転生者殺しの眠り姫

星屑ぽんぽん

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5話 戦神王レオニダス・スパルタ

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 私のお目覚め記念だか、お披露目会だかが明日に控えた今。
 早急に自身の力を理解するために、全ての事象を幻想へと変える【次元の間】へと移動している最中だ。もちろん案内役は臣下の一人とやらにお願いしている。
 明らかに人族ではないその容姿に内心で怯えつつも、君主然たる振舞いを忘れないようにツンとお高くすましておく。


「【不死の姫ネクロマリア】様、こちらでございます」
「……」

 漆黒の鎧に身を包み、頭部には立派な角が二本。お尻からは鱗がびっしりと生えた尻尾がウネウネとしている。史書で見かけた【原初の竜人ドラゴニア】と特徴が似ているような気もするが……竜へと変化できる【原初の竜人】は、数多の竜の祖であるという逸話もあり伝説上の生物だ。【ガリバー】という学者が、空想を元に創作した種族だという見解が大多数を占めていたはず。
 なぜなら、【原初の竜人】が記録された文献の内容がどれも非現実的だからだ。一個体で才能に乏しい転生者と同等の力を持ったと言われる。つまり古代都市を全壊させたとか、数匹で一国を滅亡させたとか、そのような伝説ばかりが残っているのだ。
  そんな者が種族単位でいるはずない、と。それがアストラ歴3024年の【魔導制アストラ合衆国】が出した結論だ。

「お前、種族名はなんという」

 確認のため、その竜人らしき配下へと語りかける。

「はっ! 我らの事を人族共は【原初の竜人ドラゴニア】などと呼びます。【不死の姫ネクロマリア】様に我が種族名が認知されるなど、永劫のほまれであります」

 ……本当にいたのか、【原初の竜人】。
 というか、この城はそんな化け物が何匹もうろついているのか?

 末恐ろしい戦力……いや、彼らが伝承どおりの武力を持っているかは定かでないし、今は怯える時ではない。
 城内で見かける【原初の竜人】たちは私を見かければ、すかさず片膝をついては臣下の礼を取ってくるので今のところ反乱の心配はなさそうだし……問題は、明日こちらに来るという【録神王ろくしんおう】とやらだ。ニコラ・テスラはお目覚め会に顔を出す臣下たちは私に絶対の忠義を誓っていると豪語していた……その言葉はどこまで信用に値するか。

 なにせ30年ぶりの君主の目覚めとなれば、忠義に熱い臣下だったら即座に馳せ参じるだろう。
 それが、あのニコラ・テスラただ一人だったのだ。
 あんなドM変態執事が唯一の忠節を示した者だというのは悲しいかな。だけれど、悲観ばかりしていられる状況ではない。

「こちらでございます」

【原初の竜人】に案内された先には、とてつもなく不思議な広間だった。まず目に付くのは、広間中央の床から広がる巨大な黒檀の時計。床一面が一つの丸時計となっている。

 時間を指す針も直径15メル(メートル)はありそうだ。そして時針と分針にはそれぞれ、真っ白な裸の男がはりつけにされるようにして封じられている。二体の巨人が針の上にピクリとも動かずいる様は、まるで石像のようだ。時々、分針が動けば、それに引っ張られるように石像たちも動く。この異様な光景とも呼べる空間だが、不思議と美しさも内包されている。なぜなら、時計、というか床には白と赤の花が咲き乱れているのだ。

「これは……幻惑作用を引き起こす、【消死ケシ】の花?」

 死の痛みを消す程の幻覚を見せるとも言われる貴重な植物群に驚かずにはいられない。植物学者の友人マーレが【消死ケシ】の一束を売れば、『豪邸が建てられる』と言っていた気がする。


「ここが……【次元の間】……」

「では、自分は外で待機しております」

 案内役の【原初の竜人ドラゴニア】は一礼し、大広間の出口へ粛々と下がった。
 何もかもが規格外なこの城の内部に驚きつつも、私は気持ちを切り替える。
 さて……【次元の間】については記憶になかったけど、ここを活用するための権能【幻想神宮オメガ式】の力がどんなものか頭では理解している。
 なので私はさっそくその力を発動するべく、短針と長針へ磔にされている巨人の石像へと語りかける。


