喜如嘉小学校2部

山羊担司

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喜如嘉小学校2部

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  喜如嘉きじょか小学校2部

 小学6年の頃、深夜大学と言うラジオ講座を熱心に聞いて、大人の素晴らしい世界に憧れた。
 同じ様な青少年は周りに多くて、日本一の出生率を誇る沖縄県だが、それがその理由の一つであろう。
 その講師は今、中高年向けの音楽番組をやっている。
 明瞭な喋りと速さは、50なかばの私の耳に心地よく入ってくる。
 柳卓とは、実に面倒見の良い男である。
 泡盛を楽しむにはまだ早い時間だから、コーヒーを口に運び、ベランダ越しの赤く染まった山々と藍美代子♪ミカンが実る頃。ラジオの音楽が心地よい。
 台所で若い妻が作るカレーの匂いもいい感じになってきた。
「ルルルルン ルルルルルルルゥン」
 今時ではない二つ折りの携帯電話が鳴る。
 大宜味村役場の平良からだ。
「先生、BKM作戦の発動です。力を貸してください」
「どうした」
「地元国会議員からの情報です。内閣調査室が動いていて、日米合同委員会でも取り上げられたから、CIAも動くだろうと」
 大した考えも無いのに声が出た。
「今、ラジオで作品募集の知らせをしている。
ラジオに真実を曝け出してそれで隠すか?」
「先生、みーうた大賞ですか」
「そうそうそう。ちょおん ちょおん ちょおん ちょおん キジムーがちょんちょん。
 相変わらず馬鹿か。三線も弾けない私が、民謡を作れる訳無いだろ。
 それにラジオ沖縄だ。この時点で減点だろ。
 小説だよ。さっき、柳卓が言っていた。SFファンタジー大賞の募集をしている」
「先生、小説書けるのですか?」
「ま~書いた事は無いが、事実を書くだけだから、なんとかなるだろ」
「先生、それで行きましょう。SF小説で煙幕を張りましょう」
 BKM作戦。「『ぶながや』を隠すには森の中」の頭文字をとった略称だが。
 その間抜けな作戦名と大胆過ぎるところに不安を感じていたが、今までのところ上手く行っている。
 これを考えた先代の村長は、大した策士である。
 さてと、『ぶながや』の真実を晒して、SF小説の森の中に『ぶながや』を隠くしますかと。
   
 1989年9月、玉城村。
 合併前だから、南城市はまだ存在しない。
 深夜0時を過ぎた頃に、鍵が掛かってないアルミのドアが開いて、学が入って来る。
 実家ではあるが、農家の離れで寝起きをしているので、両親に気を使う事もない。
「ジャンプの新型が出ていたよ」漫画を脇に挟み、右手に乳酸菌飲料の紙パック大、左手にカール薄味。いつもの事だ。
 その頃は、コンビニは少なかったから、深夜まで営業いている南部商業高校近くのスーパーで買ってきたのだろう。
 私は、「う~ん」と適当に応えて、うつらうつらしながら、太いパイプにベニア板を載せた安物の寝台の上で、片肘をついて起き上がる。
 学が、扇風機の頭を自分の方へ向けながら、床に座る。
 カールをテーブルの上に置いて、空いた手でダブルカセットデッキのボタンを操作し、巻き戻し頭出で曲が流れた。
「いつも一緒に居たかった、隣で笑ってたかった。季節は変わるのに 心だけ取り残されたままー」
 プリンセスプリンセスの♪Mが流れる。
「また反省したのか?」学がカール薄味を口に入れながら訊く。
「心に沁みるよな。反省」と私が言うと、学が、「で、幾ら負けたの」と返す。
「6千円位かな」
「かわいもんだな羽根物は。まーヨーゴでも飲め」
 テーブルのコーヒーが少し残っているマグカップに、乳酸菌飲料が、顎を上げ下目づかいのとぼけた顔から注がれた。
 私が、マグカップを口にして呟く。
「流石にこんな生活が嫌になったな。仕事を辞めようと思っている」
 学が、含み笑いで「エー、普通、パチンコの方を止めるよね」
「パチンコも止める」
「仕事は続けろよ。季節労働にでも行くつもり。パチンコは、止めたほうがいい、ビックシューターのVゾーン入っても幸せはなれんからな。時間の無駄だよな」
 私は、話の間に点けたけたタバコを吸い込み、笑いで肩を少し震わしながら、「パチンコ屋の店員にパチンコの無意味さを説教されるとは」
 学は斜め上を見てから、それは無視して続けた。「酒でも飲みに出て、彼女でも見つければ、気分も変わるだろ。
 パチンコに負けて、プリプリの♪Mを聴いて反省しながら寝るとか。お前、アスリート級のネグラだろ」
 学が少し興奮気味になり続ける。
「それよりな。今、東京でビギンと言う石垣島のバンドが凄くて。後一週勝てば、グランドイカ天キングだよ。『♪恋しくて』聴いてみ、反省するにはいいぞー」
「さっきは、ネグラと言ったのにー」
 学の話は、前半は理解できた。
「洋子と別れてから、女っ気なしだからな。女の子との話し方も忘れたな」
「洋子って、お前が、二十歳くらいの時に季節労働に行って、そのまま別れた女か?」
 私は、「ああ」と頷く。
 学とは、小中学校の同級生で、高校は別になったから、長い間会って無かった。
 高校を卒業して、大学浪人と言う事で予備校にも通ったが、すぐに飽きた。
 それから、オートバイ屋でバイトをして過ごし、バイクの購入資金が欲しくなり半年期限の季節労働で、愛知県の自動車工場に行くことにする。
 若者には、未来があり余っている。当時の沖縄の若者にはよくある事だった。
 付き合っていた洋子には、よく電話をかけた。
 五ヶ月して、洋子から「他に好きな人ができたの」と告げられて、緑の重い受話器を重力にまかせて下ろしたら、恋は終わった。
 振られたのは、かなり効いた。それよりも、沖縄に帰る理由が無くなり。結局、3年ほど愛知県の自動車工場で働く事になる。
 週ごとに昼勤、夜勤が入れ変わって、間の休みが2日か、3日。休み前の夜に、ウチナーンチュ仲間で酒を飲んだ。
 休みはパチンコかオフロードバイクでのツーリング。
 バブル経済最盛期だったから、僅かながらも私も恩恵を受けていて、給料は多かった。
 そんな生活は、それほど悪くなかったが、職業訓練校に入ると、卒業するまで失業保険が貰えるとベテラン季節労働者から入れ知恵されて、沖縄に帰る事にする。
 3年ぶりの沖縄は、何も変わっていない。
 ただ、私の感じ方が変わってしまっていて、建物や看板、塀が色あせてくすんで見える。
 空の青、花の赤との対比が大きくて、ここは、アジアなのだと思う。
 再会した母親の白髪は増えていて、月日は確かに経っていた。
 直ぐに具志頭村にある職業訓練校が始まる。
 私は、溶接科に入った。
 実戦形式の授業で、今まで通ったどの学校よりも生きていく知恵と技術を学んだ。マジで。
 一年で卒業して、近くの鉄工所で仕事を始めたが、本土生活でおぼえたパチンコ癖が抜けなくて、糸満のオメガと言うパチンコ屋に通い始める。
 学とは、そこで再会する。直ぐに気の合う友達になった。
 私は、パチンコでも羽根物しかしない。
 客が少ない時は、学が勝手にパチンコのガラスドアを腰に束ねた鍵で開け、Vゾーンに玉を入れてくれた。嬉しいかぎりである。
 学は、仕事帰りの夜中に、よく家に来るようになり。
 そんな訳で、今、学が目の前にいる。
 後半のビギンは、後に、ラジオで聴いた。
 確かに、反省するには最適な曲だったし、同じ本土に行くにしても、上手くやるやつかがいるなと感心した。
 それに、具志堅用高がチャピンになった時のように、自分は彼らとは関係ないけど、少し誇らしかった。
 だがその時は、少し興奮気味で、ビギンどころではなく。
「今日の求人広告でこれを見つけた」
ガラスのテーブルに置かれた新聞紙を手にとりながら、「ウリヒャ」と指示して学に渡す。
『パソコン講師募集 大宜味村役場』
 学が、「パソコンって、コンピューターの事?使えるのか?」
    私は、右手を握り親指を立てて、流行りの宮古方言で「ずみ」と答えてから。
「訓練学校で少し習ったから、使えはする。それに、南風原のベスト電器の試用パソコンで遊んでいたからな」
 当時は、漸くパソコンが庶民の手に渡ったころで、表計算のロータスワンツースリーとワープロの一太郎が使えれば、パソコンが使えると言えたが、出来る人間は少なかった。
 最も早くパソコンが普及したのは、建築土木業界で、フリーソフトであるJWキャドが無料で配布されたのが理由として大きい。
 学が、「本当にこの程度で、大丈夫か?」と訊いてきた。
「面接は只だし受けるだけ受けてみる」
「でっ。電話とかしたのか?」
「電話したら、明日にでも面接に来てって。感触は良かった」
 学がコクっと頷いてから
「上等ヤサ。パチンコして惰性で生きるより挑戦している方が、遥かにマシ」
「パチンコ屋の店員がそれ言う」
 学が続けた。
「東海岸から行くなら、金武に寄ってタコライスを食べたらいいよ」
「なにそれ」
「よく分からんが、カレーみたいな感じで、ご飯に、肉とサラダが載っているらしい」
「美味しいのか?」
「知らんが、食べた、食べてないで、客同士話が盛り上がっている」
 学には、客伝いで最新の情報が集まる。いつも、流行りの話をしてくれる。
 学は面接を歓迎していたが、ダメ元程度に思っていたのであろう。
 暫く談笑してから学は帰えった。
    
