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91話 歌姫の魔性と魔声
しおりを挟む「————【魔法礼装】」
紫鳳院先輩が静かにつぶやいた。
その綺麗な響きは空気を振動させ、周囲の人間を驚愕という名で震撼させた。
そう、彼女は俺の懸念通り、和装の美幼女に変身してしまった。
周囲は彼女の煌めきにざわめくが、当のウタリスナーである同級生たちは俺の方を向いていて、ご本人の登場にまだ気付かない。
「——どいてください——」
ウタの魔力のこもった言葉がこだまする。
そこでようやくウタの方へと振り向いた同級生たち。彼らはウタの魔声に従いつつ、驚きの眼差しでウタを見つめる。
「ほっ、本当にっウタちゃんだ!?」
「あっ俺、ガチファンでっ! あっサインとか……! えっ、身体がうごかなっ」
「生ウタちゃんやばあああああっ、かっ、どうして足が後ろに……!?」
「か、可愛すぎだろ……こ、これが、生の威光!? 勝手に後ずさっちまう!」
いい具合に勘違いしてくれる同級生にほっと胸をなでおろす。
仮にも彼らはウタのファンだから、強制的にウタの魔声で下がらされたなんて気づかれたら、ウタの印象が悪くなってしまう。
しかし、ウタが大胆すぎるままといった問題は解決していない。
同級生や周囲の人々が驚くなか、ウタはすたすたと俺の方へ歩を進めて来る。
まずい、まずいぞ……。歌姫であるウタが男と待ち合わせしていたなんて報道されたら、ガチ恋勢を絶対に落胆させる未来が目に見えている。
特に同級生グループはその相手が俺だと認識したら……ああああああああ、もう間に合わない! 間に合わないぞおおおおお!
くっ、こうなったら最終手段だ……!
『万が一の時にはこれを使いなさい! ぷーくすくすっ』
と、紅から冗談交じりで渡された物を使うしかないのかあああ!
俺は懐からスチャっと黒サングラスを装着する。
黒スーツに黒サングラス姿、つまるところ紫音ウタのボディガードに見えなくもない。VIPとSPが落ち合ったワンシーンに……み、見えるのか?
ええい、考えてる暇はない!
これで押し通す!
口をぱくぱくとしながら俺とウタを交互に見つめる同級生たちを前に、ウタはふわりと優しい笑みをこちらに浮かべてくる。
「いつも私を救ってくださり、守ってくださり、感謝いたしますわ」
そっと俺の手を取り、群衆を抜け出すかのように引っ張ってくる。
周囲がウタの存在に気付き始め、群れ出す前に俺たちは駆け出した。
そして去り際に一言、ウタは同級生たちに魔声をおとしてゆく。
「さて、この御方は職務とはいえ、女性である私と待ち合わせをしておりましたので……貴方がたは言葉通りに————逆立ちして駅を一周なさいませ————」
その発言から、ウタがどこから俺たちの会話を聞いていたのかわかった。
「あっ……嘘だろ……?」
「あ、あのおじが……ウタちゃんのボディガード……?」
「おわっ、逆立ちっ、き、きつい……!?」
「おまっなんで急に逆立ち……? えっ、俺も!?」
さすがにこれはやりすぎな気もする。
これで本当に彼らが駅を一周するはめになったら…………あ、数メートルもいかずに腕がプルプルになってこけた。
そんな彼らの様子を見てウタは満足気に頷き、『————もういいですわ————』と呟けば彼らは自由の身となる。
ウタが何のために怒ってくれていたのかは理解している。
だからこそ俺は何も言えなかったのだが、これ以上の職務放棄は許されないだろう。
「ウタ様。騒ぎが伝播し始めていますので……どうか、私の腕にお掴まりくださいませ」
「もちろんです。決してお放ししませんわ」
ん?
なんかちょっと違うニュアンスの返答が返ってきたように思えるが、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。
スマホをこちらに向けて『本物のウタちゃんだ!』『やっば……めっちゃ生ウタ可愛い』『SPって一人だけなんだ』と写真を撮ってしまう人々が続々と現れ始めている。
「では失礼を」
俺はウタをお姫様抱っこしてから、地面を勢いよく蹴る。
瞬間、けっこうな重力が全身にかかり、ウタが首元に回す腕の力を強めた。
俺は……俺たちは空高く飛翔し、ビルとビルの頂上付近に着地しながら移動を重ねてゆく。
「——まるで空飛ぶジェットコースターですわ——」
「そんなに楽しいものでしょうか?」
「————ええ、ナナシ様だけが実現できる、ナナシ様だけがエスコートしてくださる遊園地デートですわね————」
あまり移動中に喋られては、舌を噛む恐れがあるので口を閉じていてほしいのが本音だ。それでも彼女が話すのを止めなかった理由、それは普段からウタが自分の能力を配慮して言葉を紡がないからだ。
珍しく彼女が喋りたい気分であるなら、今はその気持ちを少しだけ尊重したい。
それでもやはり、ビルから急落下する時はやんわりと窘めておこう。
「今日はよくお話いたしますね。ここは少々————」
青空を背景に物凄いスピードで落下するも、彼女は俺の腕の中で花のように微笑む。
「————今日は、あなた様に魔法をかけたいから————」
「ん、どんな魔法ですか?」
「それは言えませんわ」
秘密ですわ、と人差し指を口元に当てる幼女さまだが————
『恋の魔法です! いえ、魅了の魔法ですわ!』
うん、めっちゃ心の音がだだもれです先輩。
【人語り】が勝手に発動してしまうほど、ウタの無言の声は強かった。
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