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12話 吸血姫のお忍びは……冒険者?
しおりを挟むおかしい。
【白輝主義国家ヘイティス】の領地に入ってから、私は明らかな不自然さに気付いた。
通称『見えない悪魔』と言われる武器、銃が流通しているなら少しは経済の発展や工業の技術面が向上している空気が漂うはずだ。
それが一切ないのだ。
銃を作るにあたり、鉄などは必須の材料。それらを産出する鉱山都市はもちろん、商取引で売りさばく者たちも懐が潤う。銃を作る工房なども大繁盛だろう。金があるなら遊び、食い、飲み、物を買い、街に金を落とす。それらの富は市民に分配され、さらに色々な発展を促す。
戦争というのは儲かる。
特に新兵器などが開発され、戦場でその武器が活躍し、なおかつ敵国の都市を支配下に治める結果を出しているのならば好景気が訪れているはず。
敗戦の色濃い国にとって、戦争はただの大量消費で苦しいだけのものとなりがちだが、【白輝主義国家ヘイティス】は戦勝国になりつつあるわけで好景気の真っただ中であるはず。
それなのに国民の様子は予想していたよりも、遥かに大人しいものだった。
そして何より不自然なのが……首都までこれより、通称『見えない悪魔』を製造しているという工房の在りかを見つけられていない。
軍事的な主要施設がある小都市から大都市まで、いくつかの拠点を巡って来ても目にする事はできず。とうとう未来の奴隷王アルバートが囚われている首都まで到着してしまった。
転生者を殺す、という目的も大事だが……この時代に流出してしまった銃の製造技術の抹消も、歴史に歪を残さぬために達成すべき項目となっている。
「ロザリオ殿、一度我々は商館ギルドの方に行かなければなりません」
初老を迎える人族、ミルコが首都に入るための検問を終えて馬車の幌より顔を出してくる。
ジャンヌに抱えられるようにして馬に乗っている私は、フード越しでコクリと頷く。
「偽装商隊といえど、白輝の貴族連中に頂いた商章がありますゆえ。この首都で商売をする許可を頂かねばなりません。それに……」
情報収集もかねて、とかなりの小声で自らの行動予定を語るミルコ。
彼ら、未来の奴隷王アルバートを救出するために派遣された救出部隊と会ったのは2日前。
定期的にくるニコラ・テスラの連絡で彼らの正体は最初から理解していた。ミルコらがピンチに陥ったタイミングで遭遇できたのは僥倖だったろう。
この2日間で、多少は打ち解けられたと思う。
私は両親を【白輝主義国家ヘイティス】の兵士たちに殺された恨みを持つ冒険者、という設定を話せば、彼らは『ぜひ護衛に』と申し出てくれた。
あとは催眠術のようなものをちょこっと施せば、信頼を勝ち取るのは一瞬だ。
自分達が現ロドリコ・アインスタイン黒宝卿の命令で、ご子息救出のために動いていると明かしてくれる。もちろんこちらもそれに協力する旨を伝えれば、大喜びだ。
黒宝勢力である彼らがなぜ白輝の商章を持っているかといえば、白輝にも黒宝と取引きをして儲けている貴族というのはいるものだ。戦争になれば黒宝から輸出していた物資が打ち止めにされる。それを財源として私腹を肥やしていた白輝の貴族からしたら痛手だ。その辺、交渉を再開するという条件を元に、ミルコらに協力しているのだろう。
彼らの戦力は、魔術師であるミルコが1人。第一界級魔法が使える魔法騎士が3人、あとは騎士が6名と合計10人の少数精鋭である。
今は商隊の護衛役と扮している騎士たちだが、ミルコの指示に迅速に対応する姿からよく訓練されている事が窺えた。
「ミルコさん。私達も冒険者ギルドに一旦向かいます。こちらも冒険者の観点からいくつか情報収集をしておきたいので」
「はい。ではお互いに気をつけて参りましょう」
それから集合場所や時間を決めて、私達は解散した。
【白輝主義国家ヘイティス】の首都ワシントは、首都だけなことはあって1019年代の都市の中では非常に栄えていた。
石作りの建築群も二階建ての物が主流で、その合間を縫うようして人々がせわしくなく動き回っている。
文化水準は文献で読んだ通りのものだ。しかし、やはり記録に散見されたものとの相違点をいくつも発見した。例えば、水路の確保だ。しっかりと排水路を石畳の左右に設置しているのか、かなり都市内は清潔感が保たれていた。
ちなみにエリザベスとジャンヌは街を歩けば、十人中十人が振り向いてしまうという美人っぷりを発揮しているが、それはもう慣れた。