「眠りの神ヒュプノスよ、そしてその子、夢の神モルぺウスよ」

 身体が――――
 ロザリアとしての記憶を、身体が覚えている。

 かつて自分が滅ぼし、封印した神々の名を口ずさめば、私は妙な高揚感と寂寥感を同時に味わった。

今一度いまいちどが支配する神域に、が管理する世に、に夢と幻想の楽園をもたらせ」


 ガチンと大広間に大音声が鳴り響く。一瞬、地震が起きたと錯覚しかねない振動だが、これは時針が起きた・・・・・だけの事。続いてガキンと、分針が動き出す。

「創れ、【次元の王律オメガ】が権能、【幻想神宮オメガ式】」

 ぶわっと熱気に包まれれば、視界は一瞬にして真っ白に埋めつくされた。
 次に目に映るは全くの白銀色。

 上も下も、右も左も全方位が白一色。何もない無の世界へと転移させる、これが【幻想神宮オメガ式】である。ここから何でも無限に創ることができ、ここで起こった一切を幻想に帰すのがこの権能の真骨頂。
 本来であれば、ここは私が『創る』と念じるまで何もないはずなのだけれど、ニコラ・テスラが言ってたように先客がいた。その先客が夢想した空間が、瞬く間に形となって完成されていく。

 古びた都市、いや白と灰の石によって積み上げられた建築群が示すはどこかの遺跡だろう。
 かつての栄華もすっかり錆付き、今では滅びの足音が徐々に近付いてきている。そんな退廃的な静寂が似合う遺跡に、轟音が鳴り響いている。

 私は人間にあるまじき跳躍力で以って、近場にある最も高い建築物へと飛翔する。
 音が鳴る方へと視線を向ければ――

 白銀の煌めきと、1人の英傑おとこが激しくぶつかり合っていた。
 眩い銀が一閃すれば、筋骨隆々の英傑えいけつは盾でそれを受けとめ、もう片方の手で持った槍を突き刺す。その一刺しは豪風を呼ぶほどの威力であったが、それを銀髪の少女……がひらりとかわし、虚空より緋色の剣を千本も顕現しては、英傑へと差し向けた。

 その一振りで神をも殺せる鋭さを誇る剣の雨が、いや、あれは嵐と言っても過言ではない絶望的な攻撃が彼を襲う。息をつく間もない状況下でありながら、彼は縦横無尽に瞬間移動を繰り返しながら盾と槍でそれらを打ち返している。
 しかし剣を打ち落としたところで、意味はない。揺らめく炎の如く、紅き剣は新たな剣へと姿を変えて刃の輝き研ぎ澄ませる。灼熱を内包するその切っ先に、身体が触れたが最期、燃え尽きて死ぬ運命を受け入れる他ない。

 あれはああいうものなのだ。自分の権能であるから、わかる。

 それを英傑は槍と盾のみで凌ぎきる、まさに伝説の英雄が如く雄姿に私は目を奪われた。
 絶望的な状況下を覆そうとする強靭な精神力、体力、その全てが彼を英傑たると言わしめる。加えて、神々の炎を受け付けないあの盾と槍は、相当に神属性デュークの高い業物だろう。

 劣勢だった彼だが、何かを威厳たっぷりに叫んだ。それと同時に精強な兵達が300程現れ、その兵達はすぐに密集し、彼を中心にドーム型の防護陣を張った。全方位に盾を向け続け、炎の雨を防ぎ切ったのだ。あの戦術は『王の防護壁ロア・ファランクス』と呼ばれるものだと、何かの文献で読んだことがある。
 炎剣の猛攻がおさまれば、一糸乱れぬ動きで英傑に追従し、彼を先頭にして濁流の如く突進が敢行された。屈強な男たちが少女わたしへと迫る絵図は圧巻の一言。

