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喧嘩商売
ステゴロと獅子山
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喧嘩商売1
「反省しています。嘘ではありません、本当です。調子に乗りました。心から謝ります、ごめんなさい」
【東風】の店内で、地べたに正座をした東が神妙な面持ちで陳謝する。真剣なはずなのにどこかが胡散臭いのは置いておいて、その顔は傷だらけで痣もあり、右手は骨がやられたのか三角巾で吊っていた。
「オメェたいがいにしろやクソ眼鏡。獅子山に埋めんぞ?あぁ?」
【東風】にあった酒を片っ端から開けて呑みつつ猫がすごむ。
博打や風俗でハメをはずした東が金を払えずに猫に怒られるのはよくある事だが、どうやら今回は少し様子が違うようだった。
話は昨日の夜に遡る。
いつもの如く【宵城】で遊んでいた東は店内で他のグループと揉めて──まぁ相手が突っかかってきたせいなのだが──乱闘になり、事態が収まらず、売り言葉に買い言葉である約束をしてしまった。
内容は、相手は貧困街にあるシマ、こちらは【東風】と【宵城】を賭けて勝負しよう…というもの。もちろん猫の許可なく勝手にだ。
騒ぎに気付き猫が急いで上階から降りてきたが時すでに遅し。取り決めは成され、ボコボコにされた東が帰っていくマフィア達の背に中指を立てているところだった。
「死ぬんなら1人で死ねやボケカス。人巻き込んでんじゃねぇぞ」
「仰るとおりですが…何卒ご容赦を…」
「【東風】とテメェの命でカタつけてこい」
「そこをなんとか…後生ですから…」
猫に詰められながら東がチラチラと燈瑩を見る。その視線に気付いた大地は、1ミリも興味なさげに煙草をふかしている燈瑩の服の裾を引いた。
「哥、助けてあげなくていいの?」
「ん?そうだね…猫、獅子山は岩が多くて埋めづらいから他の山がいいんじゃないかな」
「助ける方向性!!」
燈瑩の言葉に東がツッコむ。
猫が天井を仰ぎ、ため息ともなんともつかない唸り声を出した。埋めるのなら確かに他の山の方がいいだろう。東を埋めて【東風】を渡し、それで手打ちということで話を終わらせたい。
だがこの眼鏡は【東風】のみならず【宵城】も賭けるなどと要らない事を言っている。
城主である猫としては裏社会の繋がりの中で【宵城】に関する火種を残したくはない。
それになんだかんだで【東風】はみんなの溜まり場だ、ここが無くなれば猫の部屋が餌食になる可能性は否定出来ない。
唯一この東がたてた手柄は、勝負に勝てば‘向こうのマフィアのシマを穫れる’という条件にしたこと。
手柄といえども、こっちは【宵城】を出しているのだから当然といえば当然である。これでも九龍一の大型風俗店だ。正直、引き渡すのが【東風】だけでは成り立たない交渉だっただろう。東のドラッグ取引ルートがあるとはいえ客は【東風】についている訳ではなく東自身についているので、【東風】だけ渡したところで何の足しにもならないからだ。
今回仕掛けてきたのは【獣幇】という名のマフィアグループ。九龍での賭博地下格闘技等を開催したりしている喧嘩好きで有名な集団、そのシマは割合と大きい。
東と揉め事を起こしたのはその下っ端なので勝負に勝ったとしても【獣幇】のシマ全てを穫るのは土台無理だが、半グレ達が仕切っている店の内いくつかはいただけるだろう。
まぁ、正直それはそれで、悪くない。そんな打算もあった。
「とにかく」
言って猫は膝を叩く。
「仕方ねぇ。東のことは許さねぇが勝負はやるぞ」
「なんや、めずらしくヤル気やん」
「【獣幇】のシマ欲しいんでしょ」
驚く上に燈瑩が笑い、猫は黙って三角巾で吊られている東の腕を蹴った。痛い痛いと東が床を転がる。
勝負の内容は喧嘩好きな【獣幇】らしいシンプルなもの。明日18時に龍津路の突き当りの広場で3対3のステゴロ、引き分けは無しで2勝した方の勝ち。
「で、面子は俺と上と燈瑩な」
「え?」
「ちょぉ待て待て」
なんの前触れもなく名前を呼ばれた2人が揃って声をあげる。特に焦っているのは、腕っぷしに全くと言っていいほど自信の無い上。
「なんで俺なん、非戦闘員代表やんか」
「東が骨ヤってて使えねーからな」
そう答える猫の足元で小さくなっている東に燈瑩が疑問を投げた。
