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青松落色
友情と黙契
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青松落色11
銃声の方向、九龍灣の埠頭で何者かが争っている。人数にして20人程だろうか。物陰から様子を伺うと、そのすぐ横に小型の貨物船が停泊しているのも見えた。
上が指をさす。
「燈瑩さん…あれ…」
「ん…船もそうだし誘拐グループと【天狼】だろうね」
香港から来たという不審な船舶と撃ち合いをしている人間達。
もはや疑いようは無かった。やはりサングラスの男達は失踪事件の犯人で、藤もその一員なのだ。違っていて欲しいと願ってはいたが想定内のことであり、動揺するより早く上は藤の姿を探していた。
この中にいるのか?それともまだ九龍の街のどこかか?この期に及んで甘いかも知れないが、話したいことがあるんだ。
瞬間、その視点が急に地面に切り替わった。
同時に壁に着弾する弾丸。何者かの襲撃に気付いた燈瑩が、上の頭を押して身体を伏せさせたのだ。
上の肝がスウッと冷える。一緒に来てもらっていて本当に良かった…自分だけだったら、ここですでにゲームオーバーだ。
燈瑩が撃ち返すと、人影は建物の裏に身を潜めた。
「あれ?今の奴、富裕層地域で見た奴かな」
「え?」
燈瑩の言葉に上が顔を上げる。そうであれば、藤の仲間ということだ。
上は慌てて人影へ向けて叫んだ。
「なぁ、ちゃうねん!俺藤の友達やってん!あんたらの敵やない!」
隠れた人影は答えない。
「藤と話したいだけやねん。嘘ちゃうよ。あいつがどこ居るか知らん?」
若干の間があり、壁の裏から声が聞こえた。
「お前…情報屋の上か?」
「え、なんで知ってん」
「藤から聞いてる。お前ら本当に友達だなんてな…ったく…」
男は舌打ちをし、藤は船の中だと言った。船の中?あそこで戦場になってる船か?
上が港に視線を戻すと、まさに藤がフラフラとした足取りで小型船舶から出てきたところだった。港の反対側へよろめきながら逃げていく。
上が立ち上がった刹那───乾いた発砲音がして、今しがた話をしていたはずの壁裏の男がゆっくりと路地に倒れてきた。
頭から血が流れている。【天狼】のメンバーか他のグループかわからないが、やってきた誰かに撃たれたようだ。
燈瑩が上の背中を軽く叩く。
「上、ここはいいから行っておいで」
うながされるまま、上は暗闇に消えていく藤のもとへと駆け出した。
「藤!!」
埠頭の先、逃げ場を失った藤に追い付き上が叫ぶと、藤はおもむろに振り返った。
「…何してんのぉ?上」
幸いこっちへ向かってくる人物はいない。船舶付近での戦闘は激しく、みなそちらへ集中しているようだった。
走ったせいで乱れた呼吸を整えつつ上は藤を見る。服が真っ赤だ…どこかに銃弾を喰らったんだろう。口元にも血が滲んでいる。
「ケガしたんか?早よ手当せんと…」
「まだ友達面してんの?いい加減に──」
「友達やんか」
藤の言葉尻を噛んで上は続けた。
「何で弟と一緒に居ったほうがええって言うたん?狙われるかも知らんから言うてくれてんやろ。友達やからやんか」
あの時、友達だなんて思ってないと吐き捨てた藤が、去り際にいった言葉。その忠告は友達だからこそのはずだ。
「俺と居ったのも、情報屋やから…っちゅうだけやないやん。俺、言うて情報持っとらんかったし。居る意味なかったやん」
「もぉしつこいって。都合いい解釈ばっかりしないでよ、関わんなっていったでしょ」
「関わるよ。助けたいねん。なぁ藤、もう、こんなん止めぇや?藤はこんなんとちゃうやろ」
食い下がる上に、苛立つ様な表情を見せる藤が低く唸る。
「ムカつくなぁ…わかったような顔して…」
「藤──」
「俺は!!」
藤の怒号が闇を裂いた。
「俺は、生まれた時からずっと泥水啜って生きてんだよ!!家族もいて助けてくれる人もいるお前に、わかるわけねぇだろ!!」
そう上に向かって怒鳴る藤の目尻に、うっすら涙が浮かんでいるように見えた。
‘わかんないでしょ、上には。’
あの時そう言われて上は気が付いた。
自分は運が良かったんだ。最初の境遇こそ酷かったが、それでも血の繋がりがある弟が残った。助けてくれる人物にも出会った。信頼出来る仲間も居る。
けれど、もしも大地が生きていなかったら?燈瑩に出会えていなかったら?猫や樹、東といった仲間が居なければ?