 その日は、明るく曇っていた。
 鉄工所の班長には、急用で明日は休むと伝えていたいので、いつもなら仕事なのに山原へのツーリングが嬉しい。
 大宜味村役場での面接は、午後1時半と約束したので、東海岸をゆっくりオフロードバイクで走る。
 金武町に入って、タコライスなる物を食べる事にする。
 熱々ご飯の上に辛いそぼろ肉は、そこそこ美味しい。チーズも、まー許せる。
 しかし、生のレタスとトマトの場違い感は、これでいいものなのかと疑った。
 この店で始まったこの料理が、後に全国区になろうとは。料理界の具志堅用高で間違いない。
     
 面接の30分前に大宜味村役場に着いた。
 目の前に、古いが品の良い洋館が建っている。
 白壁に縦長の窓、ガラスが収まっている木の格子は小さくて、お洒落だ。
 ヨーロッパの古い町並みに建っていても不自然ではない。
 入り口のドアの横に説明文があり、旧役場で、最初期の鉄筋コンクリート製の建物と書いてある。
 窓から中を覗たり、外観を楽しんでいたら時間が来た。
 役場に入り、カウンター越しの机にいた声を掛けやすそうな若い女性に、「面接に来ました」と告げると、「お待ちしておりました」とあっさりと通された。
 女性は私より先に歩き、村長室とプレートの付いたドアの前で止まり、ドアをノックする。
 私は、焦った。
 幾ら人口の少ない村とは言え、村長が自ら面接をするものなのか。
 しかも、当時流行りのウインドブレーカーにジーンズのライダーファッションである。
 せめて、ワイシャツとスラックスにしておけば良かった。駄目元とは言え、就職の面接だった。
 そんな、一瞬の焦りも村長の「どうぞ」と言う威厳のある太い声に、流された。
 ドアが開き、丁寧に来客用のソファーに案内されて、座った時に完全に開き直る。
「村長の池宮城憲男です」
 面長で自然な笑顔。気がいい沖縄のオジーである。
「始めまして。南部から来た、糸数勝です」
 15分ほど私の事や玉城村についての雑談が続いてから、村長が切り出した。
「履歴書とか見せて貰っていいかい」
 私は、横に置いたリュックからファイル入れを出して、履歴書を村長に渡す。
 取り立てて、値打がある学歴、職歴はない。
 しかし、訓練学校譲りの資格は盛りだくさんの履歴書を村長は、スラスラと目を通してから、「パソコンは好きかね?」と質問した。
「はい、好きです」
「何時からここに来てくれる?」
「はい、 え、 採用ですか?」
 村長は、大きく確実に頷いた。
「今、鉄工所で働いているので、そこを辞めてから来るので、ひと月くらい後になると思います」
 村長は、一瞬窓の外の森を見たと思う。それから。
「期待している。宜しく頼む。住むところは、役場が準備する。
 待遇は、役場の職員と同じにするから、安心して来てくれ」
 一通り話が済んで、村長室を出た。
 どうやら、採用されたらしい。騙された気さえするほどにあっけらかんと。
 役所を出る手前で、さきの案内してくれた女性が戻っていたので、頭を下げてから役所を出た。
 オートバイに乗り、駐車場を出ると真っ直ぐな路地、右側に農協の建物が続き、その先に国道がある。
 背景に午後の光を反射する海。南部の海より深い青が寂しげではある。
 たばこが吸いたくて、国道に出ると直ぐにオートバイを降りた。
 海を眺めて、タバコを吸いこみ、振り返ると急峻な森の裾に役所が見える。
 海からは、僅かな距離である。
 大宜味は、平地の少ない海と山の土地なのだ。
    