「樹出てくれないの?」
「用事があるって断られました…」
倒れたまま膝を抱える東が消え入りそうな声で返事をする。樹に見棄てられた東ほど目の当てられないものはない。若干同情する燈瑩をよそに猫は説明を進めた。
「上はちっと闘ったら降参すりゃいーだろ。2勝でいいんだから先鋒はくれてやれ。俺が中堅、燈瑩が大将で勝ち越すぞ」
「なんでシレッと俺が最後なのよ」
「強ぇ奴きたらダリぃじゃねーか、俺はパスだ。燈瑩に任せる」
「弱い人から順番に出てくるってこと?じゃあ最初から猫と哥で2回勝てば?」
大地の意見に猫がチッチッチと指を振る。
「ストレートで勝っても面白くねぇのよ。一方的過ぎたら不満が出るだろ。先鋒で上がそこそこ頑張って負けるっつーのは、試合を盛り上げて雰囲気作りしてから最後に【獣幇】にシマを譲らせる為の演出なんだよ」
成る程と頷く大地の横から上が口を挟んだ。
「そこそこ頑張って負けるってなんやねん」
「あぁ?言った通りだよ、ほどよくボコされてから負けろ」
「嫌やろそんなん!!なんでボコされなあかんねん!!」
「じゃあ避けたら?別にボコボコ殴られなくたって、うまくみんなを楽しませればいいってことでしょ?」
エンターテイメントを即座に理解した大地が無邪気に提案する。順応性高過ぎるだろ、これが現代っ子か…思いながら上は悲壮な表情で大地を見た。
燈瑩が煙を吐き出しつつ猫に問う。
「ていうか、俺達の2勝は確定なんだね」
「あぁ?ったりめーだろ、どうやったら俺とお前が負けんだよ」
「だって【獣幇】ってめちゃめちゃ武闘派じゃん、ボスにゴリラみたいなの出てきたらどうするの」
「組員でもねぇ下っ端の半グレ程度じゃタカが知れてんだろ。出てこねーよ。出てきても、勝て。あと大将戦なんだからイイ感じの試合しろよな?観客を沸かせろ」
「すごい無茶振りじゃない?」
乾いた笑顔を浮かべる燈瑩を無視し、猫は床に這いつくばる東を虫を見るような目で見た。
「つーことで、明日の夕方また【東風】に集合な。いい酒用意しとけよ」
店中の酒をスッカラカンにしておいて、明日も酒をせびるなんて…身から出た錆とはいえ【獣幇】の前に猫に【東風】を潰されるのでは…。
空瓶を蹴倒しながら店を出る猫の後ろ姿を眺め、東は1人涙をのんだ。
「反省しています。嘘ではありません、本当です。調子に乗りました。心から謝ります、ごめんなさい」
【東風】の店内で、地べたに正座をした東が神妙な面持ちで陳謝する。真剣なはずなのにどこかが胡散臭いのは置いておいて、その顔は傷だらけで痣もあり、右手は骨がやられたのか三角巾で吊っていた。
「オメェたいがいにしろやクソ眼鏡。獅子山に埋めんぞ?あぁ?」
【東風】にあった酒を片っ端から開けて呑みつつ猫がすごむ。
博打や風俗でハメをはずした東が金を払えずに猫に怒られるのはよくある事だが、どうやら今回は少し様子が違うようだった。
話は昨日の夜に遡る。
いつもの如く【宵城】で遊んでいた東は店内で他のグループと揉めて──まぁ相手が突っかかってきたせいなのだが──乱闘になり、事態が収まらず、売り言葉に買い言葉である約束をしてしまった。
内容は、相手は貧困街にあるシマ、こちらは【東風】と【宵城】を賭けて勝負しよう…というもの。もちろん猫の許可なく勝手にだ。
騒ぎに気付き猫が急いで上階から降りてきたが時すでに遅し。取り決めは成され、ボコボコにされた東が帰っていくマフィア達の背に中指を立てているところだった。
「死ぬんなら1人で死ねやボケカス。人巻き込んでんじゃねぇぞ」
「仰るとおりですが…何卒ご容赦を…」
「【東風】とテメェの命でカタつけてこい」
「そこをなんとか…後生ですから…」
猫に詰められながら東がチラチラと燈瑩を見る。その視線に気付いた大地は、1ミリも興味なさげに煙草をふかしている燈瑩の服の裾を引いた。
「哥、助けてあげなくていいの?」
「ん?そうだね…猫、獅子山は岩が多くて埋めづらいから他の山がいいんじゃないかな」
「助ける方向性!!」
燈瑩の言葉に東がツッコむ。
猫が天井を仰ぎ、ため息ともなんともつかない唸り声を出した。埋めるのなら確かに他の山の方がいいだろう。東を埋めて【東風】を渡し、それで手打ちということで話を終わらせたい。
だがこの眼鏡は【東風】のみならず【宵城】も賭けるなどと要らない事を言っている。
