天堂會】側は死亡事件について言及していないし、この街の住人もさほど関心を持ってはいない。表沙汰にならないのである。
「でもその線なら、マフィアを動かせるかもね。【天堂會】はもともと中流階級とか花街の人間じゃないんでしょ?仕切ってるグループからすれば殺人請負の仕事されてたら面白くないんじゃない」
煙草で灰皿のフチを叩く燈瑩に上は頷く。
【天堂會】はスラムにいたチンピラ達と香港のほうから来たマフィア崩れが結託して立ち上げた宗教だ、そこまでは上も情報屋として調べがついている。
一介の宗教というだけならまだしも、やり口として他所のシマで金を貰って殺人を行っているとなるとそこのマフィアの縄張りを荒らしているも同然。
明るみに出ればそれなりに問題だろう。
困ったのはそこから先だった。
「やけど、証拠がないねん。東ちょお潜入してきてくれん?」
「なんで俺なの」
「俺は情報屋やってバレとんねん。東が適任やんか見た目的に」
「見た目って何よ見た目って」
東が文句をつける。とはいえあながち間違ったチョイスではない。
入信希望者の役として考えた時に、樹は幼く見え、大地はそのまんま子供。大人の人と来てね、なんて言われかねない。
しかし猫は柄が悪過ぎるし、燈瑩は余裕を感じさせ過ぎる。何かを信仰などしそうにないのだ。
消去法で東が一番無難な人選だった。
「それに…このままやと花街の方も飲み込まれて、東の好きなピンクカジノ無くなるで」
上の言葉に東はピクッと反応する。
ここで言うピンクカジノとは、カジノとキャバクラ──セクキャバ寄りでもある──とガールズバーがごちゃまぜになったような店。
セクシーな衣装を身に纏った女性のスタッフやディーラーと遊べて、時にイチャイチャもでき、ゲーム自体もそこそこ本格的。
中流階級寄りの区域には特に質のいいピンクカジノが多い。
好んでその辺りの店に通っている東としては、無くなるのは聞き捨てならない話。
富裕層地域ほど高くはなく、スラム街ほどは荒れておらず、そこそこに遊べてキャストも可愛い。閉店してしまうのは惜しい。
「ったく…わかりましたぁ。どこに行きゃあいいの?」
煩悩に負けてやむをえず承諾した東に、上は説明を続けた。
潜入先は【天堂會】の本部。支部は開発中、なので勧誘のための催しや新規会員歓迎式、定期会合は全て本部で執り行われる。
この本部がまたかなり大きく、中流階級と花街の間でどちらにも手をつけられていなかった建物を丸々使用している。なかなか小綺麗なビルだ。
そこで明日行われる集会に参加して、情報を持ってきてほしいということだった。
「ねぇ、俺も行っていい?」
栗を頬張りながら唐突に立候補した大地に、上の喉がヒュッと鳴るのが聞こえた。
「俺キーホルダー持ってるし、ファンだからお兄ちゃん誘ってきました!みたいな感じにしたら入りやすいし。あとぬいぐるみ当たったんだよねぇ」
「ぬ、ぬいぐるみ?ってなんなん?」
「このキーホルダーと同じキャラのぬいぐるみだよ。キーホルダーに応募番号がついてて、子供限定で当たると貰えるの」
大人は駄目だからねと言って、大地はキャッキャと笑った。この場合の‘子供’とは一桁の年齢が対象だと思うのだが、大地なら恐らく貰えるであろう。
「いや…いや、いや。あかん。危ないで。一応潜入やから、お前は行かせられん」
「危なかないだろ、家族で集会にお試し参加するやつなんて山程いるじゃん。俺も行って帰ってくるだけのつもりだし」
横から口を挟む東。
言う通り、【天堂會】の支持者にはライトな層もそこそこいる。会員でもなく信仰している訳でもなく、キャラが可愛いのでグッズを持っている大地のような者や、赤や金を基調とした派手なデザインに加えイベント活動が盛んなのでファッション感覚でなんとなく気になっている者などだ。
「ぬいぐるみ貰えやいいじゃないの、せっかく当たったんだから。一緒に行こうぜ大地」
「やったぁ!」
「おま、お前…連れてくっちゅうなら守るんやで!?しっかりせぇよ!?どつくぞ!?」
青白い顔であたふたする上をよそに、2人で出掛ける事ってないよねぇー、そうだな楽しもうぜ、などと会話を弾ませる東と大地。
「俺だって、やるときゃぁやんのよ?なんかあったらバッチリ守っ────」
東がカッコつけようとしたその瞬間、【東風】の扉がバァンと盛大な音を立てて開き、鋭く飛んできた何かがその額にヒットした。
下駄だ。
「おい東ァ、金の用意出来てんだろうな!?それとも内臓用意するか!?」
「すいませんでしたああ!!!!」
ドスのきいた声で言いながらズカズカ入ってくる猫に、東は素早く土下座した。
猫が足から飛ばしたのであろう下駄が当たった東のオデコはぷっくりと腫れている。
全くカッコつかないその姿。俺だってやるときは何をやるというのか。
床にひれ伏す東を見下ろし、心配ばかりがつのる上は、首を横に振り大きくため息をはいた。
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