 1989年10月
 役場の入り口であるコンクリートのアーチの下に若い女性が立っている。
 近づくと、右手首だけを軽く上げて左右に振り合図をくれた。
「始めまして。喜如嘉小学校2部で教えている山城由紀です。
 糸数勝さんですよね」
 先に名前を言われて、返す言葉がない。のでなく、その動作が可愛くて、緊張で固まった。
 遥かに長い野郎とだけの生活で、完全に女の子への免疫が無くなっている。
「先生ですか、よろしくお願いします」
 まるで自分が生徒のような固い言葉しか出ない。
 互いの自己紹介が続いてから、
「荷物もあるし、最初に団地に案内しますね。ついて来て下さいね」と言ってから、由紀先生は、ちゃんと泥の付いたジープに乗り込んだ。
 ジーンズの後ろポケットには、動物の尻尾が下がっていて、それが何か気になっていたが、キーホルダーである事が分かった。
 国道58号線を北に進んで、急峻な森が陸に退いて、土地が開けたら、ジープは、右折した。
 数十メートル行くと、左側にマッチ箱の様な団地があり。その駐車場にジープは止まった。
団地の銘板から、喜如嘉という集落らしい。由紀先生が近づいてきた。
「こちらです。私もここに住んでいるのですよ」
「結婚しているのですね」
「いいえ、私は独身ですよ」
 その言葉は、これからの学校生活が楽しいものであると予感させた。が、ひっかかった。役所で話をした時に、由紀先生は、喜如嘉の出身と言っていた。
 結婚前の若い女性は、実家にいるものだと思っている。
 彼氏でもいて、同棲しているのかもしれない。
 期待はすまい。と紺色のキャップの後ろから短くこぼれた美しい黒髪を眺めながら思う。
 2階まで上がり、ドアの前で止まると、
「ここです。この封筒に鍵と団地の注意書きが入っています。
 月曜日に役所で転入届けを出した後で、村長が詳しく説明するはずです。
 学校には、火曜日から来て下さいね。
 喜如嘉小学校の2部は、特殊な学校です。
 驚く事もあるかもしれませんが、大丈夫です。皆、いい子ばかりですから」
 由紀先生は、少し深めにお辞儀をしてから階段を降りていった。
 今日は、金曜日だから学校に行くまでには3日ある。
 バイクの後ろの荷物を片付けるには、十分過ぎた。
 由紀先生は、「驚く事もある」と気になる言葉を言った。
 しかし、訓練学校卒業で鉄工所の溶接工から学校の先生になる身の上は、既に浮世離れしている。
 大した事では驚かないと思ったが、その後、心底驚く事になる。
   
 月曜日の朝一番に転入届けを出して、私も大宜味村民になった。
 面接の時で村長室は分かっているから、そのまま村長室に向う。
 話は通っているのだろう。役場の職員は、誰も不審がらない。少し得意な気持ちになる。
 村長室のドアをノックすると、「どうそ」と太い声で招き入れられる。
 面接の時と同じソファーに案内された。 
「転入届けは出しかね?」
「はい」と答える。
 村長は、少し笑顔になってから、「村民が一人でも増えるのは嬉しい事だよ。
 この村は、過疎化で少なる一方だからね。
 明日から、学校の方へ宜しく頼むよ」
 私が、声を出さず頷くと村長は、続けた。
「仕事の内容は、大まかに話したが、具体的な事を説明しようと思う。
 只、あまり驚かないで欲しい。
 それと、この事は秘密厳守。親兄弟、恋人、にも話してはいけない。
 約束できるかね?」
 村長は、正面に私の目を見て言った。
 風雪を経た顔からのドスの効いた声にたじろぐ。
 住所移転で退路は絶たれている。逃げられない。つまり、否定は出来ない。それに、由紀先生も安心してと言っていたし。
「約束します」
 村長は、少し頷いてから説明を始めた。
「大まかに言うと、山原の森には、森と共に生きている人々がいる。
 その人達に、特に若い人たちに、社会で生きていく知識や技能、考え方を教えて欲しい」
「しかし、私、それほどパソコン上手じゃありませんよ」
 説明に割って入ってしまった。
 村長が言葉を返す。
「糸数さんもご存知だと思うが、パソコンが上手な人は、まだそれほどいないだろ。
 だから、糸数さんも一緒に学べばいいよ」 
 村長は、相槌を即す様に、コクンと少しだけ顎をさげてから続けた。
「今まで、喜如嘉小学校2部で教えていたのは、社会常識と読み書きと計算くらい。
 子供達は、18歳になると、卒業して社会で独り立ちをする。
 手に職もなく、資格もないから、沖縄で暮らすにしても、本土に行くにしても、男は肉体動労、女はサービス業に着くのが多い。
 勿論、それが悪いと言っているのではない。
 只、子供達の可能性を最初から伸ばしてあげたい。
 パソコンは、汎用性が高い、計算は勿論、音楽、製図、通信まで出来る。
 パソコンの操作技術は、コンピューターの専門家にならなくても、必ず子供達を助けてくれるだろ。
 それに、夜の教室でも習得できる技術だし。
うってつけと言う訳だよ」
 なんと先見の明がある村長だろうと感心していたら、村長の説明が再び始まった。
「2部の子供達は、とても優秀なのだよ。
 頭が良くて、力も強い。
 土建屋に就職して、一通りの技と要領を覚えたら、建設や土木会社を起こして成功した人は、両手両足に余る程いる。
 東京のデパートで、エレベーターガールをしながら服のデザインを勉強して、有名デザイナーになった子もいる。
 大事なのは、純粋さからくる真面目さなのだよ、目の前の問題を素直に解決しようとする。理屈を付けて逃げたりしない。
 それが、周りの人も動かす。
 私は、いつも彼らから学んでいるよ」
 村長の話が途切れたので、質問をした。
「子供達に会うのが楽しみです。
 で、炭焼職人の子供達は何人いますか?」
「私は、炭焼職人と言った事無いぞ、大宜味でも、戦前は炭焼が盛んだったが、今は炭を作ってない」
「失礼しました。どこで憶えたのか、山原船の話がごっちゃになりました。
 で、ミカン農家の子供達は何人いますか?」
「みかん栽培は盛んで、美味しいタンカンやシークワーサーが取れるが、農家の子供達ではない」
「それじゃー、山菜取りかなんかですか?」
「確かに、大宜味のグラは最高に美味しいが違う」
「じゃー、森と共に生きる人々とは誰です」
「『ぶながや』だよ」村長が即答。
「『ぶなやが』とは、なんです」私が即つっこみ。
「それは、私も最近知ったのだが、『ぶながや』を研究している琉球大学の長谷川直子さんに教えて貰ってね。
 何でも、自分らとは違う人類らしい。
 詳しい事は、長谷川さんに訊いてくれ。
彼女は、月一くらいで来るから、そのうちに会える。
 私からも説明するように伝えておく。
 相手の事をよく知った方が親しくなりやすいからね」
 確かに驚いたが、逆に物凄く興味深い。歴史上の大事件に立ち会っているのだ。
 思わず。「宜しくおねがいします」と言葉が出る。
 いろいろな疑問が湧いた。
「何故、琉球大学が研究していて、この大発見がニュースにならないのですか?」
「琉球大学が研究してのではない。あくまでも長谷川さん個人が研究しているからね。
 長谷川さんにも貴方と同じように、秘密を守ってもらっている」
「何故、秘密にする必要があるのですか?」
「それはね……
それは、私が、人は信用するが、人類は信用してないからだね。
 貴方は、人の幸福にとって一番大事な事はなんだと思う?」
「食べ物とかお金かな」
「勿論、食べ物も大事だが、一番大切な物は、平和だよ。戦争が無い事。
 役場に入る時に右側の霊魂之塔を見たかね。
 大宜味村の全戦没者の名前が石碑に刻まれている。
 1470人の村民が戦争で亡くなっている。
 この人口の少ない村でだよ。
 戦争は、家を焼かれ、飢えて、人を殺し、殺され、血と肉が飛び散り、気が狂う。
 戦争を知らない若い人は、平和は当たり前だと思っているが、そうでは無い。
 先の戦争からまだたったの四十四年しかたっていない。
 人類の歴史は、戦争の歴史だ。
 だから、常に努力してないと平和は勝ち取れないものだ。しかも、より多くの人がだ。 
 大宜味の人々も私も努力している。平和を常に意識している。
 しかし、隣の東村の47%、北の国頭村は、53%が、米軍の北部訓練場だよ。
 村の大切な資源である森が、戦争のための施設だ。
 平和主義だ、平和憲法だといってもどうにもならん。戦争はすぐ隣にある。これが現実だよ。
 愚かな人類は、信用できないのだよ。
 私はね。北部訓練場で、『ブナガヤ』がアメリカ兵に捕らえられるじゃなかと何時も気が気じゃないのだよ。
 もしも、捕まったら世界中の見世物になる。
 だから、移住希望の『ぶながや』を移住させる事業を早く完了したい」
 初老で背が高く、まるい体で人から好かれそうな柔和な顔は、今は無くなっていた。
「その『ぶながや』移住させる事業は、何時から始まったのですか?」
「『ぶながや』と大宜味との歴史は古い。
 正式に文書を残してこなかったから、言い伝えだけが頼りだが、最初のブラジル移民船である笠戸丸には、既に『ぶながや』を大宜味村民として乗せていた。
 ブラジルは森が深いから、その森で安心して暮らせるし、社会の中で生きて行ってもいい」
「大宜味村民として、と言うことは、住民票を発行していたと言う事ですか?」
「勿論だとも、きちんと戸籍も揃えないと外国にも行けないし、就職とか資格にも障りがある」
「それって、公文書偽造とか罪に問われませんか?」
「世間はどう言うか知らないが、『ぶながや』も人類。人権はある。
 住所などに多少のズレはあるが、『ぶながや』は、確かにそこにいる。
 公文書偽造にはならないよ」
 私は、ハッとして訊いた。
「キジムナーは、『ぶながや』の事ですか?」
「それは違う。『ぶながや』は人で、キジムナーは妖怪だからね。
 大昔の人が子供の『ぶながや』と接して、妖怪だと思ったかもしらんがね。
 子供の『ぶながや』は人懐こいからね」
と言って、村長は愛らしく笑いながら話した。
「よし、期待しているから、宜しく頼むよ」と言って、村長が話を締めた。
「村長、最後に一つ訊いていいです。なぜ私を採用したのですか?」
「それは、君しか面接に来なかったからね」
   
 人生初教師の日が来た。
 喜如嘉小学校2部の始業は、午後8時。
 校長先生とかにも挨拶があるので6時には、学校に着いた。
 正門を入るとグランドの横の道を抜け、長い校舎の裏側に短い校舎がある。
 更に奥の芝生の上にバイクを駐めた。
 そこだけ煌々と蛍光灯が点いている短い校舎に入ると、「ようこそ。2部校長の金城恵美子です」と凛として、ふくよかな容姿から声を掛けられた。
 一通り互いに挨拶をして、職員の自己紹介に移った。
 明らかに私とはタイプが違う。爽やかで、スポーツマン。
 若いというのに毎朝ジョギングをしている感じがする男を紹介した。
 「こちらは、役場職員で、この2部を担当している平良健一さん。学校でもいろいろと手伝って貰っています」
(はっはぁーん。こいつか。由紀先生を手込めにしている極悪非道の外道は。成敗してやる)と心の声。
 正義感が湧いてきた。
 「勝先生、初めまして。消耗品とか困った事があったら自分に言って下さい。
 私は、妻と子供二人と塩屋で暮らしています」
(冤罪か。命拾いしたな健一)と心の声。 
 いかんかん。ここは私も爽やかに自己紹介せねば。と、思ったが、平凡な自己紹介になる。
 由紀先生は、校長先生の隣に立っていて、終始にこやかだ。
 校長先生が、「勝先生は、生徒が来たら皆に紹介します」
と見渡しながら言い。私を見て。
「慣れるまでの間は、見学していて下さい。
パソコンは、まだ来てないので、来るまでの間は、私達の手伝いをお願いします」
 それから時間まで、事務机の椅子に座って、校長先生への成り行きを聞かされた。
 喜如嘉は、女先生が多く出る所で、校長先生も小学校の先生を定年まで務めた。
 定年後に暇を持て余していたら、2部校長の話が舞い込んで、二つ返事をしたらしい。
 話に聞き入っていたら、外からバンと音がした。
 芝生の先にトタン屋根の小屋があり、その先は、急な斜面の雑木林が深い。
 木の枝が上下に揺れている。
 何者かが、高い木の枝から、トタン屋根に降りたのだ。
 何者かは、トタン屋根から飛んで、芝生に着地した。瞬間の出来事だった。
 其の者は、こちらに向かって歩いて来る。
 蛍光灯の明かりが届いて、顔形まではっきりしてきた。
 驚いた。普通の若者だった。初めての『ぶながや』との出会いである。
 若者は、窓越しに軽く会釈して隣の教室に入って行った。
 生徒達は、次から次へと山から降りてきた。
 木の枝から枝へと飛び移る。止まる事なくスムーズに動くから、ヌルヌルと動く感じがする。
 私は、その光景に釘付けになった。
 
