あしたがあるということ

十日伊予

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宝物

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 その日はどうにもおばあちゃんが怖くて、山には入らなかった。三日経ってようやく裏山へ行くと、エイコはぼくを見るなり嬉しそうに大きく手を振った。
 ――とも、来たか!
 その日は普段より蒸し暑くて、山を登ってきたぼくは汗をかき、クタクタになっていた。涼しげに木の幹にもたれかかったエイコは、そんなぼくを見てにかっと笑った。ぼくはのろのろと歩いて、エイコの傍に、同じように幹にもたれて座った。
 ――な、これ見て。
 そう言い、エイコはぼくに自分の手のひらを差し出した。
 ――なに、これ。
 エイコの手のひらには、小さな藍色の丸いガラス玉のついたピン留めが、ちょこんと乗っかっていた。泥だらけでサビサビの、きたない髪留めだった。
 ――ええやろ。うちの宝物なんで。手、出し。
 誇らしげにエイコは言った。その嬉しそうな笑顔に、きたない、なんて言えるはずもなく、ぼくはしょうがなく苦笑いをしてエイコに手を差し出した。彼女はぼくの手のひらに、その髪留めを落とした。ザリ、と、サビが手に嫌な感触を与えた。いまでも、あの髪留めに触れると同じ感触がする。それは積もり積もった彼女の悲しみだった。
 ――あんな、ともにやるわ。
 ぼくの顔を嬉しそうにのぞき込み、エイコはまた笑った。
 ――いいの?宝物なんでしょ?
 訝しくなって、ぼくは彼女にそう尋ねた。正直言うと、意味も知らなかった当時のぼくはあんな汚い髪留めなんかいらないと思っていたけれど、エイコの気持ちは嬉しかった。
 ――いいんや。だって、もう子どもはおらんもの。多分ともが最後。だから、ともだけはあたしを忘れんように、友達の証拠としてそれやるわ。
 彼女はそう言い、ぼくに、心の底からの笑みを見せてくれた。その表情にぼくの胸はいっぱいになり、それから、すぐにある思い付きがぼくの頭に浮かんだ。ぼくはエイコに笑いかけた。
 ――じゃあさ、エイコ。
 汗が乾き始めていて、ぼくの髪の毛は頬にへばりついていた。
 ――エイコにもね、ぼくの宝物あげる。
 小学校低学年から集めていた、カードゲームのレアカード。強そうな赤いドラゴンの絵の上に、キラキラ光るホログラムが貼られていて、当時、ぼくの何よりの宝物だった。おばあちゃんの家に来た時も、ちゃんと、旅行鞄に入れておいたぐらいに。これは過言かもしれないが、小学五年生だったぼくにとって、命と同じくらい大切なものだった。命の重みも知らない年だった。
 ぼくはそのカードをエイコにあげるつもりだった。エイコはぼくに宝物をくれたから、ぼくもお返しをしなきゃいけない。それに、お互いの宝物を持っていたら、エイコが言ったように、それはぼくたちが友達だっていうことの証拠になる。エイコの宝物があれば、ぼくはそれを見るたび、エイコを思い出せる。エイコだって、ぼくの宝物が手元にあれば、ぼくのことを忘れないはずだ。夏休みが終わって、ぼくがここを出て行っても。また会えるように。……そう思っていた。
 ――ええの。やった。
 エイコは更に嬉しそうに、口元をにんまりと広げた。プラチナのおかっぱ頭が、エイコが笑い声を漏らすたび、小さく、小さく揺れた。
 ――じゃあ、ちょっと家に戻って、取ってくるね。
 ぼくは笑い、山をおりようとした。が、すぐに思いとどまる。
 ――エイコは、ぼくのおばあちゃんの家、行ったことあるんだよね。
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