8 / 19
宝物
しおりを挟む
その日はどうにもおばあちゃんが怖くて、山には入らなかった。三日経ってようやく裏山へ行くと、エイコはぼくを見るなり嬉しそうに大きく手を振った。
――とも、来たか!
その日は普段より蒸し暑くて、山を登ってきたぼくは汗をかき、クタクタになっていた。涼しげに木の幹にもたれかかったエイコは、そんなぼくを見てにかっと笑った。ぼくはのろのろと歩いて、エイコの傍に、同じように幹にもたれて座った。
――な、これ見て。
そう言い、エイコはぼくに自分の手のひらを差し出した。
――なに、これ。
エイコの手のひらには、小さな藍色の丸いガラス玉のついたピン留めが、ちょこんと乗っかっていた。泥だらけでサビサビの、きたない髪留めだった。
――ええやろ。うちの宝物なんで。手、出し。
誇らしげにエイコは言った。その嬉しそうな笑顔に、きたない、なんて言えるはずもなく、ぼくはしょうがなく苦笑いをしてエイコに手を差し出した。彼女はぼくの手のひらに、その髪留めを落とした。ザリ、と、サビが手に嫌な感触を与えた。いまでも、あの髪留めに触れると同じ感触がする。それは積もり積もった彼女の悲しみだった。
――あんな、ともにやるわ。
ぼくの顔を嬉しそうにのぞき込み、エイコはまた笑った。
――いいの?宝物なんでしょ?
訝しくなって、ぼくは彼女にそう尋ねた。正直言うと、意味も知らなかった当時のぼくはあんな汚い髪留めなんかいらないと思っていたけれど、エイコの気持ちは嬉しかった。
――いいんや。だって、もう子どもはおらんもの。多分ともが最後。だから、ともだけはあたしを忘れんように、友達の証拠としてそれやるわ。
彼女はそう言い、ぼくに、心の底からの笑みを見せてくれた。その表情にぼくの胸はいっぱいになり、それから、すぐにある思い付きがぼくの頭に浮かんだ。ぼくはエイコに笑いかけた。
――じゃあさ、エイコ。
汗が乾き始めていて、ぼくの髪の毛は頬にへばりついていた。
――エイコにもね、ぼくの宝物あげる。
小学校低学年から集めていた、カードゲームのレアカード。強そうな赤いドラゴンの絵の上に、キラキラ光るホログラムが貼られていて、当時、ぼくの何よりの宝物だった。おばあちゃんの家に来た時も、ちゃんと、旅行鞄に入れておいたぐらいに。これは過言かもしれないが、小学五年生だったぼくにとって、命と同じくらい大切なものだった。命の重みも知らない年だった。
ぼくはそのカードをエイコにあげるつもりだった。エイコはぼくに宝物をくれたから、ぼくもお返しをしなきゃいけない。それに、お互いの宝物を持っていたら、エイコが言ったように、それはぼくたちが友達だっていうことの証拠になる。エイコの宝物があれば、ぼくはそれを見るたび、エイコを思い出せる。エイコだって、ぼくの宝物が手元にあれば、ぼくのことを忘れないはずだ。夏休みが終わって、ぼくがここを出て行っても。また会えるように。……そう思っていた。
――ええの。やった。
エイコは更に嬉しそうに、口元をにんまりと広げた。プラチナのおかっぱ頭が、エイコが笑い声を漏らすたび、小さく、小さく揺れた。
――じゃあ、ちょっと家に戻って、取ってくるね。
ぼくは笑い、山をおりようとした。が、すぐに思いとどまる。
――エイコは、ぼくのおばあちゃんの家、行ったことあるんだよね。
――とも、来たか!
その日は普段より蒸し暑くて、山を登ってきたぼくは汗をかき、クタクタになっていた。涼しげに木の幹にもたれかかったエイコは、そんなぼくを見てにかっと笑った。ぼくはのろのろと歩いて、エイコの傍に、同じように幹にもたれて座った。
――な、これ見て。
そう言い、エイコはぼくに自分の手のひらを差し出した。
――なに、これ。
エイコの手のひらには、小さな藍色の丸いガラス玉のついたピン留めが、ちょこんと乗っかっていた。泥だらけでサビサビの、きたない髪留めだった。
――ええやろ。うちの宝物なんで。手、出し。
誇らしげにエイコは言った。その嬉しそうな笑顔に、きたない、なんて言えるはずもなく、ぼくはしょうがなく苦笑いをしてエイコに手を差し出した。彼女はぼくの手のひらに、その髪留めを落とした。ザリ、と、サビが手に嫌な感触を与えた。いまでも、あの髪留めに触れると同じ感触がする。それは積もり積もった彼女の悲しみだった。
――あんな、ともにやるわ。
ぼくの顔を嬉しそうにのぞき込み、エイコはまた笑った。
――いいの?宝物なんでしょ?
