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~番外編・小話~

新婚旅行 番外編(中編):一番見たかったもの

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「マオさん、ごめんなさい……」
「フッ、気にすることはない。セーラは昨日も仕事だったのだ、疲れていて当然であろう? 到着前に休息を取れたのであれば良い」


 マオさんの言う通り、私は昨日も仕事だったのだけど、理由はそれだけじゃなくて……。

 小学生並みに楽しみ過ぎて興奮してしまい、早くにベッドには入ったものの全く熟睡できなかったっていう……なんてお恥ずかしい。
 
 お弁当を食べて消化も始まり、そして長距離移動ときた。すると眠りの魔王、【睡魔】がどこからともなくやってくるわけで。
 
 マオさんに『そろそろ起きた方が良いぞ』と耳元で囁かれ頬を撫でられるまで、夫の肩にがっつり体重を預けたまま深く眠ってしまっていた。
 気付けば『青函トンネルってどんな感じだろう~』と密かに楽しみにしていたのに通過した後だった。

 目を開けた時に『よく眠れたのか?』とほんのり笑みを浮かべた夫のドアップに大声を上げなかった私は偉いと思う。眩しさに、一瞬瞳孔はキュっと縮んだ気がするけど。
 
 隣にぐーすか眠っている妻を肩に乗せながらも、これまた予測していたのか、暇な時間は小説を読んでいたらしい。
 イメージは推理小説を読んでいるか、はたまた経済本かといった雰囲気を醸してはいるのだけど、実際読んでいたのは、だ。ブックカバーしてるから気付かれていないけどね。

 

「結構な時間乗っていたはずなのに、もう着いちゃったっていう感じがする」
「そうだな。私も久しぶりに本に集中し、あっという間であった」


 新幹線で終着の新函館北斗駅に着き、お次は電車に乗り換え五稜郭駅へと移動。到着後、大きな荷物はロッカーに預けて、宿へ移動する時間まで観光を楽しむことにした。


「これが本物の五稜郭……美しい陣のようだな」
「今だったらそんなに難しいことじゃないんだろうけど、当時の技術でこんなに綺麗に五芒星が作れるってすごいよね」


 歴史に詳しくはない私から出る感想はこんなものだ。

 しかし、マオさんは歴史ガイドさんですか? ばりに、『ここが戊辰戦争最後の戦いとなった場所だというのは今更ではあるのだが……』から始まって、つらつらと五芒星なのは陰陽師でいうところの『魔除け』、つまり『多魔除け=弾除け』という説もあるらしいとの小ネタを挟みつつも、武士もののふたちの生き様まで、それはもう生き生きと語っていた。

 黙ってうんうん聞いていた私だけど、話の内容は半分くらい耳を素通りしていたものの、聖地巡礼を本気で楽しむ夫を見ている方が、私には楽しい。


 私達は函館から札幌辺りまで、一日ごとに移動し、観光やグルメを目一杯楽しんだ。

 ド定番過ぎるけど大通公園や時計台もさらっと眺め、建造物としても美しい赤レンガ庁舎、小樽運河、洞爺湖、もちろんマオさん希望の歴史博物館や史跡巡りなんかもギュギュギュウ!! っと詰め込んだ、素人がよくやってしまう『そういえば、北海道って広いんだったな……』ってやつに陥る。

 グルメはなにを食べても美味しくて、おそらく帰ったら体重計現実を見て泣くことになりそうだけど、旅行の最中は見て見ぬふりをする。後悔は後でしたらいいものなのだ。それに、ジンギスカンは多分低カロリーな……はず!!


 
***


 そしていよいよお待ちかね、この旅一番奮発したお宿へ到着した。


「ようこそお出で下さいました」
「お世話になります」


 入り口で出迎えてくれた物腰柔らかな男性従業員の方がすかさず荷物を預かってくれ、フロントへと案内された。

 宿泊名簿を記帳する為、私がそちらへ向かうと『此度は私が書こう』と言って、マオさんが前に出た。別にどちらが書こうと構わないので『じゃあ、お願いします』と前を譲り、そのままさらさらと記帳していくマオさんを見ていた。


「ん……? マオさん、字が上手くなってない? 前も丁寧ではあったけど、こんな感じじゃなかったよね?」
「フッ、やはり気付いたか……実はな、最近ウィーキャンのボールペン字を始めたのだ。やはり字は上手いに越したことはないのでな」


 最近、定着しつつある【いつの間にシリーズ】だけど、今度はチャレンジ ウィーキャンをしていたとは……渡しているお小遣いでよくそんなに色々できるなぁと感心する。
 
 そして気付いたも何も、割とわかりやすく自分で書きに行きましたよね? ドヤる為の舞台作り誘導がわかりやすいけど、こういうのって私の前でしかしないから、これはこれで嬉しいとか思ってしまう辺り、私も相当マオさんに沼っている。

 自分も負けてられないな、と思う。
 
 マオさんに触発されて、私も医療分野の民間資格や研修を受けたりするようになった。資格は持っていて悪いことはないし、得た経験はいつ、どんな形で役に立つかわからないから。
 
