あしたがあるということ

十日伊予

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 その夜、家に帰って、布団に潜り込むなりぼくの頭にはひとつの恐ろしいことが思い浮かんだ。それはとても恐ろしくて、悲しい思い付きだった。しかしぼくは最終的にはそれを直視しなければならなかった。それがエイコの意志だった。エイコがぼくを最後にしたのは、ぼくがおばあちゃんの血を引いていたからだと思う。きっと、エイコはぼくのおばあちゃんがずっと好きだった。
 ぼくは翌朝、おばあちゃんの家の庭にあった畑で草をむしっていた。二日前に雨が降ったせいで、畑には草の芽がたくさん生えていた。おばあちゃんは、家の中でぼくの朝ご飯を作っていた。
 ――あら、おはよう。
 支柱で支えられた、背の高いトマトに囲まれてぼくがしゃがんでいると、近くから女の人の声がした。立ち上がって見ると、おばあちゃんの家の敷地とよその家の田んぼとに挟まれた路に、布が首筋まで垂れた麦わら帽子をかぶったおばあさんが犬を連れて、畑を覗き込むように立っていた。おばあさんは目が細く、キツネみたいな顔をしていた。
 ――裕太郎の子か?まあおっきくなったねえ。裕太郎は帰ってるの?
 ぼくはそのおばあさんを知っていた。裕太郎というのはぼくのお父さんの名前で、彼女はお父さんが子供のころよく遊んだ友達の母親だった。ぼくは手に握っていた雑草を捨て、手についていた湿った柔らかい土を着ていたティーシャツで拭いて、首を横に振った。
 ――お父さんは仕事なので、ぼくだけです。
 おばあさんの連れている犬は小さなパピヨンだった。なかなか年を取っているらしく、その犬は夏の朝の穏やかな暑さの中で、腹を大きく動かしてあえぐように呼吸していた。
 ――ええと、智くん、やったっけ。何年生になったん。
 おばあさんはそう尋ねた。ぼくは、小学五年生ですと答え、それから少し考えた。昨晩の恐ろしい思い付きについてを。
 ――あの、訊いてもいいですか。おばあちゃんは教えてくれなくって。
 よその子は大きくなるのが早いとか、年を取ったら大変だとか、おばさんがひとしきりそんな話をして、一度言葉を止めた瞬間、ぼくはそこにそんな質問を滑り込ませた。おばさんはちょっと目を開いて、なに、とだけ答えた。
 ――昔、裏山が崩れたって聞いたんです。それで、子どもが生き埋めになったって。生き埋めになったのは、どんな子だったんですか。
 そう尋ねると、おばさんは細くてしわのよった首を傾げた。
 ――ああ、それな。そらミチヱさんは教えてくれんわ。
 そして周りをきょろきょろと見渡すと、急に声を低く落とした。
 ――ミチヱさんの弟よ。そこの山で死んだんは。
 ハアハアという犬の呼吸音と、セミが鳴くジイジイという音が相まって、ひどくうるさく聞こえた。
 ――ほんまにかわいそうやったわ。
 おばあさんは眉をひそめて、小さい声のまま続けた。
 ――ミチヱさんはそんとき、あんたくらいの年やったけどな、弟の……千寿夫やったな、あの子はまだ五つでね。お母さんの葬式の日に、雨の日やったんやけど、外に飛び出してってもうて。ミチヱさんにはたった一人の兄弟だったけんなあ。お母さんが亡くなったばっだったし、もうかわいそうでかわいそうで。
 ぼくは驚くのと同時に、安心していた。ぼくの考えは、ただの思い過ごしだった。そう思えた。おばさんは同情的に、しかし他人事のようにそのことについて話していた。
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