訝しくなって、ぼくは彼女にそう尋ねた。正直言うと、意味も知らなかった当時のぼくはあんな汚い髪留めなんかいらないと思っていたけれど、エイコの気持ちは嬉しかった。
――いいんや。だって、もう子どもはおらんもの。多分ともが最後。だから、ともだけはあたしを忘れんように、友達の証拠としてそれやるわ。
彼女はそう言い、ぼくに、心の底からの笑みを見せてくれた。その表情にぼくの胸はいっぱいになり、それから、すぐにある思い付きがぼくの頭に浮かんだ。ぼくはエイコに笑いかけた。
――じゃあさ、エイコ。
汗が乾き始めていて、ぼくの髪の毛は頬にへばりついていた。
――エイコにもね、ぼくの宝物あげる。
小学校低学年から集めていた、カードゲームのレアカード。強そうな赤いドラゴンの絵の上に、キラキラ光るホログラムが貼られていて、当時、ぼくの何よりの宝物だった。おばあちゃんの家に来た時も、ちゃんと、旅行鞄に入れておいたぐらいに。これは過言かもしれないが、小学五年生だったぼくにとって、命と同じくらい大切なものだった。命の重みも知らない年だった。
ぼくはそのカードをエイコにあげるつもりだった。エイコはぼくに宝物をくれたから、ぼくもお返しをしなきゃいけない。それに、お互いの宝物を持っていたら、エイコが言ったように、それはぼくたちが友達だっていうことの証拠になる。エイコの宝物があれば、ぼくはそれを見るたび、エイコを思い出せる。エイコだって、ぼくの宝物が手元にあれば、ぼくのことを忘れないはずだ。夏休みが終わって、ぼくがここを出て行っても。また会えるように。……そう思っていた。
――ええの。やった。
エイコは更に嬉しそうに、口元をにんまりと広げた。プラチナのおかっぱ頭が、エイコが笑い声を漏らすたび、小さく、小さく揺れた。
――じゃあ、ちょっと家に戻って、取ってくるね。
ぼくは笑い、山をおりようとした。が、すぐに思いとどまる。
――エイコは、ぼくのおばあちゃんの家、行ったことあるんだよね。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
月夜のさや
蓮恭
ミステリー
いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。
夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。
近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。
夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。
彼女の名前は「さや」。
夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。
さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。
その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。
さやと紗陽、二人の秘密とは……?
※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。
「小説家になろう」にも掲載中。
鈴ノ宮恋愛奇譚
麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。
第一章【きっかけ】
容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。
--------------------------------------------------------------------------------
恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗)
他サイト様にも投稿されています。
毎週金曜、丑三つ時に更新予定。
四匹の猫と君
花見川港
ホラー
死に焦がれる修治は、夕暮れの崖の上で同級生の美少年・常ノ梅清羽に出会った。
怪奇現象が起きると噂の廃屋敷に肝試しに来た、常ノ梅の四人のクラスメイト。そしてなぜか現れた修治の四匹の飼い猫。集った彼らは、寂れた廃屋敷の中に入ることになり……。
——そこには、視てはならないものがある。
※この物語は、法律・法令に反する行為、危険行為を容認・推奨するものではありません。
【完結】優しかったはずの彼が、ストーカーになってもどって来ました。
小波0073
ホラー
地方の旧家に生まれた雅文は、進学先の大学で出会った咲良に恋をした。
理想的な交際を進めていた二人だが、雅文の家の事情から無理やり引き離される。咲良を思い切れないままに日々をすごしていた雅文は、偶然出かけた仕事先で彼女を発見してしまう。
再会をはたした雅文はとまどう咲良に再び迫り、二度と彼女の存在を手放すまいと画策する。
ようこそ 心霊部へ
あさぎあさつき
ホラー
『小鳥遊 冴子には、近付かない方がいい』
『アイツには、数多の幽霊が憑いてる』
心霊現象専攻学部、通称『心霊部』に綿貫 了が入って最初に先輩に言われた言葉だった
だが、ひょんな事から小鳥遊 冴子と出逢って行動を共にする事になる
※表現に一部グロテスク及び卑猥なものがある為、R指定を付けさせて頂いております。
また、精神的にもショッキングなものもありますので、苦手な方はお控え下さい。
2022/03/15 全文改定・改訂
殺人鬼から逃げ切ったら超能力が目覚めた件〜ファイナルガールズの逆襲
盛平
ホラー
十七歳のレイチェルは、とても恐ろしい事件に巻き込まれた。友人たちと訪れたロッジで殺人鬼に襲われたのだ。命からがら逃げ切ったレイチェルは、手を触れないで物を動かす事ができる不思議な力を得ていた。レイチェルの他にも、殺人鬼の魔の手から逃れた人たちがいた。彼女たちもレイチェルと同じように不思議な力を持っていた。何もないところから武器を作り出せるアレックス。どんな大ケガからもよみがえる事ができるキティ。レイチェルは彼女たちと共に、友人を殺した殺人鬼に復讐するために立ち上がる。
後半メインヒロインたちがひたすらイチャイチャします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる