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102話 白と赤の矜持
しおりを挟む「我がッ! 殿を裏切るだと!? 貴様、我を愚弄する気か!」
「それがお前の運命だ————【隷属の呪文】」
明智光秀は笑みさえ浮かべながら、俺のレイピアを真っ向から受けきった。
しかし奴の刀は砕けなかったが、武将としての忠誠心は粉々に砕け散った。
馬上と狼上での激しい鍔迫り合いから、俺と明智光秀は見つめ合う。彼の双眸は爛々と野心の炎に燃え、まさに悪魔の笑顔そのものだった。
「笑わせるな……そも、我は初めから殿に忠誠を誓った覚えなどない。つまり、貴様との出会いは運命にあらず。我が意思、我が掴んだ選択よな!」
「そう、ですか。ならば今が信長の首を取る絶好のチャンス。任せましたよ?」
「ふっ、ほざくな。言われなくとも承知しておるわ。我が、殿の首を貴様に譲るなどと思っておったのか?」
「まさか。では、また後ほど」
「ふーっはっはっは! 我が家臣たちよ、敵は本陣にあり! 本陣にありぃぃぃ!」
明智光秀の号令の下、信長の本陣に多くの兵たちが突撃をかましてゆく。
同時に俺はほぼ壊滅状態になっていた伊達軍へ助太刀に向かう。
真田軍およそ3000人に対し、伊達軍はもはや1000人そこそこに数を激減させていた。それでもどうにか崩壊していなかったのは、一重に冒険者たちの活躍が大きい。
「何としても持ちこたえるんじゃ!」
「ナナシさんが必ず、必ず逆転してくれる!」
「うおおおおおおお! 気合だあああああ!」
「どうもどうも、きっつい戦いですなー」
「我が覇道に殉教せよ————【白炎あぶりの刑】」
特に【十字架の白騎士】と呼ばれる皇城白亜さんの、反撃には目を見張るものがあった。
彼女が巨大な十字架を突き立てれば、無数に白き十字架が地面より沸き立つ。
それらは敵軍の将兵を次々と呑み込み、白き炎で焼き尽くした。まるで地獄の業火、いや、聖なる炎による断罪だった。
まさに神殿のトップに君臨する威厳、実力を兼ね備えた雄姿に驚かされる。
だけど俺たちだって負けてはいられない。
「みなさん! お待たせしました!」
「ナナシさんにウタさん!」
一騎当千の彼女だったが、よくよく見れば身体中のそこかしこに刀傷がある。
それでも聖なる戦乙女のように、その獰猛な笑みから煌めきが散る。
「はっ! 遅いじゃないですか! 私一人で敵の全てを浄化するところでしたよ」
「すみません。お待たせしてしまったお詫びに————」
俺は【魔剣:無色の連弾《ノーバディア》】に色力を込め、皇城さんに群れる雑兵たちに狙いを定める。
「全ての色を奪い尽くし、虚ろなる亡骸へ導け————【虚無なる道しるべ】」
太く真白に輝く道筋が虚空を駆ける。
一筋の光束となって伸び続ける熱線は、その切っ先を少しズラせば次々とゾンビ武者たちを両断してゆく。
一突きで数人のゾンビ武者を串刺し、一振りで数十人のゾンビを断ち切る。
「やるではないか、ナナシさん!」
「みなさんに何かあったら————にじらいぶの看板に泥を塗ったら、社長やみんなに顔向けできませんから」
「言いますねぇ。ですが我々はそこまで弱者ではありませんよ!」
「ええ、承知しております。これは矜持です。私は一応、にじらいぶの担当カラー『白』を背負わせてもらっているので」
「なるほど……私と同じ色ですね」
「同じ白として負けられませんよ」
「ふっ、面白い」
豪快に笑った【十字架の白騎士】と共に、俺たちは戦場を駆け回った。
◇
『君の手首もきるるーんるーん☆ 手首きるるだよー♪』
にじらいぶの手首きるるが配信を始めると、V界隈に詳しくない人々までもが視聴を始める。なぜならにじらいぶは、たった30分前にダンジョン崩壊を起こした川越市の救助に参加すると表明したからだ。
ニュースや各報道陣が川越市のダンジョン崩壊を放映しているが、彼らはあくまで戦闘能力のない一般人だ。だからこそ、救助の最前線を生放送できるメディアは彼女を置いて他にいない。
:ん? 救助ってきるるんだけか?
:単独でか……
:そらちーとヤミヤミは?
:多分、【天秤樹の森】で起きてるスタンピードもやばいんだろ
:そっちに行ってるのか……
:単独って言っても、他の冒険者や自衛隊と連携するだろ
:だ、だよな
:今日はきるるんの視覚から配信か……
:マジで無理だけはしないでくれ
:おいおいおい、きるるんるーんて……
:え、この女なにふざけてんの?