 しかし、その突撃は届かない。地面よりせり出した何重もの都市の壁が、英傑たちを吹き飛ばす。そのまま都市群は少女を中心に円形へと広がり、都市と都市の間には水も張り巡らされていた。まさに陸と水が交互に浮き出る様は、優美な都市国家を連想させる。
 
 一瞬にして不落の要塞、鉄壁の防波堤を築きあげられた兵と英傑たちだが――
 
 それでも建築物を破壊し、進撃を進める兵達。
 巨大な壁となった都市群を突破できるのは、兵の1人1人が尋常でない武力の持ち主なのだろう。しかし、壁を超えたとしても次に英傑らを待ちうけるは水没地帯。そこに足を踏み入れた兵たちの動きは明らかに鈍ったとわかる。なぜなら水が凍てつき、彼らの動きを制止しようとしていたのだ。

 それすらも乗り切ろうというのか、巨大な氷塊を吹き飛ばし、英傑らは進撃を止めない。例え突破できたとしても、また同じように都市群がそびえ立ち、その奥には水没地帯が幾重にもある。だが、彼らは諦める素振りは一切見せずに、己が持つ牙をめり込ませていく。

 それを冷ややかに上空から見下ろしているのは、やはり銀髪の少女わたしだ。
 都市部の中央で兵達を待ち構えていたはずの彼女は、大空を飛んでいた。

 左の背からは清らかな翼を、右肩からは禍々しい翼を生やした彼女は涼しく、気高き表情で眼下の兵士たちを見つめるばかり。

 白蒼の翼には風刃が、漆黒の翼には剛雷が、神々の力を纏ったその姿は神話に出てくるであろう人物そのもので、畏敬すら感じた。彼女が厳かに両手を地へと向ければ、百の雷が降り注ぎ、千の風が吹き荒れる。

 上空より飛来する天災に兵達は瞬く間に消失、同時に水の中にも巨大な海蛇シーサーペントのような生物がいたのか、氷中からバリバリと鎌首をもたげて頭から兵士達を喰っている。
 英傑が兵らを庇おうにも、その海蛇たちは幾何学模様の魔法陣を宙空に放ち、そこから星のような球体、地の塊を落とし始める。その大地を落とす重き一撃は都市群ごと兵達を押しつぶし、降り止まぬ流星雨が彼らを蹂躙し尽くした。
 それから幾重ものぶつかり合いに銀髪の少女わたしと英傑は興じ、その戦いは当然ながら銀髪の少女わたしの勝利に終わった。


 彼女の攻撃に霧散し、消失した英傑だったが……気付けば、その戦いを観察していた私のすぐ目の前に、英傑と同じ匂いのする人物が立っていた。先程の筋骨隆々な成人男性の姿ではなく、幼い美少年の姿でこちらを穴が空くほど見てくる。手に持った武骨な盾と槍はかすかに震えており、また彼の瞳もひどく揺れている。
 白いトーガを羽織り、賢人らしい落ち着いた空気を纏っているものの、少年は何かにすごく動揺しているようだった。

