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28話 自我なき地獄の権能
しおりを挟む漆黒が覆う。
暗く、重く、頑強な鉄塊が私たちを封じ込めるようにして形成された。
例外は偽の太陽を象ったが如く、上部に開いた丸い穴。そこから唯一さしこむ小さな光だけがスパルタ兵と、それに蹂躙されつつあった敵軍の一部を照らす。
この現象を引き起こしたのはもちろん、転生者アルベルト・アインシュタインだ。彼の方へと目を向ければ、その彼もまた自身の周囲を黒色の金属で覆い、2メルほどの球体を作っていた。
転生者が作った未知の金属、現象、それら全ては警戒に値する。
特に上部の丸い部分だけがなぜ開いているのか、如何にもあそこから出てくれと言わんばかりの状況に私達の動きと判断は一瞬だけ鈍る。
続けて遥か上空より、とてつもなく嫌な匂いが急速で接近するのを私は感知した。
『姫様、姫様、突然現れてー移動してる武器? みたいのがあるけど、壊していいのー?』
緊張感の欠片もない、陽気な女性の声が脳裏に響く。
この感覚は【血の絆】という、私と特に繋がりの強い眷族のみが持つ連絡用の権能だ。
上空で待機していた雷神王トールダン・ルシフェルが、おそらくアインシュタインが生成したであろう兵器を察知したのだろう。それを私に報告し、破壊していいかの許可を求めて来たが――
『手出しは無用だ、雷神王』
『はぁーい!』
むやみに破壊するのは避けた方がいい。そんな嫌な予感がする。
そもそも私たちを覆うこの未知の金属はおそらく、飛来してくるであろう兵器の破壊力を外に漏らしづらくするためでは? かつてユーリ・イストリアとして生きたアストラ歴3024年の時点で、転生者は大量殺戮魔法【核融合魔法】で以って、私達の陣営を圧倒していた。
それに類似した兵器が放たれたとしてもおかしくはない。
そんなものを浴びれば雷神王ですらタダではすまないし、ここ【北の黒玉都市】上空でそのような破壊が起これば環境に悪影響が及ぶかもしれない。
それならば、アインシュタイン自らが出したこの壁も保険として利用させてもらおう。
「みな、影に沈むのだ――――【夜に沈む世界】」
「光輝よ、御意に」
私の血を直接、受け継いでいる戦神王であれば【夜に沈む世界】に沈むのは容易い。彼の権能で呼び出されている英霊たち300人も、同じく影の世界へと姿をくらます。
影の世界に沈んでしまえばどのような破壊があろうと、別のどこかの影から這い出れば良い。万が一にも影の世界にまで破壊が及ぶとなれば、いささか不安だけど……その可能性も完全に握りつぶす。
「呑み込め、地獄神タルタロスが権能――――【自我なき無限の地獄球】」
存在自体が地獄であった神、タルタロス。それらの権能は、地獄という亜空間へとあらゆる存在を吸いこみ、無限の苦しみを味あわせ続ける。かなり制御するのが難しい権能で、下手をすればここら一帯全てを吸いこみ兼ねないが……私は影の世界から、自我のない黒い球体の渦を上空へと移動させる。
順調に【自我なき無限の地獄球】を指定ポイントまで浮遊させ、あとは全てを貪り喰らう効果を発動するだけ。
今か今かと急かすように、手当たり次第のものを吸収したがる爆弾を抑え、アインシュタインが生み出したであろう、兵器の到着を待つこと1秒。
迫りくる飛翔物を感知し、【自我なき無限の地獄球】を開放した。
それからわずか3秒ほどで再び地獄への入り口に鍵をかける。【自我なき無限の地獄球】はまだまだ喰い足りないと主張してくるが、どうにかその欲望を抑え込む。
そのまま消え失せろと命じ、自分の権能でありながら制御し難いそれを無理矢理に握りつぶす。
『もう大丈夫だ。みな、影より出でよ』
そうして影から現れた軍勢は再び、何が起こっているのかわからない敵軍を蹂躙する。
少々【自我なき無限の地獄球】を消し去るのが遅かったのか、私達を覆う未知の金属ドームは大部分が削られてしまっていた。