:ネタにしていい案件じゃないだろ
きる民たちが心配する中、一般層のリスナーたちは『こんなふざけた挨拶する奴が、人命救助?』『笑わせないでほしい』『ふざけてるのか?』といった批判的な声も上がっている。
だけれど、きるるん本人はそんな言葉を気にせず、自分が成すべきことを成そうと行動する。
『あそこのビルに……人が取り残されているわね……』
きるるんは自衛隊の援護を受けつつ、ゾンビ武者が群がるビルに単身で突入してゆく。
そこで一般層のリスナーたちは気付く。
彼女の見ている世界が一体どれほど恐ろしいものなのか。彼女の視覚と配信を通じて、地獄絵図が浸透してゆく。
嫌という程に血生臭い画角、絶え間なく襲いかかる恐怖と理不尽、それらに果敢に立ち向かわなければいけない現実。
「今よ! みなさん、私が引きつけている間に走りなさい!」
おどろおどろしいゾンビ武者たちを双剣で切り裂き、人々の避難ルートを四苦八苦しながら切り拓いてゆく。
時に血しぶきをあげながら、時に炎をまといながら、ゾンビ武者たちを次々と屠り、いつ死んでもおかしくない現場をリスナーたちは見せつけられた。
そして絶え間なく緊張感が支配する殺し合いの場に、子供の叫び声が上がる。
「ママぁぁぁ゛~!」
きるるんがゾンビ武者の剣戟をいなしながら、一瞬だけそちらに目を向ける。同時にリスナーたちも子供の現状を把握する。
そこには目をそむけたくなるような現実が広がっていた。
ゾンビ武者の槍に腹部を貫かれた女性、そこへ子供がしがみつき泣き叫ぶ姿だ。
ゾンビ武者にとって次の獲物は、その子供であるのが一目瞭然だ。
「くっ、間に合って……!」
きるるんは二体のゾンビ武者を相手にしながらも、華麗な体裁きでやりすごす。そして子供の方へ疾駆し、双剣を振りかざす。
「どうか、届いて————爆ぜなさい、二つ星、【魔剣:双竜の劫火】!」
きるるんの双剣から放たれた二つの火球は、今にも子供を嬲り殺そうとしていたゾンビ武者に直撃する。
それから俊敏な動きで周囲の敵を切り結び、子供を抱きかかえてその場を離脱するきるるん。
「ママがぁぁぁぁあぁ……ママぁぁぁ……ママをだすげてぇぇ」
「ごめんね、ごめんね……間に合わなくて、ごめんね……」
きるるんは自らの胸に子供をかき抱きながら、足を止めない。
子供へと絞り出した声が湿っていても、その動きを止めることなかった。
そして彼女たちを見る一般リスナーたちは、自分たちこそが彼女の本気さをわかっていなかったと悟る。
:なんだか……すみません
:本気で救助活動してるのですね
:きるるんはライバーとしても本気だから、挨拶は変えないんだ
:ライバーとしての矜持か
:ガチの刃物を向けられる恐怖ってやばいんだな……
:よくやってるよ彼女は……
多くのリスナーたちが見守るなか、彼女は自衛隊や他の冒険者と協力しながら救出や避難誘導を繰り返す。
『はぁっ、はぁっ』
そしてきるるんが肩で息をする頃にソレは現れた。
『緊急! 緊急! 東より、大量のゾンビ武者が突撃してくる模様!』
『接敵までおよそ20秒、19、18、17————』
『総員、構え!』
『遠距離攻撃ができる冒険者を優先的に守れ!』
『了解!』
自衛隊の警告により、きるるんは東に目を向ける。
そこには二百人近くのゾンビ武者たちが組織的な動きで、冒険者や自衛隊を突き崩しながら進んできていた。
:おいおい、さっきまで避難誘導してたから……
:めっちゃこっちに一般市民がいるよな
:うわ、きるるんの背後に30人はいるぞ
:あの数で押し寄せられたら……守り切れるのか?
:さすがにあれは厳しいだろ
絶望的な場面だと誰もが理解した。
配信を見ているリスナーも、その場にいた一般市民たちも。
それでも彼女だけは違った。
『どんな敵でもきるるんるーん☆ 大丈夫! 私に任せなさい!』
怯えて泣きじゃくる子供たちに、極めて明るい声音で宣言する。
乱れ切った呼吸を無理やりにねじふせ、堂々と輝く。
それが魔法少女の在るべき姿なのだと、だから大丈夫なのだと、そう証明するかのように双剣を力強く掲げた。
それでも彼女が不意にこぼした弱音を、リスナーたちは聞き逃さなかった。
『……はぁっはぁっ……こんなんじゃっ、ナナシちゃんがいる場所に辿りつくなんて……』
夢のまた夢。
絶対に無理だろう。
そんな言葉がリスナーたちの間では出かかった。
だがそういったコメントは一切、打たれなかった。
なぜなら、こんなにも命がけで人々を守ろうとしている少女がいるからだ。
諦めずに戦い続けているからだ。
諦めないでほしいから。
だから、そんな思いが彼女の配信にあふれ出る。
:がんばれえええええ!
:きるるんなら大丈夫だ!
:守り抜ける! 絶対に!
:勝てる!
:勝ってくれ!
:ナナシちゃんだって絶対に生きてるから!
:くそ! おれたちに何かできることはないのかよ!
:ここで応援することしかできないのか……
:でも、どうか少しでも届いてくれ
:そうだ。俺たちの思いが……
:私たちの応援する気持ちが、少しでも彼女の力になるのなら!
:どうか、めげないで!
:必ずできる!
血塗れた少女を突き動かすそれは、正しく情熱。
正しく、激情。
正しく、願い。
人々を守り抜きたい。
同じ事務所の仲間に生きていてほしい。
必ず自分が助ける。
だからここにいる。
その在り方はまさしく、【にじらいぶ】を引っ張り続けてきたリーダー。
赤担当そのものだった。
彼女は自らが握る【魔剣:双竜の劫火】と共に、決戦の幕開けを紡ぐ。
『————血戦:竜血の息吹————』
炎と血が、吹き荒れた。
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