九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
19 / 433
区区之心

暮色と心模様

しおりを挟む
区区之心3





花街。飲み屋や風俗店が立ち並び、華やかな賑わいとドス黒い犯罪が混在する場所。
だがここは中流区域に近いだけあり、昼間であればそこまで暗い雰囲気もなく街自体もいくらか綺麗に保たれている。

九龍の花街はかなり大きく、様々な区画と隣接している。花街と一口ひとくちには言っても一括ひとくくりには出来ず、エリアの端と端では全く異なる世界だ。
1番分かり易い比較は、スラム寄りの界隈と富裕層寄りの界隈。客の質も店自体の質も天と地ほどの差があり、前者の店舗周辺ではさすがに大地ダイチを連れて歩くのははばかられる。

そう考えると、【宵城】はスラムに近いほうなのに風俗店としては安全だしレベルが高い。そこは九龍一の店舗にまで登り詰めたマオの手腕の為せる技なのだろう。

来る途中に露店で買ったカットフルーツ盛り合わせパックをつまみつつ、イツキ大地ダイチはある店の裏口近くでカムラを待つ。
バレないように物陰にしゃがんで身を潜めて、待機すること30分。

携帯を見ながらカムラが歩いてきた。手には、大きめの封筒を持っている。
店の裏口で立ち止まると、すぐに扉から燈瑩トウエイが出てきて封筒を受け取り中身を確認した。
書類のようだ。カムラは情報屋だ、何か燈瑩トウエイが調べごとを頼んだのだろう。

イツキ大地ダイチは2人の会話に聞き耳を立てた。







「ありがと。助かるよ」

礼を言う燈瑩トウエイ、だがカムラ渋面しぶつらをしている。

「…燈瑩トウエイさん、何か他にも俺に出来る事無いです?もっと仕事任して下さい」

不満、ではないが、カムラの胸中は複雑だった。

燈瑩トウエイがくれる仕事は、軽過ぎる。グレーな物は多少あるが、完全にブラックな物はひとつもない。
あまり裏社会の悪いゴタゴタには巻き込みたくないんだろう。それでもどうにか手伝いたいというカムラの想いをみ、かなり内容を選んだうえで仕事をくれている。

「今でも充分じゅうぶん有り難いけど」
「嘘言わんで下さい。こんなん、なんも出来てへんのんと同じですよ。待ち合わせやって安全なとこにして、仕事も簡単なんばっか回してくれとるやないですか…そんくらいわかっとりますって」

悔しい気持ちからか、苛立いらったような口調になってしまいカムラは少し後悔した。
そういうとこやぞ俺…ガキっぽいわ…。内心で自分自身に悪態をつく。

そんなカムラを見て、燈瑩トウエイは煙草に火を灯しゆっくりと諭すように言った。

「危ないことをやらずに生きていけるなら、それが一番だよ。カムラには大地ダイチも居るんだし…出来るだけ、真っ当に暮らした方がいいんじゃないかな」

それはそうだ。燈瑩トウエイはいつも正しい。
ただ、そうして守られてばかりではカムラとて、自分の気持ちに折り合いがつかないのだ。

「俺やって子供やないですから。ある程度のことは出来ますよ」
「子供扱いしてるんじゃなくて、俺が心配性なだけだよ。俺のせい。カムラだって大地ダイチに危険な事させたくないでしょ?それと同じだよ」

ぐうの音も出ない。
しかも言い方がズルい。力不足なのはカムラ本人も重々承知しているのに、燈瑩トウエイは‘自分が心配性だから’、だなんて。

「力不足なのは承知やけど…」

カムラは唇を噛んだ。
早く追いつきたい。力になりたい。そう思うのに、その背中はいつまでも遠い。

燈瑩トウエイさんの役に立ちたいんです」

若干声が震えた。あかんなぁ、もう。

あれから10年…大地ダイチと2人、スラムで行き倒れていた所を拾ってもらってから10年。
当時の燈瑩トウエイの年齢はとっくに追い抜いている。なのに今の自分と比べても、あの頃の燈瑩トウエイに何一つ敵わない。

不甲斐なくて、情けなくて、涙が出そうだ。



短い沈黙のあと、燈瑩トウエイが口を開く。

カムラは、俺を支えてくれてるよ。今も昔も」
「またそうやって」
「本当だよ」

煙を吐きながら言葉を続けた。

「俺はカムラにも大地ダイチにも色んな物を貰ってる」

いぶかしげなカムラの表情を見て、伝わりづらいだろうなと燈瑩トウエイは苦笑いする。だが…本当に本音なのだ。
真面目で実直で懸命なカムラに、明るくて無邪気で純粋な大地ダイチに、出会った時からこれまで──2人は気が付いていないのだろうが──たくさんの物を貰ってきた。

「だから、これからも俺を支えてよ。頼りにしてるから。ね?」

それを聞いたカムラが口をへの字に曲げる。
納得したような、してないような。



大地ダイチは、さっきの自分と同じだと思った。






少し雑談して、燈瑩トウエイは店内に、カムラは来た道を戻っていった。シンとする路地裏。イツキが、どうだった?と大地ダイチの顔を覗き込む。

「ん…カムラの事、ちょっとわかった。あと俺が一応、ゴーの役に立ててるっていうのも」

カムラ大地ダイチを守るように、カムラ燈瑩トウエイに守られている。そしてそれが、悔しくてもどかしいということ。それからイツキの話していた通り、大地ダイチも多少なりとも何かをあげられているらしいこと。

少しワガママだったかな、カムラに対して…と、大地ダイチは反省した。自分の想いを優先させ過ぎていた。これじゃあ子供だと思われるのも当たり前で、カムラの気持ちも燈瑩トウエイの気持ちも、見えていなかった。

大地ダイチはフルフル頭を振って‘よしっ’と呟く。心境の変化があったのだろうか。

「連れてきてくれてありがとう、イツキ
「どういたしまして」

笑いかける大地ダイチイツキは頷き、暗くなる前に帰ろう、カムラが心配しちゃうと手を差し出す。
大地ダイチもその手を取って、夕焼けに染まる九龍の街の中、2人で家路を急いだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...