 8時になり、「今晩は、始業礼を始めます」由紀先生の声で、朝礼の様な始業礼がはじまった。
 校長先生が、私の紹介をしている間も目の前の生徒達を観察する。
 教室は、昼間は工作室として使われていて、一畳程のテーブルに向合で、四脚の木の椅子が囲み子供達は、年齢別で座っている。
 小学生低学年のテーブルには、ずんぐりむっくりで、髪の色が赤茶色をしている子供が座っている。
 瞳の色も青色で、奇異な印象が強い。
 小学校5、6年以上のテーブルでは、もう人間と何ら変わらない。
 それどころか、皆、美男美女だ。
 生徒は、18人いて、女性が8人、男性は10人いる。
 年齢は、小学校一年から高校生まで万遍ない。
 服装は、上下深い緑色のジャージで、上着の下に白の体育着を着ている。
 全員が同じだから、制服なのだろう。
 「勝先生、一言お願いします」校長先生から、発言を求められた。
 「せん、」一瞬「先生も」と言い出したが照れくさくて止めた。
「私もまだまだ未熟ですが、一生懸命学びます。皆さんと一緒に楽しく学んで行きたいと思います。宜しくお願いします」
 満場一致で拍手が湧いて、校長先生の顔をみると、笑顔で頷いたので、これでいいのだろう。
 授業が始まった。
 生徒にこれだけの年齢差があると、普通の学校のようには行かない。
 生徒一人ひとりがそれぞれに本や教科書を開いて、学んでいる。
 校長先生と由紀先生は、花を訪ねる蝶の様にあちらこちらとテーブルを移動して、質問に答えたり、固まっている生徒に語り掛けたりしている。
 授業は、50分で10分の休憩。
 チャイムは鳴らないが、時計を見て正確に運行する。
 時間通りに行動する習慣を身に付けさせるのが狙いとの事。
 11時50分丁度に、校長先生が「給食の時間でぇーす」と声を上げた。
 全体がざわめき立つ。
 中学生以上の生徒が手際よく配膳して、準備が整った。
「子供達の一番の楽しみなの」と由紀先生が声を掛けてきた。
「夜中の給食も悪くなさそうです」と答える。先生は、生徒のテーブルで一緒に食べる。
 今日は、特別に私も由紀先生と同じテーブルについた。
「いっただきまぁーす」の全員の声で、さあ給食が始まった。
 メニューは、想像していたのと大分違っていて、グルクンの唐揚げ2尾、ご飯、野菜たっぷり沖縄風味噌汁、鰹節が掛かった島らっきょう浅漬が楽しみである。
 場違いな、テトラパックの牛乳も付いていたが、想像したのと同じなのはこれだけだった。
 メニューが気になったので、訊いてみた。
「なんだか、大人向けのメニューですね」
 由紀先生は、小さく頷いて。
「味や食習慣に慣れる為に、特別に作ってもらっているの。だから、一般的な家庭料理が多いのよ。沖縄そばが出る事もあるのよ」
「これは楽しみ。給食センターの調理師さんに感謝です」
 子供達は、人見知りも無く物怖じしない。
 多くの質問をうけて、直ぐに打ち解けた。
 給食も終盤になり、テーブルの子供達がチラチラと私の皿を見る。
 小学3年の正雄が、「それ食べていい?」と指をさして言った。
 私は、完食していたから、何の事だかわからず、由紀先生を見た。
 由紀先生が、「さ か な」と言う。
 頭と骨、尾ビレだけだが、「いいよ」と答えた。
 私の魚の皿は、直ぐに子供達の手に渡った。
 子供達の箸がグルクンの頭に伸びて、上手に目玉を拾い口に入る。
 呆気に取られていたら、由紀先生が「子供達は、魚の目玉が大好きなのよ。私も大好き」
 はにかみ笑いの由紀先生から、視線を皿に移すと、確かにグルクンの目玉が無くなっている。
 「これ、半分キジムナーだろ」と心の中で声が出た。
 何か引っ掛かるものもあるが、由紀先生のはにかみ笑いは、見事なまでに可愛くて、ま、いいかで収めた。
 日付が変わって、1時からは、社会学習の時間が始まった。
 今日は、ビデオ視聴と校長先生から説明があり、中学生以上は、校長先生と隣の教室に移った。
 なんと、寅さんの映画を見るとのこと。まあ、本土の家庭環境を学ぶには良いのかもしれないが。
 この教室は、小学生だけになり黒板の横のテレビには、VHSビデオに収められた、民放の子供向け番組が映し出された。
 寅さんの方がよかったなと思いつつ、「由紀先生、ビデオはよく見るのですか?」と訊いた。
「週2回くらいかな。テレビは、子供達も好きだし、社会習慣や物の考え方、ルールを教えるのに最適なの」
 私は、後ろの席で、頭越しにテレビを見ている。子供達は、食い入るように見ていて静かだ。
 私は不覚にも睡魔に勝てず、頭が前にカクンと倒れては、ハットして持ち上げるを繰り返した。
 テレビが音楽で賑やかになって、目が醒めた。
 テレビの中の子供達が音楽に合わせて、踊っている。
 上級生の女の子が、席から立った。そして、テレビに合わせて踊り出した。
「いいぞー美香」子供達は、その子に声を掛けて盛り上がっている。
 純子が振り返って「先生、美香はダンスがとても上手なの」と教えてくれた。
 素人目で見ても、流れるような動きは、音楽が乗り移ったかの様に見える。
 午前三時となり、生徒達は漆黒の森に帰って行った。
   
 2週間程たち、「勝先生」と呼ばれる事にも照れが無くなった頃。
 私は、中高校生の授業を見る事が多くなった。
 校長先生は、「思春期の頃は、頼れる兄貴の声は、素直に受け入れられるのよ」と言っていたが、これが、全然頼りにならないのだ。
 社会科や国語はいいとして、英語、数学、物理学まで出てきた。
 生徒達は、容赦なく質問を浴びせて来る。
 必死に参考書で探して、それをただ読んでいるだけなのだ。
 パソコンが早々に来る気配も無いので、私は覚悟を決めて、学校から帰っても朝まで参考書を読みまくった。
 私は、与那原にあるのに知念高校の卒業生だが、高校の時にこれだけ勉強してれば、琉大に現役合格できただろと思っている。
   
 喜如嘉にも馴れて来て、共同売店で缶コーヒーとタバコを買い。
 近くの七滝で、ボーッと落ちる水を眺めながらユクルのが癒やしとなった頃。
 夕方学校に着き教室に入ると、見知らぬ女性がいた。
 向こうから声を掛けてきた。
「『ぶながや』を研究している。長谷川直子です」
「ああ、村長が言っていた方ですか、ここで教えている糸数勝です」
 長谷川さんは、10歳ほど年上のはずで、飾り気のない服装で丸顔に短髪、眼光は鋭くて如何にも学者の印象だ。
「村長さんから、『ぶながや』について、よく説明して欲しいと言われたので。時間ありますか?」
「授業が始まるまで1時間ありますから、お願いします」
「何から話したらいいのかしら、情報が多すぎて、私は、人類学をやっているから、興味深い話だらけなの」と言って、長谷川さんは、上の方を見て少し考えてから説明が始まった。
「『ぶながや』は、私達ホモ・サピエンスとは違う他の種類の人類なのよ。
 全ての人類は、アフリカで生まれて、20種類以上にもなるのよ。
 ホモ・サピエンスより先にアフリカを出てヨーロッパで繁栄した、ネアンデルタール人は有名ね。
 ジャワ原人って知っていますか?」
「はい。名前だけは聞いた事があります」
「ジャワ原人は、ホモ・サピエンスより先にアフリカを出て、アジアで繁栄した人類なの。
 ジャワ原人から進化したのが、ホモ・フローレシエンシスで、それから更に進化したのが『ぶながや』なの。
 ホモ・サピエンス以外の人類は、全てホモ・サピエンスに生息域を奪われて、絶滅したと思われていた。
 ホモ・フローレシエンシスも、1万数千年前に絶滅したと言われているのに、沖縄の森にこんな姿で生息、いや、生活してのって驚きでしょ」
「凄い大発見ですね」
「そうなの。それだけじゃないのよ。
 『ぶながや』は、とんでもない進化をしているの。
 まず頭がよい。高学年の子供達の知能指数は、120前後で、東大生と同じレベル。
 体力も凄くて、前に、懸垂を測ったとき、高校の男子なんて、200回超えても終わらなくて、検査を中止した位なの。
 一番驚きは、彼らは細胞レベルで自分をコントロール出来るの。
彼らは、成長期に入ると、自分の思い描いた容姿になるの」
 「本当ですか」あまりの奇想天外さに声が出たが、中高生の生徒達が皆、美男美女である事に納得した。
 「もっと驚く事がある。これは調査中だけど、おそらく其の効果で、彼らは寿命が長いのよ。
 私が出会った、おじいちゃんは、首里城の明け渡しを二十歳位の時に見たと言っていたから、130歳位と思うけど、元気で、木から木へと飛んでいなくなったの」
「じゅにやみ」今度は方言が出たが無視されて。
「細胞のコントロールが出来るから、老化もコントロール出来るのよ」
「不老不死という事ですか?」
「DNAがある限り、死からは逃れられない。逃れているクラゲの仲間もいるけど、あれはかなり特殊ね」
 理解出来ない部分もあったが、寿命はあるようだ。
「『ぶながや』は、不運ですね。それだけの能力があれば、ホモ・サピエンスを地上から追い出す事も出来るでしょうに。
 欲が無かったのでしょうか?」
「自然との共生を選んだのよ。
 彼らを見ていたら分かった。対立より協調を選んでいる。
 ホモ・サピエンスなんて、常に争って奪うだけなのに、余裕があれば、施し程度はするけどね。
 マンモスを絶滅させたホモ・サピエンスは、食料分配の効率を上げる為に都市を作ったけど、それは自然災害に弱い。
 致命的なのは、ホモ・サピエンスの歴史は、戦争の歴史。地球上を焼き尽くすだけの核兵器を作ったこと。
 ホモ・サピエンスは、自らの欲望で、いつも絶滅の危機に瀕しているのよ。
 ホモ・サピエンスの方が不運だと思うよ」
 正直、『ぶながや』の事より、長谷川さんの大人ぶりに衝撃を受けた。
「学者って、やっぱり、偉いのですね。見方が違うと言うか、人間が出来ていると言うか」
「私は、人間なんて出来てないですよ。
 こんな、ノーベル賞5個分の大発見をしているのに、これを発表できなのが悔しくてしかたなの。
 私って、最も不運な学者なんだろうなと思ったりしてね」
「村長との約束を無視したりはしないのですか?」
「私をそんな軽い女だと思っているの。仁義を欠いちゃ~いられやしねぇーよ」
「それって、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドですよね。港のよーこだったかなー」
 長谷川さんは、頷いてから大笑いをした。
 さあ、今日も楽しい授業が始まる。
   