藤がそうだったんだ。家族もおらず、頼れる人物も仲間もおらず、どんなことをしてでもされてでも、這いつくばってやっていくしかなかった。
紙一重だったんだ、俺たちは。なのに幸運を掴んだ側の人間から‘助けたい’だなんてのうのうと抜かされれば腹も立つだろう。
「…やな。やけど」
上は藤の瞳を見詰めて答える。
「藤にも今は、俺が居るやん」
だからこそ助けたいんだ。誰も伸ばさなかった手を伸ばしたい。
自分が救えるかもだなんて、自惚れだとはわかっている。それでも見過ごすことは出来なかった。
友達だと思ったから。
藤の表情が緩む。言葉が届いたのだろうか…?そう少し安堵した上が近付きかけた────その時。
フッといつものように微笑み、藤が埠頭の向こうへ身を投げた。
「っ、藤!!」
伸ばした手は指先をかすめ、水音が上がり、藤の姿は黒い海に吸い込まれた。
上は覗き込み水面を探すが、ただ波が揺れるばかりで何も見つからない。
足元には血溜まりが広がっていた。藤の血だ。銃弾は致命傷だったのだろう…そして、藤本人もそれをわかっていた。
どうせ死ぬなら、助けさせたとて上を不必要ないざこざに巻き込むだけだ。
万に一つ助かったとしても、これだけの混乱を引き起こしたグループの人間を庇ったとあらば上と九龍のマフィアとの衝突は避けられない。
そうならない為の選択だった。
友達だと思ったから。
「上」
燈瑩の声がした。どうやらあの場を収めて埠頭へと来たようだ。
血溜まりにうずくまる上を見やりそれとなく状況を察し、横に膝をついてそっと言葉をかける。
「行こう。【天狼】だけじゃなくて、他も集まってくるかも知れない。もうここは離れたほうがいい」
波止場ではまだ銃撃戦が続いていたが、対戦相手が【天狼】では藤のグループの全滅で終わるだろう。九龍の街なかの残党が捕まって殺されるのも時間の問題だ。
藤が居なくなった今、この場に残る意味はない。
やるせない気持ちをどうにか胸の中に押し留めて、闇に紛れ港をあとにする。堪えきれない涙が上の頬をポロポロと伝った。
銃声の方向、九龍灣の埠頭で何者かが争っている。人数にして20人程だろうか。物陰から様子を伺うと、そのすぐ横に小型の貨物船が停泊しているのも見えた。
上が指をさす。
「燈瑩さん…あれ…」
「ん…船もそうだし誘拐グループと【天狼】だろうね」
香港から来たという不審な船舶と撃ち合いをしている人間達。
もはや疑いようは無かった。やはりサングラスの男達は失踪事件の犯人で、藤もその一員なのだ。違っていて欲しいと願ってはいたが想定内のことであり、動揺するより早く上は藤の姿を探していた。
この中にいるのか?それともまだ九龍の街のどこかか?この期に及んで甘いかも知れないが、話したいことがあるんだ。
瞬間、その視点が急に地面に切り替わった。
同時に壁に着弾する弾丸。何者かの襲撃に気付いた燈瑩が、上の頭を押して身体を伏せさせたのだ。
上の肝がスウッと冷える。一緒に来てもらっていて本当に良かった…自分だけだったら、ここですでにゲームオーバーだ。
燈瑩が撃ち返すと、人影は建物の裏に身を潜めた。
「あれ?今の奴、富裕層地域で見た奴かな」
「え?」
燈瑩の言葉に上が顔を上げる。そうであれば、藤の仲間ということだ。
上は慌てて人影へ向けて叫んだ。
「なぁ、ちゃうねん!俺藤の友達やってん!あんたらの敵やない!」
隠れた人影は答えない。
「藤と話したいだけやねん。嘘ちゃうよ。あいつがどこ居るか知らん?」
若干の間があり、壁の裏から声が聞こえた。
「お前…情報屋の上か?」
「え、なんで知ってん」
「藤から聞いてる。お前ら本当に友達だなんてな…ったく…」
男は舌打ちをし、藤は船の中だと言った。船の中?あそこで戦場になってる船か?