 おそらくは……彼が、ニコラ・テスラが言っていた戦神王なのだろう。
 なんてことだ。


を創って戦っていたな?」

 まさか邂逅一番に自分自身との戦いを見せつけられるとは……不穏すぎるだろう。なぜ君主である私と戦う必要があったのか……。

「お久しぶりです、我が唯一の光輝こうきにして、命、ロザリア様」

 彼は感動の極みといった振舞いで、片膝を突いたが……信用できないなぁ……。


「仰る通り、豪雨戦術しかできない・・・・・・、ロザリア様と戦っておりました」

 わざわざ制限をかけられた私を創って戦っていたのか。

「しかし、何のために?」
「……それは、いつも……ロザリア様がいつも、我らに仰る願いを叶えるためでございます」
 
 わずかに震える声で戦神王は答えた。

「……」

 その内容に心当たりは当然、ロザリアの記憶を持ち合せていない私にはない。なので、下手な事は言わずに沈黙で以って返す。


「我らはロザリア様の望みと共にあります」

「そうか……で、あるならば、は自身の力を試すためにこの【次元の間】に来た。余がそなたに、今望むことがわかるか?」

「もちろんでございます。そのために、ボクは……悠久の永きに渡る時を、武を磨く事に捧げて来たのです」

 どうやら、この戦神王とやらは私の権能を使う練習台になってほしいという思惑を、正確に理解しているようだった。


「我が光輝あるじより……『神々と秩序の番人オブリス・ルクス』の王たる一角、『戦神王バトロス』を授かりし、このレオニダス――――」


 彼は幼い容貌から、みるみる間に成長を遂げ、先程の筋骨隆々な成人男性へと変貌していく。
 全身からみなぎる武力の匂いが濃厚になり、多くの臣下を従えるに相応しい王の覇気を放ち始める。


「この戦神王レオニダス・スパルタ、【次元の王律オメガ】の権能をロザリア様よりいただいた御恩、永遠とわに忘れず。そして此度こたび、武稽古をさせていただく栄誉、心の芯に刻みます」

 ガチリと戦痕が無数にある大盾と、鈍い光を帯びた大槍を構える戦神王。
 
「それゆえに、こちらも誠心誠意を込めて、全力で戦わせていただきます」

 
 部下一人を圧倒できなければ、転生者と渡り合えないはず。

 転移者を殺すために、必ず、自分の力をものにし昇華してみせる。
 私はそんな決意を胸に、どの権能を試すべきか思考し――

 戦神王へ向かって駆け出した。






 武稽古の結果は、戦神王とやらを完膚無きまでに叩きのめして終わった。
 身体が、ロザリアとしての記憶が身体に染み込んでいるのか、上手く自身の権能を扱えていたとは思う。それでもやはり、力に振りまわされている感は強い。
 現状はまだまだ私が持つ権能を把握しきれていない。千を超える能力を試すには、まだ十分ではない。
 そして何より、自分の中にある膨大な権能を使い尽くして試すには戦神王はもろすぎた。

 決して彼を侮辱しているわけではない。むしろ彼の方が私より遥かに優れた武人であることが戦ってみてわかった。
 戦神王と比べ、私が繰り出す一撃一撃の技量がどれほど劣っていた事か。それでも私が圧倒的だったのは膂力の差、つまりは権能の威力の差によるもの。


「さすがは我らが光輝あるじであらせられます。何度、戦ってみても歯が立ちませんね」

 戦いと言う名の修行を終え、勝負が決した後の戦神王は清々しい笑みを私に送って来る。

「ロザリア様と並び立つために己を研鑚し続けておりますが、未だ叶わぬ夢であります」

 なぜか寂しそうにそんな事を言ってくるものだから、こちらとしては対応に困る。
 君主と並び立つって、堂々と謀反心を吐露してくるのもそうだけど……戦神王は幼い美少年姿で寂寥感を纏っているのだから、何とも攻めにくい。


「うん、そっちの容貌の方が可愛らしい」
 
 だから私はポツリと本音を漏らしておく。
 そうこれは君主らしく、自由気ままに、全く関係のない話題を唐突に臣下へと振るアレだ。あるじの気まぐれというやつだ。
 
「しかし、英傑の姿であるお前も好きだぞ。レオニダス」


 私という圧倒的なチートを持つ存在に対し、彼は最後まで己が持つ最高でぶつかり、抗ってみせた。その一矢でも報いようとする雄姿に――
 私は確かに、揺るがぬ意志を、不屈の精神を垣間見た。

 それはかつて、理不尽てんせいしゃに抵抗しようとした仲間たちとの姿に重なる。
 その心がなくして、私は転生者どもとの戦いを乗り越えることはできない、そう再認識させられる武稽古だったのだ。



「本当に、ロザリア様は……お変わりありませんね」


 戦神王は私の言葉を聞いて、すぐさま大の男へと変身していた。
 そして何故かポロリと重い一筋を頬に流し、おとこ泣きされた。


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