城主である猫としては裏社会の繋がりの中で【宵城】に関する火種を残したくはない。
それになんだかんだで【東風】はみんなの溜まり場だ、ここが無くなれば猫の部屋が餌食になる可能性は否定出来ない。
唯一この東がたてた手柄は、勝負に勝てば‘向こうのマフィアのシマを穫れる’という条件にしたこと。
手柄といえども、こっちは【宵城】を出しているのだから当然といえば当然である。これでも九龍一の大型風俗店だ。正直、引き渡すのが【東風】だけでは成り立たない交渉だっただろう。東のドラッグ取引ルートがあるとはいえ客は【東風】についている訳ではなく東自身についているので、【東風】だけ渡したところで何の足しにもならないからだ。
今回仕掛けてきたのは【獣幇】という名のマフィアグループ。九龍での賭博地下格闘技等を開催したりしている喧嘩好きで有名な集団、そのシマは割合と大きい。
東と揉め事を起こしたのはその下っ端なので勝負に勝ったとしても【獣幇】のシマ全てを穫るのは土台無理だが、半グレ達が仕切っている店の内いくつかはいただけるだろう。
まぁ、正直それはそれで、悪くない。そんな打算もあった。
「とにかく」
言って猫は膝を叩く。
「仕方ねぇ。東のことは許さねぇが勝負はやるぞ」
「なんや、めずらしくヤル気やん」
「【獣幇】のシマ欲しいんでしょ」
驚く上に燈瑩が笑い、猫は黙って三角巾で吊られている東の腕を蹴った。痛い痛いと東が床を転がる。
勝負の内容は喧嘩好きな【獣幇】らしいシンプルなもの。明日18時に龍津路の突き当りの広場で3対3のステゴロ、引き分けは無しで2勝した方の勝ち。
「で、面子は俺と上と燈瑩な」
「え?」
「ちょぉ待て待て」
なんの前触れもなく名前を呼ばれた2人が揃って声をあげる。特に焦っているのは、腕っぷしに全くと言っていいほど自信の無い上。
「なんで俺なん、非戦闘員代表やんか」
「東が骨ヤってて使えねーからな」
そう答える猫の足元で小さくなっている東に燈瑩が疑問を投げた。
「樹出てくれないの?」
「用事があるって断られました…」
倒れたまま膝を抱える東が消え入りそうな声で返事をする。樹に見棄てられた東ほど目の当てられないものはない。若干同情する燈瑩をよそに猫は説明を進めた。
「上はちっと闘ったら降参すりゃいーだろ。2勝でいいんだから先鋒はくれてやれ。俺が中堅、燈瑩が大将で勝ち越すぞ」
「なんでシレッと俺が最後なのよ」
「強ぇ奴きたらダリぃじゃねーか、俺はパスだ。燈瑩に任せる」
「弱い人から順番に出てくるってこと?じゃあ最初から猫と哥で2回勝てば?」
大地の意見に猫がチッチッチと指を振る。
「ストレートで勝っても面白くねぇのよ。一方的過ぎたら不満が出るだろ。先鋒で上がそこそこ頑張って負けるっつーのは、試合を盛り上げて雰囲気作りしてから最後に【獣幇】にシマを譲らせる為の演出なんだよ」
成る程と頷く大地の横から上が口を挟んだ。
「そこそこ頑張って負けるってなんやねん」
「あぁ?言った通りだよ、ほどよくボコされてから負けろ」
「嫌やろそんなん!!なんでボコされなあかんねん!!」
「じゃあ避けたら?別にボコボコ殴られなくたって、うまくみんなを楽しませればいいってことでしょ?」
エンターテイメントを即座に理解した大地が無邪気に提案する。順応性高過ぎるだろ、これが現代っ子か…思いながら上は悲壮な表情で大地を見た。
燈瑩が煙を吐き出しつつ猫に問う。
「ていうか、俺達の2勝は確定なんだね」
「あぁ?ったりめーだろ、どうやったら俺とお前が負けんだよ」
「だって【獣幇】ってめちゃめちゃ武闘派じゃん、ボスにゴリラみたいなの出てきたらどうするの」
「組員でもねぇ下っ端の半グレ程度じゃタカが知れてんだろ。出てこねーよ。出てきても、勝て。あと大将戦なんだからイイ感じの試合しろよな?観客を沸かせろ」
「すごい無茶振りじゃない?」
乾いた笑顔を浮かべる燈瑩を無視し、猫は床に這いつくばる東を虫を見るような目で見た。
「つーことで、明日の夕方また【東風】に集合な。いい酒用意しとけよ」
店中の酒をスッカラカンにしておいて、明日も酒をせびるなんて…身から出た錆とはいえ【獣幇】の前に猫に【東風】を潰されるのでは…。
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