 救命行為を病院ならともかく、勤務外で、それも一人で行うなんて、実践はマオさんが初めてだった。あれだって、自分に心得があったからやれたようなもので、必ず誰でも行えるとは限らない。
 だから以前よりも貪欲に、得られる知識は得る努力をし、よりスキルアップしていけるように励んでいる。



 部屋に荷物を置き少し休憩した後、一度旅館の大浴場の方へ入った。室内の露天風呂は食後落ち着いてから利用するつもりでいる。


「マオさん、おかえり~。ふふ、随分堪能したっぽいね」
「セーラ、待たせて済まぬ。サウナで地元の者との交流を深めていてな」

「相変わらずだね。それより、大浴場の方も露天風呂も写真のイメージよりも広くて良かったよね」
「うむ、やはり足が伸ばせるのは良いな。それに温泉は家の風呂や銭湯と違い、身体の芯までよく温まる。まだ汗が引かぬわ」

 我が家の場合、湯上りを待つのは私の方である。サウナーでもあるマオさんは、サウナがあるなら必ず利用するからだ。私は熱いのが苦手なので、サウナはほとんど利用しない。
 
 余程暑いようで、きっちり着ていた浴衣を少し着崩し、部屋の長椅子に『ハァ……』と息を吐き、凭れるように寝転がった。そして上気した頬、流れる汗の演出も相まって、うちの夫のお色気指数がとんでもないことになっている。


 っていうか浴衣の帯が貝ノ口結なんだけど、いつ覚えたの?


 入浴前に『浴衣は着やすい着物のようで良いが、帯に脇差しでもあればより良かったのだがな』と鏡の前で靴ベラを刀に見立ててポーズをとっていた人と同一人物とは思えない。もちろん、こっそり激写したけど。
 
 部屋のドライヤーで仕上げるつもりだったと言って、まだ少し湿った髪をかき上げるとか……無自覚にフェロモン巻き散らすのやめて頂けませんか? あなた、蛾ですか?

 
「こんな素敵な男性が、銭湯のあとに飲むフルーツ牛乳が好きって誰も思わないだろうね」
「何か言ったか?」


『いいえ、何も』と笑顔で答える。

 ブラックコーヒーしか飲みませんみたいな見た目なのに、コーヒーより紅茶派だし、そして案外甘党な夫。
 でも、その割にお酒は辛口大吟醸を嗜むっていう……よくわからないけど、甘いものにはスッキリしたものを合わせるみたいな感じなのかな。


***


 お待ちかねのグレードアップしたお食事は「豪華!!」の一言。

 クオリティの高い先付けから始まり、別注のアワビの踊り焼きや、名物のイカのお造りも乗った舟盛り、海鮮だけではなく和牛のミニステーキ等々……マオさんは盛り付けの参考にもなると言って、全てカメラに収めていた。
 あとで確認した時に笑ってしまったけど、この夕食の写真だけで一体何枚撮ってるのかというくらい、二人ではしゃいで撮りまくってしまった。



 食事は量よりも質重視で選んだだけに、確かに一つ一つの量は少な目設定。それでも品数はそれなりにあるし、別注文分も合わせるとやはりお腹がはち切れそうなくらい苦しい。

 今度は私が長椅子でうんうん唸って倒れているけど、マオさんのお腹は異次元に繋がっているのか、腹筋で押さえられているのか、ようするに全く変化はない。
 苦しくて仕方がない私を眺めながら、一人刺身をツマミにちびりちびりと日本酒を楽しんでいた。

 私は景色の一部ではありませんが?


「そういえばマオさんて、何かスポーツってやってたの? 体型変わらないよね」
「鍛える、という意味ではないな。魔国では只々忙殺されていて、魔力で補っていたところがあったが」

「なにそれ! 魔力ってそんな便利な使い方もできるんだ……」
「それなりに持っていた筋力の維持という意味でだ。こちらではその小細工はし難い故、自転車や階段移動が良い運動になっているようだな」


 恐るべし、ママチャリ運動。まぁエレベーターを利用せず、買い物袋を持って階段を上がるマオさんもスゴいけど。


「それだけではない。「ながら運動」とやらも取り入れていて、腹筋をしながら朝ドラ、スクワットをしながら窓ふきをしておる。思えば、以前よりも筋肉量が増して、体重は増えたようだな」
「ふ、腹筋にスクワット……もういいや、聞いただけでお腹が筋肉痛になりそう」



 どんな感じか聞いたところで私にやる気があるわけでも、ましてできるとも思えないので深くは追求しなかった。


 時折マオさんにお酌をしながら、これまでの旅の感想談議に花を咲かせつつ、たくさん買った為に全て手持ちにするには厳しくなったお土産達の整理などをしてゆっくりと過ごした。


 

 マオさんが洗面所へ髪を乾かしに行っている間、チャンスとばかりにスマホでこっそり撮ったマオさんの貴重なはしゃぎ顔をゆっくり眺める。思わず『この顔が見たかったんだよね!』と声を上げそうになったけど、枕に抱き着きなんとか耐えた。


「ホント、来て良かったなぁ」


 色んな表情の夫を引き出せただけでも、今回の旅行の目的は達成したかもしれないと、私は一人満足していた。
 

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