転生者殺しの眠り姫

星屑ぽんぽん

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23話 決戦前夜

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「てん、せいしゃ……?」

 ロザリオさんは聞き覚えのない名称でボクを呼んだ。

「そうだ。こうして転生者と合いまみえることになったのだから、私も正式に名乗っておくとしよう。私の名は……ロザリア・ブラッディドール・ヴァルディエ・ロ・オブリス・ルクスという」

「は、はぁ……」

 とっても長い名前だなぁ。
 そういえば父様が、名前には家名や意味が含まれると教えてくれた。きっとロザリオ、ロザリアさんはそれだけ多くの名を受け継いでる由緒正しいところのお嬢さまなのかもしれない。
 だってこれだけ綺麗な人をボクは見た事無いのだから。

 父様はよく高貴な人ほど、外面にも内面にも人々を魅了する凄まじいオーラを放つなんて言ってたけど……アレは本当だったんだ。


「事情があって、魔法を用いて今まで仮初の姿で君達に接してきたことを詫びよう。偽るような事をしてしまい申し訳ない」

「い、いえ……こちらこそ、何からなにまで……明日の戦いまでも頼りきりになってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「そうか……では話を戻そう。君は前世の記憶を継承していないのかな?」

 ロザリアさんの放つ空気が、肌を刺すぐらい冷たく下がっていく。
 この問いに一体、どんな意味があるのかわからず……ボクはただただ彼女の美貌に見惚れながら、ぼうっと答えてしまう。


「前世……?」

 もしかして幼い頃によく見た――――
 自分が偉い何かの学者で、でも結局は家族のほとんどが殺されてしまう。そして兄だけが生き延びてボクの復讐を誓っている、あの夢のことかな?

「前世かわからないのですが……昔はよく夢を見ました」
「どんな夢か差し支えなければ教えてくれないかな」

 ロザリアさんはさっきまでの冷えた空気を霧散させ、ボクを包むような暖かい笑顔を向けてくれる。そんな彼女の顔にボクはドキリと胸が高鳴ってしまう。
 彼女が知りたいのなら、と――――ボクは夢の内容を語っていった。

 自分を含め、家族が殺されてしまう悲しい結末だった事。
 兄らしき人物がいたという事。
 そしてよくその夢の話を、父様やミルコ翁に喋っては離れないでと甘えていたこと。
 それから妹が生まれ――ボクは兄として、甘えるだけの子供をやめようと決意したこと。アインスタイン家の跡取りとして立派になると誓ったことまで話してしまった。
 そうして彼女に語ったものの、今の自分の矮小さを自覚してしまい……無性に悲しくなってしまう。

「家族を奪われ、捕虜にされ、奴隷生活を3ヶ月……その間、一緒にいた妹は死にました……」

 語れば語るほど、自分の無力さを痛感させられる。
 情けないことに、いつのまにか涙がぽろぽろとこぼれ落ちてしまう。
 恥ずかしいのに、恩人にこんな姿は見せたくないのに。
 でも悔しくて、悔しくて止められなかった。

「妹は最後に言ったんです。『またおうちの薔薇園ばらえんを、いっぱいの薔薇を見たい』って……」

 必ず見せてやるから、がんばれ!
 ボクがなんとかするから、まだ息をしてくれって、何度も何度も……励ますことしかできなかった。
そう言って叶わぬ夢を見て妹は死んでいった。

 まだ4歳なのに、劣悪な環境下に押し込められた妹は感染症か何かにかかって、食べれるご飯も少なくて、苦しみながら徐々に弱っていったんだ。
 許せるはずがない。
 こんな風に追い詰めたアインシュタインという人物も、救えなかった自分も。


「ボクは……何もできなかった……」





 どうやらアルバート少年には、転生者としての自覚がないようだ。
 このような純真無垢な少年を殺せと、運命は私にささやく。
 家族を、妹を失って……絶対的な暴力の前で大事な者の命を守れなかった事を後悔し、うずくまる少年を殺せと。

「薔薇園を見たい、か……」

 アルバート少年の妹が最後に望んだ願い。
 叶わぬ願い。
 私の妹も死の間際、転生者の炎によって焼かれる中、必死に助けてと私に向けて願っていた。
 これも叶わぬ願い。


「アルバート君。家族を殺される痛みは……わかる。私もかつては妹を失った」

 だから、来たる未来に備えて、こうやって1つ1つ準備をしている。
 憎き転生者きみが歴史的に重要な人物だと知って、殺意にあふれる衝動を抑え、こうして語らっている。

「ボ、ボクはッ……どうすればロザリアさんのようにッ……強く、なれますか?」

 きっとボクなんかじゃ無理だ。
 妹の願い一つ叶えられなかったボクなんかでは泣いてすがることしかできない。
 そんな気持ちをねじ伏せて、この少年は私に問い掛けているのだろう。