上が港に視線を戻すと、まさに藤がフラフラとした足取りで小型船舶から出てきたところだった。港の反対側へよろめきながら逃げていく。
上が立ち上がった刹那───乾いた発砲音がして、今しがた話をしていたはずの壁裏の男がゆっくりと路地に倒れてきた。
頭から血が流れている。【天狼】のメンバーか他のグループかわからないが、やってきた誰かに撃たれたようだ。
燈瑩が上の背中を軽く叩く。
「上、ここはいいから行っておいで」
うながされるまま、上は暗闇に消えていく藤のもとへと駆け出した。
「藤!!」
埠頭の先、逃げ場を失った藤に追い付き上が叫ぶと、藤はおもむろに振り返った。
「…何してんのぉ?上」
幸いこっちへ向かってくる人物はいない。船舶付近での戦闘は激しく、みなそちらへ集中しているようだった。
走ったせいで乱れた呼吸を整えつつ上は藤を見る。服が真っ赤だ…どこかに銃弾を喰らったんだろう。口元にも血が滲んでいる。
「ケガしたんか?早よ手当せんと…」
「まだ友達面してんの?いい加減に──」
「友達やんか」
藤の言葉尻を噛んで上は続けた。
「何で弟と一緒に居ったほうがええって言うたん?狙われるかも知らんから言うてくれてんやろ。友達やからやんか」
あの時、友達だなんて思ってないと吐き捨てた藤が、去り際にいった言葉。その忠告は友達だからこそのはずだ。
「俺と居ったのも、情報屋やから…っちゅうだけやないやん。俺、言うて情報持っとらんかったし。居る意味なかったやん」
「もぉしつこいって。都合いい解釈ばっかりしないでよ、関わんなっていったでしょ」
「関わるよ。助けたいねん。なぁ藤、もう、こんなん止めぇや?藤はこんなんとちゃうやろ」
食い下がる上に、苛立つ様な表情を見せる藤が低く唸る。
「ムカつくなぁ…わかったような顔して…」
「藤──」
「俺は!!」
藤の怒号が闇を裂いた。
「俺は、生まれた時からずっと泥水啜って生きてんだよ!!家族もいて助けてくれる人もいるお前に、わかるわけねぇだろ!!」
そう上に向かって怒鳴る藤の目尻に、うっすら涙が浮かんでいるように見えた。
‘わかんないでしょ、上には。’
あの時そう言われて上は気が付いた。
自分は運が良かったんだ。最初の境遇こそ酷かったが、それでも血の繋がりがある弟が残った。助けてくれる人物にも出会った。信頼出来る仲間も居る。
けれど、もしも大地が生きていなかったら?燈瑩に出会えていなかったら?猫や樹、東といった仲間が居なければ?
藤がそうだったんだ。家族もおらず、頼れる人物も仲間もおらず、どんなことをしてでもされてでも、這いつくばってやっていくしかなかった。
紙一重だったんだ、俺たちは。なのに幸運を掴んだ側の人間から‘助けたい’だなんてのうのうと抜かされれば腹も立つだろう。
「…やな。やけど」
上は藤の瞳を見詰めて答える。
「藤にも今は、俺が居るやん」
だからこそ助けたいんだ。誰も伸ばさなかった手を伸ばしたい。
自分が救えるかもだなんて、自惚れだとはわかっている。それでも見過ごすことは出来なかった。
友達だと思ったから。
藤の表情が緩む。言葉が届いたのだろうか…?そう少し安堵した上が近付きかけた────その時。
フッといつものように微笑み、藤が埠頭の向こうへ身を投げた。
「っ、藤!!」
伸ばした手は指先をかすめ、水音が上がり、藤の姿は黒い海に吸い込まれた。
上は覗き込み水面を探すが、ただ波が揺れるばかりで何も見つからない。
足元には血溜まりが広がっていた。藤の血だ。銃弾は致命傷だったのだろう…そして、藤本人もそれをわかっていた。
どうせ死ぬなら、助けさせたとて上を不必要ないざこざに巻き込むだけだ。
万に一つ助かったとしても、これだけの混乱を引き起こしたグループの人間を庇ったとあらば上と九龍のマフィアとの衝突は避けられない。
そうならない為の選択だった。
友達だと思ったから。
「上」
燈瑩の声がした。どうやらあの場を収めて埠頭へと来たようだ。
血溜まりにうずくまる上を見やりそれとなく状況を察し、横に膝をついてそっと言葉をかける。
「行こう。【天狼】だけじゃなくて、他も集まってくるかも知れない。もうここは離れたほうがいい」
波止場ではまだ銃撃戦が続いていたが、対戦相手が【天狼】では藤のグループの全滅で終わるだろう。九龍の街なかの残党が捕まって殺されるのも時間の問題だ。
藤が居なくなった今、この場に残る意味はない。
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