それからたっぷりとドーム内にいた敵兵を殲滅し終えたスパルタ兵は、次の標的を狙うべく敵軍後方に築かれたドームへと進撃を進める。
無論、私と戦神王はこの場に残った。
なぜならアインシュタインは、未だ自分の築いた殻の中から閉じこもり出て来ないからだ。
悠長に敵の出方を待つ必要もないと感じた私は未知の金属へとゆっくり近づいていく。
『録神王よ、そなた等に問う。余は崇敬に値する主か?』
『今も昔も、貴方様が貴方様である限り、我々の光輝は永遠でございます』
【血の絆】を通して録神王たちへと忠誠を問えば、一糸乱れぬ返事が送られてくる。
これで権能の発動条件はそろった。
「【原初の十天教典】――――第三説」
彼らの忠誠が一人たりとも揺るがぬ限り、使用できる権能。
「――【触れられざる高貴】――」
神々すらも従え手中におさめる存在、絶対の光輝と高貴さを兼ね備えた者の歩みは止められない。
どのような攻撃も如何なる防御も、その者には触れられない。
ただ触れられず、そこに在るのならば、避けぬ限り壊され尽くす。
ゆっくりとアインシュタインがこもった未知の金属へと触れれば、たちまち消し飛ばされていく。
殻の中からアインシュタインはその光景を驚愕の眼差しで見つめては、素早く後ろへと跳躍した。
「な、何をしている……? 核弾頭の爆発は、どうなった……?」
「大人しく死んでくれないか? アインシュタイン」
「そんな、馬鹿な! 私の理論は、理想は完璧なはず! いや想像以上の結果を導き出せるはずだっ!」
あらゆる銃弾を、あらゆる爆撃を、ミサイルを次々と放ってくるアインシュタインだが……そのことごとくが私に触れる前に、触れられずに終わる。
「何が……起きている……核弾頭を受けて平然としている……それどころかッ!」
アインシュタインは焦燥に駆られつつも、その瞳に宿る炎が潰えることはなかった。
「ならば、まだ実現はしていなかったがッ! 構想だけは十分に我の頭の中にもあるッ、理解もしている!」
無数の弾薬を私に向かって撃ち続けながら、彼は叫んだ。
「宇宙からの一撃をっ、創れるはずだッ!」
そうして膨れ上がる彼の魔力に対し、私はただゆっくりと歩き続けるのみ。どのような現象が起きようと即座に対応できるようにするために、一切の警戒をゆるめず転生者だけを見据え続ける。
「衛星型のッ、星外部から照射するレーザー光線兵器……完成だッ」
不穏な言葉と共に、空より遥か遠く、もっと上空から途轍もなく嫌な感じがし出す。
しかも複数個所からだ。
『録神王に命ずる。上空より飛来するであろう攻撃に備え、防御姿勢を取れ』
【血の絆】で即座に警戒を促し、私は続けて権能を行使する。
「喰らい散れ、地獄神タルタロスが権能――――【自我なき無数の地獄球】」
数十の【自我なき無限の地獄球】を指定ポイントにいつでも出現させることができるこの権能。敵の攻撃とともにこれらを放つと決意し、私は少しだけ足早になってアインシュタインへと歩み寄る。
「なっ……、待て、止まるのだっ!」
その静止は私にかけられたものではなかった。
アインシュタインはこちらに放つ弾丸の爆撃の嵐を止めてしまっていた。そうして彼は必死に自身の腕を握り、苦痛に歪んだ表情で全身を震わせている。
「やめろッ! 我はッ、私は、こんな事を望んでいない!」
彼の身体からはとめどなく魔力が放出され続け、その総量はロザリアである私であっても脅威に値する多さだ。
「権能がッ! 制御、できない!? 衛星軌道兵器の核ミサイル装置が……2000!? え、衛星型の超光線砲基地が……50……!? これ以上は、やめろッ」
今までにない焦りを見せるアインシュタイン。彼の顔面は蒼白に染まり、目が飛び出してしまうのではないかと錯覚するほどに血走っている。
「こんなはずではっ! い、いかん、発射しては、止まってくれ!」
どうやら権能の暴走を引き起こしてしまったようだ。
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