 その幼く純粋な姿勢に、逆境に抗おうと、恐怖に押し負けぬようにと戦う姿に……私はかつての仲間たちと重ねてしまう。
 ――だから、私は権能を発動した。


「【原初の十天教典オリジン・オクトベル】……第五説」

 不可能を可能とする。
 夢を現実うつつとする権能。

 戦神王レオニダスが自らの兵らに、現存しうる・・・・・最強の装備を想像して、創造するのとはレベルが違う。
 これは存在しない物であろうと具現化できる権能。


「……【蒼薔薇の創造乙女メイデン・ローザス】」

 発動と共に、私のてのひらには一輪の青空色の薔薇ばらが咲き誇る。
 決してあるはずのない花のしゅが、今ここに開花した。

「そ、それは……伝説の青薔薇……?」
 
 ほう、知っていたか。
 驚愕に顔を染めるアルバート君に続けて語りかける。

「青薔薇の花言葉は本来、『叶わぬ夢』……」

 なぜなら存在せず、この色で創り出すことができないから。
 
「しかし、今ここに『どんな困難な夢でも叶う』に変化させた」

 作れなかった物も作れるようになったから。

 
「アルバート・アインスタイン。君は…………貴様はッ、いずれ偉大な王となる」

 青薔薇の美しさに目を奪われていた少年へ、語気を強めて言う。
 彼を真っすぐ見据えれば、如何にも自信なさげに涙に濡れた瞳が左右へと泳ぐ。

「ボクなんかでは……」

 本当にできるのだろうか。やり遂げられるのだろうか。
 不安なのだろう?
 奴隷の身に落ちた自分が果たして王なんかになれるのかと。
 己の無力さを噛み締め、妹を守れず、家柄ではどうにもならなかったと、自らの弱さを思い知ったはず。
 けっこうじゃないか。弱者の気持ちを、踏みにじられる屈辱を思い知ったのなら、きっと貴様は良き統治者となるだろうよ。
 弱者に寄り添える、優しく偉大な王となれるだろう。


「願いが叶うかどうかを決めるのは己自身だ。諦めて死ぬか、まっとうして死ぬか、の二択だけ」

 絶対に勝てない強者を相手に、どう大切な者を守ればいいのか。
 どう抗えばいいのか――

 喰らいつくしかない。
 不可能だと思う事も、きっとやり遂げられる日が来ると進み続けるしかない。

「知能ある者たちはすごいぞ。できなかったことを、どんどんできるようにしていく」

 それは貴様も同じだ、アルバート・アインスタイン。

「あと800年もすれば、血筋や家柄だけのバカ貴族が統治する世の中から、実力至上主義の世界になる。そうなれば昨日まで奴隷だった者が王になる日常なんて、そこらじゅうに転がるだろうよ」

 かなり極論ではある。
 権力や知識、知恵や武力、人望などがなければこういった事態は稀だろう。
 それでもゼロではない。
 無でないのなら、そこに挑戦する価値はある。

「なんのことはない、お前がその初めの一歩を踏み出す王となるだけだ。幸い、貴様には家柄という武器があるようだし」
「ボクが……」

「貴様にこの青薔薇をやる」
「え……?」
 
 手渡された青薔薇を凝視し、アルバート・アインスタインは少年らしく動揺をあらわにしている。


「この青薔薇に誓え。弱きを守り、民草を、強者に負けぬよう導くと」

「そんな……ボクなんかが受け取るなんて……」

「そして忘れるな。決して叶わぬ妹の願いを背負って生きろ」

 薔薇園を見たいという妹の死にゆく姿を、忘れてはならない。
 お前が挫けそうになったとき、その風景はお前の心に炎を灯す原動力となる。

「ロ、ロザリアさんにこそ、この青薔薇はふさわしいです。絶望し、怯えながらも復讐を望むボクではこんな美しい花は受け取れない」

 ふふふ。
 だったら私もその青薔薇はふさわしくない。
 絶望に落ち、転生者へ復讐心を燃やし続けているのだから。

「もう貴様に渡したものだ。今が期でないのなら、将来それを受け取るにふさわしい男になってみせればいい」

「そんな無茶な……一体、どうやって……」
「さぁ?」

 急な私の投げやりな態度に困惑するアルバート少年。
 仕方がないから、冗談交じりの助け船でも出してあげようか。


「そうだ。決して咲かすことができないと言われた、この青薔薇を……たくさん咲かせ、大切な者に贈れるようになれば立派じゃないか」
 
「伝説の青薔薇ですよ? ご勘弁を……」

「言葉のあやだ。不可能を可能とする、青薔薇を容易に作れるほどの権威や財力、知識や武力を手にして弱きを守る王となれ」

「ボクに……」

「今はまだ、できなくとも。必ず届くさ」


 私は自分に言い聞かすようにして星空を見上げる。
 そうだ、きっと今はまだ転生者を撲滅させることも、未来で待つ家族や学友たちを救うことはできなくとも……きっと進み続ければ、私の願いをこの手で掴む時がくる。

「あの……ロザリアさんは、そのやっぱり月の女神さまなのですか?」
「月の女神……? フフッ」

 唐突にそんなことを言うものだから、つい笑ってしまう。
 
「はい! 父様が昔、ボクに言っていたのです。いずれ月の女神さまがボクに会いに来ると。そして父は女神様にこうも言われていたと……息子が……ボクが、アルバート・アインスタインがいずれは偉大な王になるって」
「ふむ……?」
「ロザリアさんも全く同じことを言うもので……それに父様が言っていた月の女神さまとの容姿と、その、ロザリアさんはすごく一致しているようなので……」

 それから私は何となく、アルバート少年にその話を詳しく聞き出していく。彼の口から語られる情報が積み重なっていくうちに、私はある仮説に行きついてしまった。

 自分の権能の中に眠る不死の呪縛と、再生の炎。それに聖と邪の力。



「そうか……私は――――」



 明日はおそらくアインシュタイン新総督と激突することになるだろう。
 決戦前夜にして私は、私の運命を悟ってしまったかもしれない。

 
「アストラの月は今日も綺麗だ……」
 
 月が残酷なほどに光り輝き、星々が静かに泣いているような、そんな夜空だった。


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