 大宜味も梅雨に入り、傾斜のきつい山肌がまだら模様に白く染まって、それをなす可憐な花がイジュの花だと知った頃。
 パソコンが届いた。
 PC98である。
 高校生4人にパソコンを教える事になった。
 生徒達は皆、興味津々で、パソコン一台では不足である。
 教えるのは、表計算ソフトのロータスワンツースリーとワープロソフトの一太郎である。
定番ソフトで、完成度が高かった。
 生徒達は、驚く程に習得が早い。
 私は、教師の威厳を保つ為に、ベーシック画面で、プログラムまで教えた程だ。
「勝先生、性格診断プログラムできたよ」博樹が声をかけてきた。
「おお、どれ見せてくれ」と久しぶりにパソコンを操作する。
 質問が表示されて答えを数字で選択する。
 最後に集計されて、性格の分類をするというプログラムである。
「良く出来ているな。もう少し改良しようか?」と言ってパソコンのキーボードを触ると」
「先生は、もういいよ。分からなくなったら聞くから」と断られる。
 子供達にパソコンは独占されており、暇を持て余した私は、たまに夜の校庭を散歩した。
 給食室の前には、バンザクロの大きな木があり、熟し始めの硬い実をもいでは食べる。
 この渋味がなんとも旨いのだ。

 その頃の私は、幻覚を見るようになっていた。
 昔し付き合っていた洋子が見えるのだ。でも、よく見ると由紀先生に戻る。
 こういう事が度々起きて、その頻度は増えていった。
 いよいよ頭がおかしくなったかと思い悩む事もしばしば。
 イカ天キングであるビギンの♪恋しくてを聴くのを止めた。
 洋子は、私がオートバイ屋でバイトしていたころの彼女で、私が、本土の自動車工場に季節動労に行ってから、自然消滅した。
 正確に言うと、電話で呆気なくふられた。
 それ程未練も無いはずなのだが。どうも私は、未練がましい男のようである。
 病院へ行こうかと悩みながら2週間すごしたら。幻覚は完全に消えた。
そこには、正真正銘の洋子が立っていた。
「由紀先生ですよね。どうしたのです。その顔は?」
「気分転換で顔を変えてみたの。私、『ぶながや』なの」
 あっけらかんと由紀先生は答えた。
 勿論、気付いていた。淡い恋心が、それを認めさせなかっただけだ。
「でも、洋子、いや、私のモトカノの顔は知らないはずでしょう」
「ほら前に、溶接とかの資格証のコーピーを資料として欲しいと言ったら、今は、授業が忙しいからって、システム手帳ごと渡したでしょ。
 その時に、システム手帳の中に写真が入っていて、この人いいなと思って」
 洋子と付き合って頃、運転免許証用の写真の余りを貰った事がある。システム手帳の中に残っていたのか。
 心の声で「オカーの写真でなくて良かった」と何故か安心した。
「由紀先生、このままではいけません。薬師丸ひろ子でお願いします」
 一月後、由紀先生は立派な薬師丸ひろ子に仕上がった。
   
 喜如嘉に神聖な婦人会のウスデークがこだまし神が降りる頃。
 由紀先生と私との関係は、何ら進展はない。
 由紀先生は、教師としての誇りからか、学校での恋愛沙汰を徹底的に避けていて。
 私は由紀先生に嫌われているのではないかと思う程である。
 にわか教師の私でもプライドは有り、学校では、由紀先生と事務的に接していた。
 夕方、学校に着いた。共同売店の横に座っているオジーと長話したので、今日は、遅い登校だ。
 長谷川さんが来ていた。
 挨拶を交わしてから
「糸数先生、社会学習の時間貸して、聞き取り調査したいの」
「校長先生が許可すれば勿論私もオッケーです」
「これから、一旦宿に帰ってご飯食べて仮眠したら、午前にまた来るから」
と言って歩き出した。
「あの。長谷川さん。訊きたい事があるのですが」
「どうぞ」
「『ぶながや』とホモ・サピエンスのペアで子孫を残せるのでしょうか?」
 長谷川さんは、目を丸くして、握った手を口に当ててうつむき加減に笑った。
 「その質問ねー。今日は3回目よ。もう一人は、由紀先生」
 笑っていた顔が真顔になり、知性が戻った。
「残念だけども、子供は出来ない」
「遺伝子が離れすぎているのよ。ホモ・サピエンスに一番近い、チンパンジーでさえ1・2%の違いなのに、『ぶながや』とは、3%も違うのよ」
「そうですか」と言って私はうつむいた。
「でもね。子供を作る事だけが男女の関係でもないし、自分に嘘をついて、何かを逃すと、一生後悔するわよ」
 ただ、頷いた。
「それと、同じ質問したもう一人は、校長先生。
 いいわね。お母さんみたいな人に心配されて。
 私なんて、男っ気無し。研究だけが恋人とみんなに言っている位だから、羨ましいよ。
 嵐も吹けば雨も降る、女の道よなぜ険し~」
「それ、何と言う曲です?」
「♪ここに幸あり」
   
 大宜味の盛大な夏祭りも終わり。
 綱引き大会では、うちの生徒達が圧勝で優勝した。
「少しは手加減しろよ」と言っていたが、完全に無視されたので、少しイライラした頃。
 私は、団地の駐車場でオートバイのチェーン調整をしていた。
 由紀先生が階段を降りてきて、こちらに歩いてくる。
 また気分転換したのか、顔は一周して最初の顔に戻っていたが、あどけなさが抜けて、大人びて見える。
「勝先生、最近はよくオートバイで山に入っているのですか?」
「山原は、未舗装の林道が長くて、オフロードバイク乗りには、天国ですよ」
「祭りの綱引きの時に生徒達の応援で、指笛を吹いていましたよね。もう一度吹いて貰えませんか。お願いします」
 直ぐに右手の指で丸を作り咥えて吹いた。
「憶えました。もういいです。
 勝先生、森は、人にとってはとても危険な所です。何かあったら、指笛を吹いて下さいね」
「確かに、私は森の民でもないから不慣れですよね」
 由紀先生の顔が曇った。
 それから、足早にジープへ乗り込んだ。
 気まずい空気だけがのこった。
 由紀先生は、自分が『ぶながや』である事を気にしている。
 あーあ、駄目だこりゃ。だな。
   
