花火空

こががが

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前編

part 1

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 天気予報が珍しく外れて、結局、雨は降らず、桜雫さくらなあいは胸を撫で下ろした。

 雨が降らなかったおかげで、外の空気はカラリと乾いており、買ったばかりのワンピースでも、とても歩きやすい。

 今年は例年よりも気温が高いとテレビで散々に言われているが、今日に限っては風が静かに吹いているおかげで、そこまで暑さを感じない。

 それでも、慣れない新品の靴で歩くのはそれなりに疲れるし、さらに人混み特有の雑音に少し当てられてしまい、愛は道路脇のベンチに腰をかけることにした。



 「彼」の背中を目で捉えたのは、その瞬間だった。



 あのスラリと背の高い後ろ姿は「きっと彼に違いないだろう」と思いつつ、愛は自信が持てなかったから、痛む脚に無理をいわせて腰を上げ、そっと1メートル後ろ辺りまで近づいてみる。

 自分の頭二つ分くらい高い彼の背中は、無防備で隙だらけ。

 変わってないなぁ、と「彼」だと確信した愛は、そのまま思いっきり、彼の右腕を小突こづいてみた。

 少しの驚きの声と、小さな彼のため息。

 それに苦笑いが混ざった彼の挨拶を遮って「久しぶりじゃん」と、愛はケラケラ笑って見せる。

「こんなことするのは、『いあ』くらいだと思ったけどな。変わらないな。安心したくらいだ」
  そう言って、律村りつむら尚志なおしは困ったように眉を落とす。

 幼稚園から中学まで同じ学校に通っていた愛と律村は、世間一般の定義する「幼馴染」のそれに当たる関係だろう。

 けれど、幼馴染であることを理由に、漫画やドラマのように恋仲に発展するとは限らない。

 たしかに律村とは、友人としてそれなりに親しいが、その親しさがゆえか、彼のことを異性として意識したことはなかった。

 中学1年生の頃、同じ部活に所属していた女子から「律村君と付き合いたい」と相談を持ちかけられたときは、愛は心の底から驚いた。

 愛の方は意識したことがなかったが、彼はどうやら「モテる」側の人間だったらしい。



「遠かっただろ。六ヶ原ここの会場は。わりとアクセス悪いしな」
「うーん、そうだね」
 愛は彼の言葉を否定しなかった。

「思ってたより時間かかって疲れちゃった」
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