「ロザリオ様、ここがワシントの冒険者ギルドでございますわ」
エリザベスが上品な所作で以って、巨大な建築物の前で止まる。
予想していたよりも……かなり、大きなもので砦と見まがうほどだ。
「ロザリオ様、お手をどうぞ」
ジャンヌが自分の手を差し伸べてくる。ジャンヌはやけにこの道中、私を子供のように扱ってくるのだが……今回はそれには乗らない。
なぜなら冒険者はなめられたら終わる、初めが肝心だとニコラ・テスラの報告より入ってきてるのだ。
「今はいい。2人ともいくよ……それと私のことは普通にロザリオと呼べ」
「ぁぁん、ありがたき幸せ。不遜にもロザリア様の『孤独』を、君臨者としての『孤独』を理解できるのは私だけと仰って下さる証ですわね」
エリザベスは途端に頬をだらしなく緩め、私を心酔しきった目でトロンと見つめ始める。
「私の主よ。その寛大なる御心に感謝いたします。そしてロザリア様の哀愁纏う『裏切り』に対するお気持ちを理解できるのは、このジャンヌのみと……啓示してくださった証明でもあります」
ジャンヌは無表情でありながら真摯に私を眺め、神に祈るような動作をし出す。
実はこのやり取り、何度もやっている。
だが彼女たちは執拗に様付けをしてくるので、いちいち言ってやらないといけないのだ。
なんとなく、2人からは喜びの感情が伝わって来ているので苦言を呈すことはしないけれど、ちょっとだけ面倒だなぁと思っていたりもする。
そんな彼女たちを引き連れ、私は冒険者ギルドの扉をくぐる。
中に熱気と活気に満ち溢れ、多くの冒険者たちが行き来していた。私達がそんな空間に入った瞬間、予想通り、荒くれどもの視線は集中した。主に、エリザベスとジャンヌの方へだが。
「おうおうおうー? 見ねえ顔だな?」
「どっから来たんだ?」
「新人か?」
「にしちゃぁ、装備がずいぶんとしっかりしてそうだなぁ?」
卓を囲んで話し合っていた冒険者たちが、これ見よがしに私達の話題を口にしてくる。
そのうちの一人、モヒカン頭のいかついお兄さんが私に近寄って喋りかけてきた。
「おめえら、なにもんだ?」
そう彼が問うた瞬間、ギリィッと背後で何が軋む音がする。
おそらくだけど、エリザベスが奥歯を噛み締めたのだと思う。以前にも同じような態度で冒険者に私が話しかけられ、その冒険者を無礼だと指摘したエリザベスが秒で血祭りにしてしまった。
今後はそういうのはやめようね、と言ったところ……別の冒険者ギルドでジャンヌが同じような理由で、無言のまま目にも止まらぬ速さで相手に剣を突き刺してしまうものだから大変だった。
要するに冒険者ギルドでの初めの挨拶は、私にとって鬼門なのです。
「おーい、聞いてんのか? お姉さん方と、ちびすけよぉ」
私はそのモヒカンくんに、無言で冒険者タグを見せる。
B級冒険者を示すそれは、ニコラ・テスラに渡されたものだ。以前にも冒険者と扮して活動することがあったらしく、その時の功績でSSS級、SS級、S級、A級、B級のものを提示された。
今回はあまり目立ちたくないため、強者と認定されるレベルの冒険者階級、B級のタグを所持している。
これさえあれば、今まで大抵の冒険者たちは黙ってくれた。
だから面倒な事が起こる前に、私は自身の立場を証明したのだ。
「おう!? こんなちんまいのが俺様と同じB級だと!?」
「おいおいキュクレ! それは本当か!?」
「この首都ワシントでもB級冒険者っていやぁ、三十なんぼしかいねえんだぞ!?」
モヒカンの驚愕に周囲の冒険者たちも集まって来てしまう。
あれれ……今までの反応とちょっと違う……?
「おうおう、ずいぶん古りぃ冒険者タグだなぁ?」
「大方、どっかの死体からかっぱらって、B級冒険者さまの恩恵をあずかろうって不届きもんじゃねえのかぁ?」
私の冒険者タグを見て、次々といちゃもんをつけてくる冒険者たち。
「あーん? それにしちゃぁ、連れてる女が綺麗すぎるなぁ……お前、まさかいいとこの坊ちゃんで、親が買ってくれた冒険者タグとかじゃねえだろうな?」
「ありえるなぁ! てめえみてえなヒヨっこのなんちゃって冒険者に、これほどの美女は釣りあわねぇぜ。おら、その美女どもを俺らに寄越せや」
「おいおい、新顔をからかいすぎだろキュクレ~」
にやにやと下卑た笑みでモヒカンくん一味が私達を囲う。
そんな折に『ブチリ』、と私のすぐ後ろで何かがキレる音が響いた。
しかも二つだ……。
あぁ……めんどうな事になりませんように……。
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