 糸芭蕉の畑に、苧剥ぎ(ううはぎ)前の芭蕉の丸太が、ずらりと立っている。
 無形文化財のオバさんたーが立て掛けた。
 その白が葉の緑に映える頃。
 日曜の朝、林道ツーリングに出た。
 共同売店で、ジューシーおにぎりや缶コーヒーを買い。リュックに詰めてから山の方へと向かう。
 謝名城から先は、登り坂になり豊かな山原の森へと続く。
 興味の無い人にとっては、何が楽しいのか分からないだろう。
 私は、オートバイは乗り物ではなく、足の拡張機能だと思っている。
 27馬力の義足と同じだ。
 その義足は、空転して砂ぼこりを舞い上げ荒野を疾走する。
 爽快に感じるのは、実は自然を凌駕しているという万能感で、実にホモ・サピエンス的な趣味なのだ。
 脇道を入っては戻りを繰り返していたら、尾根沿いに真っ直ぐな道が見つかった。
 誰かの手によって、木が整理され、見通しがよい。
 500M程進むと、尾根は、一旦下りその先で上がっているのが見える。
 下り坂で、加速する。
 上り坂に入った。
 体を前のめりにして、ハンドルを抑え込んで、前輪が浮き上がらないようにする。
 オートバイは、グイグイ坂を登って行くが、前輪が浮き始めた。
 こうなると、方向のコントロールができない。
 やってしまった。山道で起きる目の錯覚なのだ。
 下り坂から上り坂を見ると、実際より上りの勾配が浅く見えるのだ。
 当時話題になっていた、パリ・ダカールラリーでも、砂丘に落ちる大事故は、この目の錯覚で起きる。
 一瞬の事だった。
 オートバイは、竿立になり、私は投げ出された。
 体が、急斜面の谷に落ちていく。木、笹、岩に遮られながら滑って行く。
 高さ1メートル程の草木の終わりから投げ出されて、やっと止まった。
 谷底の沢にいる。
 頭を強く打ち付けたが、Araiに助けられた。
 ほっとした瞬間、オートバイが落ちてきた。
 仰向けで、必死に後退りしたが、ガシャン。
 右脛に直撃を受ける。
 オフロードオートバイの鋭いステップが直撃した。
 あまりの激痛に天を仰いで目を閉じる。
 目を開けて、起き上がろうとして、気付いた、右脛の骨が折れている。
 体を動かすと激痛が走る。ゆっくりと体をひねりオートバイの下の右足を抜く。
 折れた辺りが血で染まってきた。
 出血が酷い。深い切り傷も負っている。
 出血している所に手を当て、止血する。オフロード用のグローブが直ぐに真っ赤に染まる。
 心が折れた。
 この場所には、まず誰も来ない。
 携帯電話の無い時代、この状況は確実に死を意味した。
 何なら、早く死んで、この痛みから開放されたいとまで思った。
 父ちゃん、母ちゃんには申し訳無いと思う。
 親より先に死ぬバカ息子を許してくれ。
 最後に、由紀先生の顔が見たいな。と思った時、思い出した。
「山で困ったら、指笛を吹いて下さい」
 たいして止血にもなっていない右手を足から離し、Araiヘルメットの顎紐を両手でリングから解いた。
 ヘルメットが外れ、息を大きく吸う。激痛が走る。無視して。
 グローブが外れた指で輪を作り、咥えて思いっきり吹いた。
「ヒューィ ヒューィ ヒューィ」
 指笛は、深い谷でこだました。
 3回が限度で、頭を小川の方に向けて、再び仰向けになる。
 木漏れ日が揺れる水面に誘われて意識が遠のいていく。
 小川の対岸で、背の低い木が揺れた。
 背後で何かがヌルと動いた。
 『ぶながや』だ。
 『ぶながや』は、茂みから出て、素早く川面から出ている石の頭を蹴って、目の前に立った。
「やっぱり、勝先生。大丈夫ですか?」
 中学3年の健二だった。
 粗い繊維で出来ている民族衣装で、腰にナタをぶら下げている。
「先生の指笛が聞こえたから来たけど、これは酷い。直ぐに止血しないと」
 健二は、パッと森の中に消えた。
 と思ったら、直ぐに戻ってきた。
 手には、短い枝と太いツル。
 私の膝にツルが巻きつけられて、短い枝で締め上げられる。
「先生、痛いでしょうけど、我慢して下さい。出血は、少なくなっています」
「もっと仲間を集めます」と言って、健二は、抑揚のついた指笛を吹く。
 ここで私の意識は途切れた。
 
 あんたは、絶対に死なせない
 あんたは、絶対に死なせない
 由紀先生の声で意識が戻った。
 目を開くと、由紀先生の顔が逆さまに見える。
眉間に皺をつくり、首と肩が力で盛り上がり鬼の顔。
 そして、目が潤んでいる。
 私は、担架にツルで縛られて、急斜面を上へと運ばれている。その辺りで切られた木をツルで組んで梯子にした、急ごしらえの担架だ。
 頭が上で、急斜面を登っているから、全体がよく見えた。私を担いでいるのは、『ふながや』達で、6人で担いでいる。
 健二、康夫、信幸もいたが、見たことがない大人もいた。
 担架の周りには、美智子と栄がいる。
 由紀先生は、先頭で後ろ向きに担架を引っ張り上げている。
 ここで、私の意識は完全に無くなった。

 私は、一命をとりとめたが、一月の入院になった。
 由紀先生は、登校前によく名護市の大きな病院に見舞いに来た。
 そして、生徒達も。
 空が白み始めた頃、病室のガラス窓がドンドンと叩かれた。
 私は、直ぐに目が醒めた。入院は、寝るのが仕事だから、寝すぎて、目覚めが良い。
 窓の外には、『ふながや』がいた。
 薄明かりのなか、体を起こして見ると、博樹だ。
 直ぐに、アルミサッシの鍵を回して、窓を開けた。
「勝先生、これ好きだろ。俺、先生が校庭のバンシルーを食べているのを見たことがあるんだ」といって、竹で編んだ籠を渡した。
 覗き込むと、バンシルーが5個入っている。しかも、熟する前の硬いやつだ。
「先生、早くよくなってね」と博樹は、照れ臭そうに言う。
「わかった。頑張るよ」と照臭く答えた。
 それから10分程、窓越しに学校の話をして、博樹は、「じゃ」と言って去っていた。
 しかし。ここ4階だぞ博樹。大丈夫かよ。
 それから、3日おきくらいに他の生徒達がお見舞いに来るようになり。
 私のベッドの横のワゴンには、バンシルーがうず高く積まれて、部屋中甘い香りに包まれた。
   
 喜如嘉の方言名が「キザハ」だと由紀に教えられた頃。
 由紀と生徒達の熱心な見舞いで、私は予定より早く退院出来た。
 まだ、ギブスに松葉杖だが、由紀のジープの横に乗って登校し、授業を再開した。
 由紀がいなければ、生活もままならない。
 心の中も由紀がいなければ、どうにもならない。
 由紀が『ふながや』である事へのわだかまりは完全に解けていた。
 特に、プロポーズの言葉は無かった。
「今度は、俺が由紀を助ける」位は言ったかもしれない。
 そうして、団地の私の部屋は、空き部屋になった。
   
