九龍懐古

カロン

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区区之心

暮色と心模様

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区区之心3





花街。飲み屋や風俗店が立ち並び、華やかな賑わいとドス黒い犯罪が混在する場所。
だがここは中流区域に近いだけあり、昼間であればそこまで暗い雰囲気もなく街自体もいくらか綺麗に保たれている。

九龍の花街はかなり大きく、様々な区画と隣接している。花街と一口ひとくちには言っても一括ひとくくりには出来ず、エリアの端と端では全く異なる世界だ。
1番分かり易い比較は、スラム寄りの界隈と富裕層寄りの界隈。客の質も店自体の質も天と地ほどの差があり、前者の店舗周辺ではさすがに大地ダイチを連れて歩くのははばかられる。

そう考えると、【宵城】はスラムに近いほうなのに風俗店としては安全だしレベルが高い。そこは九龍一の店舗にまで登り詰めたマオの手腕の為せる技なのだろう。

来る途中に露店で買ったカットフルーツ盛り合わせパックをつまみつつ、イツキ大地ダイチはある店の裏口近くでカムラを待つ。
バレないように物陰にしゃがんで身を潜めて、待機すること30分。

携帯を見ながらカムラが歩いてきた。手には、大きめの封筒を持っている。
店の裏口で立ち止まると、すぐに扉から燈瑩トウエイが出てきて封筒を受け取り中身を確認した。
書類のようだ。カムラは情報屋だ、何か燈瑩トウエイが調べごとを頼んだのだろう。

イツキ大地ダイチは2人の会話に聞き耳を立てた。







「ありがと。助かるよ」

礼を言う燈瑩トウエイ、だがカムラ渋面しぶつらをしている。

「…燈瑩トウエイさん、何か他にも俺に出来る事無いです?もっと仕事任して下さい」

不満、ではないが、カムラの胸中は複雑だった。

燈瑩トウエイがくれる仕事は、軽過ぎる。グレーな物は多少あるが、完全にブラックな物はひとつもない。
あまり裏社会の悪いゴタゴタには巻き込みたくないんだろう。それでもどうにか手伝いたいというカムラの想いをみ、かなり内容を選んだうえで仕事をくれている。

「今でも充分じゅうぶん有り難いけど」
「嘘言わんで下さい。こんなん、なんも出来てへんのんと同じですよ。待ち合わせやって安全なとこにして、仕事も簡単なんばっか回してくれとるやないですか…そんくらいわかっとりますって」

悔しい気持ちからか、苛立いらったような口調になってしまいカムラは少し後悔した。
そういうとこやぞ俺…ガキっぽいわ…。内心で自分自身に悪態をつく。

そんなカムラを見て、燈瑩トウエイは煙草に火を灯しゆっくりと諭すように言った。

「危ないことをやらずに生きていけるなら、それが一番だよ。カムラには大地ダイチも居るんだし…出来るだけ、真っ当に暮らした方がいいんじゃないかな」

それはそうだ。燈瑩トウエイはいつも正しい。
ただ、そうして守られてばかりではカムラとて、自分の気持ちに折り合いがつかないのだ。

「俺やって子供やないですから。ある程度のことは出来ますよ」
「子供扱いしてるんじゃなくて、俺が心配性なだけだよ。俺のせい。カムラだって大地ダイチに危険な事させたくないでしょ?それと同じだよ」

ぐうの音も出ない。
しかも言い方がズルい。力不足なのはカムラ本人も重々承知しているのに、燈瑩トウエイは‘自分が心配性だから’、だなんて。

「力不足なのは承知やけど…」

カムラは唇を噛んだ。
早く追いつきたい。力になりたい。そう思うのに、その背中はいつまでも遠い。

燈瑩トウエイさんの役に立ちたいんです」

若干声が震えた。あかんなぁ、もう。

あれから10年…大地ダイチと2人、スラムで行き倒れていた所を拾ってもらってから10年。
当時の燈瑩トウエイの年齢はとっくに追い抜いている。なのに今の自分と比べても、あの頃の燈瑩トウエイに何一つ敵わない。

不甲斐なくて、情けなくて、涙が出そうだ。



短い沈黙のあと、燈瑩トウエイが口を開く。

カムラは、俺を支えてくれてるよ。今も昔も」
「またそうやって」
「本当だよ」

煙を吐きながら言葉を続けた。

「俺はカムラにも大地ダイチにも色んな物を貰ってる」

いぶかしげなカムラの表情を見て、伝わりづらいだろうなと燈瑩トウエイは苦笑いする。だが…本当に本音なのだ。
真面目で実直で懸命なカムラに、明るくて無邪気で純粋な大地ダイチに、出会った時からこれまで──2人は気が付いていないのだろうが──たくさんの物を貰ってきた。

「だから、これからも俺を支えてよ。頼りにしてるから。ね?」

それを聞いたカムラが口をへの字に曲げる。
納得したような、してないような。



大地ダイチは、さっきの自分と同じだと思った。






少し雑談して、燈瑩トウエイは店内に、カムラは来た道を戻っていった。シンとする路地裏。イツキが、どうだった?と大地ダイチの顔を覗き込む。

「ん…カムラの事、ちょっとわかった。あと俺が一応、ゴーの役に立ててるっていうのも」

カムラ大地ダイチを守るように、カムラ燈瑩トウエイに守られている。そしてそれが、悔しくてもどかしいということ。それからイツキの話していた通り、大地ダイチも多少なりとも何かをあげられているらしいこと。

少しワガママだったかな、カムラに対して…と、大地ダイチは反省した。自分の想いを優先させ過ぎていた。これじゃあ子供だと思われるのも当たり前で、カムラの気持ちも燈瑩トウエイの気持ちも、見えていなかった。

大地ダイチはフルフル頭を振って‘よしっ’と呟く。心境の変化があったのだろうか。

「連れてきてくれてありがとう、イツキ
「どういたしまして」

笑いかける大地ダイチイツキは頷き、暗くなる前に帰ろう、カムラが心配しちゃうと手を差し出す。
大地ダイチもその手を取って、夕焼けに染まる九龍の街の中、2人で家路を急いだ。
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