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8:心も胃袋も囚われてます。

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 一夜明け目を覚ませば、なんと私は腕枕をされていて、先に起きていたらしいマオさんに『おはようセーラ』と頬にキスを受けた。完全なる不意打ちに、思考が停止しかける。

『記念の朝なのだ、そばにいた方が良かろう?』とほんのり笑顔で言われ、赤面しつつもコクリと頷いた。てっきりいつも通りだろうと思っていただけに、少しくすぐったい。



 一見、尊大な勢いでオレ様的プロポーズをされたわけだけど、結婚後態度が関白気味に変わるとかそういったことはない。

『働きたい』と言った大きな理由は、てっきり暇つぶしとか養われているのが嫌だったとかそういったことかと思っていたけど、全然違っていた。


「このマンションに住んでいるオーナーのマダム鈴木に相談したところ、『結婚するなら式は挙げなくとも、ドレスだけは着せるべき』と助言を頂いたのでな。ドレスもさぞ似合うであろうと思い、その費用くらいは自分で賄いたいと思うたまで」
「マオさん……嬉しい! ありがとう!!」


 気になるのは、私よりもオーナーの鈴木さんの方が先に結婚を知っていたことになるんだけど、ウエディングドレスのアドバイスは正直ありがたかった。やはり憧れはあったので……。

 マオさんは短期間で終わる、高収入の仕事をいくつも掛け持ち、ドレスどころか新婚旅行の分の費用まで一気に稼いだ。
 身体を壊さないか心配だったけど『魔王の時は不眠不休が基本だったのだ。それとは比較にならないほど、今の生活はのんびりできている』と恐ろしくブラックな仕事をしていたと知り、彼はこちらの世界に来て良かったのかもしれないと思った。




 新魔王となったメンデルさんも気掛かりではあったけど、あちらの世界を熟知しているマオさんが、これは役に立つと思った機械の設計図や情報を流すことにより、飛躍的に業務が楽になったらしい。
 
 特にコピー機は試作品が完成し、試運転してみたところ『世紀の大発明品ですぞ!』とドビュッシーさんという方が泣いて喜んでいたとか。

 確かに手書きで書いていたとするなら、世紀の大発明と言ってもいいかもしれない。転写の魔法はあるけど、大量向けではないらしく、書くよりは早い程度のものだとか。
 
 電力等どうしたのか聞くと、マオさんが作った魔力ケーブルの簡易版で箸一本分くらいの太さの魔力の糸を3本ほど縒り合わせて、インク補充のように、減ったら各導線に魔力を注入して使用するらしい。
 こちらも3本に分けたことにより一人で3本分込めるでも、三人で1本ずつ込めるでも対応できるようにしたとか。魔族でも魔力の量は個人によるものがあるので、少ない者は協力してってことのようです。

 それに、マオさんの心残りでもあった環境整備も、こちらの下水道の仕組みのイラスト図を見せながらメンデルさんに指示し、魔法工事により着々と整っていっているらしい。見て理解するメンデルさんも凄い。
 
 メンデルさんによれば、今、魔国でマオさん人気が高まっていて、【前魔王の愛と軌跡】なるものが観劇の演目にあるとか。
 
 内容はこうだ……。

 前魔王マオさんは単身人族の国へ乗り込み聖女召喚を防いだ。その代償として異世界聖女の世界へと渡ることになってしまったが、真実を聞いた聖女は魔王の優しさに胸打たれ、魔国の為に知恵を授ける。そしていつしか敵同士だった二人に、愛が芽生えて……みたいな。


「えっと……その聖女って私、なのよね?」
「想像力豊かな者たちのやることだ……大目に見てやって欲しい」


 マオさんも額を押さえ溜息を吐いていた。




「観劇の内容はともかく、確かにセーラは聖女の力を得ずとも、魔王の我をこちらの世界に封印し、魔族と人族の全面戦争を防いだようなものだ。誇っても良いぞ」
「そんな実感、私にはないけどね。でも見ようによっては元魔王に聖女(仮)が囚われたとも取れない?」

「フッ、そうか……では、そのまま我に心も囚われたままでいると良い」
「……うん」


 現状、マオさんにはがっつり囚われているし、なんなら自ら檻に入ってもいいとすら思えるくらいだから、その辺の心配は不要だと思う。でも、マオさんはどうなのかな? 癒しの聖女でもないし、ガツガツ働いてお金を稼ぐくらいしか役に立ててないんだけど……。むしろいつか捨てられそうで心配。


「セーラ? なぜ落ち込んでおる?」
「あの、さ……それってマオさんもだったり、する?」


 質問にはすぐに答えず、代わりに呆れた視線を向けながら、私がテーブルに運ぼうと持った、一本もののミートローフが乗った大皿をサッと奪ってしまった。マオさんは都合が悪いと、こうしてさっさと運びに行ってしまう傾向にある。


「……本当に心の機微には疎い聖女だ。とうに絆されて、囚われておるというのに」


 こちらを振り向かず背を向けたままぶっきらぼうに答えたけど。耳が少し赤くなってる……?


「あ、もしかして照れ――」
「……さて、冷めてしまう前に夕餉ゆうげを頂こう」

 
 誤魔化した……。さすが元魔王、切り替えがもの凄く早い。


「それにしても、今日も気合が入ってるね! このミートローフ、顔になってる!? うずらの目とパプリカが口で……にっこりしてて可愛い!」
「それはセーラに切り分けた部分のみ、我のは顔ではない。少し興が乗っただけで……」

「へぇ~マオさんも結構可愛い趣味があるんだね。ふふっ。マオさんがこれを……あはっ! ヤバイ可愛い!」
「……それ以上減らず口を叩くのであれば、もう作らぬぞ」


「申し訳ございませんでした!!」


 マオさんのご飯抜きは心底困るので、即座に心から謝罪した。




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