 1993年8月、国道58号線の喜如嘉バイパスが開通した。
 その開通式で生徒達がブラスバンドの一員として加わって誇らしかった頃。
 私達夫婦には、子供が二人出来た。
 訳あって、身寄りが居なくなった『ぶながや』の兄妹を養子として、迎え入れた。
 平凡だけど、ささやかな幸せが始まった。
   
 私は、2016年3月31日まで、喜如嘉小学校2部の教師を務めた。
 瞬く間の27年であった。
 生徒達は、皆素晴らしくて、卒業後大いに活躍した。
 それは、自分の事の様に誇りに思っている。
 一つだけ、どうにも気になっている事がある。
 2018年9月
 家族でワイワイと夕食を済ませてから。
 シークヮーサーを絞った泡盛を口にしながら、ラジオのスイッチをいれる。
 何時ものくつろぎの時間だ。
 足台の下から、新聞を取り出した。
 紙面いっぱいに大きな写真。かわいい女の子。きらびやかな衣装に照明が眩しい。
 人気歌手の引退を告げる物だった。
 あまりテレビを見ない私でもラジオは聞くから、その存在は知っていたが、これほどマジマジと見たのは初めてだった。
 引退だから、歳はそれなりのはずだ。が、そのはつらつとした若さに驚いた。
 ハッとなった。
(まさか 『ぶながや』 )
 記憶が甦った。
 私が初めて喜如嘉小学校で迎えた夜。
 ダンスが上手な女の子がいた。美香だ。
 しかし、生い立ちや経歴の記事を読むとどうも私の驚きは怪しくなる。
 その日はよく晴れていて、窓の向こうには半分の月が掛かっていた。
 その月を見ていたら、景色が浮かんできた。
 都会の喧騒と落ち着きのない煌びやかさから逃れた歌姫。
 青色のコンパクトカーがイギミハキンゾー展望台の大きな駐車場の奥に止まった。
 歌姫は、その奥の登山道を登り、尾根まで来ると、大きな椎の木に浮き上がるようにのぼる。
 そして、幹を背もたれにして枝に腰をおろす。
 枝から垂れた白くて軽いスカートは、時折風にゆれる。
 歌姫は、誰もが知っているヒット曲をスローなテンポで歌いだした。
 半分の月は、大宜味の山々と古宇利島を浮かべる海とを照らし、海は遠くまで波に反射してキラキラと輝いている。
 月明かりも海も森もそして静寂さえも歌姫に優しく語り掛ける。
「私は、いつもここで待っていました。ここがあなたの場所よ」と。
 これぐらいにしておこう。泡盛の酔がだいぶ回っているようだ。
   
 生徒の数は年々少なくなり、喜如嘉小学校の閉校と同じくして、『ぶながや』の教育プロジェクトは一旦終了した。
 プロジェクトでもユニークだったのは、BKM作戦で、「『ぶながや』を隠すには森の中」の頭文字である。
 『ぶながや』を前面に出す事で、秘密を守ると言うものだ。
 まさか、これだけあからさまにしていたら、隠し事は無いだろと思わせる。
 もしも、気づかれたたとしても、「なんだ、本当だったのか」とインパクトを弱める効果が期待できる。
 作戦名が、しっくり来なかったが、最初の作戦名の案であるKMM作戦、「古宇利島やみーしが、まつ毛やみーらん」の頭文字で、何の事だかさっぱり分からん。
 それよりはマシだから、まーいいかと思っていた。
 1998年、大宜味村は、「ぶながやの里宣言」をする。
 私は、BKM作戦の一環だと見ている。
 2009年に、大宜味村役場の駐車場に「ぶながやの里宣言」の石碑が建立された。
 碑文は、澄んだ話声で入ってくる。
 私のお気に入りの一節を紹介すると。
 前略「私達村民はこれまで、戦争につながる一切を認めずに暮らしてきた。
それが、平和な国際社会を築く事に大きく貢献していることにいささかの誇りをもち、・・・ 中略 
それは『ぶながや』たちが私達に語る事なく教えてくれてきたことだと気づくようになった。 後略」
 大宜味村民の慎ましい誇りと自重とが織りなし、本物の知性が宿る名文である。
 全てのホモ・サピエンスは、確実に戦争を経験し悲惨な目にあっている。そして、加害者でもある。
 その長大な時間の中で。
 700万年前にチンパンジーと袂を分かす以前から、同種との戦いを繰り返し続けてきた。
 地獄と悲しみが過ぎるとその反省はすぐに消えてしまうのだ。
 大宜味村民は、強い決意で不戦の誓いを立てた。
 祝福されるべき新しい人類に進化したのだ。
 平和の誓いの碑や日本国憲法第九条の碑も並ぶここは、新しい人類のテーマパークになっている。
 流行り病が過ぎた後には、是非、大宜味村役場を訪れて、「ぶながやの里宣言」全文を読んで頂きたいと願う。
 帰りには、道の駅や共同売店などで山原産の物を沢山買うように。グラと柑橘類はおすすめである。
 あ、それと。この小説にSFファンタジー大賞を下さり。大いにラジオドラマにしてくれたRBCの皆様と関係者に心より感謝申し上げます。
 これにて、BKM作戦完了です。

「ピコピコプルンプルン ピコピコピコプルンプルンルン」
 流石に時代の流れに勝てずに二つ折りの携帯から変わったスマートフォンが鳴った。
 役場の平良からの着信だ。
 すぐに液晶画面を指で撫でる。
「先生。大変です。RBCのSFファンタジー大賞が中止になっています」
「まさかやー もうありえん どうしてー」
「ホームページに諸般の事情としか書かれていません」
「どうしよう。他に出せる所はないのか?」
「これから調べてみたいと思います」
「今ようやく小説を書き終えたというのに運が悪いな」
 平良が不機嫌な早口で言う。
「でも、先生も悪いんですよ。短編小説を書くのに2年以上掛かるなんて。ゆっくりしすぎですよ。もうありえん」
「済まない。小説書くのは、難しくて時間が掛かり過ぎたな。まーどうかひとつ。世に出す方法を考えてくれ」
「わかりました」と平良は突き離すように言ってから電話が切れた。
 ああは言ったが、小説を書くのが難しいのではない。
 かつて自分の辿った事を書くのが難しいのだ。
 『ぶながや』の人々の個人情報にも神経を尖らせたし。
 何より、自分の人生の大半である喜如嘉の生活を振り返る事は、古いアルバムをめくるように感慨深くて。時折、気恥ずかしくなったりもして。
 少し書いては、物思いに時間が過ぎてしまい筆はなかなか進まなかった。
 2年間の振り返りを経てわかった事。
 それは、私が生きた証となる妻と二人の子供への感謝。
 優しくされた大宜味、喜如嘉の人々への恩返しはできたのだろうか。
 まだまだ、負債の方が多い。もっと優しい人にならねば。
 この小説は、妻への遺言となるだろうから書いておく。
 この柔らかな喜如嘉の地で、あなたと子供たちと過ごせたのは、悔いのない人生でした。
 あなたの心のどこかにほんの少し私がいれば、あとは構いません。
 あなたの幸福を祈っております。







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みんなの感想(1件)

浮島龍美
2023.03.23 浮島龍美

ローカルですね!

山羊担司
2023.05.11 山羊担司

事実を書いたたけですので     なんてね

解除

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